元日の記事(一部地域では3日の朝刊に掲載)
2020年1月1日07時00分
将棋界と囲碁界、それぞれの頂点に立つ新名人が相次いで誕生した。将棋の豊島将之名人(29)と囲碁の芝野虎丸名人(20)だ。互いに似ていると言われ、意識しあっていた2人が初めて顔を合わせ、全く異なる勝負哲学をぶつけ合った。
芝野名人「勝手に親近感を…」
豊島 芝野さんは自分の20歳くらいの時と体形が同じですし、たぶん僕よりも細いですね。
芝野 入段したときから豊島先生に似てるってよく言われていました。
豊島 僕もたまに言われますよ。
芝野 豊島先生がタイトルを獲得されたりすると、「おー」と思って、ちょっとうれしかったんですよね。勝手に親近感を持っていました。
豊島 名人を取って生活は変わりましたか。
芝野 あまり変わりませんが、免状に(名人として)署名しなくてはいけなくて、日本棋院に行くたびに書いています。週1回くらい、多くて1回50枚くらいです。
豊島 僕は東京に来たときにまとめて書いています。早め早めに書くタイプで、「これ以上書かないでください」と言われることもあります。
芝野 対局のあとは普通に寝られますか。自分は打ち掛けの夜は普段どおりですが、対局のあとは寝られない。
豊島 僕の場合は、1分将棋で延々と指していたりすると、興奮してて寝られなかったりしますね。
芝野 豊島先生は何か運動をされているんですか。
豊島 軽くちょっとやっているくらいです。ジムに行ってマシンとか。芝野さんは筋トレして体重が4キロ増えたとか。
芝野 それは昔の話で。ジムとかは全然行っていないんですよ。
AIとのすり合わせ、豊島名人「やりすぎると…」
芝野 将棋界でAI(人工知能)が人間を超えたのはいつごろでしたか。
豊島 たぶん僕と指した14年には、すでに(AIが)抜いていた気がします。でもその時はまだ形勢判断とか、自分の方が正しいところも多かった。いまは終盤でも間違えないですね。
芝野 囲碁でAIが普及したのは2年前くらいです。まだ終盤はあてにならないことが多い。
豊島 自分の大局観と(AIの示す)数値が全然違っていたら、どうしますか。自分の場合だと細かい差だとあまり気にしないですけど、明らかに離れていると気になる。だいたい自分が間違っているので、変えないといけない。
芝野 自分はそういう風に地道にやるのが苦手です。たまに自分の評価と正反対ということがあると、きょうは違ったかと、やめちゃう。もっとやっていかないとダメなんですけど。
豊島 それくらいの方がいい時もあります。あまり細かく(すりあわせを)やり過ぎるとよくないですね。
――豊島さんはどれくらい突き詰めるんですか。
豊島 終盤だったらあまり気にしない。中盤だったらある程度感覚として自分の中に取り入れられる。
芝野 昔からAIって好きじゃない。人間に理解できないことが多くて、わざわざそんなのとやるよりは、深く研究している人たちに教えてもらえばいい。その人たちは人間に合わないことはやらないので。
――中国ではAIを崇拝していますが、彼らの碁を見てどうですか。
芝野 面白くはないですね。布石とか中国ではAIを使って集団で研究しているみたいで、中国人同士だと30手くらいまで全部同じみたいになっちゃう。もちろん終盤以降は別々の局面になって面白いですけど。
芝野名人「ぼやき、信用できない」
――人対人の戦いの面白さをどう感じていますか。
豊島 ネット将棋はあまりやってなくて、ずっと対面でやってきました。自分の感覚だとそれが一番面白いような気がしますね。対面していると、考えていることもなんとなく分かったり、伝わったりする部分があります。
芝野 自分は昔からネット碁が好きで、たくさんやってきました。対面でやると結構相手のしぐさとかを見て分かるということがありますが、逆に自分の形勢がどうとか、ばれないようにしたいんですよね。相手のぼやきとかも、そんなに信用はできないんで、特別気にしないようにと思ってはいますね。
豊島 普通の手だと相手も読んでいるわけで、ちょっとひねった手を返したりしているうちに局面がどんどん複雑になって、最後に逆転したりする。逆転が多いのが魅力の一つと思います。でも、いい将棋を指したいし、負けたくはない。難しいところですね。
芝野 囲碁も同じで、どっちかが多少よくても、逆転は多い。人間は結構、気合だといってすごいことやってきたりする。そういうところが面白い。自分も、AIはこう打たないだろうけど、自分はこっちに行きたいなということはよくあります。
豊島名人「永瀬さんはスポ根です」
――芝野さんは14歳で入段、豊島さんは16歳でプロ入りと、お二人とも非常に早いデビューです。豊島さんはタイトル獲得まで雌伏の時が長かったわけですが、初挑戦で名人を取った芝野さんをどうご覧になっていますか。
豊島 うらやましいです。自分が初めて挑戦した時は楽しく指せたし、何事も経験だと思って、結構前向きにやってたんですけど、やっぱり勝ちたい勝ちたいとなって、よくなかった。そういうところが芝野さんは自然にいい状態にあるのかなと、インタビューなどを拝見して思いました。
芝野 昔はすごく負けたくなくて、小学生の頃はプロの先生が相手でも負けたら泣いていました。自分がプロになってからは、負けることはもちろん当然あるので仕方ないかなっていうのが、出てきたんですよ。もともとそんなに勝てるという思いもないので、負けたらしょうがないとなっちゃうんですよね。
――豊島さんからご覧になって芝野さんのようなタイプは見たことありますか。
豊島 羽生(善治九段)さんもそういう感じですかね。そこまで勝ち負けを気にせず、興味を追求する。
――勝負師はわりとスポ根だと思っていたんですが、将棋界ではスポ根が多い?
