我らが「地球代表」は、「将棋星人」羽生善治九段と藤井聡太七段の将棋をどう見るのか | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン

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ふむ・・・


深浦康市九段インタビュー #1

《竜王と地球代表が、日本のど真ん中で対決。》

9月22日の『中日新聞』にこんなコピーが踊った。これは「将棋日本シリーズ」東海大会の広告で、対局するのは広瀬章人竜王と深浦康市九段。つまり「地球代表」というのは、深浦康市九段のことを指している。

なぜ、深浦康市九段が「地球代表」なのか? 少し説明を要するかもしれない。

もともとは、10年ほど前にネット掲示板発の荒唐無稽な洒落から生まれたものであるが、最近では「もし羽生善治と藤井聡太が地球を侵略する『将棋星人』だったならば、地球代表は深浦康市に任せたい」という文脈になっている。いつのまにかファンの間で定着し、今回、新聞広告のコピーにまでなったというわけだ。そこで、今回はちょっとこの洒落にのって、話を進めてみたい。

羽生善治九段といえば「羽生マジック」と呼ばれる妙手の数々。

藤井聡太七段といえば、詰将棋選手権5連覇という圧倒的な終盤力。

このように「将棋星人」には、誰もが知る強みがある。

では、我らが「地球代表」の強みは何か――。そう考えたとき、多くの人の頭に浮かぶのが「粘り」ではないだろうか。

同じく終盤の粘りに定評がある久保利明九段は「深浦さんは粘りの師匠です」と述べていたが、棋士はもちろんのこと、ファンの間でも「諦めない棋士」として名高い深浦康市九段。このインタビューでは、まずその粘りの秘密から話を聞いていくことにしよう。

(全2回の1回目/#2へ続く)

タイトル獲得通算3期、棋戦優勝9回。深浦康市九段は、人気と実力を兼ね備えたトップ棋士のひとり
タイトル獲得通算3期、棋戦優勝9回。深浦康市九段は、人気と実力を兼ね備えたトップ棋士のひとり

◆ ◆ ◆

なかなか投了しないのは「性分」

深浦 自分が五段か六段の頃でしょうか。大阪で谷川先生(浩司九段)と対局がありました。その対局は指すごとに差が広がってしまい、結局、自分が投了して感想戦に移ったのですが、そのとき隣で対局していた内藤先生(國雄九段)が「深浦くん、将棋っていうのは、(途中の)7七角で投了するもんやで」とおっしゃったんです。対局中の先生からの指摘だったので驚きましたが、このとき初めて美しい投了図があるということに気付かされたんです。

――そのときまでは、可能性がゼロになるまで指し続けるものだと。

深浦 そうですね。内藤先生は投了図がきれいですし、早く投げられることも多い。こういった美学があると教えていただきました。

――ただ今でも、なかなか投了されません。

深浦 そうですね。それは自分の性分がどうしても出てしまうので……。

苦しいときは、わかりやすい手は指さない

なかなか諦めない理由を「性分」と口にするが、やはりそこには2つの理由があるそうだ。まずは、観ているファンのためだという。

深浦 なかなか諦めないのは、観ている方のことを意識しているというのはあります。タイトル戦などは、都心じゃないところでやりますよね。わざわざ遠方からきてくださる人のことが脳裏にあって、夕方3時くらいに終わってしまっては申し訳ないなと。また自分が苦しいときにも頑張ることで、観ている人に感じるものが与えられればとも思っています。

タイトル戦でも、まず目標にするのは、フルセットの最終局まで指すことです。最高峰の舞台で真剣勝負をやれること自体が意味のあることですし、やはり最後までもつれれば、周りも盛り上がりますよね。最終的な勝ち負けよりも、まずは最後まで指すこと。観る方に楽しんでいただくためにも、まずそこを目指します。

――なるほど。

深浦 あと、将棋の世界ってやはり狭く、同じ人と何十回と対戦する。一度でもあっさり諦めてしまうと、後々影響してくるというのは肌で感じています。

――深浦康市と対局するときは「簡単には諦めてくれないな」と思わせることが大切と。

深浦 そうですね。それは大きいことかと思います。簡単には土俵は割らないぞ。粘り強く指すという意識はあります。ですから、対局の朝は、納豆と生卵を食べて。

――粘り強さを意識すると(笑)。

深浦 はい(笑)。

――「粘り強い手」というのは、具体的にどういう手なのでしょうか。

深浦 人間と人間なので、わかりやすい手は指さないようにします。相手の読み筋に入ってしまうと、自信を持って指されてしまうのでそういう手は指さない。

――将棋ソフト的な最善手というよりは、人間が指されて嫌だなという手を指すわけですか。

深浦 そうですね。100点の手で指されたのを、100点の手で返すと読み筋に入ってしまうので、あえて60点くらいの手を指す。もちろん形勢が悪化する可能性もありますが、そこに賭ける感じですね。もうひとつは、長引く手ですね。形勢はよくならないけれど、手数を伸ばす手。こうすると相手も指し手が増えるので、間違える可能性が高くなるんです。みなさんの意見を聞くと、自分はこの長引く手が多いようですね。

