ミスを引き出すのも実力
2023.7/1 10:00
藤井聡太七冠が八冠を目指すに当たり、残された戦いは、棋聖と王位の防衛戦。そして王座戦の挑戦権獲得である。
その王座戦の挑戦だが、藤井は今まで一度も挑戦者になった経験がなく、挑戦者決定戦まで進んだこともなかった。
今期は挑戦者決定トーナメント戦(16人)の1回戦を、中川大輔八段に快勝して2回戦に臨んだが、ここで大きな試練が待ち受けていた。
2回戦の相手は、村田顕弘六段。富山県魚津市の出身で、中田章道七段門下の36歳。棋戦優勝などの実績はないが、終盤が鋭く、詰将棋の名手として知られている。
将棋は村田が相掛かり戦に誘導した。ただし最新の攻防とは一味違う戦いに、藤井が惑わされたか、珍しく駒損を重ねて形勢を損ねた。
しかも藤井は、持ち時間をほとんど使った終盤の時点で、敗勢だ。村田は優勢と勝ちを意識したことだろう。
なおかつ村田が勝ちを読み切れそうな局面で、持ち時間は1時間以上残っていた。完全な勝ちパターンだ。
しかしそこから、村田は1時間以上考えてしまう。指した手は好手だったが、時間が切迫したことで、大事件が起きるのである。
双方秒読みになった時点で、AIでの村田の勝つ確率は、90%を超えていた。
しかし藤井は、角の利きに銀が出て延命を図り、最後には取られたら自玉が詰むところに金を差し出す勝負手を重ねて相手を迷わせる。
そしてただで取れる金を村田が取った瞬間、形勢の針は、94%から4%に下がった。大逆転である。
最後は藤井が得意の詰みを披露し、一瞬で詰まして将棋は終わった。
この将棋を見ていて、私は羽生善治九段の全盛期も、こんな逆転劇がよくあったなと、思ったものだった。
よく「羽生マジック」などと言われたが、今の藤井と同様、悪くなっても離されず、ピッタリ相手の背中に付いていくことにより、優勢な側が焦り、秒読みに追われて悪手を指して逆転するのだ。
それでも村田にしてみれば、恐らく一生忘れられない後悔の一局だったと思う。後で冷静に考えれば、あれも勝ち、これでも勝ちという将棋だったからだが、指している最中に相手を迷わせることができるのが、実力者だ。
ともあれ藤井はベスト4に進出。準決勝で羽生に勝利した藤井は、挑戦者決定戦に進んだ。
■あおの・てるいち 1953年1月31日、静岡県焼津市生まれ。68年に4級で故廣津久雄九段門下に入る。74年に四段に昇段し、プロ棋士となる。94年に九段。A級通算11期。これまでに勝率第一位賞や連勝賞、升田幸三賞を獲得。将棋の国際普及にも努め、2011年に外務大臣表彰を受けた。13年から17年2月まで、日本将棋連盟専務理事を務めた。
情報源:【勝負師たちの系譜】藤井聡太七冠、村田顕弘六段に〝土壇場の逆転劇〟 王座戦挑戦者決定トーナメント 羽生善治九段の全盛期にもよくあった(1/3ページ)
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