「りゅうおうのおしごと!」の白鳥士郎
「今度、持ち時間が7分で一手ごとに7秒加算されるっていう超早指しの女流棋戦を始めるんです。見学に来ませんか?」
そんな連絡が来たのは、10月のこと。その頃ちょうど、24人のプロ棋士にインタビューして記事を書くという狂気の仕事を引き受けていた私は、正直に言えばかなり行くか迷った。
朝から関西将棋会館の対局室の隣の部屋に詰めて、対局の様子をモニターで見守り、肝心のインタビューを行えるのは深夜。終電を逃してタクシーで帰宅し、そこから記事を書く……という日々を送っていたからだ。ぶっちゃけ将棋の仕事に飽きつつあった。
しかし『女流棋戦』という言葉には、抗いがたい魅力を感じた。女性が大好きだからというわけではない。
実は私、女流棋士の対局を見た経験がほとんどないのである。『りゅうおうのおしごと!』という将棋ラノベは小学生の女の子がアマチュアから女流棋士へと成長していく物語で、当然ながら作中では女流棋士の対局がバンバン登場する。
「白鳥さん、取材すごいですねぇ」
「どれくらい将棋会館に通ってるんですか?」
そんな風に言ってもらえることも増えたし、将棋の街・天童へ行った際は現地の支部の将棋が強いおじさんに「あんた詳しいなぁ」と名刺を求められたりした。
でも、ぼく、見たことないの……。
マイナビ女子オープンの一斉予選は取材させてもらったが、あれはお金を払えば誰でも見られる公開対局で、しかも椅子対局だ。
そもそも女流棋士の対局は数そのものが少なく、生で見られる機会なんてほとんどないし、つい最近まで映像でもめったに見られるものではなかった。
非公式戦とはいえ、密室の、畳の部屋で盤を挟む女流棋士の対局をこの目で見られるチャンス!そんなわけで東京まで取材に出かけることにした。
対局が収録される『シャトーアメーバ』はワイン工房みたいな名前で、灰色のコンクリート打ちっ放しな外観は確かに城のように見える。
だが中に入ってみると、優雅なその印象はガラッと変わった。
「すいませんね。バタバタしてて……」
エントランスまで迎えに来てくれた番組プロデューサーがそう言う通り、ひっきりなしに人が出入りし、何だか大きな荷物を積んだ台車があっちへ行ったりこっちへ行ったり。
建物の中は本当に、収録だけに特化したスタジオという感じだが、とにかく迷路みたいに入り組んでいて、控室のドアにはテレビでよく見るタレントさんの名前が貼ってあったりと、将棋会館との違いに圧倒されてしまった。
到着とほぼ同時に対局の収録が始まっており、まずはモニター越しにその様子を見守ったのだが……とにかく指し手が早い。
一局目は、本当にあっという間に終わった。一瞬のミスと躊躇いが命取りになる。そんな印象を持った。
対局室のすぐ隣には、リラックスできるホールのような場所がある。
そこは水もコーヒーもお菓子も用意されていて、私はそこに設置されたモニターで対局を見ていたのだが……対局者が引き上げてくると、部屋の空気は一瞬にして引き締まった。
この女流棋戦は、3本勝負。1局では終わらない。そして1局終わるごとに小休憩が入り、インタビューなども行われる。
インターバルをどう過ごすかも重要で、私が見ていたこの時は、対局者は離れた場所に一人で座って精神を統一していた。その様子を、カメラはずっと追っている。やはり気になるのだろうか。カメラに背を向けるようにして座っている女流棋士もいた。
その女流棋士から少し離れた場所で、同じように神経を集中させている女性がいた。 メイクさんだ。
「将棋ということなので、まず『清楚』なイメージになるよう心掛けています」
普段あまり将棋に関する仕事をしたことはないとのことだったが、話を聞いてみると、想像以上に考えて仕事をしていらっしゃるようだった。
「あとは、髪があまり垂れないように気を付けています。将棋をしてる時って、俯くことが多いですよね」
