ふむ・・・
2019年9月20日 20時0分
「努力とは、息をすること」。今春、念願の初タイトル・叡王を手にした永瀬拓矢は、みずみずしい感性で「努力」の定義をそう示した。希代の天才棋士・羽生善治は「才能とは、続けられること」と説く。
一般的に「努力=苦労」と結びつけやすいし、「才能=天から与えられた自分の力ではどうにもならない能力」と思われがちな2つの単語。一般社会を生きる私たちと、“天才たち”の語彙のギャップに興味が湧く。
厳しい勝負の世界を身一つで戦い、切り開いて生きる棋士たちにとっての「才能と努力」観とは―?
複数冠獲得に挑む者。再び玉座を狙う者。初タイトルや、神の領域とも言える通算100冠を見据える者―。
第69期大阪王将杯王将戦挑戦者決定リーグには、現在の将棋界の顔とも言える個性豊かな7人の棋士が集結した。待ち構える大将は、将棋界最強の男・渡辺明。8棋士の素顔と感性に迫り、読者とともに“天才の視点”を体感していきたい。
リーグ戦を戦う7人に先立ち放つ第1弾は、王将・渡辺明。
わずか1年前、将棋界は全八冠を8人で分け合うという群雄割拠の戦国時代だった。しかし、拮抗した緊張状態は長くは続かず、渡辺の元には王将、棋王、棋聖の3つの冠が集まった。
対局中の強く鋭い印象とはうらはら、渡辺の素顔はその名の通り “明快”だ。
色とりどり鮮やかに表情を変え、嘘偽りなく快活に物事を分析する。人を強く惹きつける秘訣だろう。将棋を、人生を、誰よりも楽しむ35歳の今に迫る。撮影/吉松伸太郎 取材・文/伊藤靖子(スポニチ)
昨シーズンはキャリアハイの勝率8割の成績を残されました。今シーズンも初獲得となる棋聖位を奪取して高い勝率を維持しています。ご自身としては満足のいくシーズンを送っていると言えるのでしょうか?それとももっとできるなという思いでしょうか?
「満足」というところでは、もちろんです。今年1月の段階ではタイトルがひとつ(棋王)だったので、そこから王将、棋聖奪取で3つまで増やすことができました。来年の1月を三冠の状態で迎えられるという一定の成果を得られたので、良かったと思います。
王座戦や竜王戦も上位まで勝ち残っていらっしゃいましたが、「狙っていた」という部分では悔しい部分もあったのでしょうか?
うーん。それを全部となるとね。具体的には、だいたい良いところで豊島(将之名人)さんと当たったわけですけど、対豊島戦をだいぶ勝ち越すようじゃないと、四冠、五冠と増えていかないのでね。そのハードルは高いですから。もう一段階上げられるかというところは、課題とかが見えてきたら考えたいですね。
現状ではいったん防衛のターンに入ってきているという感じでしょうか。
(来年)1月から防衛のターンになるのでね。でも去年よりは有利な状態で迎えられるので、気持ちの面で余裕をもって迎えられるというのは大きいところです。
今期は豊島名人にしか敗れていませんが、特別意識することはあるのでしょうか?
やっぱり今すごく当たるのでね。どの棋戦でもこれだけ当たるというのは、ある程度ふたりが抜けて勝たないとそういう状況にならないんです。一時期、羽生(善治九段)さんとはよく当たっていたけど、他の棋士でそういうのはあんまり経験したことがないんですよね。
それだけふたりがよく勝っているということなのかな。結局、直接対決で勝ち越していかないと、なかなかタイトルを獲るっていう成果にはたどり着かない。それは他の棋士にも言えることですけどね。だいたいどの棋戦も僕とか豊島さんが最後にいて、そこで勝たないと成果は得られないわけですから。
豊島名人と指していて、「以前とは変わったな」と感じる部分はありますでしょうか? 棋聖戦後のインタビューでは「自信」や「凄み」など、豊島名人の内面での成長を指摘していました。
そういう印象はあります。普段の動きやしゃべり方など、ご本人が意識してやっているのかもしれないですね。「第一人者としてしっかりしたい」という意識があるのかなという気はします。
渡辺先生もタイトル獲得後には、意識的に姿勢など変えることはあったのでしょうか?
