(人生の贈りもの)わたしの半生 将棋棋士・加藤一二三:8 76歳:朝日新聞デジタル

8/全9回


2016年11月24日 16時30分

■62歳までA級・通算1千敗、ともに誇り

――50代後半になっても、順位戦で最上位の「A級」にいましたが、1998年11月から21連敗を喫してしまいます。

なぜ勝てないのかわかりませんでした。自分では健闘しているつもりだったのですが。A級でこれだけ連敗したのは前代未聞でしょう。

ここから続き

――99年10月、ほぼ1年ぶりの白星を挙げました。

元々、モーツァルトは好きでしたが、この対局の前日、たまたま「バイオリン協奏曲第3番」のCDを聞いた時、ハッとしました。イツァーク・パールマンという人の演奏なのですが、その旋律に遊び心とみずみずしい若さを感じたのです。「自分にもこれが必要なんだ」と気づき、吹っ切れた思いがしたのです。そのおかげか、次の日は得意の棒銀で勝てました。

――11月には順位戦で羽生善治三冠に、翌年3月には中原誠十六世名人に勝ってA級に残留。62歳までその地位を守りました。

60歳でA級だった人はあまりいませんよね。A級と名人で通算36期は、大山康晴十五世名人の44期に次いで2位。私の誇りです。

――長年の活躍が認められ、00年には将棋界で6人目となる紫綬褒章を受章しました。

名誉なことです。夫婦で皇居に行き、天皇陛下から「これからも体を大切にして、日本のために尽くしてください」とお言葉を賜りました。感激しました。今年も、故郷の福岡県嘉麻(かま)市から特別表彰されました。大変励みになります。

――現役生活が50年を超し、07年には前人未到の通算1千敗という記録を作りました。タイトル戦や、その挑戦権を争うリーグ戦を数多く戦ってきたからこそ到達できた記録です。

1千敗となる対局の直前、新聞社の方から知らされて気づきました。相手は当時、新鋭だった戸辺誠七段。当然勝つ気でしたが、負けてしまいました。その後、20社ぐらいから取材の申し込みがあり、驚きました。

――ご自身は1千敗という記録をどう思いますか。

頑張ってきた人に対して「お疲れ様でした」という意味合いの記録でしょうね。1千回負けましたが、勝ち星の方が多いですから。負けた将棋でもベストは尽くしていますし、胸を張っています。

――負けが込んで、やる気がなくなることはありませんか。

全くないです。ゼロですね。私は「この相手とは渡り合えない」と思ったことがないのです。名人などのタイトルを取った経験がありますから、「自分がやってきたことは間違っていないはず」と思って盤に向かっています。

――年をとることで衰えは感じませんか。

今年、数え年で喜寿を迎えました。名人を取った40代の頃と違うことは確かにあるでしょう。一般論で言えば正論です。でも、私は心の中でそれを認めたことはないのです。現実に、私は若手に負けています。ただ、将棋はスポーツとは違って年齢が関係のない世界なのです。相手は宇宙人ではありません。自分と同じプロ棋士なのですから。(聞き手・村瀬信也)=全9回

情報源:(人生の贈りもの)わたしの半生 将棋棋士・加藤一二三:8 76歳:朝日新聞デジタル



ほぉ・・・