前髪が垂れて視界を遮らないようにするのはもちろん、横や後ろに『巻き髪』を作らないようにもしているという。髪が動くと、集中を妨げてしまいかねないという配慮だろう。
「私、将棋のことって全く知らなくて……いつ対局が始まるのかとか、終わるのかとかがわからないんです。だからいつ出番が来てもいいように、ずっと女流棋士の先生を見てます」
その言葉通り、メイクさんは常に集中を切らさず、対局者の二人だけではなく、まだ対局前で寛いでいる女流棋士にもずっと視線を注いでいた。
少しでも髪がほつれると「ちょっといいですか?」と言って直したり……女流棋士の美しさを最大限に発揮するための努力に、圧倒される思いだった。
次に、記録係を務める奨励会員の青年に話を聞いてみた。男性の棋士と比べて、何か特徴はあるのだろうか。
「とにかく序盤が早いです。男性棋士の先生方は一手目とかに少し考えることもあるんですけど……」
確かに私が見た対局も、開始早々、互いの手が同時に盤上に伸びているような感じだった。
「そうなんです! だから対局が始まる瞬間は、すごく緊張します。記録を取り損ねないように……」
将棋の棋譜を記録する方法は、かつては手書きで専用の棋譜用紙に書き込んでいた。 だが現在はタブレット上で駒を動かして記録を取る。
一手に費やした消費時間も自動で計測してくれるので、これによって記録係の負担は大きく軽減した……はずだったのだが、それでも追いつかないくらい早いらしい。
「入力が間に合わない場合は、とにかく手順を暗記することに集中して、手が止まったら入力します。だからこの棋戦の場合は、時間は記録していないんです」
記録係の青年はそう言ってから、輝くような笑顔を浮かべてこう続けた。
「でも、1日でたくさん対局が見られるから、すごく楽しいです!」
やがて、二局目の準備が整った。今度は私もカメラと一緒に対局室に入る。固定カメラが3台に、手持ちカメラが3台。対局者には休憩中もずっとカメラが付いていて、それが対局室の中まで追いかけてくる感じだ。
準備が終わると、ディレクターが両対局者に告げる。
「では、呼吸が合ったら始めてください」
相撲じゃないんだから……と思ったが、普段の公式戦みたいに開始時刻が厳格に定められているわけではない。この間合いの取り方も重要だろう。
「お願いします」
礼を交わし、チェスクロックのスイッチが押されると……西部劇のガンマンが拳銃を抜くかのような素早い手つきで駒を動かしていく。
カメラと一緒に、私は対局室を出た。扉を閉めるまで、叩き合うような駒音はずっと鳴り続けていた。
どんな対局が行われたかは……ぜひ映像をご覧になっていただきたい。
そしてその迫力ある華やかな映像が、誰の、どんな努力によって作られているかにも思いを馳せていただければ幸いである。
◆白鳥士郎(しらとり・しろう) 1981年、岐阜県出身。学生時代に小説を書き始め、2008年に「らじかるエレメンツ」で商業デビュー。2015年にスタートした「りゅうおうのおしごと!」では、第28回将棋ペンクラブ大賞文芸部門優秀賞を受賞。漫画、アニメにもなった。
◆女流AbemaTVトーナメント 持ち時間各7分、1手指すごとに7秒が加算される、チェスでも用いられる「フィッシャールール」を採用した女流棋士による超早指し棋戦。推薦枠の女流棋士、予選を勝ち抜いた女流棋士、計8人がトーナメント形式で戦い、1回の対戦は三番勝負。優勝者は、第1回大会で藤井聡太七段が優勝した持ち時間各5分、1手指すごとに5秒加算の「AbemaTVトーナメント」に、女流枠として出場権を得る。
情報源:超高速女流棋戦の裏側/将棋・女流AbemaTVトーナメント特別寄稿(AbemaTIMES) – Yahoo!ニュース
情報源:超高速女流棋戦の裏側/将棋・女流AbemaTVトーナメント特別寄稿 | AbemaTIMES
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