写真=時事通信フォト

羽生善治が「あえて不利な手」を指す理由 | プレジデントオンライン

ほぉ・・・


2019.1.10

棋士・羽生善治が27年ぶりに無冠となった。そこで本人が選んだ肩書きは「九段」。7つの永世称号をもっているのに、単なる段位を選ぶのは、なぜなのか。インタビューを重ね、超越の棋士 羽生善治との対話(講談社)を書き上げたルポライターの高川武将氏が分析する――。

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■自ら選んだ肩書

27年ぶりに「無冠」になった将棋界の王者・羽生善治が、自ら選んだ肩書は、単なる段位の「九段」だった。

タイトルを持たない棋士が段位を名乗るのは当然のことだが、羽生だからこそ、そこには彼の決然たる意志が如実に表れている。

永世七冠を達成した2017年の竜王戦直後に話を聞いた際、羽生が実感を込めてこう言っていたのを思い出す。

「自分がどこまで第一線でやっていられるかは、1年1年やってみないとわからない。その感覚はかなり強くあります」

プロ棋士として一兵卒になることで、できるところまで第一線で闘い続けるのだという強い覚悟を明確にしたのだ。

33年に及ぶ棋士人生で獲得したタイトルは通算99期を数える。歴代2位は大山康晴(15世名人)の80、3位が中原誠(16世名人)の64。年間平均3つのタイトルを持ち続けてきた羽生の実績は群を抜いている。だが、昨年末、通算100期を懸けて臨んだ竜王戦で、羽生は挑戦者の広瀬章人に3勝4敗で敗退。大記録は達成できず、逆に竜王位を失冠し、保持タイトルがゼロになってしまった。

■初タイトルは平成元年

19歳で初タイトルの竜王を獲得したのは1989年、平成元年のことだった。その後、羽生が無冠だったのは、90年11月に竜王防衛に失敗してから翌91年3月に棋王を奪取するまでの4カ月間のみ。以来、七冠全冠制覇をはじめ途轍もない実績を積み重ね、常にタイトル名やその数で呼ばれてきた。平成と共に時代を築いてきた羽生が、48歳にしてついに無冠になり、どんな肩書を選ぶのかに注目が集まっていたのだ。

8大タイトル中、竜王と名人は失冠した翌1年間「前竜王(名人)」を名乗れる規定がある。また、「永世七冠」という空前絶後の大偉業を達成している羽生に敬意を表して、永世称号で呼ぶべきではないか、という声も将棋界にはあった。永世称号は引退後に名乗るものだが、実際にかつて大山、中原が無冠になり永世称号を肩書としたことがある。ただそれは、2人とも引退直前のことであり、羽生が名乗るとすれば相当「現役感」が薄れることを私は少なからず危惧していた。

だが、それは杞憂(きゆう)だった。竜王戦敗退後、日本将棋連盟から意向を問われた羽生は、前竜王でも永世称号でもなく、九段を希望したのだ。それは私が長年追いかけてきた羽生らしい選択でもあった。

■世代交代を迫られる中で

昨年9月、私は『超越の棋士羽生善治との対話』(講談社)という書籍を上梓した。2010年の竜王戦から足掛け8年、9回にわたって行ってきた羽生へのロングインタビューを中心に、稀代の人物の実像に迫ったノンフィクションである。

取材を始めた10年当時の羽生は、14歳下の渡辺(当時竜王)に世代交代を迫られている状況にあった。だが羽生は、死闘を繰り広げながら、勝つことでその渡辺との差を徐々に広げていった。やがて、14年には3度目の名人復位を果たし、43歳にしてタイトルの過半数を占める四冠王となる。加齢による衰えを感じさせない羽生に、私は、これまでの将棋史にあるような世代交代の図式は当てはまらないのではないか、とさえ思った。

ところが、40代後半に入った16年の春から異変が生じていく。棋士人生初の公式戦6連敗を喫し、名人位を当時27歳の佐藤天彦に奪われ、その後も20代の若手棋士にタイトルを奪われることが続いた。それだけでなく、常に7割前後を誇っていた年度の勝率が16年度に初めて6割を切ってから、3年続けて5割台に落ち込んでいる。年齢からすれば5割をキープしているのはすごいことだが、羽生にしては「低迷」が続いているのだ。

■「AIの影響を受けた戦術をつかみきれていない」

その要因について、拙著の中で羽生はこう自己分析している。

「現代将棋にきちんと対応できていない。どんどん変わる戦術に巧くマッチできていないところは、間違いなくあります。AI(人工知能)の影響を強く受けた新たな戦術をつかみきれていない。その根本にある発想や考え方を理解することが、簡単にはいかないんです」

