ふむ・・・
2019年9月28日 20時0分
2019年9月26日、将棋界は最年長で初タイトル獲得の新王位誕生に沸いた。
「自分も甘えていられない。負けたくないというよりは、励みになる」
発言の主は棋士・三浦弘行、45歳。
強いまなざしの奥は想像以上に優しく、穏やかさを湛えていた。王将リーグへの参戦は5期ぶり。
強豪との対戦はもちろん、未来の将棋界を担う新鋭たちとの対局に誰よりも心を弾ませる。若手棋士へ、期待と深い愛情を注ぐ三浦の才能観、努力観とは―?
多くの予想と同様に自らを「努力派」に分けた理由とは―?
仕事場では決して見せぬ、野球好きでユーモアな一面にもご期待いただきたい。シリーズ第7弾では、真情と信念の人・三浦弘行の心の中をのぞいてみたい。
撮影/吉松伸太郎 取材・文/伊藤靖子(スポニチ)
5期ぶりの王将リーグ入りおめでとうございます。しかしながら、当然タイトルへの挑戦を狙う立場の三浦先生としては、今期はそこまで満足しているとは言えないと思います。振り返ってみていかがでしょうか?
出来不出来が昔から激しいほうではあったんですけどね。誰でもそうなんですけど、勝たないと対局が増えていかないという状況で、春先は対局数が少なくて、感覚が鈍っているなという感じでしたね。
対局数が少ないと、やはりコンディションを上げるのは難しいのでしょうか?
野球で言えば、2005年にロッテ対阪神の日本シリーズがあったと思うんですけど、33-4というスコアで伝説になっていますよね。その当時、パ・リーグはプレーオフ制度があったんですけど、セ・リーグは制度がなかったんです。阪神の金本(知憲)選手が「球が見えにくい」ということをおっしゃったと思うんです。試合の間隔がかなり空いていたんですよね。その感覚はすごくわかるな、同じだなと思いますね。間隔が空いてしまうと、どうしても勘が鈍るというか…。
対局の間隔が空いた場合、三浦先生はどのようにコンディションを保たれるのでしょうか?
やっぱり難しいですよね。練習対局は当然しますけど、本番とは違いますしね。本番に向けての練習というのはできませんから。野球で言う、“生きた球を打つ”というわけじゃないですし。先ほどの野球の日本シリーズも同じだと思うんです。当然、阪神だって練習しているでしょう。でも真剣勝負じゃない球を打っていると思うんですよね。そういうのって将棋にも絶対あると思うんですよね。
7月から対局数が少しずつ増えて、コンディションが上がってきている感覚はありますか?
少しずつ増えてきて、そこに向けての調整もできますので、感覚は戻ってきますね。もともとの能力がたいしたものじゃないんですけど(笑)。でも対局が増えてくれば、自分の持っている力を出していけるようにはなりますよね。
三浦先生の対局を振り返ってみると、角換わりの採用率が急激に減っていますね。将棋界全体としても角換わりは減っている傾向にはあると思いますが、三浦先生はとくに顕著です。何か理由などおありでしょうか?
将棋界全体で言うと、一時に比べれば少しは減っているという感じです。煮詰まってきたというか、後手の対策がしっかりしてきたというのがありますよね。とはいっても相変わらず主流戦法のひとつですから、私に限らずみんな勉強をしていると思うんです。先手番だと角換わりにするかどうかというのは選べますので、「自分らしい将棋を作っていこう」と思ったら角換わり以外の戦型を選ぶしかないんですよね。
意図的に角換わりを減らしていらっしゃるのでしょうか?
今日、現在では意図的にそうしていますけど、研究でどんどん変わってくるので、またすぐ指していくかもしれないです(笑)。
一方で居飛車党の中では、かなり採用数が減っている横歩取りを採用されています。A級棋士では三浦先生ぐらいです。なぜ横歩取りを多く採用し続けられているのでしょうか?