ありましたね。実際にタイトル戦の前夜祭や打ち上げ、関係者やスポンサーに対する接し方は、先輩の動き方を見て学ぶというか。「こういうふうに接するんだな」というのを見て勝手に盗むというか、勉強しましたね。わからないし、教えてくれる人も身近にいないですからね。皆が皆、タイトル戦に出られるわけではないですから。
たとえば、渡辺先生と親交がある広瀬(章人)竜王や佐藤(天彦)九段など、タイトルホルダー同士で「どうしてる?」のように相談したりするものでしょうか?
いやしないですね(笑)。やっぱり先輩の姿勢を見て勝手に真似ているんじゃないですか。
今期は、その豊島名人でも棋聖戦での初防衛とはならず、渡辺先生に奪取を許しました。将棋界の1年を振り返ってみると、タイトルを防衛したのは渡辺先生の棋王位のみです。それだけタイトルを守るというのが難しくなってきているのでしょうか?
挑戦者は勢いがありますからね、間違いなく。
心理的な違いはあるのでしょうか?違うんじゃないですかね。守る側と攻める側の心理は。挑戦者側が負けても元の状況に戻るだけですし。防衛側は地位が落ちますからね。
去年、一気に新しい棋士がタイトルを獲ることが増えましたよね。新しいタイトルホルダーというのは、タイトルを持って過ごす1年間というのも初めて。タイトルを獲るとシードが増えて対局数が減るんですよ。対局数が減ると、コンディションが上がってこない。それでコンディションが落ちたときにだいたい防衛戦が始まるんです。そうすると挑戦者はコンディションが良いから、それを跳ね返すのは簡単じゃないんですよね。
六段や七段の棋士がタイトルを獲ると、席次(序列)もバーンっといきなり上に行って、将棋以外の仕事量は増えるし、気を使うシーンも増えるし、いろいろ負担が大きいんですよ。そうすると、今までと同じ研究時間が取れるかというと、取れないわけです。だいたい、そうこうしているうちに成績も下がっていって、すぐ防衛戦が来るんですよね。
でもタイトルを持つのが2回目になってくると「前回ここで失敗したから、こういうふうに過ごそう。防衛戦まで意外と時間はないな」など、また変わってきますよね。そうやって学習してトップに定着していくわけですけど、1回目というのはなかなか大変だと思います。
渡辺先生が初タイトルを獲得されたのは20歳のときでした。一般人だと、まだ学生としてフワフワ過ごす人も多い年ごろです。どうやってその処世術を身につけられたのでしょうか?
僕も、最初は何にも考えてなかったですね。でも、僕はわりとそういうのが得意なタイプなんです。タイトルを獲って、イベントとかで挨拶しなさいと言われても苦ではなかったんです。それを苦にするタイプだと、地位が上がるのは負担になるかもしれないですね。
タイトルを獲った翌年に失冠してしまう棋士が多いというのも数字上に現れていますね。
そうですね。でもその失敗した経験を生かすも殺すも本人次第ですから。ある程度、そういう結果になるのはしょうがないんですよね。タイトルを獲ると、明らかに変わりますから。
タイトルを持つと、求められるものも高くなりますからね。周りの目というか、勝率が5割、6割では全然満足してもらえないですから。それくらいじゃ「期待外れじゃないか」とか言われちゃいます(笑)。
今はみんなネットの反応などを気にするから、どんどん悪循環になっていく。タイトルを持っていなければ、6割くらい勝っていれば別に批判されることはないんですよ。でもタイトルを持っているとハードルは上がるし、二重に大変になるわけですね。ハードルが上がるけど対局は少ないから、勝率を上げるのは簡単じゃない。1つひとつの対戦が重くなってくるんです。
そういう状況をポジティブにとらえられる性格も大事ということですね。
性格もあると思います。まったく気にしない人はたぶんそうだろうし。でもなんだかんだプレッシャーはあると思います。期待に応えようと思ったら逆に大変になったりしますからね。
8人八冠の拮抗状態が一気に崩れたのはどうしてなのでしょうか?
