ほぉ・・・
2019年11月21日07時30分
まずは図面をご覧いただきたい。王手の連続で相手の玉将を捕らえるパズル「詰将棋」の問題だ。左上の「8一」の地点にいる玉将が、王手の連続の末、65手後に右上隅の「1一」で詰み上がる。華麗な捨て駒が次々と飛び出し、盤面左下にいる飛車と角はいつのまにか消えている。実戦ではまず味わえない妙手や謎解きに満ちた芸術的な作品だ。この鮮やかな作品を生み出したのは、詰将棋作家の若島正さん(67)。詰将棋解答者として日本一の藤井聡太七段(17)も憧れる、詰将棋の世界の第一人者だ。今年出た作品集『盤上のフロンティア』(河出書房新社)には、見る者をアッと言わせる斬新なトリックや、プロでも解ける人が限られるほどの難解作がちりばめられている。将棋が強くなりたい人は手順を読むトレーニングとして問題に取り組むが、創作したり鑑賞したりして楽しむことにハマる「詰キスト」と呼ばれる人たちも存在する。その世界の深遠とは、どんなものなのか。問題の詰め上がり図と解答手順は末尾に。
<詰将棋とは> 指し将棋は2人で対戦し、先に玉将を捕まえた方が勝ちのゲームだが、詰将棋は玉将を捕まえる唯一絶対の手順を考えるパズル。数学の問題を解く感覚に似ている。解く際には、攻める側の最短の手順と、逃れる側の最長の手順を考えるのがルール。作品の成立には持ち駒を使い切るなど厳しい条件がある。初心者用の1手詰めから1525手かかる作品もある「緻密な理論」「クオーツ時計のような」、プロ敬愛
「緻密(ちみつ)な理論の上に築かれた鮮やかな手順。詰将棋の新たな可能性を感じます」。詰将棋を解く速さと精度を競う「詰将棋解答選手権」で5連覇中の藤井七段が、同書の帯文に寄せた文章だ。
「クオーツ時計のような精密な組み立ての作品ばかり。そのからくりが作者自身の言葉で語られていて、鑑賞した後は違う景色が盤上に広がってくる」。若島作品を敬愛するトップ棋士、行方(なめかた)尚史(ひさし)九段(45)も感嘆する。
6月に出た同書は、2001年の『盤上のファンタジア』の続編で、若島さんが04年以降に発表した100作(5~65手詰め)をまとめた。解答選手権で棋士たちが白旗をあげた難解作も多く、解くのは容易ではない。
だが、解説を読みながら盤上に手順を再現しても十分楽しめる。結末の手順にどのようにして「序奏」を付け加えたのか、過去の名作にどんな着想を得たのか――。詰将棋の第一人者の頭の中をのぞいたような気分が味わえる。
「詰将棋、自分の思い通りになるおもちゃ」
ある作品の解説ではこう記す。「詰将棋作家とは、自分で問いを立て、自分でその答えを見つけるような人間の謂(いい)である」
「攻めの主力に見える駒が、実は邪魔になっている構成にできないか」「玉将が、危険に見える逃げ方をあえて選ぶ手順にできないか」。実戦ではめったに現れないそうした「問い」と、それを可能にする駒の配置の試行錯誤を重ねた結果、一編のミステリーのような作品ができ上がる。
「自分が勝手に思い描いたものが実現することはそんなにないが、詰将棋の世界ではそれができる。詰将棋は、自分の思い通りになるおもちゃなんです」
毎年優れた詰将棋に贈られる「看寿(かんじゅ)賞」を10回受賞している若島さんは、英文学者で京都大名誉教授という別の「顔」を持つ。難問ぞろいの作品集だが、理知的な文章が読者の理解を助ける。ロジックが完全にわからなくても、「なぜ、こんな不思議な手順が成立するのか」と圧倒される。
河出書房新社の担当者は「若島さんの前作より売れ行きがいい。従来のファンだけでなく、新しい読者も買っている」と語る。
夢の中で創作、目が覚めたらほぼ完成の逸話も
若島さんのひらめきの源泉には、子どもの頃から数え切れないほどの詰将棋を解いてきた経験がある。「気づいたら、頭の中にデータベースができていた」。創作の際に必要なのはペンと図面用紙だけで、将棋盤や駒は使わない。頭の中で駒を動かせるからだ。
詰将棋作家のこんな逸話は数多い。「夢の中で詰将棋が浮かび、目が覚めて確認してみたらほぼ完成していた」と語る人もいる。看寿賞受賞経験がある浦野真彦八段(55)は養成機関「奨励会」にいた頃、朝5時まで創作に没頭し、対局中に頭の中で作品が完成したこともあったという。だが、若島さんには一目置く。「将棋で言えば、永世名人のような人。他の作家に与えた影響は非常に大きい」
江戸時代の「図巧」「無双」、日本が誇る文化遺産
将棋は伝統文化の一つとして発展してきたが、詰将棋も歴史は古い。江戸時代には時の名人が作品集を幕府に献上する習わしがあった。七世名人伊藤宗看の「将棋無双」と、その弟看寿の「将棋図巧」は傑作ぞろいの作品集として今も名高い。
将棋専門誌「将棋世界」の元編集長で詰将棋作家の角建逸(すみけんいち)さん(61)は「無双と図巧は日本が誇る文化遺産と言ってもいい。浮世絵などのように、ジャポニズムの一つとして評価されるべきだと思う」と語る。
若島さんは詰将棋の普及の面でも尽力してきた。プロ入り前の藤井七段の名が知られる契機となった解答選手権は、元々若島さんが発案して始まった。現在は、多くの子どもが多数参加する初級戦も盛況だ。角さんは「極北に位置する人だけでなく、初心者向けにも詰将棋の魅力を伝えている。若島さん自身も文化遺産のような人だと思う」と話す。(村瀬信也)
【解答手順】
▲9七王△8八歩合▲同飛△8四歩合▲8三香△7一玉▲7八飛△7七歩合▲同飛△7四歩合▲8二銀不成△6一玉▲6七飛△6六歩合▲同飛△6四歩合▲6三香△5一玉▲5六飛△5五歩合▲同飛△5四歩合▲5三香△4一玉▲4五飛△4四歩合▲同飛△同竜▲5一香成△同玉▲6二香成△4一玉▲4二歩△同竜▲3一歩成△同玉▲4二成桂△同玉▲4三歩△3一玉▲3二歩△同玉▲3三飛△2一玉▲2二歩△同玉▲3四桂△同角▲同飛成△5五桂合▲同角△同歩▲1四桂△2一玉▲1二角△同金▲2二歩△同金▲同桂成△同玉▲2三金△2一玉▲3二竜△1一玉▲1二竜まで65手詰め
情報源:藤井聡太七段も絶賛 詰キストがハマる鮮やかなからくり:朝日新聞デジタル
村)「緻密な理論の上に築かれた鮮やかな手順。詰将棋の新たな可能性を感じます」。藤井聡太七段は、若島正さんの作品集「盤上のフロンティア」にそんな帯書きを寄せています。
藤井聡太七段も絶賛 詰キストがハマる鮮やかなからくり:朝日新聞デジタル https://t.co/4j53n5xYDU— 朝日新聞将棋取材班 (@asahi_shogi) November 21, 2019
へぇ・・・