豊島 スポ根までいかなくても勝つためにどうするかという人は多い。渡辺(明三冠)さんは戦略的にどうやったら勝てるかという感じ。永瀬(拓矢二冠)さんはスポ根です。
――豊島さんは?
豊島 どうでしょうねえ。でも勝負にはこだわっている気がしますね。
芝野 豊島さんの初タイトルっていつでしたか。
豊島 2018年の棋聖戦です。結構最近です。初挑戦は20歳の時で、取ったのが28歳。長かったです。芝野さんは初めてのタイトル戦、新しいことだらけで大変ではなかったですか。
芝野 自分は早く打つタイプなので持ち時間が長いのがどうなのか、最初はすごく心配でした。持ち時間が長いのってどうですか。
豊島 僕は長い方が好きです。「ゆっくりやりたい派」ですが、どうしても最後は時間がなくなるので、序盤を早く飛ばして中盤でしっかり考えるようにしたり、いろいろやってます。
――芝野さんは、タイムマネジメントはそんなに考えないですか。
芝野 そうですね。普段は全然やってなかったです。
豊島 楽しさや興味を追求する人は、あまり時間配分を気にしないですよね。でもそういう方が長く活躍するような気がします。郷田(真隆)九段は、何をやっても一局(優劣がつけられずその先は指してみなければわからないこと)のようなところで長考されるんですけど、そういうのが蓄積になって40代でタイトルを取ったりしています。
芝野名人、持ち時間「短い方がいい」
――将棋の名人戦の持ち時間は9時間。囲碁は8時間ですが、芝野さんは9時間欲しいですか?
芝野 選べるなら、できるだけ短い方がいいです。囲碁だと序盤は勝負に関係ないところが多いので、そこは考えても面白くない。どんどん進めて中盤の考えて分かる部分が面白い。昔から早打ちなので、ちゃっちゃと打って、ちゃっちゃと次の対局に行きたい。長い碁も嫌ではないけれど、やっぱり早い碁がいい。
豊島 中盤は考えれば結論が出るんですか。
芝野 石を取るか取られるか、取るか逃げられるかという場面だと、時間をかければなんとかなることが多いですね。
豊島名人「棋士としてのタイプは違う」
――今後の目標は?
豊島 昨年は防衛戦を二つ落としてしまった。まだ防衛をしたことがないので、今年は防衛戦に向けて頑張っていきたい。
芝野 うーん、そうですね、目標は本当に特にないとしか言えないですけど、結果がついてくればいいかなというところですね。一局ずつ大切に打っていければいいかなと。
――世界戦に向けては?
芝野 日本代表として出る機会も増えます。かなわないとは思わないけど、相当たいへんな相手。気持ちの面では負けないようにしたい。
――棋士って、勝負師としての側面と芸術家の側面、研究者としての側面があるとよく言われますが?
豊島 研究か勝負の二つですかね。美しいという感覚はあるんですけど、芸術はかなり薄いと思います。
芝野 あまり考えたことはないんですけど、選べと言われたら勝負と研究かなと思いますね。最近は研究の比率のほうが高いという感じかもしれないです。
――それぞれお会いして、どんな感想ですか?
豊島 芝野さんと自分は棋士としてのタイプは違う。自分は勝つために我慢というか、自分を抑えてやっている部分がある。芝野さんみたいな考え方やスタイルでやれたらいいけど、自分がやってもうまくいかない気がします。
芝野 将棋の先生の勝負に対する思いの強さを感じました。研究でも突き詰めるようなこともおっしゃっていたので、自分はそういうことはあまりできない。すごいなというところはあります。
豊島 それで勝てるなら自分もやってみたいですけど。うらやましいです。
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とよしま・まさゆき 1990年4月生まれ。愛知県一宮市出身。2007年に16歳でプロ四段。18年に初タイトルの棋聖と王位を獲得。19年5月に名人を獲得して三冠に。7月から9月にかけて棋聖と王位を失うも、12月に竜王を獲得し、史上4人目の名人・竜王になった。愛称は「キュン」。日本将棋連盟関西本部所属。
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しばの・とらまる 1999年11月生まれ。神奈川県相模原市出身。2014年入段。17年、竜星戦で優勝し、プロ入り最速の七段昇段。名人戦と本因坊戦に最年少リーグ入り。18年、日中竜星戦で世界最強の柯潔九段を破り優勝。19年10月、七大タイトル戦史上最年少の19歳11カ月で名人獲得。11月に王座を獲得し二冠。日本棋院東京本院所属。
情報源:囲碁と将棋の名人は顔そっくり 初対面してぶつけた哲学:朝日新聞デジタル
村)豊島名人と囲碁の芝野名人の対談、動画も配信されています。 pic.twitter.com/thqXxzukyE
— 朝日新聞将棋取材班 (@asahi_shogi) January 1, 2020
村)外見とは裏腹に、勝負に向き合う姿勢は違うようです→「でも勝負にはこだわっている気がしますね」「芝野さんと自分は棋士としてのタイプは違う。自分は勝つために我慢というか、自分を抑えてやっている部分がある」
— 朝日新聞将棋取材班 (@asahi_shogi) December 31, 2019
村)「名人対談」、1日朝刊に載らなかった地域は今日の朝刊に掲載されています。 https://t.co/rkkrH8M977
— 朝日新聞将棋取材班 (@asahi_shogi) January 2, 2020
村)芝野名人と将棋の豊島名人の対談、動画も配信されています。 pic.twitter.com/bSUxf39hBT
— 朝日新聞囲碁取材班 (@asahi_igo) January 1, 2020
朝日新聞を買いたくない人は、縮印判が出て、図書館が仕入れるのを待ちましょう。