複数冠を獲得したふたりがうまくやったということでしょうかね(笑)。状況はすぐ変わるから、その中でうまくやる人が出たら、その人がポンっと上に抜けるでしょうし。入れ替わりは激しいですよね。ダメになるときに落ちるのも早いだろうしな…。野球でもサッカーでも競馬でもいきなりダメになることって普通にありますから。
困難に立ち向かう根性はない
渡辺先生が今の強さを身につけた要因として、固さからバランス型への転向だとさまざまなメディアで語られています。一般的に振り飛車→居飛車は大きな転向だという認識はあるのですが、渡辺先生にとって、自らのモデルチェンジは、意識的に大改革をしたというイメージなのでしょうか?それとも微調整のレベルなのでしょうか?
そんなに大きく変えたつもりはないんですけどね、指す戦法をすごく変えたわけではないんです。「目が慣れてきた」というのがいちばん大きいですかね。流行っている将棋に対して目が慣れてきたというか。負け越した年は、今流行っている指し方に対して「損な指し方してるな。良い戦法だとはいえないな」と思っていたんです。
それで自分は今まで通りの型でやっていたところがあったんですけど、それでは全然勝てないですよね。勝てないからいろいろ考えて変えたりしていく中で「目が慣れてきた」という感じだと思います。
合っているという感覚を自らが否定するというのは、相当大変だったんじゃないですか?
それはやっぱり負けたからできたことですね。あれだけ負けたからある程度、「今の自分の考えはおかしい」というか。うまくいっているときは変える必要ないですもんね。
マンガ『将棋の渡辺くん』(伊奈めぐみ・著/講談社)の中で「野球選手は打てなくなってからフォームを変えるんだよ」というセリフがありました。どちらかというと「打てなくなることが怖いから、先に準備しよう」と考えてしまいます。
野球選手も一軍で出ている選手だったら、フォームを変える暇なんてないでしょう。よほど一流の人じゃない限り。一軍と二軍の狭間にいる人にとって、出ているあいだはとにかく結果を出さないと、すぐに二軍に落ちるじゃないですか。落とされたら打ち方を変えてみる、というのはあると思いますけどね。一軍にいたら、結果しか見られないですからね。だから悪くなったときには変えやすいというのはあると思います。
渡辺先生はあまりお好きじゃないと思いますが、一昨年の永瀬(拓矢)先生との棋王戦の第5局は「運命の1戦」だったと思うんです。先手有利を掲げている渡辺先生に振り駒の神が降りてきましたし。あの1戦で敗れていたら…今、完全復活した渡辺先生は存在しないような気がしています。
あの棋王戦はたしかに負けたら無冠になってましたもんね。やっているときは、あの年はすごく負けていたので、この流れでは「棋王戦も負けるかな」と思っていました。たしかに大きかったですね。無冠になると、2004年から15年続いているタイトル連続保持の記録も途切れてしまいますから。それをまたゼロからやるのは無理です。
過去のインタビューで「負けが込んだときに続ける根性がない」と話していました。実際、2017年は負けが込んだと思いますが、それでも諦めませんでした。それは根性には当たらないのでしょうか?
もう少し年齢がいったときに、加齢による衰えが来るじゃないですか。そのときに根性がないから長くは続けられないだろうなということは良く言うんですよね。30代、40代の半ばくらいまでは、加齢による衰えではない可能性が高いから、それとはちょっと違うかなと思うんです。体力的に厳しくなってきたとか、そういうことになってきたときに根性が続かないような気がしますよね。
困難が嫌いじゃないタイプにも見えますが…。
いやー、そんなことはない…。できれば避けたい。そんなに、困難に立ち向かう根性はないです。
渡辺先生は落ち込んだとき、誰かにアドバイスを求めるタイプではなく、自分で答えを見つけるタイプだなと。漫画やサッカーのシメオネ(現アトレティコ・マドリー監督)など、趣味から吸い上げる。あの悪い状況を、どのように物事をプラスのほうに持っていきました?
