前編
2022年01月05日
日本の共創・オープンイノベーションに関わるキーマンの言葉を紡ぐシリーズ、今回は女流棋士の里見香奈さんに登場いただきます。
里見さんは、12歳という若さで将棋界の門を叩き、勝負の世界で生きていくことを志されました。
日本の将棋界では「プロ棋士の制度」と「女流棋士の制度」が併存していて、女流棋士がプロ棋士の養成機関である奨励会員と対局することはありませんでした。周辺の人たちの支えもあり、里見さんは2011年奨励会に挑戦します。
将棋を指す上で、戦いに挑む準備、刻一刻と求められる判断、戦略の読み方などは、日常のさまざまな局面によく例えられます。起業家の中にも将棋が好きな人が多いのは、将棋に臨む姿勢や感覚が、どこか事業を牽引していく毎日に通じるものがあるからでしょう。
本稿では前後半にわたり、里見さんが棋士を目指したきっかけ、自信の持ち方、周りへの働きかけ方などについてお話を伺いました。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は里見氏、文中敬称略)
棋士を目指したきっかけ
12歳でプロになられたということですが、その時点で将棋を職業にして、ここを極めていこうという気持ちをすでにお持ちだったんでしょうか?
里見:いえ、特にはなかったんです。プロ棋士になったという実感はあまりなかったですし、将棋が好きで、女流棋士という目標があってなんとか実現することができたので、職業というよりは自分の好きなことをやっていける喜びとか、少しでも上に行けるように精進したいなという気持ちでいました。
私は飽きっぽいというか、一つのことを続けるのが難しい性格なんです(笑。その中でも将棋だけは続いていて、唯一自分が好きで自らのめり込んだものだったので、そういうものを早い段階で発見できたのは幸せなことだったなという風に振り返って思います。
(将棋は)勝負事なので、どうしても勝ち負けが生じてくるんですけど、負けた時に将棋はすべて1人で受け止めないといけない。他のスポーツなどと違ってコーチとか監督とかが全く付かない職種なので、それを1人で受け止める力、精神面の強さを求められます。やっていくうちに、それがすごく重要なことだなというのを実感していきました。技術面はもちろんなんですが、それ以外でも精神面の強化も必要なんだなと徐々に学んでいきました。
結果に執着するよりも、自分の力を出し切ること
将棋の分野でも、将棋以外の分野でも、好きだから続けたいという気持ちはある中で、成績を収められる、成功するというところで、何か大切にされているところはありますか?
里見:女流棋士になりたての頃は、とにかく一つでも多く勝つこと。すごく「勝ち」に執着していました。それ以外、たとえば技術面や精神面には重きを置いていなかった。とにかく「勝ちたい」という気持ちが前面に出ていたんですけど、ある程度戦っていく中でそれだけではいけないなと気づきました。結果よりも自分の棋力向上を第一に考えるようになりました。それによって、純粋に結果に執着しなくなった。良いか悪いかは微妙なところではあるんですけれど、私の場合は無我夢中で目の前のことに集中することを第一優先に考えるようになったので、それが最終的な結果につながってきているんじゃないかなと思います。
私の場合は、勝ちに執着している時って力んでしまって結果が出なかったんですよね。これじゃマズいなということを徐々に考えるようになりました。やはり、最終的には負けたとしても、自分の力を出し切って負けたなら仕方ない。またそれで勉強して次に向かえばいいかなと思いました。まずは、自分の力を出し切ることが第一。負けた時に後悔がないので。意識的にそう考えるようになってからは、無意識でそこに向かえてるんじゃないかな。結果をあまり変に意識しなくなりましたね。
将棋を忙しくやられていた中で、卓球にもかなり励んでいらっしゃって、成績を収められていますね。
里見:そうですね。でも体力面で、基礎体力もつけられたと思うので、結果的によかったなと思っています。
一つのこと、とにかく将棋が強くなりたいという気持ちがあるんですが、その他のこともすべて将棋につながっている。ストレッチや筋トレにしても、将棋をするに当たって体力がいるので、巡り巡って将棋につながっていたり。将棋の業界以外の方とお話しする時も、さまざまな視点でお話しさせていただく中で気づかされることもありますし、学びがとても多いです。最近、すべてが将棋につながっていると思うようになりました。
経験に勝るもの無し
もし里見さんが、将棋の世界で活躍できていなかったとしたら、何をしてらっしゃったと思いますか?
里見:私は大学に行っていないんです。中学の時に女流棋士になって、将棋が最優先になったので、学業はしてはいたんですけど、大学に行く選択肢はその時は考えられなかった。普通に大学生活を送っている子たちを見ると、いいなって思ってますね。
普通に大学生活をエンジョイしてみたい(笑。後悔はしていないですけど、そうやって青春を謳歌している方を見ると、「いいな」と羨ましい気持ちが少しありますね。
将棋をやっていたから、時間を無駄にせず過ごすようになったと思うんです。(将棋をしていなかったら)自分の好きなことを見つけられないまま、停滞してたんじゃないかなって思います。何をしたらいいのか分からない状態だったかもしれません。
起業家の世界でも、就職してから起業する人もいる一方で、思い立ったら起業した方がいいという意見もあり、中学校で起業を促すようなコースがあります。里見さんなら、どんなアドバイスをされますか?
