藤井聡太七段との対局に向けて 47歳おじさん棋士は「今までにないほど勉強している」 | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン

第78期 順位戦 C級1組9回戦 藤井聡太七段 vs 高野秀行六段
2020/2/4 朝10時から対局開始、藤井七段の先手


今期好調、高野秀行六段インタビュー

将棋の順位戦C級1組が佳境を迎えている。

2月4日火曜日に第9回戦が予定されており、現在8連勝中の藤井聡太七段(17)が勝利すれば、B級2組への昇級が確定する。

この注目の対局の対戦相手は高野秀行六段。

1972年神奈川県生まれの47歳。中原誠十六世名人の門下で、C級1組での12期目を戦う棋士である。

1998年に四段(プロ)デビューした高野秀行六段 ©文藝春秋
1998年に四段(プロ)デビューした高野秀行六段 ©文藝春秋

各メディアでも大きく報じられる藤井七段との対局を、対戦相手は、どのような心境で迎えるのだろうか――。このインタビューでは、高野六段にこれまでの順位戦と、藤井聡太戦を前にした現在の心境などをお聞きした。

私にとってC級1組は「家賃が高い」

はじめに「ここまでの順位戦を振り返ってもらえますか?」と話を向けると、高野六段はその前に避けては通れない話題として、前期の成績の話から始めた。

高野 本当は前期で落ちていたはずなんですよ。前期の降級点を持った状態での3勝7敗というのは、普通は降級です。去年3勝4敗で年を越したんですが、そこから3連敗。相手も強かったです。阿部健治郎七段、金井恒太六段、宮田敦史七段、どれも将棋にならなかった。もともと私にとってC級1組は「家賃が高い」ところなんです。

――家賃が高い?

高野 昔から順位戦のクラスと、その人の棋力の関係を「家賃」ということばで表現することがあります。例えば、私はC級1組12期目になるんですが、今期まで勝ち越したことが1回しかない。明らかに家賃が高いんです。ただ、C級2組には10年いましたが、こちらでは負け越したことが一度もなかった。

©文藝春秋
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――つまりC級2組の家賃が合っていたと。

高野 そう。だから家賃が高いC級1組では、恥ずかしながら、いつも残るための戦いを意識せざるを得なかったんです。4勝したらだいたい残れるんですが、3勝してからが長い。そこから蜘蛛の糸を掴むような感覚ですね。3勝で年を越すのと、4勝して年を越すのとでは、気持ちがだいぶ違うんですよ。

成績順に見ていくと上から6番目

C級1組では、成績下位の棋士7人に降級点が付き、降級点を2度取るとC級2組に落ちる。そして勝ち越しか、2年連続で指し分け(5勝5敗)の成績を上げれば、この降級点を消すことができる。

――ただ「家賃が高い」とおっしゃるC級1組で現在6勝2敗として、降級点を消すことができました。この成績は、ご自身でどう思われていますか?

高野 成績順に上から見ていくと、藤井聡太、佐々木勇気、及川拓馬、石井健太郎、都成竜馬、それで私でしょ。あり得ない。ちょっとおかしい(笑)。

――それくらい意外だと(笑)。

高野 奇跡ですよね。

「羽生か森下か」といわれていた時代に

――では、その要因は、どこにあるとお考えですか?

高野 (得意としている)矢倉が再び戦型として流行り始めたことは、影響としてあるかもしれません。ただ、それ以上に大きいのはモチベーションの面でしょうね。先ほども言いましたが、今期は本来ひとつ下でやるはずだったのが、幸運にも残った。だからもらった1年だと思って精一杯やろうと。そして組み合わせを見たとき、9回戦で藤井くん(聡太七段)と当たれるだけでなく、5回戦で、森下先生(卓九段)と当たるというので、すごくモチベーションが高くなりました。

棋聖戦では本戦トーナメント進出を決め、初のタイトル挑戦をうかがう藤井聡太七段
棋聖戦では本戦トーナメント進出を決め、初のタイトル挑戦をうかがう藤井聡太七段

――森下卓九段というのは、それだけ特別な存在なんですね。

高野 恩人ですね。私が四段になれたのは、森下先生のおかげなんです。初段の頃、師匠のところに森下先生が食事に来られていました。私も同席させてもらっていたのですが、その帰り道「将棋を教えていただけますか?」とお願いしました。