将棋指しはみんなそうじゃないですかね。マイナスになっていたときは、今までにやってこなかったことを、ちょっとやってみようかなと。今まで通りにやっていたらダメだから。それで結果が出ないかもしれないけど、とりあえず何か変えてみて。ダメだから変えてみてどうなるかなという感じで。でも将棋って1ヶ月や2ヶ月というスパンで結果が出るものでもないんです。変えたとしても1年ぐらいのスパンで見ないといけないです。
それが昨シーズンの後半にかけて見えてきたんですね。どの辺りで、このモデルでいけそうだという確信に変わりました?王将戦の挑戦時は自信満々に対局していたように思えます。
王将リーグで4勝2敗となり、プレーオフを合わせれば5勝2敗。強豪が集まる王将リーグで5勝2敗を取れたことで手応えを感じました。短期間にトップ棋士同士で戦うというのはあまりないことなのでね。去年の秋から冬にかけては良い状態ではありましたね。
王将リーグは皆さんの予想通りにはならない
今期のリーグ戦メンバーを見ての印象はいかがでしょうか?
王将リーグは半分が残留するので、ガラッと大きくは変わらないですよね。毎年大変ではありますよね。今年は藤井聡太(七段)くんが入ってきているので、そこが去年との最大の違いですよね。
全員が「藤井七段には負けられない」という感じで臨まれると思われますか?
いや、そういう感じにはならないんじゃないですかね。みんなトータルで何勝を目指すという目標があって。注目度が高いから、その中で対藤井戦だけ力が入るということはあるでしょうけどね。
先生のお好きな競馬ふうにいうと、豊島名人が本命、広瀬竜王、羽生九段あたりが対抗、単穴に藤井七段といった感じになりそうですが、渡辺先生はどう見ていますか?
競馬ふうに言うとそんな感じでしょうね(笑)。藤井七段への期待は高いでしょうけど、オッズを付けたらいちばん人気ではない。でも僕も去年の王将リーグでは本命ではなかったんですよね。開幕前のオッズで言ったら、3番、4番人気くらいだったと思う。だから皆さんの予想通りにはならないんですよ、将棋も競馬も(笑)。
今期のメンバーだと、どなたとタイトル戦をやってみたいですか? 相性的に対戦しやすいという意味ではなく、純粋に対局してみたいという感じとして、教えてください。
王将リーグに入ってくる棋士は、「パッと出」みたいな人はいないんですからね。今年は藤井くん以外はみんなタイトル経験者ですし。藤井くんが挑戦者として出てきたら、もう今までのタイトル戦とは全然違うんですけどね。マスコミの入り方だって全然違うでしょうし。
でも王将リーグ初参加で、”ゼッケン5番”(二次予選からリーグ入り)で勝ち抜こうと思ったら5勝1敗+プレーオフくらいになるから、けっこう厳しいですよね。全勝は文句なしだけど、5勝1敗でもプレーオフになる可能性は高いですもんね。
今年もまた王将戦、棋王戦のハードスケジュールをこなす準備はできていますか? そのタイミングで順位戦も佳境を迎えると思います。
今の時期は余裕があって、(来年の)1月からタイトル戦が始まるというのはわりと良いスケジュールです。気持ちの面でも持っていきやすい。やっぱりずっと続いていると大変なんで、どこかでひと息入れて、また気持ちを上げていくというのは、良いスケジュールにはなったかなと思いますね。
ハードスケジュールはとくに苦ではないですか?
