栄冠目前、眠れなかった木村九段 ファンに飛ばした冗談:朝日新聞デジタル

あと1勝の壁が厚い


2019年9月26日15時50分

王位戦第7局の対局開始前、目を閉じて集中力を高める木村一基九段=25日、東京都千代田区
王位戦第7局の対局開始前、目を閉じて集中力を高める木村一基九段=25日、東京都千代田区

「3年前に挑戦した時、『あと1勝』となってから、1日目の夜に寝られなくなったんですよ。メンタルが弱いんだな、と感じました」

6月、将棋の王位戦七番勝負で挑戦を決めた木村一基九段(46)は、過去の挫折をそう振り返った。決戦の舞台に向かう私は、その言葉を思い出していた。

豊島将之王位(29)と木村が共に3勝を挙げ、迎えた第7局。26日はその2日目だ。泣いても笑っても、今日、全てが決まる。

3年前の2016年。木村は、当時王位を保持していた羽生善治九段(48)に挑戦し、3勝2敗と追い込んだ。タイトル獲得は目前だったが、第6局、第7局と2連敗。対局直後、ファンが詰めかけた大盤解説会で、いつものように冗談を飛ばし、明るく振る舞っていた姿が印象に残る。

「将棋の強いおじさん」「千駄ケ谷の受け師」の愛称でも知られる木村は、97年にプロ入りした。長らく勝率7割をキープし、名人挑戦権を争うA級順位戦にも上り詰めたトップ棋士だ。しかし、過去6度のタイトル戦は、いずれも栄冠に手が届かなかった。09年の王位戦では、3連勝の後に4連敗を喫する大逆転負け。その後のタイトル戦でも、木村ファンのため息は続いた。

だが、ここ1年ほどは上昇気流にある。順位戦では9期ぶりのA級復帰に成功。王位戦では勢いのある若手を次々と破り、挑戦者決定戦で羽生に勝って、3年ぶりのタイトル戦出場を勝ち取った。「以前より、普段から将棋に時間をとるようになった。悪くなっても諦めなくなった」。木村はそう分析する。

今回の相手は、タイトル初防衛を目指す豊島だ。今年5月、平成生まれで初めて名人になった。ミスが少ないことでも知られる若き第一人者に勝つのは容易ではない。

さらに、「あと1勝」という厚い壁も立ちはだかる。「この対局に勝てばタイトル獲得」という勝負は、これまで8回あった。「九度目の正直」を果たせば、過去の失敗は帳消しになると言っても過言ではない。

25日に始まった第7局は、豊島が得意とする「角換わり」になった。ハイペースで手を進める豊島に対し、木村は神経を使う局面が続いた。3年前の経験を経てもなお、夜は眠るに眠れない心境だったかもしれない。

2日目の午後に入り、局面が終盤に近づくにつれて木村の優位が明らかになった。これまで幾度も訪れたチャンスはものにできなかったが、もう逃せない。この一局に勝てば、タイトルを取れる――。午後6時44分、木村は勝利をつかんだ。46歳3カ月という歴代最年長での初タイトル獲得だった。

対局直後のインタビュー。いつもハキハキと話す木村の声はかすれ、顔はかすかに震えていた。「うまく指すことができました。うれしいです」。その後の感想戦では落ち着きを取り戻し、時には笑顔を見せていた。

その後の、囲み取材でも木村はいつも通りの淡々とした口調だった。だが、妻と2人の娘への思いを問われると、うつむきながら眼鏡を外し、手で涙をぬぐった。

20秒ほどの沈黙の後、「家に帰ってから言います。伝えたいと思います」。そう口にする木村は、この日一番の優しい笑顔を浮かべていた。(村瀬信也)

情報源:栄冠目前、眠れなかった木村九段 ファンに飛ばした冗談:朝日新聞デジタル




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