まずは振り駒、どちらが先手を取るかな?
2021年8月31日 18時00分
将棋の永瀬拓矢王座(28)に木村一基九段(48)が挑戦する第69期王座戦5番勝負が、9月1日に仙台市で開幕する。木村九段は一昨年、史上最年長の46歳で初タイトルの王位を獲得。「中年の星」として話題を集めたが、昨年の王位戦7番勝負(東京新聞主催)では藤井聡太棋聖(当時)に4連敗で失冠した。しかし木村九段は前進をやめなかった。「どれも満足のいく内容だった」という王座挑戦までの戦い、人工知能(AI)による研究の現状まで、木村九段の取材を続けてきた本紙の樋口薫記者が話を聞いた。
▽木村一基(きむら・かずき) 1973年、千葉県四街道市出身。故佐瀬勇次名誉九段門下。97年プロ入り。2019年、7度目の挑戦で初タイトルの王位を獲得。「千駄ケ谷の受け師」「将棋の強いおじさん」などの愛称がある。―挑戦者決定トーナメントの戦いについて聞かせてください
「王座戦は2008年の挑戦以降、なかなか勝てていなかったが、今期は4局とも内容が良かった。事前に調べた作戦がうまくいき、小さなリードを最後まで生かすことができました。初戦の澤田さん(真吾・七段)は難敵だと思っていたが、冷静に対処でき、最後もすぱっと決まった。2回戦の高崎さん(一生・七段)は、かみついてくる攻めの棋風。じっくり穴熊に囲う手もあったが、こっちから打って出たのがうまくいきました。今期は常に踏み込む、積極性のある手が多かった点も良かったです」
―準決勝は石井健太郎六段(29)戦でした
「渡辺さん(明・名人)を破って準決勝に来ているので、勢いがあると思いました。実際、私が先手なのに先に動かれてしまったが、ごちゃごちゃして訳が分からなくなってから、うまく指せたかなと思います」
―挑戦者決定戦の相手は日本将棋連盟会長の佐藤康光九段(51)でした
「定跡があるようでない方なので、対策がしづらかった。佐藤さんの戦法は破天荒なようでも、綿密な考えに基づいている。その辺を丁寧に掘り返し、対局に臨みました」
―佐藤九段の先手矢倉に、近年よく指される「雁木がんぎ囲い」で対抗しました
「事前に想定していない展開でした。(駒組みの段階で)5筋の位を取った手は、AIがなかったら思い付きもしなかった手です。昔ならもう少し待ったんじゃないか。今は行けるときは行くんだという発想になっている。後手番としては満足という進行でしたが、夕食休憩の時点ではむしろ悪いと思っていた。佐藤さんとやると、後半に攻めまくられる形になる。ジャブは放たないんです。ハードパンチしかこない。休憩中は横になりながら、そういうパターンになってしまったと思っていました」
―そこから角打ちの勝負手で流れを引き戻した
「わけが分からず、読み切れないまま打ちました。あそこで佐藤さんが角を取らず、玉を逃げていればこちらが悪かったはず。取ってくれた瞬間、ほっとした記憶がある。最後は相手玉に詰みもあったようですが、こちらは自玉が詰まないかを必死に確認していました」
―決定戦を振り返って
「一度は逆転されたので反省点もあるが、まずまずの内容だったかと。確かにトーナメントの全局が満足のいく将棋というのは珍しいかもしれない。ただ、これが番勝負でも続くかどうかは分からないです」
―AIの話が出ましたが、AI研究は将棋にどういう影響を与えましたか
「昔は『これにていい勝負』という結論で終わることがよくありましたが、今はそれでは甘い。その先はどうなの、というところまで研究しないと。挽回のきかない優劣にまで研究が直結するようになった。ぶつかった段階で準備したものの成否が出て、ミスがなければそのまま一方的に終わってしまう。力で挽回できるという時代は終わったと言える。それだけ事前準備の持つ意味が大きくなっています」
―挑戦決定直後の記者会見では「研究時間を増やした」との話でした。2年前の王位挑戦時にも同じ言葉があったが、そこからさらに増やしたということですか