出かけた先で観光に行ったりすることもありますし、あまり苦ではないです。
JT杯で優勝したときのインタビューで、「トップ棋士とはどこまでを指すかと言われたら、JT杯に出場できる棋士」と、とてもわかりやすい説明をされていました。同じく王将リーグを小さい子どもにもわかるように説明してください(笑)。
うーん。リーグ入りする難易度や門戸の狭さという点で、JT杯と同じですよね(笑)。
才能とはその競技に対する「限界値」
以前のインタビューで才能という言葉の定義は難しいと話されていました。正直言うと、アンケートで「才能の定義」を棋士の皆さんがどう捉えるのかが楽しみでした。
将棋の才能…。その人が生まれ持って、その競技に対する「限界値」みたいなものですよね。将棋だったら、将棋における最高到達地点って生まれた瞬間にある程度は決まってると思うんです。みんながみんな幼稚園くらいのころからサッカーをやったって、メッシやロナウドになれるものじゃない。そういうもんですよね、才能って。サッカーの本田圭佑選手がテレビのインタビューで「確かに才能の差はあります。でもそれは小さいもので、ライオンとケンカをしなさい、と言われているわけではない。」と話していて、なるほどなと思いました。
限界値は人それぞれ違います。限界値のどこまで到達できるかというのも人それぞれですし。才能は数値として見えていないものですからね。あとはいろんな巡り合わせもありますよね。何歳で始めるとか、良い指導者がいるとか。それは将棋に限ったことではないですけど。どんなスポーツでも上に行っている人は、もともと才能がある上に、早い段階でその競技に巡り合ったというものあったでしょうし。
事前のアンケートでは、才能型に羽生先生と藤井先生を挙げられました。
なんとなく「天才」と言って思い浮かべる人を挙げました。(笑)。
「今の棋士は自分も含めて、歴史的には羽生・藤井の間、という位置づけになるんじゃないですかね」と渡辺先生が発言する記事を読みました。その中に渡辺先生ご自身が入っていないのと、藤井先生に対する評価がすごく高くて驚きでした。
タイトル獲得数で、羽生さんの99期、大山(康晴十五世名人)先生の80期、中原(誠十六世名人)先生の64期。その3人が抜けているんですよ。4位が谷川(浩司九段)先生の27期で3位と4位の差がすごく開いているんです。なので僕は上の3人を別格として定義しているんです。3位と4位の差がすごいから。
上の3人の年齢の差はだいたい25歳なんです。僕と羽生さんは14歳差で、羽生さんと藤井くんのあいだは32歳。よって僕はちょうど中間という定義です(笑)。これまでの将棋の歴史上、タイトル獲得数で60期超えの棋士は25年にひとりくらい登場している。僕は60期まではいかないですから、そう考えると中間という位置づけになるのかなと思います。
藤井先生の強さもありますが、タイミング的なことも考えると、そろそろ60期くらい獲る棋士が現れてもおかしくない、ということでしょうか。
25年おきくらいに出ているところにスーパールーキーが登場したら「たぶんこの子なのかな?」と思うのは自然なことかと。まぁ、数年後には「いや、この子だったか!」と僕も違うことを言っているかもしれませんが(笑)。でも今の段階ではそう(藤井七段)でしょと。流れと成績を見てそう言いました。
『将棋の渡辺くん』では、「才能=7割、努力=3割でファイナルアンサー」とおっしゃっていました。それは渡辺先生自身がそうなのか、それとも周りの棋士の先生方を見てそう感じたのでしょうか?
「割合で言え」と聞かれたらそうなりますという程度で、とくに深い理由はないです(笑)。
将棋ソフトが出てきた今でも、将棋の強さはやはり子どものころに決まると思いますか?
同年代同士の対局でも子どものころの段階で、ある程度の力の差というのはついていますもんね。それが「才能の差」になるんじゃないでしょうか。将棋を始めて1年くらい同士だったら、やっぱり才能がある子が上に行くのかなと。
そこから中学生、高校生になっていろいろ自分で考えていくから変わってきますけど。将棋を始めて1年くらいだったら、とりあえず先生に言われたことをやって。でも1年もしたら実力差も生じるわけで。つまりある程度、向き不向きということになってくるのかなと思います。それはどんな競技にも言えることで、将棋に限ったことではないですけどね。
最近の新四段を見ていると、プロ入りの年代が遅くなったのかな?と感じます。さらに、四段になって以降で爆発的に伸びる人なども少ないのかな?と思ってしまいます。
統計をとっていないので感覚ですが、昔の羽生世代が勝ちすぎだっただけで、それ以降、新四段の勝率を取ってみたらそんなに変わらないと思うんですよ。あの世代の新人が強すぎたと思います。
勉強は好きではない
他人の勉強時間はわからないので努力型というのはわからないとアンケートで回答いただきました。努力というのはやはり勉強時間の長さになるのでしょうか? 研究会、感想戦、他の棋士の対局を観ていて、この人はよく勉強しているなと感じることはありませんか?