これを機に高野六段は、森下卓九段と二人で指す、いわゆる「VS(ブイエス)」という形で、将棋を教わることになったという。

高野 その当時、森下先生は「羽生か森下か」といわれるくらい強かった。私なんかが相手で将棋になるわけがないんです。それでも教えてくださったので、今の私がある。あとは、同門だった島先生(朗九段)にも大変お世話になりまして、このお二人は、本当に恩人なんです。

「森下システム」を考案するなど、居飛車の本格派として知られる森下卓九段 ©文藝春秋
「森下システム」を考案するなど、居飛車の本格派として知られる森下卓九段 ©文藝春秋

――大きなモチベーションで今期に臨まれたと。

高野 ええ。ただ初戦は、千葉くん(幸生七段)でしたが、残念ながら将棋にならなかった。その後、少しずつ他の棋戦でも勝ち始めた頃の2戦目で佐藤秀司さん(七段)に勝てた。3戦目の安用寺くん(孝功六段)との対局は、後で見ると、夕食休憩のときの局面などすごくいいんですよ。でも、それをこけて負けちゃって。

帰るときに「一杯どう?」

――今期の出だしは、1勝2敗でしたね。

高野 そう。ああ今期もダメかなと思っていたとき、転機となったのが4戦目の豊川さん(孝弘七段)との対局でした。この対局は、夕食休憩のときは全然ダメでしたが、たまたまうまく手がつながって勝つことができた。帰り際、靴を履こうとしていたら豊川さんが「一杯どう?」って誘ってくださったんですよ。それで飲みに行ったんですが、とても楽しかった(笑)。

――豊川先生も一緒に飲みに行ったとツイートされていましたね(笑)。対戦した方と飲みに行くのは珍しい?

高野 最近はもう、珍しいなんてもんじゃないですよ。その前にいつ行ったのか記憶にないくらい。

――ご自身から誘うことも?

高野 ないですね。若い頃は、感想戦も含めると終わるのが夜中の1時とか2時で。電車もないし、行き場もないから始発まで飲みに行きましたけど、最近は全然です。

――ではとても珍しいお酒だったと。どんな話をしたんですか?

高野 大らかな先輩ですからね(笑)。将棋の話も、関係ない話もいっぱいして楽しかった。順位戦で、このクラスにいられて良かったと思えたし、なんか気分も楽になったんですよ。

弟子に勝ったら森下九段からメールが……

――ここから5連勝が始まりました。

高野 リズムも良くなったんですね。森下先生とも雑念なく指せて、そのあと森下門下の増田くん(康宏六段)にも勝てた。そしたら森下先生からメールをいただきまして。

――どのような?

高野 「私につづき増田まで可愛がっていただきありがとうございました」と(笑)。

――ははは(笑)。素敵な先生ですね。さてその後、日浦市郎八段、堀口一史座七段にも勝って6勝目をあげられたわけですが、勝ち越しを意識されたのはいつ頃ですか?

高野 増田くんに勝ってからですね。戻せる(降級点を消せる)かもしれないと意識してからは、ものすごく緊張しました。そして8回戦で堀口七段に勝ったとき、本当にほっとしました。

©文藝春秋
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――では、緊張もほぐれて、新たな気持ちで藤井戦を迎えられますね。

高野 気分が楽になり、気持ちもリセットして指せる。こういう状況で藤井聡太戦を迎えられるとは思っていなかったので、嬉しいです(笑)。

AIとの付き合い方がなんとなくわかってきた

新たな気持ちで藤井聡太戦を迎える高野秀行六段は、この対局に向けてずいぶん前から準備を行なっているという。

高野 藤井くんとの対局に向けて準備を始めたのは、秋頃ですね。棋譜を並べるのはもちろんですが、AIでの研究もパソコンのスペックを上げて、今までとは違う形で取り組むようになりました。

――AIの使い方を変えたのでしょうか。

高野 そうですね。自分なりの付き合い方がなんとなくわかってきた感じですかね。AIが示す100点の最善手だと、一歩外すと転落してしまうような断崖絶壁を進むことが多い。そんなのは私には無理(笑)。だから自分に合った80点くらいの手を、検討に使っている手書きのノートと照らし合わせながら、AIとともに探っていく感じですかね。

©文藝春秋
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――100点の手でなくていいと。

高野 100点の手ばかり指せれば藤井聡太になれるんだろうけど、私にはそこまで時間もないですからね(笑)。

――藤井聡太戦は後手番ですが、戦型もなんとなく想定されていますか?

