4/全9回
2016年11月17日 16時30分
■長考7時間、名手「▲6二歩」で花開く
――1969年、十段戦七番勝負で大山康晴十段を破り、初タイトルを獲得しました。29歳の時でした。
大山先生とタイトル戦で戦ったのは、これが6回目。タイトルを取って、棋士として生涯やっていける自信がつきました。
――それまでのタイトル戦とは、何か違いましたか。
特にはないですね。それまでの蓄積があって花開いたということでしょう。でも、「予感」はありました。第2局の打ち上げで、先日亡くなった二上達也さん(九段)にビールをついでもらった時に「今日は負けたけれど、今回はタイトルを取れるぞ」と不意に思ったのです。
――なぜ、そのタイミングだったのでしょう。
うーん、わかりません。ただ、二上さんが気心の知れた人だったことが大きいと思います。二上さんは94局(加藤の45勝49敗)戦ったライバル。後に私が名人を獲得した時も立会人を務めてくれましたし、私にとってはありがたい存在です。
――大山十段との七番勝負は4勝3敗と接戦でした。
第4局は私にとって生涯の名局です。中盤で、いい手がなかなか浮かばず、1日目が終わった後も5時間考えました。2日目の朝に再開してからも約2時間考え、ようやく「▲6二歩」という妙手がひらめきました。この手は大変有名で、知らない人は将棋界ではモグリと言われています。ハハハ。
――この時に限らず、1手に何時間も考える「長考」が多いことで有名です。なぜそこまで考えるのでしょうか。
大山先生、升田先生(幸三・実力制第四代名人)と戦うようになったのがきっかけです。それまでは必要ありませんでしたから。でも、この2人には、一度リードを許すとそのまま負けてしまう。「このままではいけない」と思ったのです。
――考えれば考えるほど、いい手がひらめくのでしょうか。
いえ、そうとは限りません。私の場合、どの局面を前にしても、9割ぐらいは最初に思い浮かんだ手が一番いい手です。あとはそれが正しいかどうか、確認している時間が長い。無心の状態だからこそ、直感で良い手が見える。後から思いついた手は、何か落とし穴にハマっていることが多いです。
――通常、持ち時間を使い切ると、1手1分以内に指さなければなりません。その状況でも好成績を挙げたことから、「1分将棋の神様」の異名がつきました。
1手30秒で指すNHK杯は7回優勝していて、確かに早指しは得意と言えます。でも、クリスチャンの私にとって「神様」は神聖な言葉。「1分将棋の達人」と呼んで欲しいですね。
――とは言え、「持ち時間を残しておけば良かった」と思うことはありませんか。
時間に追われてミスをすることは、よくあります。恐らく、200回ぐらいは逆転負けしているはずで、将棋の歴史の中で一番多いでしょう。でも、絶好調の時は1分将棋でも最善の手を指し続けられるのです。「もう少し時間の配分を考えた方がいい」とよく言われますが、何と言うんですかねえ。これが、加藤流なんです。(聞き手・村瀬信也)=全9回
情報源:(人生の贈りもの)わたしの半生 将棋棋士・加藤一二三:4 76歳:朝日新聞デジタル
ほぉ・・・