なんとなくはわかりますけどね。この人は1日10数時間勉強しているなというのはわからないけど、しっかり勉強しているか、してないかというのはわかりますね。でもプロは基本的にみんな勉強していますから、そんなに勉強時間に差はないと思いますけどね。
あとは「努力家」という定義もあいまいで。努力家って一流には使わない言葉じゃないですか。一流に対しては「才能があるから」とひとくくりにする。一流に届きそうで届かない人に対して「この人は一流まではあと一歩だけど努力家だよ」みたいな言い方をするんですよね。結局、定義づけがあいまいというか、そういう感じがするんです。
ちなみに渡辺先生は勉強が好きなほうですか?嫌いなほうですか?
基本的には好きではないです。
えー!?(笑)。周りの棋士の先生方からも、渡辺先生は準備がスゴいというのをよくお聞きするのですが、準備=勉強ではないのでしょうか?
基本的には嫌い。好きではない…(笑)。だって他にやりたいこといっぱいあるから。野球やサッカーを観たり。「勉強はやりたくないけど、仕事だからやっている」という感じです。あとは勉強をやらないと勝てないから。やらないと明らかに勝率が悪いから、準備をやっておかないと。
つまり「負けるほうがもっと嫌だ」ということでしょうか?
そうですね。結論としては、勉強自体は嫌いだけど、負けるのはもっと嫌だから仕方なくやるという(笑)。
『将棋の渡辺くん』には、「勉強は仕事だと思っているから、平日10時〜18時、21時〜23時」と書いてありました。これは2019年9月現在も同じくらいなのでしょうか?
実際そんなにやってないですよ(笑)。その時間に昼寝したり、散歩したり、サッカーや野球を観たりしているわけだから、自分の自由時間を書いているだけです。そのすべての時間を勉強する根性はないですよ。すぐ飽きる。だいたいいつも15分くらいで飽きますね。
え?たった15分!?
「もう30分くらい勉強したかな~」と思って時計を見ると、まだ15分くらいしか経っていなくて、しょうがないから休憩しよう、みたいな。ちょっと休憩するつもりでいるのにハッと気づくと1時間くらい寝ているという(笑)。
だいたい平日は夕方になると、そろそろプロ野球のスタメンが発表されるなとソワソワしだします。まず16時にその日の登録メンバーを見るんですよ、次に17時半までソワソワしてスタメンの発表、そして野球が始まったら観る(笑)。野球を観ながら、将棋の勉強してるんです。
勉強してるんだけど、横にプロ野球速報が開いてあって、チャンスのノーアウト1・2塁くらいになるとテレビつけて観る。ノーアウト1塁だと「これはチャンスとは言えないかな」って将棋の勉強を続ける。でもノーアウト1、2塁は明らかにチャンスだからちょっと観よう!みたいな。あとはテレビを音なしでつけておいて、自分は勉強してるけどチラチラ観る。だから集中はしてない、集中力がないんですよ(笑)。年々、集中力が落ちてきている気がする。
土日はそれプラス競馬も観てるので、土日の午後とかはけっこうひどいですよ。競馬と野球を観ながら将棋の研究をするという(笑)。全然、身になってるか怪しい。夜は海外サッカーもありますし。
そういう意味では将棋に触れている時間は長いのかな。とにかく集中力がないんです。趣味が増えすぎて、何かが観たくて我慢できないんですよね。もし、それらが観れない環境に放り込まれれて「さあ勉強しなさい」と言われても、逆に集中力が続かなくて無理だと思います。観たいのに、それがない状況に置かれたらたぶん無理…。普通にネット依存症だと(笑)。
でも現代人ってみんなそうじゃないですか。勉強をしていたら、スマホが「ピコーン」って鳴るんですよ、そしたら「なになに!?」ってなるじゃないですか。それで返信したりしたらまた「ピコーン」でしょ。みんな、集中力は落ちてますよね。
でも常に将棋がセットとして何かとくっついているのは流石です。研究会やVSでは勉強に集中されますよね?