角換わり以上に「自分の将棋を作っていける」からですね。他の人が指さないから作っていけるというのもあるんですけど。でも、やっぱりなかなか苦戦していますね。どうしても究極的には「将棋は先手番のほうが良いだろう」というのがわかっていますから。
三浦先生も数多くの棋士が唱える「先手番の有利論者」なんですね。
やはり先手有利はあると思います。でも横歩取りに限らず、他の戦法でも先手番のほうが有利になる確率が高いわけですから。究極的には、後手を引いた時点で、少しはハンデがあると思って指しているところはありますね。
三浦先生の感覚として、後手だとマイナスでどのくらいのハンデと感じますか?
「53:47」くらいの感覚かなと思っています。
三浦先生は現在45歳です。当然、年齢からくる衰えなどは、誰もがくると思います。しかし、そんな衰えを微塵も感じません。ご自身では年齢についてはどのようにお考えでしょうか?
昔は早指しだと若手のほうが強いというのが常識だったんです。反射神経が良いですからね。でもそんな中で羽生(善治九段)さんは昨年、NHK杯で優勝しましたから。あの方は特別なんでしょうけど…(笑)。昨年のNHK杯ベスト4は全員羽生世代でしたから。そういう常識が通用しない世代なんでしょうけど、そういった方の活躍を見ていると、自分も甘えていられないなと思いますよね。
同期の木村(一基九段)さんもいまが本当に充実されている時期だと思いますし。王位戦だけではなく、竜王戦も良いところまでいきましたから。前から年齢に関しては言い訳にはできないなと思っていましたけど、そういった方の活躍を見ていると改めて思いますよね。
同年代に負けたくないという気持ちもお強いですか?
少しありますけど、自分に言い聞かせるのは、彼らの活躍によって年齢を言いわけにしてはいけないというのを思い知らされるわけですから。むしろ励みになるほうが強いですね。
フィジカル面ではいかがでしょうか?
体力は落ちましたね。対局中は集中しているのであまり感じないですけど、たまに泳ぎに行ったりすると、昔に比べてキツイなというのがありますね。
移動で疲れが出るということはありますか?
移動中は別に…。若干はあるでしょうけど、ただ移動しているだけですからね。気になりません(笑)。
今期の叡王戦第1局で木村先生は立会人、三浦先生は解説者として、一緒に台湾に行かれましたね。ニコニコ生放送では台湾式マッサージを体験したり、臭豆腐を食べたりしている映像を拝見しました。台湾はいかがだったでしょうか?
楽しかったですよ(笑)。人生で初の海外だったんですよ。仲の良い棋士と一緒に行きましたしね。台湾のことを勉強しようと思って現地のホテルのスタッフさんに話しかけたら、山口恵梨子女流(二段)にすごく似ていらして。性格的にも山口女流のようにノリが良かったです。だから笑顔も似てくるんですかね(笑)。
台湾でもやはり将棋は盛んな印象を受けましたか?
台湾に限らないんでしょうけど、すごく将棋が好きな方というのが各支部にいて、好きな方はすごく熱意を持ってやっているんだろうなというのは感じましたね。
台湾ご出張を経験されて他の海外支部にも行ってみたいな、と思われましたか?
最初に行ったのが特別親日的なところでしたからね。やっぱり距離も近いですし、1回行ったところは思い入れも強くなるので、行くんだったらまた台湾に行きたいと思います。
直近ですと、JT杯でのご活躍がとても印象的です。藤井(聡太)七段や豊島(将之)名人といった強豪を次々と下されています。内容としても良かったと思いますが、いかがでしょうか?
