ほぉ・・・
ひっそりと咲いていた。森の奥深く、光すら届かないところで。
光合成は行わない。姿も少し、いや、かなり変わっている。
最近、次々と新種が見つかり、盛んに研究が行われるようになってきた。
ある植物たちの物語。
(ネットワーク報道部記者 管野彰彦)光合成しないで…いいんですか?
先日、ある大学が出したプレスリリースが目にとまりました。そこに書かれていた「光合成を行わない植物」という文字が目に飛び込んできたのです。
『植物は光合成でエネルギーを得て生きている』
理科が得意ではなかった私も、小学校の授業で習ったのをおぼえています。
改めて、百科事典を開いてみても、やはり『植物とは光合成によって有機物を生成する生物』と書かれています。
「光合成を行わない植物」に、がぜん興味がわき、取材を進めると。
闇の中で人知れず咲く、なんとも風変わりな植物たちの姿が見えてきました。
光合成しないでいいんですって!
プレスリリースを出したのは、神戸大学大学院理学研究科の末次健司特命講師。ラン科の「クロヤツシロラン」という植物の生態を解明したという発表でした。
末次さんに聞くと、やはりクロヤツシロランは光合成を行っていないとのこと。その代わり、クヌギタケ属のキノコからエネルギーや栄養分を吸収しているといいます。地中に伸ばした根っこが、キノコの一部と結合して横取りしているのです。
光合成をしないので、光は全く必要なく、人里離れた森の奥深く、真っ暗でジメジメした環境に生息しています。
このクロヤツシロラン、繁殖もキノコの助けを借りていることが、末次さんが滋賀県の山林で行った現地調査で新たにわかりました。
普通の花ならば、蜜を吸いにきたチョウなどに花粉を運んでもらいますが、光が届かない場所にはそうした虫はほとんど寄ってきません。
そこでクロヤツシロランが利用していたのがショウジョウバエです。暗いところでも生えるキノコを餌にしようと近寄ってきたハエに、花粉を運んでもらっていたのです。
繁殖でもキノコに依存している生態が解明されたのは世界初だということでした。
新種 発見ラッシュ
光合成をしない植物。最近になって見つかったのかと思いきや、かなり以前から知られているものでした。
明治から昭和にかけて活躍した博物学者の南方熊楠も研究対象の1つにしていたといいます。
こうした植物は「菌従属栄養植物」や「腐生植物」と呼ばれ、カビやキノコなどの「菌類」に寄生することで生きていますが、詳しい生態がわかってきたのは、ここ15年ほど。
そして、ここのところ、新種が相次いで見つかっています。この5年にかぎっても、国内だけで8種類。末次さんも、これまでに10種類ほどの新種を国内外で発見しています。DNA分析の進展など研究環境が整ってきたことで、新種の発見ラッシュになっています。
今では日本国内でも約60種、世界では約800種が確認されています。
進化か?退化か?共生から寄生へ
この奇妙な生態の植物、昔からいたとしても、なぜ出現したのか。
光合成を行わないことは、果たして進化なのか。退化なのか。
末次さんによると、「より進化した植物だ」と言うことでした。
実は植物と菌類の共生の姿は、一般的な植物でも見られます。植物の根と、菌類の菌糸と呼ばれる根っこのようなものが地中で結合する「菌根共生」と呼ばれる状態。
これによって、植物は光合成で得た炭水化物を菌類に渡し、逆に菌類からは窒素やリンといった栄養分を受け取ります。松とマツタケの関係がこれにあたります。
これは両者にとってメリットがある「ウィンウィン」の関係です。
ところが、ある時、自分はなにも与えず、一方的に菌類からエネルギーや栄養分を奪い取る能力を持つ植物が登場しました。「菌従属栄養植物」です。
なぜ光合成をやめた?
でもなぜ、植物のアイデンティティーである、光合成をやめることになったのか。
考えられている“進化のシナリオ”の1つは、生息場所をめぐる争いです。
多くの植物が生存をかけて、しのぎをけずる日当たりのよい場所から、競争相手の少ない場所を求めた結果、行き着いたのが、光が届きにくい暗い場所でした。
そこで生きていくため、光合成の代わりに菌類から栄養分を奪う能力を獲得したのです。その過程で、光合成に必要な緑色の色素はなくなり、ついには葉そのものまでなくなってしまいました。
進化の過程で必然的に
別のシナリオもあります。
東京大学大学院理学系研究科の塚谷裕一教授は、こうした植物の出現は進化の過程で必然的に見られるものだと言います。
コンピューター上で行った生態系の進化のシミュレーションでも、ある段階で、必ず、寄生生物が登場する結果になるということです。
「シミュレーションでは、植物と菌類が共生関係を結ぶと、必ず、その関係をどちらかが悪用して楽な生活を選ぶ結果が出ます。ほかの生物に寄生するほうが生きていくのが楽だからです。相手の乗っ取りに成功した結果、光合成を行う必要がなくなり、その後、光の届かない場所でも生息できるようになったのではないか」
まるでクリオネ!?
こうした植物、その生き方だけでなく、その姿もほかの植物とはひと味違っています。
昭和25年に徳島県で発見された、名前もユニークな「タヌキノショクダイ」。
この植物は花の部分も茎の部分も半透明。通常の植物のような葉は退化してありません。数センチの大きさで、クリオネにも似たその姿は、まさに異形です。
豊かな生態系の証し
実はこうした植物の中には消えていく花もあります。
タヌキノショクダイも徳島県と伊豆諸島の一部の島でしか見ることができない絶滅危惧種です。かつては、宮崎県などでも確認されていましたが、環境の変化とともに姿を消してしまいました。
こうした植物は、それぞれ特定の菌類とだけ関係を持ち依存しています。
つまり、環境が変わり、そこに暮らすカビやキノコがいなくなってしまうと、生きていくことができなくなってしまうのです。
したたかなように見えて、繊細な植物なのです。
東京大学大学院の塚谷教授は、この菌従属栄養植物のことを「森を食べる植物」と表現し、その存在は森の豊かさを見る指標になると言います。
「これらの植物は本来、植物が行っている光合成によるエネルギーの生産を行わず、ある意味、森全体の営みの一部を一方的に奪って暮らしていると言えます。裏返して言えば、こうした植物が生きているということは、その場所の自然が豊かである、余裕があるということの証明でもあります。菌従属栄養植物を知ることは、その豊かな生態系を知ることにつながるのです」
光さえ届かない森の奥で、想像を超えた進化の物語が紡がれていました。
光合成やめた植物「クロヤツシロラン」が、地下でも(栄養源として)、地上でも(送粉者を呼び寄せる道具として)キノコに頼って生きる「究極のニート生活」を行っていることを明らかにした論文をEcology誌に発表しました。面白い仕事だと自負しています。ぜひご覧下さい。https://t.co/Ucg52izBda pic.twitter.com/EW0IyQQEtA
— 末次 健司 (@tugutuguk) March 26, 2018
ちょうどクロヤツシロランの生態研究を紹介していただいたタイミングで,分類系の論文も出版されました.クロヤツシロランのエピタイプ指定を行った論文です.https://t.co/B5SHXWYhPw
— 末次 健司 (@tugutuguk) April 13, 2018
へぇ・・・