また、圧倒的な強さを誇ってきた終盤の競り合いに負けることが増えた要因の一つにも、AIの影響を挙げた。

「以前よりも難易度の高い局面が増えているんです。全体のレベルが上がっていることと、難しい局面が増えて対局者にミスが増え、さらに難しくなっていることもあります」

若手棋士を中心に、AIの影響によって劇的な進化を続ける現代将棋への対応に苦闘しているのだ。

ただ、昨年の竜王戦で、シリーズを通して積極的で溌剌(はつらつ)とした指し回しをしていたのは、31歳の広瀬よりもむしろ羽生のほうだった。特に第5局は、常識外れの斬新な手を連発し、羽生マジックと言われた往年の強さを見せつけ圧勝していた。結局は第3、4局を逆転負けしたのが響き、シリーズは敗れ去ったが、羽生は明らかに何かをつかみかけているのではないだろうか。

■「強くなっているかどうかも、わからない」

10代の頃から羽生は対局で「実験」を行ってきている。最先端の最新形の、さらに未解明な手を、大舞台でこそ試してみるのだ。

「目先の結果だけを考えて指せば戦術の幅が狭くなります。ただ、逆に未来の可能性を重視し過ぎれば目先の結果が伴わなくなる。そんなリスクマネジメントの難しさがあるんです。しかも、リスクを取ったからといって、将来必ず結果に結びつくわけではない。流行の戦術が次々と変わってしまうので」

そんな将棋に取り組む姿勢が羽生の強さの根源にある。だが、彼はこうも言うのだ。

「もう、自分が強くなっているかどうかも、わからなくなっているんです」

一体、羽生は何のために、そんな暗中模索を繰り返しているのか。誰も追いつけないような実績を残しながら、なぜ将棋を指し続けるのか。それが拙著に通底したテーマになっていて、何度もやり取りを繰り返した。

「それは突き詰めてはいけないと思っています。闘うものは何もない。勝つことに意味はないんです」
「忘れること、諦めることも大事。モチベーションはコントロールできない。普通に、自然にやってどうなるかだけです」
「自分に役割なんてない……」

そんな虚無さえ感じるセリフを、いつも朗らかに笑いながら話す姿に、私はいつしか「癒やし」さえ感じるようになっていった。

■将棋の真理の追究

羽生の求めるものは何なのか。禅問答のようなやり取りを繰り返す中で、おぼろげながら見えてきたことがある。一つは、将棋の真理の追究である。

「将棋の真理はほぼわからないことがわかっている。(10の220乗とも言われる)指し手の可能性は膨大で、知覚できるのはほんの一かけらでしかない。到達点が見えないし、行けない……ただの幻です。でも、少しでもいいから前に進むことに価値や意味を感じることがいいんじゃないか。登る山が高過ぎて頂上までは行けないけど、途中の一里塚の景色を見るだけでも、ああ、やっていてよかったな、と感じられることもあると思うんです」

登る山が高ければ高いほど、その一歩は重みを増していく。若手に負けても、タイトルを失っても、羽生は歩みを止めない。その根幹を支えているのは、AIの影響を受け確率重視になり、皆が同じ戦法、戦術になっていく現代将棋へのレジスタンスである。

■「不利なものにこそ可能性がある」

「今後さらにAIの影響が進んでいったとき、内容が画一的になるかどうかが将棋の世界の運命を決めることになる。例えば勝つ確率が8割と2割に分かれたら、人間は80対20には分かれずに、98対2くらいに分かれてしまう。確かに今、AIによって確率や統計の精度が強烈に上がっているので、ミクロ的に見れば、それに従うほうが正しい。でも、皆でそうするのは、将来的に非常にリスキーなことです。AIによって新たな課題は与えられているけれど、将棋の可能性を狭めてしまうことにもなる。やっぱり、2のほうの人がいないと、廃れてしまいます。多様性は本当に大事で、少し不利とか、ダメと言われるほうにこそ、私は可能性があると思っているんです。

ただ、負けますねぇ(苦笑)。将棋以外のあらゆるジャンルでもそうなっていくでしょうけど、恐ろしく精度の上がった確率や統計に下手に抵抗すると、大変な目に遭います」

そう話したときの羽生の楽しそうな笑顔を私は忘れることができない。

■無冠だからこそ、より自由に

羽生の真の敵は人間ではなく、AIに強く影響された現代将棋そのものなのだろう。それを深く理解し解明するための壮大な実験は、これからも続いていく。目の前に次から次へと差し出される新しい課題に、全力で取り組んでいくのみ……。その意志を表明したのが「九段」の肩書なのだ。加齢による衰えとも闘いながら、やがて実験の「答え」が出てきたとき、羽生がまたタイトルを冠する日はきっと来るはずだ。

「私は過去を振り返りません」

永世七冠達成直後に話を聞いたとき、羽生はきっぱりとこう言っている。

守るものはない。無冠になったからこそ、より自由に将棋を指せる。だから私は、羽生九段の今後の闘いぶりが楽しみになっている。

名人挑戦を懸け、現在5勝1敗の2位につけているA級順位戦7回戦(1月11日、対三浦弘行九段)が、羽生の再スタートの場となる。

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へぇ・・・