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第76期将棋名人戦七番勝負第6局では、昨年11月に71歳で亡くなった山形県村山市の駒師、村川邦次郎(雅号・秀峰)さんが作った駒が使われた。藤井聡太七段(15)の師匠の師匠と出会い、タイトル戦で使う高級駒の世界に入った村川さん。病気の体をおして完成させた逸品が、大勝負を引き立たせた。
木地はしま模様の入った虎斑(とらふ)。書体は400年以上の歴史があると言われる水無瀬(みなせ)。文字を彫った跡を漆で埋め、さらに漆で盛り上げた。玉将の駒尻には雅号、秀峰の文字が刻まれている。18日夕、「選ばれた」と連絡を受けた妻、美知子さん(70)は自宅で仏壇に向かい、思った。「お父さん、良かったね。良いご褒美もらって」
村川さんが高級駒に出会ったのは、1972(昭和47)年。名古屋市内のデパートで駒作りの実演をしている時、故・板谷進九段に見せてもらったという。
天童周辺は当時、木地に漆で文字を直接書くなどの大衆駒作りが多く、高級駒はほとんど作られていなかった。板谷さんとの交流の中で棋士の手になじむ駒の厚みや角度を研究した。
雅号の名付け親は板谷さん。2坪ほどの作業部屋の壁には、板谷さんとの写真を掲げた。97年に伝統工芸士に認定され、2004年の名人戦で駒が使われた。
だが09年11月、大腸がんが発覚。2回手術を受けたが、転移が進み、姿勢を保つのも難しくなった。ただ「痛いと言ったことはなかった」(美知子さん)。手がしびれにくい抗がん剤を使い、駒を作り続けた。
第6局の駒は、30年来の知人が14年ごろに制作を依頼した。知人によると、「元気になってまた作れるようになった」と村川さんから電話があり、16年夏に完成品を届けてくれたという。
板谷さんの孫弟子にあたる藤井七段が30年ぶりの新記録となる29連勝を果たした昨年6月の対局でも村川さんの駒が使われた。村川さんは、藤井七段の活躍をテレビで見るたび「また勝ったね」とうれしそうに美知子さんに話しかけたという。「孫を見るような、とろーんとしたまなざしだった」
「村川秀峰様 強くなる」。遺影の隣には、藤井七段が29連勝した後に贈った色紙が飾られている。
美知子さんは思う。「お父さん、良い仕事をしたね。周りに良い人に恵まれたね。本当に幸せな、職人人生だったね」(上月英興)
情報源:山形)将棋名人戦 勝負支えた駒 病身で作った村川さん:朝日新聞デジタル
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- 第76期将棋名人戦七番勝負:朝日新聞デジタル
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