豊島さんとは昔、研究会をやっていた間柄ですし、藤井さんもお師匠さんの杉本(昌隆八段)さんとは、昔から親しくさせていただいていたので、ほのぼのとした雰囲気でやれました。
もちろん勝った将棋でも不満な部分は、どの棋士でもあるでしょうけど、形勢が良くなってから、それなりに指せたなというのはありました。早指しなので「なんだ、この手は」というのは当然ありますけど、早指しだと踏まえるとよく指せていたなと思っています。
勝利棋士による抽選会のとき、勝利者予想で自分が少なかったという自虐発言でも会場を沸かせていらっしゃいました。三浦先生は“自虐”でファンを笑わせるのがお得意ですよね?
どっちが票が多いかは想像つくじゃないですか笑)。そうだろうな、と思っていたので。本心で言っているところもありますけどね。本心だから自虐につながるだけです(笑)。
王将リーグのお話も伺っていきたいと思います。過去のデータから見ると、王将リーグと相性は良くありません。これまでに4度、リーグ入りされていますが、いずれも残留を決めることができませんでした。やはりそれだけレベルの高いリーグということなのでしょうか?
3勝3敗になったとき、残留プレーオフに回って負けたというのが一度あっただけでしたね。たった6局なのに二次予選組は順位が5位となるので、王将リーグは、入れた後も新参加者には厳しいと思っていたんです。
いまは上位で何人か並んだ場合も(もともと持っている順位の)上位2名でのプレーオフだから、たとえば藤井くんが仮に4勝2敗で並んだとしても、プレーオフには絡めないと思うんですよね。挑戦するには5勝1敗以上ということになるので、いくらなんでも厳しい…(笑)。
残留のほうに目を向けると、3勝3敗でも難しい。でも特別、相性は悪いと思っていないんですけどね、リーグには何回か入れていますので。でも勝ち越すという壁を破っていないので、だから残留できていないという実力が出てしまっているだけです。残留して1年リーグにいるという感覚を味わったことがないので、味わってみたいというのもありますね(笑)。
順位が良い状態で1年待っているのは、どういう感じで目標を立てるのか、というのにも興味があります。残留それとも挑戦を目指すのかというのは、一局一局の対局後に変わってきてなかなか難しいと思っているので、対局してみないとわからないところですよね。
今回はとくにハイレベルなメンバーが揃いましたよね。
リーグ以前に、王将戦は二次予選から厳しいと思っています(笑)。今期は勝率が高い梶浦宏孝(五段)さんとタイトルホルダーの斎藤(慎太郎王座)さんと、前名人の佐藤天彦さんだったので、それを抜けてもこのメンバー…(笑)。A級、竜王戦1組在籍の方ばかりですね。でも特別驚きはないです。厳しいリーグというのは、最初からわかっているので。
JT杯もそうなんですが、三浦先生が今期の王将リーグのカギを握っていると予想される方は多いように思えます。ご本人はどんな意気込みで望まれるのでしょうか?
5期ぶりのリーグ入りですからね。出だしの勝敗によって変わってくると思いますね。
そして初戦は、三浦先生がとてもかわいがっているとお見受けする藤井先生との対局です。JT杯とは異なり、持ち時間が4時間でしかも後手番になります。先手での藤井先生は驚異的な勝率ですが、どのように臨まれますか?
