女流棋士 (写真提供:日本将棋連盟) 里見 香奈

思い通りにならないのは将棋も同じ。最後は自分を信じるーー女流棋士・里見香奈さん(後編) | インタビュー | MUGENLABO Magazine

後編


2022年01月07日

女流棋士 (写真提供:日本将棋連盟) 里見 香奈
女流棋士 (写真提供:日本将棋連盟)<>br />
里見 香奈

日本の共創・オープンイノベーションに関わるキーマンの言葉を紡ぐシリーズ、今回は女流棋士の里見香奈さんに登場いただきます。

里見さんは、12歳という若さで将棋界の門を叩き、勝負の世界で生きていくことを志されました。

日本の将棋界では「プロ棋士の制度」と「女流棋士の制度」が併存していて、女流棋士がプロ棋士の養成機関である奨励会員と対局することはありませんでした。周辺の人たちの支えもあり、里見さんは2011年奨励会に挑戦します。

将棋を指す上で、戦いに挑む準備、刻一刻と求められる判断、戦略の読み方などは、日常のさまざまな局面によく例えられます。起業家の中にも将棋が好きな人が多いのは、将棋に臨む姿勢や感覚が、どこか事業を牽引していく毎日に通じるものがあるからでしょう。

本稿では前後半にわたり、里見さんが棋士を目指したきっかけ、自信の持ち方、周りへの働きかけ方などについてお話を伺いました。(文中太字の質問は全てMUGENLABO Magazine 編集部、回答は里見氏、文中敬称略)

周りの意見を聞くか、自分を信じるか

戦略を出していく中で、一応、頭の中で用意はしていくものの、その通りにならないことが多いとおっしゃいました。ビジネスもうまく行かないことが結構ありますが、多くの人はプランA、プランBくらいまでしか考えない。ソフトバンクの孫正義さんは、7手先まで考えているとおっしゃっています。里見さんは、何パターンくらい考えて臨まれるのですか? もしくは感性を鋭く持つことによって、パッと代替案が思いつかれるのでしょうか?

里見:将棋って、相手は決まっているんですけど、先に指すのか後に指すのかっていうのが決まってない場合があるんですよね。決まってる場合もあるんですけど。決まってない場合の方が多いんです。そうなってくると、先手の場合と後手の場合の選択肢がそれぞれあるわけじゃないですか。2つ用意しないといけないんです。先手だとこれかこれかこれ。で、その研究を始めて、後手だとこれかこれかこれっていうのを考えるんです。

毎回、一生懸命やるんですけど、どうしても対局の間隔が短いと万全の態勢でできないこともある。さっきも言ったんですが、事前の研究がほとんど通用しないことがが多くて、対局で現れたりすることもある。人それぞれですが私の場合は得意戦法が決まっていて、相手の方がどういう棋風かによって、どういう将棋になるのかなってある程度予想できるんです。得意戦法が無く何でもできる方っていうのは、なんでも対応できる分、研究を絞りにくかったりもする。

私はけっこう決まっているので、ある程度対策していくんです。向こうからも研究されやすいんですよね。最近、それに加えて将棋ソフトがものすごく強くなってきて、それに研究してたものを入れると形勢判断というか、どっちが良いというのを点数で表示してくれるんです。当然、みなさんそれを使われてて、こうなったらこっちが良いっていうのをどちらも勉強しているような感じなんです。

私は、その数字はもちろん大事だと思うんですけど、でも私がやっている戦法は、だいたいこっちがちょっと悪いですよって段階から始まるんですよね(笑。でもその分、経験値でカバーしようっていうことなんです。自分が何年もかけてやってきたものなので、いくらソフトが良いって言ったところでそれは研究とかじゃなくて、経験でカバーして勝負しようとしてるんです。

