ほぉ・・・
2022.01.18 07:00
将棋界の超新星・藤井聡太四冠の快進撃が止まらない。現在、竜王、王位、叡王、棋聖の四冠を保持し、年明けからは渡辺明三冠(名人、棋王、王将)との王将戦もスタート。開幕戦は大熱戦の末に藤井四冠が制した。これで五冠も視野に入ってきた藤井四冠の強さの秘密は何なのか。藤井四冠の研究パートナーの永瀬拓矢王座に聞いた。(前後編の後編。前編はこちら。文中一部敬称略)
自分は「努力型の変異種」
藤井が強いことは、これまでの実績が雄弁に物語っている。よく議論されるのは、それが元来の才能なのか、努力によるものなのか、ということだ。その話を永瀬に振ると「渡辺名人は、才能だと言ってますよね」とすぐに返ってきた。昨秋、本誌・週刊ポストで渡辺にインタビューした際に「才能です」と断言していたのを思い出す。永瀬は小さく「うーん」と唸ってから、口を開いた。
「私は藤井さんが強くなる過程を見てきたので、努力だと思います。もちろん才能もすごいですよ。例えば私が『努力9、才能1』だとしたら、藤井さんは『努力10、才能10』です」
たとえとはいえその差に驚いた私は「それは藤井さん、すごすぎる」と思わず漏らしてしまった。永瀬は言葉を続ける。
「藤井さんは最強です。それでも、自分は努力9をなくすわけにいかない。現実を受け入れて頑張るしかありません」
永瀬は常々「自分には才能がないので努力するしかない」と語っている。子どもの頃から水泳、書道、公文式などいくつかの習い事をしたが、「恐ろしいレベルで何一つできませんでした」。でも将棋だけは才能があった、というのがよくあるパターンだが、そうではない。
「将棋は他のことよりもマシという程度で、決して得意ではありませんでした。他の子より弱くて成長も遅かった」と永瀬は苦笑する。それが本当なら、とんでもない努力を積み重ねてトップまで駆け上がったことになる。そのせいか、永瀬には他の多くの棋士が才能に頼って戦っているように映るようだ。
「ほとんどの棋士が才能型で、自分のような努力型はいません。みんな本当にすごいですよ。もっと頑張ればいいのにという方もいる気がしますけど、頑張れないのも才能なんですよね。変な言い方ですけど」
修業時代には才能への強い憧れがあったという永瀬。同世代で自分より頑張っていないのに同格、もしくは格上の者がいると「羨ましかったし、苦しさもあった。才能とは努力とは何なのか考えざるをえなかった」とポツリと漏らした。昔を思い出したのかもしれない。
「自分は変異種なんです。同じ生き方を100回しても、1回くらいしか成功しないと思う。だからプロになれたのはある意味奇跡的だと思うし、他人には自分の生き方をお勧めしません」
よい景色を見せてあげたい
藤井に王将リーグで勝ったことでモチベーションが復活した永瀬はすぐに結果を出した。昨年12月に棋王戦五番勝負の挑戦権を獲得したのだ。2月から渡辺棋王と対峙する。自信について聞くと「トリプルスコアなんですよね」と苦笑した。対戦成績は永瀬が5勝、渡辺が16勝と差がついている。非公式のレーティング(※)ではさほど差がないのだから、負けすぎという見方もある。
[※非公式のレーティング/将棋棋士の棋力(強さ)を表わす指標の一つで、棋力を客観的に測るために数値化したもの]
「番勝負の経験の差と、ここ一番の勝負強さが違います。名人はタイガー・ウッズみたいな方だと思っているので」
具体的には「相手の将棋の弱点を見抜く力に長けています」。厳しい戦いになりそうだが、永瀬は微笑みながら言う。
「トップ棋士の中では自分がいちばん弱点があるんですよ。逆転負けも多いですし。多分、そこを突いてくるでしょうから、楽しみですね。明確になった弱点を埋められればもっと上に行けるので」
永瀬の近い目標は棋王戦だが、遠くない未来に藤井とタイトル戦で相まみえることになるだろう。その時、藤井はタイトルをいくつ持っているのか。将棋界は4強が崩れたと見る向きもあるが、永瀬はどう思っているのか。
「藤井さんが飛び抜けているのは事実ですが、トップ棋士に負けることもあります。今後、タイトル数を増やしていく過程で防衛戦もすべて勝てるか。藤井さんのタイトル戦の高勝率はもちろん知っていますが、トップ相手に4連続の防衛戦を持ちこたえるのはさすがに大変でしょう。全部勝てば文句なく一強でしょうね。年末に四冠を維持、もしくは五冠になっていたらすごい。自分が将棋を覚えてから五冠王を見たことがないので」
将棋界最後の五冠は羽生善治九段で、2000年のことだった。さすがの永瀬も、現状は藤井一強とは見ていない。
「藤井さんが昨年の棋聖就位式で『強くなることで、盤上で今まで見えていなかった新しい景色を見たい』という趣旨のお話をされていました。だから自分がもっと強くなれば藤井さんによい景色を見せてあげられると思う。何とかお供できるように実力をつけたいです。自分は対藤井戦を一番経験しているので、恩返しがしたい」
取材の最後に、永瀬は「藤井さんの存在があって幸せです」としみじみ語った。
「自分もタイトルを獲得するところまで来ましたが、さらに上の目標があるって嬉しくないですか。先を行く人がいるから追いつこうと頑張れる。でも目の前に誰もいないのに、藤井さんはどんどん前進しているんですよね」
永瀬はそう言って、遠くを見るような眼をした。29歳の永瀬と19歳の藤井の関係は、「強敵」と書いて「とも」と読ませる少年漫画のようだった。2人の戦いは始まったばかり。着点は誰も想像できない場所にある。
(了。前編を読む)
【プロフィール】
大川慎太郎/将棋観戦記者。1976年生まれ。出版社勤務を経てフリーに。2006年より将棋界で観戦記者として活躍する。著書に『証言 羽生世代』(講談社現代新書)などがある。※週刊ポスト2022年1月28日号
情報源:藤井聡太四冠の才能という言葉で語り切れない強さの根源、永瀬拓矢王座が語る|NEWSポストセブン
藤井聡太四冠の才能という言葉で
語り切れない強さの根源、永瀬拓矢王座が語る「私は藤井さんが強くなる過程を見てきたので、努力だと思います。もちろん才能もすごいですよ。例えば私が『努力9、才能1』だとしたら、藤井さんは『努力10、才能10』です」#NEWSポストセブン https://t.co/40LK1RkrIw
— NEWSポストセブン (@news_postseven) January 17, 2022
|
|
|
★