天彦さんの対局だと「今日は遅そうだな」と思います(笑)

――深浦さんから見ても、粘り強いと思う人はいますか。

深浦 天彦さん(佐藤天彦九段)のことは思い浮かびますね。大振りをしないタイプ。気が長くて決着を焦らない。天彦さんが相手だと終電では帰れないなと。解説の仕事でも、天彦さんの対局だと「今日は遅そうだな」と思います(笑)。

――やはり劣勢のなか、指し続けるというのは、苦しいものですか。

深浦 苦しいですね。投了しちゃったほうが楽かなぁと、いつも思っています。それにこうした粘りが勝利に結びつくことは、おそらく1割にも満たないですから。

粘りが勝ちにつながるのは10回やって1回もないと深浦九段は語る。しかしこの粘りが結実した1局は、「将棋星人」であるところの藤井聡太戦にある。

観る将ファンのなかにも記憶されている方は多いことだろう。2017年12月23日に行われた第3期叡王戦本戦トーナメント1回戦。これが深浦九段と藤井聡太七段(当時・四段)との公式戦初対局であった。

《序盤がひどすぎて、ずっと苦しく、勝ちが見えたのは最後に詰みを発見したところでした》

この深浦九段の対局後の言葉からもわかるように、序盤から藤井四段がリードを奪う。しかし、ここから粘りに粘り166手の激闘の末に藤井四段を投了に追い込んだ。勝ちがあったであろう局面からの負け。藤井四段が投了後、がっくりとうなだれる姿が印象的だった。

藤井さんは他の棋士と全然違うなと思いました

深浦 感想戦のときは、かなりがっかりしていて、話しかけづらい状態でしたね。ソフトだったら自分が1000点から2000点負けているような状態からのことでしたから、藤井さんはショックだったと思います。ああいう負け方は、その時点ではなかったでしょうから。

――やはり対局してみると、藤井聡太独特の強さというのは感じるものですか。

深浦 この叡王戦の前に、AbemaTVさんの番組でも対局していた(非公式戦「藤井聡太四段 炎の七番勝負」。結果は藤井聡太の勝ち)のですが、中盤から終盤、相手玉を詰ますまでのアプローチが他の棋士と全然違うなと思いました。意外な手段から入って自玉が寄せられるまで、今まで感じたことのないものでしたね。

――将棋の内容以外で何か印象に残ったことはありますか。

深浦 あの叡王戦の対局は、将棋会館の5Fの部屋でやっていたんですけど、その部屋は靴を脱いで上がるんですよ。トイレに行くときは自分の靴を履くわけですが、そこにスニーカーがある。あのとき藤井さんは、まだ中学生だったんですよね。将棋会館にある靴って、ほとんど革靴なので、「あぁ、スニーカーなんだ。よく考えたら30歳くらい違うんだなぁ……」と、ちょっと親心が芽生えてしまいました。それで「いけない。いけない」と(笑)。

羽生さんを超えていると思いますね

スニーカーを履いた中学生棋士との激闘を経験した深浦九段は、やはり藤井聡太という棋士には、別格という印象を持っているという。

深浦 デビュー時からよく見ていますが、棋士としてのスタートラインに立ったとき、これだけいろんな能力を備えている人は、過去にいないと思います。詰将棋の力はナンバーワンですし、ソフトを導入した序中盤も隙がありません。そして将棋界では20代の間は伸びるというのが常識なので、まだまだ伸び代がある。これは驚異的なことで、デビュー時などの力を比較しても、羽生さんを超えていると思いますね。

なお、深浦九段と藤井七段の対局は、前述のAbemaTVの非公式戦と叡王戦、そして66期王座戦挑戦者決定トーナメントの3局がある。公式戦では1勝1敗の五分。次なる対戦が今から楽しみだ。

対局数が物語る「超一流」の証

81戦33勝48敗。

これは深浦康市九段側から見た、もうひとりの「将棋星人」羽生善治九段との生涯対戦成績である。

深浦九段と同じ1991年10月にプロになった豊川孝弘七段は「僕は羽生さんとは1回しか対局したことがない。羽生さんと80局以上指している深浦さんは本当にすごい」と語っていたが、この80局を超える羽生九段との対局数も、深浦九段が超一流である証のひとつといえるだろう。