JT杯は早指しだったので、奇をてらったようなところもあったんですけど、長時間の将棋を彼と指せるというのは、すごく楽しみなことではあります。
早指しだと、お互いのベストを出し尽くす、というところまでいかないと思うんです。持ち時間が長いと自分の指した手に責任が持てるというか、「指運」だけではないところもありますのでね。藤井聡太さんは将来の第一人者、最有力候補になるであろう逸材です。そんな彼と指せるというのは、どれくらい現時点で彼の力があるのかなという意味で、すごく興味があります。これまでの棋譜を見て、実力はわかっているんですけど、対局してみるとやっぱり違うでしょうしね。
王将戦全体のイメージや印象についても教えてください。挑戦者になられた場合には、やはり罰ゲームと呼ばれている「記念写真」も(笑)。
うーん、それはちょっと…。でもそれはタイトル戦出た場合でしょ!?(笑)体感していないのでなんとも言えません…(笑)。
真面目な話をすると、王将戦は非常に伝統がある棋戦ですよね。昔は指し込み制があって、大山(康晴)15世名人が指し込まれたということもありましたね。
私自身の話をすると、若手のときはわりと一次予選は抜けるんですけど、二次予選で負けることが多かったんです。20年くらい前のことですけど、若手にとって王将リーグに入るというのは、すごく夢があることなんですよね。そのハードルは本当に高い。私も初のリーグ入りは2010年と、ずいぶんかかりました。
そのときは、最初から二次予選にシードされていたのが大きかったと思います。二次予選でこれに勝てばリーグ入りという対局では、相手の力の入れ具合が違うな、というのを感じましたね。なかなかリーグ入りができなかったというのは、そういうところも大きかったと思います。そういった意味でも、予選を抜けてリーグ入りした若手は、非常に貴重な経験ができたと思います。だから藤井さんにとっても、いい経験になるとは思います。
次に、今回のテーマである「才能と努力」のお話も伺っていきたいと思います。棋士の先生方に才能の話を伺ってきて、その定義づけの解釈がとても面白いなと感じました。三浦先生は「才能」についてどんな定義付けをしますか?
難しい。将棋は難しい。野球だったらわかりやすいけど。
先ほどから野球のたとえばかりですが(笑)。三浦先生、相当野球に詳しいのですね(笑)。
いやいや(笑)。野球ではふたり(大谷翔平選手、佐々木朗希投手)挙げましたけど、わかりやすいんです。大谷さんなんかはこれまでに見たことない。いままでこういう人はいなかったです。160キロ越す球なんて、昔は考えられなかったんですけど、そのうえ、ホームランバッターと両立するなんてありえなかったんです。ベーブルースとかは、伝説の人物になっちゃいますからね。160キロ超える球を投げて、メジャーリーグであれだけホームランを打つというのは昔なら考えられないです。
努力は絶対しているんでしょうけど、さすがにズバ抜けた才能があるんじゃないかなと思いますね。
そのお話から導くと、「才能=持って生まれたもの」という感覚になりますでしょうか?
160キロを投げるピッチャーはたくさんいますし、ホームランも大谷さん以上に打つ人もいっぱいいますから。でも両立するというのがね。「投げる」と「打つ」というのは、筋肉の作りが少しは違うと思うんです。ホームランを打つためにはある程度の体重も必要だと思うんですけど、ピッチャーはそれだけじゃいけないような気もするので。
ピッチャーと野手ではトレーニングの方法も違うはずですよね。その常識にとらわれないで、両方とも超一流というのは信じられないですよね。どんなに努力をしても、さすがにたどり着くことは難しいんじゃないかなと思います。
佐々木さんも投げるだけじゃなくて、打つこともスゴいらしいですね。まだ高校生なので将来がわからない部分も多いですけど、球速で大谷さんを上回るかもしれないですよね。高校生なのに163キロって意味わからない(笑)。
野球は昔から見ていて歴史を知っているんですよね。当時、PL学園を倒せるとしたら高知商業ではないかと言われていたのですが、その高知商業の投手が中山(裕章)投手で、140キロ後半で騒がれていたんですよ。一時期、高校生には150キロを超えるのは難しいんじゃないかと言われていたんですけどね。松坂大輔投手が150キロ投げたという話もありましたけどね。そこからさらに10キロも上乗せ…意味わからない(笑)。
※この後しばらく野球の話が続きましたが、今回のテーマは将棋なので割愛します(笑)。三浦先生の野球の知識は想像以上でした。
話を将棋に戻します(笑)。将棋での「才能」はいかがでしょうか?