ソフトが良いって言っても外れてしまえば経験がモノを言うので、研究でこちらが悪くなってても、自分が戦えると思ったら踏み込んで行ったりもするんです。そこは、けっこう難しいんですよね。大半の人がその局面にはしない、それはやめた方がいいよって言ってても、でも私はできると思うからやりますって感じなんです。経験とか、今までやってきた自信とかでこれは自分だったら戦える、自分しか戦えないからっていう構成も出していきたいと思うんです。

スタートアップの業界も「こんなビジネスは失敗するぞ」って、100人中99人がダメ出ししたのに大成功している事例がいくつもあります。反対に大多数が「いけるかも」って言ったのに失敗している例もあります。先ほどの里見さんの話で言えば、ソフトの言うことを信用していいのか、経験に裏打ちされた自分の確信みたいなものを信用した方がいいのか。どっちでしょうか?

里見:私は研究の中で、自分が悪いと思う変化は避けるわけなんですよ。去年あったのは、タイトル戦であともう一局でどっちかの手に渡るっていう決着局があった。その時に研究しすぎて、私がやってる戦法が悪くなるんですよ、どんな変化も。

でも、これはソフトがそう言ってても自分の経験だったら戦えるだろうと思って、これにしようって割り切ったんです。ものすごく行き詰まった時に、いくらソフトとか周りがダメって言っても、自分はもうこれで戦おう!と思って、結果、幸い勝てました。

そういうのってある程度考えて、行った先がそうならもう仕方ないのかなって思いました。自分を信じる。最後は自分を信じて、ここまで考えたんだからこれで行こうって判断するのは大事なのかなってその時に思いました。

ダメ元でもお願いしてみると、受け入れてもらえることは多い

今回の取材で棋士や女流棋士というのがあり、それまで女性で棋士が誕生したことが無いということも初めて知りました。実際に最前線にいらっしゃる身としてどうお感じですか?

里見:女流棋士は棋士と比べてまだ歴史がすごく浅いんです。あと、人口が圧倒的に少ない。今はどんどん小さい女の子も始めていますが、私が将棋を始めた時はけっこう、私1人という感じでした。

中国地方だったんですけど、大きい大会に行ってもほぼ私1人で、すごく注目していただいたりしていたんですけど、今は、割と女の子がいるのが珍しくない時代になっていて、これからすごく期待できるんじゃないかな。人口がどうしても少ないので、徐々に増えていけば棋士の可能性は十分あると思います。

私も棋士を目指した時期があって、それは同年代の男の子と戦いたくて。小学生の時は全国大会を目指してやっていました。全国大会にいた男の子たちは当然棋士を目指して向かっていってたんですけど、私は女流棋士でやっていて。ある程度戦ってきた時に、私も目指したいなっていう気持ちがずっとどこかにあったので、そこでそちらの道に行ったんです。

私はすごく動機が強かったんで行ったんですけど、そういう風に思える環境とか、普通に過ごしていて導いてくださる方ってなかなかいないんですよね。今は目指している子も増えてきたんですけど。私の時は極端に少なかったです。今は徐々に増えてきてるかなっていう風には思います。

私は、あえて周りに男性ばかりいる道に行って、絶対に勝ってやるみたいな感じでいたんですけど、他の業界でも、自分が本当にここでやってみたいっていう気持ちがあるなら、行って挑戦してほしいなってすごく思います。周りの環境に左右されてほしくない。自分の気持ちを第一に挑戦していただきたいと思います。

「男の子にも勝ちたい」と小さな頃から将棋を頑張ろうって思ってらして、女性の先輩方があまりいい成績を残せていなかった現実もあったと思います。当時、ご自身の将来に不安はなかったですか?

