(大志 藤井聡太のいる時代)成長編:4 「毎日将棋指せる。早くおじいちゃんになりたい」:朝日新聞デジタル

へぇ・・・


祖父の訓一さんと将棋を指す幼少期の藤井聡太六段=愛知県瀬戸市
祖父の訓一さんと将棋を指す幼少期の藤井聡太六段=愛知県瀬戸市

高校生棋士の藤井聡太(そうた)六段(15)が将棋に初めて出会ったのは、5歳の夏のことだった。

愛知県瀬戸市の聡太一家の隣に住む祖母の清水育子(76)は、日本将棋連盟が監修した「スタディ将棋」(くもん出版)を聡太にやらせてみた。

スタディ将棋とは、駒の表と裏に、動かすことのできる方向が矢印で記され、遊んでいるうちに、自然にルールが覚えられることを目指した初心者向けの将棋だ。育子が、孫たちと遊ぶために買いそろえていた「おもちゃ」の一つだった。

聡太は毎日のように祖母の家に遊びに来ては、育子に対局をせがむようになった。だが、育子は将棋のルールを知らない。「金を左斜め下に動かそうとしたら、聡太が『それはできません』とぴしゃり。覚え込むのが早かった。すぐ太刀打ちできなくなったので、おじいちゃんに相手をお願いしました」

それからは、祖父の故訓一(くんいち)が聡太の対局相手となった。育子は2人の対局の様子を覚えている。「最初はおじいちゃんに、聡太はほとんど勝てなかったと思います。おじいちゃんの駒をたくさん取っているのですが、持ち駒の使い方がよく分からないみたいでした。負けると、よく泣いていました」

訓一が近くの高齢者福祉施設へ聡太を連れて行き、集まっていた高齢者たちと将棋をさせたこともあった。育子によれば、ある人から「子どもはこんなところに来ちゃだめだよ」と言われたことがあったが、聡太は「毎日将棋が指せるから、早くおじいちゃんになりたい」と答えたそうだ。そのころのことについて、聡太は「祖母も初心者だったので、一緒にルールを覚えたんです。だんだん、年上の祖父母に勝てるのが楽しくなりました」と振り返る。

将棋にのめり込んでいく聡太。育子は「ちゃんと指し方を教えてもらえる場所はないか」と思うようになった。まもなく、自宅近くの将棋教室に通うことになる。=敬称略

◆次回は5月13日掲載です。

情報源:(大志 藤井聡太のいる時代)成長編:4 「毎日将棋指せる。早くおじいちゃんになりたい」:朝日新聞デジタル


将棋盤の下に碁盤があるな・・・