将棋は見えにくいんですよね、頭の中を見られるわけじゃないから。名前を挙げた羽生さんは、常識にとらわれず七冠を獲ったという。スゴいと思ったのは、初めて七冠奪取に挑んだときは、王将戦で負けてしまって逃していたんですよね。それを翌年防衛を続けてさらに王将リーグを勝ち抜いて挑戦したのがスゴいなと思いました。私もその防衛にひとつ貢献してしまったのですが…(笑)。
あの方はいろいろと伝説を作っていますけど、いちばんスゴいなと思ったことがありまして。昔、オールスター勝ち抜き戦(負けるまでずっと対局が続く)という棋戦があったんですけど、羽生さんは2000年に16連勝の記録を作っているんですよね。週に1回くらいのペースで対局があって、タイトル戦と並行しながら、半年くらい勝ち続けていたんです。
多少は手を抜いていたはずなんです。手を抜いていたというか、多少は抜かざるを得ないですよね、他の棋戦もありますし、防衛戦も並行していましたし。勝ち抜き戦を大事にしていないということではなくて、ほどほどにやらないと体が持たないじゃないですか(笑)。若手にも負けられないし…。きっとどこかで「負けたいな」と思っていたはずです(笑)。そんな中でも勝ち続けるって、異常なことですよね。
イメージとして、三浦先生は羽生先生の“前人未踏”の部分に惹かれる、ということでしょうか?
棋士なので羽生さんと指さなければいけないのでね。もちろん尊敬はしていますけど、そればかりじゃダメですからね。指さなきゃいけないし、勝たなければいけないから。ただ、その点に関してはスゴいなと思いました。
勝ち抜き戦で勝っているときは「体力が持たず負けたいはずなのにスゴいな」と思っていました。負けたいというのはオーバーかもしれないけど、そろそろストップしてもいいと思っているんじゃないかなと…(笑)。
そんな羽生先生とは現在も勝負の舞台に立たれています。不躾な質問で恐縮ですが、恐怖心を感じたりしませんか?
もう20年以上対局していますからね。それは当然あるんですけど、指す以上は準備をして対局に臨むのが常識ですから、あまりこだわっていたりすることはないですね。当然羽生さんの強さはわかっていますからね。対戦する以上は恐怖心とかいってるわけにはいかないんですよ。羽生さんと対局するときはシステム上、大きな勝負で対局することになるので、準備してしっかり対局に臨むというのは、変わらないですね。
そしておふたり目には豊島名人を挙げられました。じつは皆さん、豊島先生に関しては「努力型」の棋士だという評価はあっても、才能型としては三浦先生しか挙げられませんでした。もちろん名人ですから才能がなければ届きませんが、具体的にどのあたりに才能を感じますか。
この前のJT杯で不思議な感覚を体感したんですよ。豊島さんとは、昔から研究会をやっていたこともあるし、話やすい間柄なんです。豊島さんとの対局の前なのに「藤井聡太さんと対局する」って錯覚したんです。ふっとして、「あれ?そうか、今日は豊島さんと対局だ」と。そこでこのふたりは似ているんだと気づいたんですよね。普段から話しやすいからとか、雰囲気が似ているというだけじゃないと思うんですよね。ということもあって、藤井さんに才能を感じるなら、豊島さんも外せないなと思ったんです。
才能というのはいろいろあると思うんですけど、物事に動じずに何があっても自分の力を出せるのが、本当の才能だと思っているんです。
性格も才能のひとつかもしれないですね。藤井聡太さんも、豊島さんも、当然羽生さんも、ハプニングに強いですよね。何か予期せぬことが起きても、カッカしない性格というのも含めて才能だと思っているんです。
豊島先生とは以前、研究会をやられるなど、付き合いが長いですよね。以前とタイトルを獲ってからと、どのあたりに変化を感じられますか?