里見:棋士になるためにそっちで戦いたいなって思った時に、周りからものすごく反対されたんです。親からも反対されて。でも、「全てを失ってもそっちでやりたいんです」って言いました。まだ若かったんで(笑。19とかだったんで、周りにどれだけ迷惑かけてるとか全く考えられなかったんですけど、とにかくやりたかった。誰にも相談せずに自分で決めたんです。

親にも、「こうする」って言った時に、「それだけはお願いだからやめて」みたいなことを言われました(笑。プロ女流棋士を目指したときには、当時の将棋連盟の会長が全てうまくいくようにやってくださったんです。女流棋士の方も、奨励会っていうんですけど、棋士を目指す方も。今までそういう例がなかったので、規定とかも全部作ってくださって。

本当にその時は賛成してくれる人がほぼいなかったんですよね。周りには本当に反対されたんですけど、でもなんとも思わなかったですね(笑。今考えると本当に申し訳ないことして、ご迷惑をかけたなって思うんですけど。でも、やってよかった、決断してよかったなっていう風に思います。

編集部解説
奨励会とは、将棋のプロ棋士養成機関のことで正式には「新進棋士奨励会:と言う。平均して12歳から13歳で入会し、数年〜十数年にわたって同じ境遇のライバルらと戦い、成績優秀な者(年4人)が四段に昇段することでプロ棋士になれる。女性が奨励会を勝ち抜きプロ棋士になったケースは今のところ無い。

女流棋士になるには奨励会とは別の研修会が養成プログラムを運営しており、2011年までは、奨励会と女流棋士は兼任が認められていなかった。2011年、里見さんが奨励会に挑戦したことを機に兼任が可能となり、女性奨励会員による女流棋戦の参加が可能となった。里見さんは2018年、年齢制限を理由に奨励会を退会した。
先ほど、経験を重視したいというお話をしていて、経験とは場数だ思いますが、場数を手に入れるためには強くならないといけなくて、強くなるためには場数が必要という、鶏と卵のような関係があると思います。場数もしくは経験をたくさん手に入れるためにやっておられる努力は、どのようなものがありましたか?

里見:私の場合だと、19の時に島根から大阪に出てきたんですけど、その時は周りが本当に男性ばっかりの中で、私、昔はすごく人見知りだったんです。だからもう人に声をかけるのもけっこう勇気を振り絞って言うタイプで、周りが気になっていたんですけど、将棋を強くなるって決めた時から周りを一切気にしなくなったんです。

もうどう思われてもいいから、たとえば私よりも棋力が上の先生に将棋をお願いする。自分が全然棋力が無い状態でお願いするっていうことは、周りからしたらありえないことなんですよね。ちょっと失礼っていうか。身をわきまえていない。でも、私はそんなことはどうでもよかったんで。

ダメ元でもう、断られるだろうなって思っても、けっこう上の先生に将棋を教えてくださいって言いに行ったら、いや、全然いいよーみたいな感じで言ってもらえて、そこから縁が広がっていきました。将棋を教えてもらえる場をゲットしたみたいな感じ(笑。手段を選ばない。自分にできることを、周りを気にして躊躇するのは止めたんです。

みなさんにも、どんどん積極的に行ってもらいたいんです、女性とか男性とか年齢とか関係なく。失礼なことはもちろんしたらダメだとは思うんですけど、でも熱量があるなら一生懸命お願いするとか、一生懸命向き合うとか、自分にできることをしてもらいたいなと思います。積極的にどんどん前へ。じっとしてても何も変わらないので。それは自分自身もすごく学びました。

後進の方々には里見さんを目標にしている方が多いと思うんですけど、里見さんご自身は、ロールモデルとか目標にされた方って誰かいらしたりしますか?

里見:大阪に出てきて、将棋だけじゃなくてアドバイスとか精神面で教えていただいた先生がいたんです。畠山鎮先生という方なんですけど。将棋の技術だけじゃなく。その方にお願いしたんです、ダメ元で。

けっこう上の先生なのに、ダメ元でお願いしたら「いいよ」って言ってくださったんです。その方に将棋の精神面でのアドバイスとか技術面も学びましたし、私にとっては本当にいい出会い、縁でした。今でも教えていただいています。

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