「将棋を好きでなくなったら引退です」デビューから20年、阿久津主税八段がいまも実感する成長

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藤井聡太七段との対局、順位戦A級での苦闘、父親としての日々――

00年代棋士として渡辺明三冠、橋本崇載八段らと羽生世代へ果敢に挑戦した阿久津主税八段。そのルックスから「将棋界の貴公子」と呼ばれ、女性ファンも多い。だが棋風は剛直かつ一本気な勝負師だ。

1999年10月1日のデビューからちょうど20年が経った。キャリアは山あり谷ありで進み、現在は3度目の順位戦Aクラス入りを目指して奮闘中。AI将棋隆盛、藤井聡太七段など若手棋士の活躍、ベテラン木村一基九段の王位奪取のニュースに沸いた令和元年、37歳の阿久津さんは棋士として、どう進もうとしているのか――。

新星・藤井聡太七段との対局して

――今年、6月に銀河戦で藤井聡太四段と対戦なさいましたが、いわゆるブームの中心である若手棋士との対戦前後のことをお聞かせください。

阿久津 対戦が決まって楽しみでした。初めて当たったな、という割と普通の人と同じ感覚でしたよ。いま、いろんな世代がシャッフルしたような感じの将棋界です。だから、藤井さんと対戦するのも多くの公式戦の中の一局という捉え方です。

――衆目を集めた対戦だったわけですが、実際に相対されての印象は?

阿久津 とても受け答えがしっかりした人だなと(笑)。

――藤井さんの師匠である杉本昌隆八段も、以前、まずそう評されてました。

阿久津 高校生には見えないですよ。大人より大人っぽい。落ち着いてるっていうか。あれだけ注目を浴びつつ勝っているなら、普通は自信満々がチラッとでも垣間見えるものだと思うんです。だけど微塵もそういう気配がないんです。謙虚、という姿勢に驚きました。

――実戦ではいかがでしたか?

阿久津 藤井さんと対局していて感じるのは、シビアな棋風ということでしょうか。優勢に立つと逆転させない、辛い指し回しですね。自身のデビュー当初を振り返っても、若さゆえに荒くなるところがあるんです。ところが、藤井さんは最初のころは荒い手も見受けられたけど、自分が対局した時は洗練されてるなと思いました。このごろは老獪さも出ているように思います。

――やはりデビュー時から荒さは修正されていくものですか。

阿久津 そうしようと思っても気が若いから実際はうまくいかないものなんです。単純に若い頃は相手が年長者ですから、仕掛けようとしても外される。そこで強く出るしかないと思うんです。無理に出て勝てるというのは相手が弱いときだけ。ほとんどが思いどおりには決まらない。だけど藤井さんはイケる時は無理しないで自然体で押していくとか、そこが出来ているので老獪という表現を使ったんですが。当たる相手が強ければ、若手は伸びしろが増えていくというのはあるのかもしれません。

藤井聡太七段 vs △阿久津主税八段(棋譜を見る


AI将棋によって変わったこと

――現在の将棋界はAIの波に洗われています。大きく変わったところはどこでしょう。

阿久津 過去の棋戦などをデジタルで考察出来ることで、先輩後輩の勉強する量が等質になったのか、実力差が出にくいように思えます。コンピューターを使用した将棋は20年前から考えると凄まじい進歩です。毎年毎年、アップデートされていくので追いつくために猛勉強しないといけない流れもあったりします。

――敢えて背を向ける方策もあると思うんですが。

阿久津 AI将棋に頼っていても、接戦を制するのは棋士の自力ですからね。全く使わないのも一つの方法でしょうが……ただ完全にAIでの研究をやめて戦うというのは心理的に負担ですね。ただでさえ、相手がどの程度、やってきたのかわからないで対局に臨む緊張感がある中、敢えてコンピューターを使わないという選択は厳しいように感じます。

――観戦する側も将棋界が変化してきたと実感します。ネット中継での評価値なんか特に。あれってどういう理解で捉えたらいいんですか?

阿久津 野球やサッカーのスコアに似ていると思っていただいていいんじゃないかな、対局中の優勢劣勢の目安という意味では。以前のように解説を聞いて、「今は後手番が優勢」と知るのではなく、一見してどちらが優勢なのか分かることができるツールですね。だから解説する側は楽になったと思います。ねじり合いになった時は考え込むことも、しばしばありましたから。ただ、ビックリするような好手や悪手が出たときのサプライズ感覚は、評価値が使用される以前のほうがあったとは思います。今では手を指す前に数値が出ちゃうので。

評価値は対局の際どいところは示していない

――途中から観戦しても理解しやすいのはいいですね。

阿久津 そうですね。ただ評価値で優勢だと表示されていても、一気に逆転される場合もあるんです。指す前に5つくらい選択肢があって、そこでしくじってしまうと負けてしまう。「1000点差があったのに、どうして?」とファンの方が口にすることがあります。だけど数値は現在の結果の評価であって、対局の際どいところは示していません。一手先に進めば、局面が変わるというのは普通にあります。対局というのは一本道での評価値1000点ではなく、いくつか評価値が上下する分岐点があるわけです。