「そうです。もう、ほかにやることがあまりない。趣味もなくなり、飲みに出掛けることも減った。空き時間があればパソコンに向かっています。記憶力も悪くなってるから、繰り返しやらないといけない」
―酒量も減りましたか
「飲んでますけど、量は減ってますね。酔っぱらっちゃいますから。飲んでから研究することもあるが、いいものが出ても忘れちゃう。やった気分になってるだけで良くない。直さなくてはいけないところです」
―対人での研究会とパソコンでの研究の比率は
「パソコンを見ていろいろ考えている時間が一番長く、研究会で人を相手に試し、そこで考えたことをまた検証し直す、という感じです。ただ、以前のように感覚でこれをやってみたい、というのではダメ。こういう理由で試してみたいというところまで突き詰めないと、時間の無駄になる。そういう手間を惜しんではいけない。あと大事なのは記憶力ですね」
―独りでパソコンと向き合うのは、つらい作業にも思えますが
「AIは最善手を教えてくれるけど、なぜその手がいい手かは教えてくれない。結論を自分で導き出さなければならず、そこはつらいところ。ただ、やってて良かったと思う時はある。『あ、こういうことか』と、今まで分かっていなかった理由を発見した瞬間というのは面白いし、やりがいも感じます」
―研究用のマシンやソフトにこだわりは
「そこは何でもいいと思ってますが、正月にパソコンは買い替えました。藤井さんが使っていたCPU(中央演算処理装置、AMD社のライゼン・スレッドリッパー)を搭載した高級機種。妻に『何が変わったの?』と聞かれたけど、私も分からない。読んでいる手の表示数は増えたけど、『こんなにするの?』というのを買ったんだから、そりゃそうでしょと。でも研究に向かう気持ちは保証されました。元を取らないと(笑)」
―それだけ研究時間を増やし、効果を実感しますか
「いや、現状維持が精いっぱいです。今回の挑戦だって名誉なことではあるが、力が付いたというより、たまたま星が偏っただけ。ツイていたということだと思っています」
―永瀬王座との5番勝負について、印象は
「根性の人、ですよね。まんべんなく勝っていて、調子がいいんだろうと感じます。ただ、過去の対戦数が少ない(3勝3敗)ので、まだよく分からない相手という印象です」
―理想の展開は
「番勝負は1局勝つと違ってくるので、なるべく早く1回勝ちたいというところ。あとは私が1日制のタイトル戦がかなり久しぶりなので(2009年の棋聖戦以来)、ペース配分が大事かとも思います」
―最後に、今回の挑戦について。長年の目標だったタイトルを一昨年獲得し、普通なら満足し、気が抜けてもおかしくない。そこでさらにアクセルを踏み込んでいけた要因は
「現状維持の延長ですよ。落ちないように、といろんなことをやっている中で、一つだけいいことがあった。実力の割にそれが目立っているという感じです」
―とはいえ、その年齢で趣味の時間もなく将棋に向き合い続けるのは、並大抵の努力ではないですよね
「確かに、これだけ勉強しなくちゃいけないというのは、10年前には想像し得なかったことではあります。ただ、AIによって全体的なレベルが上がったこともあり、棋士はみんなきつくなった。私だけがきついわけじゃない、という思いでやっています」
情報源:AIで将棋研究「挽回のきかない優劣にまで直結」 王座戦に挑む“中年の星”木村一基九段インタビュー:東京新聞 TOKYO Web
明日から開幕する王座戦5番勝負を前に、挑戦者の木村一基九段に話を聞きました。
「事前研究が優劣に直結する」「力で挽回できる時代は終わった」
特にAIによる研究の話は印象的です。
ぜひご一読ください。(樋)王座戦に挑む"中年の星”木村一基九段インタビューhttps://t.co/Keri97WAgW
— 中日新聞 東京新聞 将棋【公式】 (@chunichishogi) August 31, 2021
永瀬王座の振り歩先
|
|
今はGPUを使う「dlshogi」が重要になるんだっけ?
|
|
|
|
|
|
★