名人になっても偉ぶらないというか、淡々と自分の実力を上げることに集中されているんだろうなというのが感じられます。先日のJT杯のときも、ホテルのエレベーターで「開」ボタンをずっと押して、他の乗客が乗るまでずっと待ってくれていたりとか。しかもしぐさがすごく自然なんですよね。名人ですからこちらももちろん気をつかうんですけど、少しも嫌味を感じないというか…。
豊島さんにはいままでも痛いところでたくさん負けてきましたけど、少しも彼に対して嫌な思いを持ったことはないんですよね(笑)。素直に好青年だなと思えます。そういう性格というのは、強さのひとつになっているんじゃないかなと思います。
そして最後に藤井先生ですね。
説明する必要もないですよね(笑)。豊島さんと似ている部分があるので、重複する部分が多いです。
藤井先生がプロになる前に、群馬合宿で三浦先生と指したエピソードは有名ですね。そのときから、いまの活躍は予想できたのでしょうか?
4年ほど前の話になるのですが、じつは合宿の2ヶ月後にJT杯で名古屋に行った際に会ったことがあるんです。レセプションから対局まで何日か空いたので、杉本さんと藤井さんと将棋を指したり詰将棋を解いたりしたんですよね。
そのときに詰将棋の早解き競争をしたんです。その時点で藤井さんは詰将棋選手権で優勝していたので、早いのはわかっていたんです。でもどこか解き方に隙があるんじゃないかとか、早いけどミスがあるんじゃないか、とか思っていたんです。でも正確さがちゃんと伴っているんですよね。省略して本筋に行って詰みました、とかそういうのがなかったんですよね。
こっちは年寄りなので余分な変化を読むんです。読みの総量としては、それでいいんですけど、本筋を追及しないところを読んでいるんですね。でも藤井さんは省略して良いところをしっかり省略して読んでいたので、早いのは知っていたけど、これはすごいなと感心しましたね。これはプロになった後にさらに強くなる、というのも想像できました。いちばん読みが早くなるのは10代後半だと思いますから、まだ早くなるということですよね。
ちなみに三浦先生の兄弟子で、同じ藤井姓の大棋士が、才能型にノミネートされておりませんでした。それは関係が近いということで意図的なのでしょうか(笑)。
才能型で藤井(猛九段)さんのことを挙げた人いましたか?ふふふ(笑)。
若いころから知っていますけど、藤井さんは努力の積み重ねで藤井システムを作った気がするんです。もちろん「ひらめき」が元になっているんでしょうけど、骨組みをしていくのは、若いときから努力を積み重ねているのを知っているので、才能がないというわけではなくて、努力で才能を上回ったような気がしているんですよね。
竜王を獲ったことや、羽生さんを相手に防衛したときもありましたし。藤井システムは努力の積み重ねだと思っています。ただ「努力」というと、藤井さんのことに限らず、才能型の方をほめているように映ってしまうのが、困ったことでもありますよね。
続いて努力型の話もお願いします。三浦先生も、永瀬(拓矢叡王)先生を挙げられました。もはやいちばん人気です(笑)。若いころの三浦先生に通じる部分もあると思います。
いえいえ、全然違うと思います。永瀬さんとは、VSや研究会をやったことがないんですけど、よく「大阪での対局から帰ってきた翌日に、研究会を入れる」とかそういった話を人づてに聞きます。長時間の対局の翌日にも研究会を入れているという話をよく聞くので、若いからできるのかもしれないけど、それはスゴい努力ですよね。
※編集部補足:ちなみに三浦九段も、9月26日に行われた丸山忠久九段との棋王戦3回戦の翌日に、研究会が入っていたようです。
私の努力というのは、どっちかというと藤井猛さんのほうに近いと思うんですよね。ひとりで勉強することが多かったので。地方出身ということで、なかなか研究会をすることが難しく独自で勉強するしかないんですよね。
私の場合は詰将棋でした。いまみたいにコンピューターが発達してどこでも勉強ができる環境ではなかったですから、詰将棋とかを解いて実力を挙げるような青春時代を過ごしました。藤井猛さんもそうだったろうなと思います。地方出身の棋士は、ひとりで勉強するということをしないといけないので、自然と努力型になるんじゃないかなと思いますね。ひとりで勉強するって、やっぱり難しいと思うので。
そして豊島先生が努力型でもノミネートされました。ひとりの棋士を才能と努力の両方で挙げたのは三浦先生が初です。
豊島さんの棋譜を見ているとわかるんですよね、相当深いところまで研究しているなというのが。あとはひとりでやっているというところもですよね。ひとりでやっているというのは大変で、人を相手に指さない、練習しないというのは、よほど強い心を持っていないと難しいはずなので。研究会をやらずに名人を獲ったわけですから、孤独になっても、努力できるのは強い心を持っているということです。
豊島先生は「孤独を感じない」とおっしゃっていました。
そこを含めての才能でしょうね。それができるというのは、性格を含めた才能だと思います。
三浦先生からは並々ならぬ「豊島愛」を感じますね(笑)。痛いところで、たくさん負けていますけどね(笑)。
そしてご自身は努力型に分類されました。三浦先生にこの質問は愚問でしたね。ただA級18期は才能がなければできないと思うのですが、ご自身はどのようにお考えでしょうか?