――先行きの変わらない対局と変化の激しい対局があるんですね。

阿久津 数字というのは目安なんです。対局の全体像は数字だけでは、なかなか見えにくいのがプロ将棋の現実です。

プロ入りし昇級、降級を経験して

――2014年の順位戦、2018年の順位戦では名人挑戦を賭けたAクラスで戦われました。2014年の戦いは0勝9敗。その後に「バランス感覚が悪かった」と仰ってましたが、振り返ってどのような心境での発言だったのかなと。

阿久津 Aクラスに上がった時も夢中で覚えていないんですが。対局中はおおよそ30手先を考えながら押すべきか退くべきか考えるんです。その感覚が悪かったので負けが続いてしまい、反省の弁に繋がったんだと思います。指している間、自分が不利か有利かはわかっているんですがね。

――細かい駆け引きのバランスが。

阿久津 そうですね、我慢すべき時に焦って勝負を決めにいってしまうとか。歯車が噛み合わないことが、調子が悪いと出てしまいがちです。いい時はスパッと決断できますが、逆だと5つほど選択肢があるものから、3つに絞れるんだけど、そこから決まらない。難しい局面は毎度出てくるものなんで、一概には語れないところもありますけど……上手く行ってない時は嫌な予感が指す前からあるなんてことも。でも、こういうことはプロ入りしてからずっとあります。

鈴木大介九段から「もうちょっと真面目にやったらどう?」

――阿久津さんがプロになった1999年には、10代の有力棋士と注目を浴びましたね。それから数年、ややブレイクまで時間がかかってます。2004年の将棋大賞新人賞を獲得後、2006年度の勝率1位、2007年の第25回朝日オープン将棋選手権では選手権者である羽生善治さんと5番勝負を戦うなど活躍が続きます。ブレイクまでは「投げっぷりがいい」なんて言われたそうですが。

阿久津 えーっと、プロ棋士になってから将棋に身が入ってなかったんです(笑)。たるんでいる時期が長かった。10代ですし、他に面白いことも見つけてしまって夢中になってしまったんですよ。それが再び将棋に向かっていくきっかけは、鈴木大介九段に「もうちょっと真面目にやったらどう?」と声をかけられたことでしょうか。

――良い先輩ですね。

阿久津 棋士同士でそういうアドバイスというか、声掛けなんてしないものです。ダメになるのも、伸びるのも自分次第という世界ですから。鈴木さんは私の奨励会時代からお世話になって、折々で励ましてくれた熱い人です。鈴木さんから「将棋にそこそこ自信があるんだろうけど、君はいまやってないからね」なんて言われた時、「鈴木さんにはいつでも勝てるんで」と言い返したのを覚えてます(笑)。四段になって間もないのに、なんて生意気なんだろうと冷や汗が出ますね。結婚式のスピーチもお願いしました。

――この一局、と記憶に残るものでは鈴木大介九段(当時八段)との2007年の朝日杯オープン挑戦者決定戦なんですね。

阿久津 そうですね、鈴木さんとの対局前は2~3週間ほど口を利かなかったです。同じ空間にもいたくない気持ちで。挨拶程度でピリピリしてました。戦いを終えたら、そのモードが外れて話せましたけど。私がプロの将棋で好きなのは、普段は仲が良くても、対戦前は緊張感が漂うというその感じなんです。私の場合、負けて相手へ「おめでとう」とは言えないタイプ(笑)。会社ではありえない人間関係ですよね。

熱戦の末に綺麗に終局を迎えるのがいい

――闘志っていうのは大事なんですね。

阿久津 勝った時、狙って指したものが当たった時の快感も大事かなと。とにかく勝てるのは何でも嬉しい(笑)。欲を言えば、熱戦の末に綺麗に終局を迎えるのがいいです。泥仕合になってしまうのは、ちょっとイヤですね。

――それは記録に残っていくから?

阿久津 棋譜が残りますからね。未来の人から「なんだ下手な棋士だな」なんて言われるのは避けたいですからね。

――そうして2018年に2度目のA級、順位戦を迎えました。まさに混戦のB級1組からの再昇級でしたが。

阿久津 正直、最近のAとB1クラスは大変だと思います。僕が前に経験したAクラス昇級時より、稲葉陽さん、広瀬章人さん、豊島将之さんなど年下が力をつけていた。斎藤慎太郎さんや菅井竜也さんというさらに若い棋士も活躍してるなという印象で。僕が自然に世代的には中堅になってしまったというか。より競争がシビアになっている印象ですね。