高野 まあ、角換わりを中心に考えています。秋からいろいろ考えて、こんな風にできるかなといった方針が決まったのが年明けですね。もし、想定する局面になったら指したい手は考えています。ただ実際にその通りになるかはわかりませんし、こういった研究で何かができるというのは、また別問題ですが。

角換わりは「プールでどこまで早く泳げるか選手権」

――素朴な疑問なんですが「藤井聡太は角換わりが強い」というのは、広く知られています。角換わりから逃げたり、拒否することはできないんですか?

高野 できますよ。いくらでもできます。

現代将棋の代名詞となった「角換わり」 ©.文藝春秋
現代将棋の代名詞となった「角換わり」 ©.文藝春秋

――では、なぜみんな拒否しないんですか?

高野 拒否をするということは、めちゃくちゃになる可能性があるんですよ。

――見たことのない局面になりがちだと。

高野 そう。角換わりって、「プールでどこまで早く泳げるか選手権」のような感じなんです。角換わりを拒否すれば、荒れた海で泳ぎ合う感じなんですが、これだと自分が溺れてしまう可能性がある(笑)。

――なるほど(笑)。

高野 まず自分が泳げないとダメですからね。昔は、ベテランにはベテランの将棋があるといって、荒れた海での将棋を若手相手に指すこともありましたが、藤井くんには、そういった戦いが通用しない。

――海での戦いになったら勝てないと。

高野 そう。藤井くんの対応能力の高さを見ると、まず勝てないでしょう。だから角換わりでも、まず組み合うほうがいいと判断する。またトップの棋士の場合は、これからもずっと当たりますからね。相手の得意戦法から逃げていられないんです。1回勝負ならいいけど、ずっと当たるので、逃げていられない。

対藤井聡太戦への研究についての話に及ぶと、勝負師の顔をのぞかせて話す高野六段。「今までにないほど勉強している」という対藤井聡太戦へ向けての研究が、今期の好調の一因になっていることは間違いないだろう。
©文藝春秋
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当日はいいスーツを着て行こうかなと

さて2月4日の対局は、関西将棋会館で行われる。その日のスケジュールと、意気込みなどを最後にうかがった。

――当日は、どういったスケジュールなんですか?

高野 大阪での対局なので、前日に大阪入りして、近くのホテルに泊まります。それで対局後にもう1泊して帰る感じですね。

――藤井聡太七段と今まで話したことは?

高野 一回もないです。

――ないんですか(笑)。

高野 一回もない。見たことはありますよ。「あ、藤井くんだ」って(笑)。だから、藤井くんと当たることが決まったときは、他の棋士から「うらやましい!」と何度も言われましたよ。それだけ多くの棋士が認める存在なんです。

――対局前は、挨拶だけですか?

高野 そうですね。「おはようございます」で対局。

――では対局が終わって感想戦のとき、ちょっと話すくらい?

高野 そうですね。

――終わって「これからどう?」は?

高野 ないでしょう(笑)。もし豊川さんが大阪にいて「どう?」って声かけてもらったら、「待ってました!」とついていきますが(笑)。

©文藝春秋
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――ははは(笑)。あと当日心がけることなどありますか。

高野 いいスーツ着て行こうかなと(笑)。今後これだけの注目を集める対局はそうそうないでしょうからね。

――そういえば教室(高野六段は、世田谷区などで子ども教室を長年開催している)の子どもたちには、藤井聡太と対戦することは伝えているんですか?

高野 対局前の土曜日に教室があるので、そこで「見るように」と伝えるつもりです。子どもたちのなかには、私が現役の棋士だと思っていない子もいる可能性が高いので(笑)。

◆ ◆ ◆

高野六段は、今回、自分が藤井聡太との初対戦を控えて、初めて「みんなこれくらい気合を入れていたんだ」と感じたという。「藤井聡太戦には、いい将棋が多いですよね。あれは対戦相手が研究を重ねて、気合を入れて臨んでいるからなんですよ」というのは、対戦を間近にした棋士からの、実感のこもったことばだった。

将棋の棋譜は二人で作るもの。

藤井聡太戦を観るとき、対戦相手の研究やその胸の内にも思いを馳せると、いっそう対局を楽しめるのではないだろうか。

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藤井聡太七段 vs △高野秀行六段

先後はリーグ抽選時に決まっており、藤井七段の先手

 



勝てば昇級が決まる一戦、ここで決めるか?