それはそうですね。誰かと将棋を指すのは良いですよね。集中してできるし。やっぱりひとり勉強は厳しいかな。
いやいや強くなるための条件として「1人で勉強ができる」と『将棋の渡辺くん』に書いてありました(笑)
そうかもしれない…(笑)。集中力がある人はいいけど、僕は集中力がないので…。
ちなみに佐々木大地(五段)先生は、昨年5月くらいに渡辺先生とVSをお願いしたことで一気に成績が上がったとお話しされていました。
何かアドバイスしたかな~(笑)?
佐々木大地先生は「とくに具体的なアドバイスとかはなく、トップ棋士との対局で感じるものがあった」とお話しされていました。渡辺先生と一緒にVSをやりたい棋士はたくさんいるはずです。
そうですかね~?
渡辺先生はどういう基準でこの人とVSをやってみようかを決めますか?
年齢が上がってくると自分から言うのは難しいので、頼まれれば、という感じですよね。基準としては、世間話くらいはできる人のほうがいいかな。そりゃあ、研究熱心な人のほうがありがたいけど、何かひとつでも、競馬、野球、サッカー、マンガ、囲碁あたりの会話ができると(笑)。
棋力ではなくコミュ力だと(笑)。若手棋士と研究会やVSをやるメリットってどのあたりでしょうか? 先生より強い棋士はいないと思うので、なかなかプラス面がないのかなと思ってしまいます。自身のコンディションの確認が目的なのでしょうか?
手の見え方も、実戦をやってみないとわからないですから、コンディションの確認はあるんじゃないですか。あとは「今の若い人はこういう指し方するんだ」など最新トレンドを知ることができるというのはありますね。若手は上位の棋士とやることで先輩の将棋に対する取り組み方とかを見て学ぶわけですけど、上は若い人の指し方とかを見て吸収するわけだから。お互い狙いは違いますけど、意味はありますよね。
VSのお願いというのは、どうやって来るものなのでしょうか? 若手から「今度お願いします!」という連絡が急に来るものなのでしょうか?
基本、そういうことを言ってくる人は少ないんですよ。僕も先輩にそういうのを言ったことはないです。佐々木大地くんはフットサルをやっているときに「今度、将棋を教えてもらえませんか?」と言ってきましたね。
では「初めまして!ぜひ将棋を教えてください!」はないんですね。
それは基本的にないんじゃないですか?後輩からしてみたらそんなこと言えないでしょう。でもそういう勇気を出して言えるかというのも大事だと思います。先輩だってそう言われたら悪い気はしないですよね。だいたいは引き受けてくれるんじゃないかな。あとはあいだに誰かが入ったりとか、本当に”縁”ですよね。
渡辺先生の努力のひとつとして、体重管理があります。正座がつらくなるし、頭のキレが悪くなるので、1日5回は体重計に乗るという。どうして体重管理に行き着いたのですか?体脂肪や筋肉量などは気にしませんか? やはり体重といえば競馬の影響でしょうか?
それは努力なのでしょうか?たしかに競馬で取り入れた考えもあるかもしれないですね(笑)。競馬って馬によってベスト体重が決まってるじゃないですか。太かったり細かったりすると走らないみたいな。
競馬でいうとプラス10キロって、人間に置き換えると1キロぐらいなんですよ。それがプラス20キロとなると「この馬は太いんじゃないか」と馬券を買うのをためらうようになる。
なので、人のベスト体重というのは、2キロ差くらいの範囲でしかないんじゃないか、と思ってるんです。それより重かったらダメだし、痩せていてもダメだし、というのはあるんじゃないかなと。ただ将棋は走ったり、いわゆるアスリート的な筋力は使わないですよね。
ベスト体重を外れていると、何をするにも効率が悪いような気がして。太っていると、ちょっと動いただけで疲れます。買い物に行っただけで疲れて「あ~30分休憩しないと動けない」ってなっちゃう(笑)。日々の効率が悪くなるから、ある程度ベスト体重の中で増減を抑えるように、というのを始めました。
ベスト体重から外れると成績にも影響は出るのでしょうか?