里見:私は基本的に経験を重視するので、自分の頭で深く考えるよりは、やりたいと思ったらとりあえず経験してみてから失敗を元にまた勉強するなりした方がいいのかなと思います。とにかく若い時から経験をどんどん積んで、実際に積んでから勉強したいなって個人的には思います。自分の経験を元に個性も作られてくる。私自身は、けっこう考えるより行動するタイプですね。必死に頑張っている方を見ると応援したくなります。辛い気持ちがわかるというか。手段はどうであれ、自分のしたいことに向かって頑張っている方は応援したいです。
しかし世の中全てうまくいくとは限らなくて、失敗するケースもある。起業家の世界も9割失敗すると言われています。将棋の世界も、皆が里見さんみたいに優勝できたり優秀なタイトルをバンバン取れたりするわけではないと思います。負けた人たちはどうリカバリしているのでしょうか?
里見:基本的に、棋士や女流棋士は対局が第一優先なので、対局を戦っていくんですけど、でも予選で負ける方もいらっしゃって、早々に対局がなくなる方もいらっしゃるんですね。そうなってくると、アマチュアの方に指導する「指導対局」という場やイベントに参加して普及面で活躍されたりしている方もいらっしゃいます。
将棋って対局する上で作戦を練っていくんですよね。自分の中で練りに練って出す人もいるんですよ。でも、ある程度行けるなと思ったら、けっこう重要な対局でパーンって(戦略を)出す人もいるんですよね。重要な対局で出して失敗する可能性もあるじゃないですか?
たとえば、あと1局でタイトル取れるっていう勝負で出す人もいれば、無難に温めて取っておく人もいるんですよね。だから、そのリスクっていうのは失敗してしまうと、確かに後戻り、後悔してもしきれないところがあると思うんです。なんであれを使ったのかなって。でも逆に失敗してもいいやって思える人は使う。リカバリというか、自分が最悪失敗してもそれを一つの経験として考えられる方はまた次の糧にする。
皆さんがやっていないことを研究して、自分だけが知っているというメリットもあるんですけど、それが破綻している場合もあるんです(笑。だから一概にどうすればいいのかっていうのは自分の判断でしかないんです。私はどちらかというと、大きなところでそれをぶつけることもあります。自分がやりたいと思ったら、結果より強くなることが第一。知識とか、自分が成長することが大事なので。失敗すると後悔はするんですけど、自分の成長が優先なんです。だから、けっこう出すタイプですね。
思い通りにならないのは将棋も同じ
対局では戦略を考えて臨まれると思うんですが、対局中に、状況が思ったように進まないという時もあると思います。戦略を立て直す時には、どういう考え方をされてらっしゃいますか?
里見:将棋の場合は対策を立てていくんですけど、けっこう思い通りにならないことが大半なんです。ある程度は考えていったようになるんですけど、そこから深く研究したことのようにはほぼならなくて、巡り巡って違う対局の時に現れてきたりするんです。
必ずしもっていうことではないんですけど、ある程度対策していったことがあって、良くなったら良くなったでいいんですけど、悪くなった時は、そこで後悔してしまうとまたミスを生むんです。だから精神面がすごく大事になってくる。
本当に、一瞬一瞬切り替えていかないといけないんですよね。だからその時々に集中していかないと、最終的には負けた後にものすごく後悔することになるんです。なんであの時後悔してたのかなっていう後悔をしてしまうので。その辺りはけっこう難しいですね。純粋に将棋に集中しないといけない。もう過去は仕方ないから。
将棋にはいろんな役割を持つ駒がありますが、それを、司令塔となって動かしていく際にはどう考えるのが大事だと考えておられますか?
里見:盤面は広くて、戦いが起こるのが右側だったり左側だったり、いろんな場所で起こり得るんですよね。当然、右側で起こった場合は右に集中しがちじゃないですか。でも、全く放置していた方がいい場合とか、盤面を広く見た時に違う構想が出てきたりするんです。
あまり物事が起こっているところを重視しすぎてそっちに意識を持っていかれてしまうと、本当に大事なことが見えなくなったりする。
将棋って、集中してくると前傾姿勢になったりするんですよね。前傾姿勢になるとそこだけに行ってしまいがちになるんですけど、盤面を広く見て考えたり、お茶を飲んで一呼吸置いてから考えたりすると、気づかない手が見えたりするんです。そういうのがすごく大事かなと思います。
(後編に続く)
情報源:結果に執着するよりも、自分の力を出し切ることーー女流棋士・里見香奈さん(前編) | インタビュー | MUGENLABO Magazine – オープンイノベーション情報をすべての人へ
/
女流棋士 里見香奈さん
特別インタビュー👘🌸
\プロ棋士の養成機関である奨励会に、女性で初めて挑戦した、先駆者的存在である里見さん。
棋士を目指したきっかけ、自信の持ち方などについてお話を伺いました!#里見香奈 #女流棋士 https://t.co/TSM827mdiZ
— 【公式】∞ Labo-スタートアップ×大企業の共創 (@KDDI_mugen_Labo) January 5, 2022
|
★