9/全9回
2016年11月25日 16時30分
■ゲームでなく芸術、名局集は文化遺産
――最近は将棋がメディアで取り上げられる機会が増えています。
以前より身近になっていると感じます。でも、社会全体で見ると、まだ将棋を指さない人の方が多い。より深く将棋の魅力を知るために、ぜひ自分で指してみて欲しいです。あと、この機会に言っておきたいのですが、これまで無心で将棋に打ち込んでこられたのは、新聞社を始めとするスポンサーのおかげだと感謝しています。
――76歳の今も現役です。
対局が終わるのが深夜になることもありますが、疲労困憊(こんぱい)になることはありません。ただ、医者からは、食べ過ぎに注意するように言われています。かつては対局中に板チョコを4枚食べることもありましたが。
――順位戦の5クラスのうち、一番下のC級2組に所属しています。昨年度は10戦全敗でした。今年度も成績が悪いと降級し、引退が決まります。
いつの間にか、このクラスになっていたのは残念です。昨年はまだ余裕がありましたが、今は現実を受け止めています。最盛期の勉強時間は1日1時間半でしたが、今は3時間に増やしました。
――研究熱心な若手に苦戦することが増えています。戦術の進化に伴い、以前の常識が通用しないこともよくあります。
昔は、誰が相手でも同じ戦法で戦う棋士が多かったのですが、今は違います。「加藤が相手だから、この作戦を使う」という人もいる。そうしたことへの対応は十分ではなかったかもしれない。これまでよく「天才」と呼ばれてきましたが、過去のことはもう捨て去りました。一日でも長く現役でいられるように、精進したいです。
――これまでの将棋人生を振り返って、後悔することはありますか。
1千回以上負けているので、反省すべき点はあるかもしれません。でも、成功だけでなく、失敗にも意味があったと思います。悔いはありません。
――失礼ながら、一時代を築いた故大山康晴十五世名人、中原誠十六世名人とはどんな点が違ったと思いますか。
確かに実績では届いていません。でも、充実した将棋を指してきたという自負はあります。
――あまり、他の棋士と比べてお考えにならないのですね。
おっしゃる通りなんですよ。棋士になった時も、A級八段になった時も、「升田幸三先生(実力制第四代名人)、大山先生をしのぐ棋士になりたい」とは思わなかった。お二人には敬意を持っていましたから。そもそもプロはみな、代替不可能な天才的な存在。私は勝負師ですが、それよりも目指してきたのは真理の探究です。
――これからの目標は。
自分の全ての将棋を収めた名局集を出すことです。これは文化遺産になりますよ。解説が必要な点が違いますが、私は将棋を音楽と同じように芸術と捉えています。ゲームという意識はありません。ベートーベンやモーツァルトの曲と同じように50年、100年、人々の心に残って欲しいと願っています。
(聞き手・村瀬信也)=おわり
情報源:(人生の贈りもの)わたしの半生 将棋棋士・加藤一二三:9 76歳:朝日新聞デジタル
ほぉ・・・