負け越したシーズンは、体重管理ができていなかったんです。負けが込んでると、ジョギングをしようという気持ちにならないんですよ。もういいや、みたいな感じで。
それでそのシーズンが終わって春先から意識して体重を戻しました。そしたら1つひとつの動きにしてもやっぱり違うんです。買い物ひとつとっても、対局後の疲労にしても。ちなみに痩せすぎて困ったことは、一度もないです(笑)。
もうひとつの努力として書道。今年、叡王戦が知床(北海道)で開催された際に、若かりしころの揮毫が書かれていました。そのころと比較すると、今はかなり成長されています。フットサルやカーリングなどもそうなんですが、とにかく成長したいという向上心を感じます。ご自身の中で上達したいという気持ちからやられているのか、好奇心が旺盛で好きだからやられているのか、どういう気持ちで取り組むのでしょうか?
基本的に遊びが好きなんですよね。そして、遊びはうまくできたほうが楽しいですし。書道は遊びというよりは仕事で使うから、という意味合いで習い始めたんですが、上達が感じられると楽しいですよ。
渡辺先生は切り替え力の高さも定評がありますよね。そのひとつとして感想戦があります。感想戦というのは、なかなか気持ちの整理ができず、話さなくなる人が多いという印象です。その中で渡辺先生は負けた後もしっかりと話す。落ち込んでいる様子はさほど見えない。感想戦は記者や中継を観ている人のためという、プロ意識をすごく感じるのですが、ご本人もそのあたりは意識されているのでしょうか?
いやみんな負けたときはけっこうよくしゃべってますよ。勝ったときにあんまりしゃべると悪いかなと思っている人のほうが多いんじゃないかな。僕も勝ったときは抑えてしゃべってますよ。勝ったうえに感想戦でも負かすと悪いじゃないですか(笑)。
対局後に言葉が出ない方も多いですが、渡辺先生はそんなこともないですよね。
そうかもしれないですね。対局後の無音が嫌なんですよ。沈黙しているのがなんかね…。
インタビューをしていて感じるのですが、取材側にとっては『将棋の渡辺くん』の存在は脅威です。そこに渡辺先生のすべてが載っていますから(笑)。
たしかに(笑)。僕のインタビューって、新しい情報がなかなか出てこないから読まなくてもいいかなって思うんですよ。他の棋士に比べてすでに出ている情報が多いじゃないですか。マンガもそうだし、自分でブログも書くから。
何も発信していない棋士ならば「こういうふうに考えているんだ」とか「最近こんな趣味があるのか」とかすごく新鮮ですよね。僕も他の棋士のインタビューとか読みます。でも普段から情報を出している棋士は別にインタビューなんかなくてもよくない?と思うんですよ。おそらくこのインタビューを読む人も斜め読みなはずです(笑)。
他の棋士のインタビューも読まれるんですね。
棋士同士でもみんな読むんじゃないかな。今回のテーマの「才能と努力」とかはその人の考え方がけっこう出るじゃないですか。定義があいまいなぶん、そういうのを知っておくのは対戦相手の癖を知るうえでも重要だったりするんです。
今回、参考にさせていただいたインタビューや書籍などのリストになります。どれも素晴らしい内容ばかりです。ぜひ合わせてご覧ください。
情報源:【インタビュー】【渡辺明王将】勉強は嫌いだけど、負けるのはもっと嫌。現役最強棋士が語る「才能と努力」 – ライブドアニュース
\大望/#渡辺明 王将 ポラに揮毫を入れて3名様にプレゼント!
・フォロー&RTで応募完了
・応募〆切は9/26(木)20:00インタビューはこちら▼https://t.co/UVYvhVcMYS pic.twitter.com/QgTNsQNPMg
— ライブドアニュース (@livedoornews) September 20, 2019
ほぉ・・・