自分で才能型とは恥ずかしくて言えないです(笑)。逆に自分より遥かに努力している人はいっぱいいると思っています。答えにくいです。才能と努力は分けようがないんですよね。
三浦先生は将棋の勉強をすることは、苦ではありませんか?楽しんで勉強していらっしゃるのでしょうか?
いやそれは苦しいときもありますよ(笑)。でもしょうがないですよね、仕事である以上。勝てないときに努力し続けなければいけないのは苦しいですし、努力したくない時期もありますよね。生きていれば、つらいこともいっぱいあるわけですから。そういったときに努力しなければいけないのはつらいですよね。
難しいですよね。苦しんで、それでも我慢して勉強することを「努力」と呼ぶのが…。楽しんで勉強していると言うのって、なんか才能型っぽくないですか?(笑)時間的には楽しんで勉強している人のほうが無理をしていないので、総勉強量は長いような気もするのですが。
永瀬先生は「努力=息をすること」という名言を残されました。ご本人は苦しそうな印象はなく、いたって自然なことのように話されていました。
それは才能じゃないですかね。努力との区別が難しいですけど。
三浦先生はどんな勉強をされていますか? だいたい詰将棋、棋譜並べ、VS、研究会、豊島先生のように将棋ソフトでの研究がメインという棋士もいらっしゃいます。
ひとりでやることももちろんありますし、東京まで来て研究会をしたりしています。みんなと同じことをやっていると思います。時間で言ったらいまの豊島さんのほうが、長い時間勉強されていると思います。
苦しいと思ったり、他のことに気がまぎれてしまうことがあると思いますが、それでも将棋を続けている理由は何でしょうか?
単純に仕事と言ってしまうのもなんですよね。でも自分がいちばん苦労しているわけではないので、当たり前ですけど。たとえば歴史上の偉人とかを想像してみても、そういう苦労を表に出さずに頑張っている人がいるので、自分だけが苦労していると思ってはいけないと感じているんです。
最後に、改めて今期の王将リーグに向けての意気込みをお願いします。
藤井聡太さんは私にとってかわいい後輩なんですけど、やっぱり対局する以上は心を鬼にして臨みたいです。一方で、彼の活躍を見てみたいという気持ちもあります。勝負師として矛盾していますけど(笑)。でも勝負する以上、負けるわけにはいかないですね。
あとは、強豪といっぱい将棋を指せるのが、楽しみという気持ちが強いです。強い方とたくさん指せるのは勉強になりますし、幸せなことですから。
トップ画像が三浦七段となっておりましたが、正しくは三浦九段となります。訂正してお詫びします。
情報源:【インタビュー】【三浦弘行九段】苦しいこともある。だけどいっぱい将棋を指せるのは幸せなこと。 – ライブドアニュース
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— ライブドアニュース (@livedoornews) September 28, 2019
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