羽生九段とは、深浦九段にとってどういう人なのだろうか

深浦康市と羽生善治のカードは、タイトル戦でも6回実現している。

王位戦で3回(37期、48期、49期。37期は羽生九段の勝ち。48、49期は深浦九段の勝ち)、棋聖戦で2回(81期と82期。ともに羽生九段の勝ち)、王将戦で1回(58期。羽生九段の勝ち)。

大舞台でも数々の名勝負を繰り広げてきた羽生九段とは、深浦九段にとってどういう人なのだろうか。

深浦 自分が棋士になる前からタイトルホルダーですし、常に第一線にいる方ですからね。年齢は2歳くらいしか違わないのですが、常に目標にしている方です。タイトル戦ならいちばんいいんですけど、そうでなくても年に1、2局は指したいなと思って、モチベーションを上げています。

2007年、王位戦七番勝負の最終局で羽生善治王位(左)を破り、初タイトルを獲得した ©共同通信社
2007年、王位戦七番勝負の最終局で羽生善治王位(左)を破り、初タイトルを獲得した ©共同通信社

――羽生さんと当たるのは、やはり特別な感情はありますか。

深浦 そうですね。感想戦で終盤の読みを披露してもらうんですが、それがめちゃくちゃ速いんですよ。「こうやるつもりでした」というと「それならこうですね」とパパパパと十数手先まで示されたりとか……。「打てば響く」という感じで、羽生さんと対局するのは楽しいなぁと思うようになりました。

「打てば響く感想戦」がしたくて、また羽生善治と対局したい――。何度も対戦した当人だけが語れるエピソードであろう。深浦九段は、解説のときに棋士の意外な一面を披露することでも人気だが、そんなエピソードのひとつに羽生九段の「アイスクリーム」の話がある。

タイトル戦の対局時、羽生九段がデザートでアイスクリームを頼んだが、将棋に集中するあまりに、なかなか手をつけない。どんどん溶けていくアイスクリームのことが、深浦九段は気になって仕方ないが、羽生さんは一向に気にしない。そしてアイスクリームは完全に溶けてしまったのだが、羽生さんはそのバニラジュースと化したアイスクリームを「ズズズ」と飲み始めたという。これを見た深浦九段は「この将棋は負けそうだな」と思った――というエピソードだ。

深浦 羽生さんのエピソードは他にもいろいろありまして、北海道での王位戦の対局時、ホテルの部屋に露天風呂があったんですよ。自然豊かなところにある宿だったので、羽生さんの部屋の露天風呂に鳥が迷い込んできたんです。そしたら羽生さんは、葉っぱをすくう網でその鳥を捕獲したそうです。

――羽生さんが鳥を捕まえた(笑)。

深浦 関係者の方も「やっぱり羽生さんはすごいな」と感心していたので、なんか自分のなかにも張り合う気持ちが出てきて、自室に戻って「鳥は迷い込んでいないか」と確認したんです(笑)。

「みんなが『羽生さんは強い』と語っていても面白くありませんから」

解説の仕事も多い深浦九段は、“観る将”からの支持率がとても高い棋士の一人でもある。「みんなが『羽生さんは強い』と語っていても面白くありませんから」という深浦九段。ファンを楽しませたいという気持ちを常に抱いている棋士という一面を、今回何度も見た思いがした。

最近、将棋観戦中にクライマックスを見逃さずにお風呂に入るには、深浦九段にタイミングを聞くのがもっとも信頼できるという将棋ファンの記事も話題になった。

深浦 お風呂の件は、文春さんの記事を読みました。いままでは軽いノリで「入らない方がいいですよ」とか「いまがチャンスです」とか言ってたのですが、これからは真摯にお風呂問題を見極めたいと思います(笑)。

実は今回の原稿で「地球代表」というフレーズを使うのは、深浦九段に失礼ではないだろうかと少し危惧していた。しかし先日「ニコニコ生放送」に出演されていた深浦九段が、浦野真彦八段からもらった年賀状に「地球をよろしくお願いします」と書いてあったというエピソードを楽しそうに披露されていたので大丈夫と思うことにした。「地球代表」はファンだけでなく、棋士の間でもけっこう広まっているようだ。

情報源:我らが「地球代表」は、「将棋星人」羽生善治九段と藤井聡太七段の将棋をどう見るのか(文春オンライン) – Yahoo!ニュースコメント

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