A級順位戦の初勝利目前で震えが……

――棋士の現役年齢が上がってきてる気もします。今や大山時代を終わらせた羽生世代もまだ第一線にいるという……。その棋士の年齢層の分厚さを昨今、ファンとして感じるんですが。

阿久津 確かに年齢差があるのに、実力格差が縮まっているとか、現場では感じますね。棋士の実力が底上げされたという。AIの存在もあると思いますが。ベテランを追いかけやすい研究環境でありつつ、ベテランも若手の実力を学んで戦えるようになったということでしょうか。

――棋士人生が従来より伸びてきてますね。

阿久津 先はわかりませんが、とにかく険しい感じにはなるでしょうね。

――そういう世代交代ならぬ世代混戦のA級順位戦でしたが、最終局は佐藤康光さんでした。

阿久津 事前にどういう勝負になるかは絞りきれませんから、負けたら順位戦全敗だとか、そういう雑音はあまり考えすぎずに臨みました。結果的には穴熊に入ったんですが、意識せずに自然に戦えたので、勝てて良かったとしか言いようがないですね。最後は出たとこ勝負だというぶつかり方をしました。小さいミスを積み上げていたな、と反省材料はありますが、読み間違いなく終えられたのでホッとしました。

――終局前に中継を見ていると、手元が震えてましたが……。

阿久津 震えると言えば羽生さんですけども。僕の場合も対局中にどこか力が入るとか、震えるとかはあります。勝負がはっきり決まってない時間が長いと震えるものだと思います。それと、震えるのは勝ってる人だけだと、見ていて気づきました。

――負けている側じゃなく。

阿久津 ええ、ようやく勝ったなという気持ちが身体反応に出るんです。負けた側はわかっていますからね。がっかりしちゃって、死を待つだけで覚悟してるので震えない。もし震えてたら変な局面でしょうね(笑)。力が抜けてる場合はあるかもしれないけど。

アラフォー棋士として、将棋に思うこと

――阿久津さんにとって、順位戦をどう捉えてらっしゃるんですか。大目標として名人位を狙うというような。

阿久津 まずはひとつ上のクラスを、というのが捉え方ですね。いまB級1組にいて、名人位を狙うなんて言えません。もし言えるとしたら、注目を浴びているか、自分に絶対の自信があるかのどちらかでしょうね。

――年齢的には中堅と仰ってましたが、意識してしまいます?

阿久津 20代半ば、30代はじめの頃は年齢は意識しませんでしたが、37歳になった今では、必然的に頭も含めた体力など考えていかなくちゃいけないなとは思っています。将棋観は変わっていませんね。常に面白いですし、他の棋戦も気になっています。子供と遊んでる時も途中経過を見たりして。将棋を好きであるという感覚が持てなくなったら引退なんでしょうね。

――数年前に比べて、ご自分で棋力がどうなったかは思うところはありますか?

阿久津 自分では前よりも強くなっていると思いたいですね。そうじゃないとプロとして困ります。勝負とは別ですよ、若い時は勢いで勝てたりしたものですから。総合力、判断力では上がっているんだと信じたいです。現状維持したいと思ったら、ヤバいかなと思います。

――木村一基さんの快挙があったように、年齢を重ねたからこそできる将棋もあるのでしょうか。

阿久津 そうですね。勢いだけでは長い期間の活躍は難しいですから。経験値を上げていき、修正し新しい指し方に挑戦するという、木村さんの歩みは1つの指標みたいになったと思いますね。半端な経験だけは避けたいですが。

今も将棋を続けていける基本は「楽しさ」

――お子さんが生まれて将棋は変わりましたか?

阿久津 そこまで生活が変わったという気はしないですよ。1日ずっと盤に向かうタイプでもないですから。児童館に一緒に行って、開催中の棋戦をスマホでちらっとチェックしておくという。

――それはプロだから?

阿久津 基本、中継されてるものは観戦するんです。それは職業意識ではなく、単に好きだから。

――他の棋士もそうですか?

阿久津 棋譜を見ればいいという方もいますよ。人間の将棋に興味がない人も。僕はプロ意識より趣味意識が強くて、仕事だと割り切ってないところがあるかも。仕事だと思って対局に行くと辛いですよ。

――でもお子さんは環境が環境だけに将棋に興味を持つんではないですか?

阿久津 どうなのかなあ(笑)。僕は父から教わって、千駄ヶ谷の将棋会館へ通い、その後に八王子将棋クラブに入ってから本腰を入れたタイプですからね。「小さい頃から英才教育!」っていうノリはないですね。振り返ってみると、子供の時にハマった唯一のことが将棋でした。級が上がらずに悩んだものだったんですが、スイミングより楽しかったのかな。子供にも楽しいと思うものや場所を見つけてほしいと思います。自分が出会った将棋、今も続けていける基本は楽しさですから。今後も、子供の時に感じた楽しさをベースにして、タイトル戦に絡めるよう戦っていきたいと思います。

写真=佐藤亘/文藝春秋

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