「ちょっとですけど、少しずつ前進している」羽生善治九段の新たなる挑戦の道のり

「ちょっとですけど、少しずつ前進している」羽生善治九段の新たなる挑戦の道のり | ニュース | ABEMA TIMES

順位戦の開幕局と、棋王戦の千葉七段戦


2022/07/27 20:46

羽生善治九段、51歳。将棋界のシンボルとして、プレーヤーとして、その中心に立ち続ける現役最強棋士だ。6月には史上最多となる公式戦通算1500勝を達成。七冠独占、永世七冠、タイトル通算99期、将棋界初の国民栄誉賞など、数々の偉業を成し遂げてきた羽生九段が、新たな大記録を打ち立てたことは大きな話題を呼んだ。

戦いの場に身を置く羽生九段にとっては、1500勝は節目であっても目的地ではない。大記録達成から約1カ月。相対した羽生九段は、この日も少年のようにくるくると表情を変え、柔らかく朗らかだ。6月30日に行われた羽生戦を解説した“島研”の主宰者でもある島朗九段(59)は、「すべてを極めたのちに、原点に戻って少年時代の楽しい気持ちに返っているのでは」とコメント。新たな「前人未踏」の記録を手にした今、羽生九段の新たなる挑戦の道のりを聞いた。

◆「久しぶりに横歩取りもやってみようかな」

――2022年度は8勝1敗で8連勝中です。ご自身が考える好調の要因があれば教えてください。

それが特に、ものすごく何かを変えたというわけではないんです。自分でもどうしてなのかがよくわからない、というのが率直な感想です。年度が切り替わって、新しい一年が始まるというところで、気持ちとしては切り替えやすかったのかなとは思います。

――今年度は横歩取りを4局採用されており、昨年1年間で1局だったのと比較すると多用されている印象を受けます。6月30日の羽生九段対千葉幸生七段(43)戦で解説を務めた島九段が、「羽生九段にとって後手横歩取りは原点。小学生時代の羽生少年は自他ともに認める横歩取り後手のスペシャリストだった。すべてを極めたのちに原点に戻って少年時代の楽しい気持ちに返っているのでは」とお話されていました。採用が増えた理由があれば教えてください。

2022年に入ってからは連敗していたので、その中でいろいろ試行錯誤していた中のひとつが「久しぶりに横歩取りもやってみようかな」というところでした。谷川(浩司十七世名人)先生が五段時代くらいに横歩取りの作戦をよく指されていて、その影響もあって小学生の頃はよく指していたというところもあります。私だけではなく、その時代の子供大会だと、横歩取りの将棋はよく指されていたと思います。

今のプロの世界だといまいち勝率が良くないとか、作戦としての評判はあまり良くないという面もあるので、採用するなら自分なりの工夫が必要なのかなということは思っていますね。

――30年ぶりに参戦した順位戦B級1組についても伺いたいと思います。ここまでに2戦を終えて2連勝を飾られていますが、どのような感触を持たれていますでしょうか?

前に(B級1組に)いた時に戦った方は一人もいないので、クラスは同じでもだいぶ雰囲気は違います。チェスクロックの6時間に変わったので、同じ順位戦でも指している感じはだいぶ違いますね。

あとは、A級の時は(年間に)9局でしたけどB級は12局なので、次から次に対局が来るという感覚があります。3局増えるだけでかなり違う感覚があるのですが、自分なりにそれに合わせてやっていかなければいけないなという気持ちが強いです。どういう風に対応できるかということを考えているということが大きいですかね。

――持ち時間の変更は、作戦を立てる上で違うものがあるのでしょうか?

作戦的には特に変わるということはないんですけど、体感としては1時間くらい早くなってるんですね。ストップウォッチでやると、今まではお互いに時間を使い切って大体夜の12時半くらいなんですけど、それが11時半でお互い無くなるという感じなんですね。1時間はかなり大きいです。

◆「ちょっとですけど、少しずつ前進している」

――6月には前人未踏の公式戦1500勝という偉業を達成されました。終局後の記者会見で「印象に残っている一勝」の問いに、デビュー戦となった1986年1月の王将戦一次予選の宮田利男六段戦を挙げられました。改めてどんなことが印象に残っていますか?

私は記録(係)をほとんど取っていなかったので、プロの公式戦の場所に踏み入れる機会がほぼ初めてに近かったんです。すごく緊張したというのもありましたし、名前だけ知っている先輩たちも初めて対局室で見かけたりとか、そういう緊張感がありました。時間もすごく長くなるので、1局でもかなり長時間で指すんだなということを感じました。

――羽生九段にまつわる数字は数々ありますが、ご自身で印象に残っている数字や、これを達成した時に嬉しかったという数字はありますか?

一番の区切りで言うと、1000勝というところだと思います。長く続けないと到達できないところでもありますし、数字のキリとしても非常にいいところですね。

――タイトル戦での数字についてはいかがでしょうか?

数字よりは、タイトル戦は勝てれば嬉しいというところがあるんですよね。数字というよりは、1回1回の重みや喜びを噛みしめているというところです。

――2022年2月に、藤井聡太竜王(王位、叡王、王将、棋聖、20)が王将獲得時に語った「森林限界」という言葉が大きな話題となりました。羽生九段の現在地を山に例えるならどちらに位置していらっしゃいますか?

昔、升田幸三(実力制第四代名人)先生が「辿り来て未だ山麓」ということをおっしゃっていたんですけど、それは間違いなくその通りです。全体の1%も何もわかっていないということは間違いなく言えると思います。でも、ただそこで佇んでいるというよりは、ちょっとですけど、少しずつ前進していると思います。

――山が大きすぎる、というイメージなのでしょうか?

高すぎる、ですね。でも一応前には進んでいる、というところです。

◆研究の本質とは「千日手模様になりやすそうなときに、それをいかにブレイクするかを考えていく作業」

――さらにその会見では、将棋のおもしろさについて「いろんな可能性があるところです。わからないこともありますが部分的にわかるところもたまにある、というのがおもしろいところ」とお話されました。2017年に永世七冠を達成された時には「将棋の本質はまだわからない」とも。この部分についてはいかがでしょうか?

ルールとして良く出来ているな、という感覚は持っています。もう少し補足すると、将棋は先手の時にいかにうまく千日手を回避して打開できるか、というものなんじゃないかなと思っています。それはどんな戦型でもそうなんですけど、いろんな定跡があって、いろんな研究や分析がありますよね。その本質はなにかと言われたら、千日手模様になりやすそうなときに、それをいかにブレイクしていくかということを考えていく作業なのかなと思っています。

――「千日手」というワードを伺うと、どうしても今期の棋聖戦五番勝負第1局が浮かんできます。

見ていて面白かったですね。何の躊躇もなかったですもんね。そういうこともあるので、あのような形で具体的に出るということがあると思うんです。さすがに毎回千日手をやるのは引け目を感じるのであまり起こらないということもありますけど、勝てなければどんどん、たくさん起きると思います。

◆羽生九段とAI研究の距離感

――2020年当時には、コロナ禍をきっかけにネット環境で研究会を行っていたと伺いましたが、対面の研究会などは復活されていますか?アフターコロナ、とはまだ言いにくいですが、研究環境の変化があれば教えてください。

オンラインではやっていなくて、すべてリアルで対面でやっています。スケジュールの関係もあるので頻度はばらつきがありますが、基本的にはリアルの形式でやっています。

――昨年秋には、渡辺明名人(棋王、38)が研究用のハイスペックPCを購入されたことも大きな話題となりました。羽生先生の現在のPCとの付き合い方、距離感を教えてください。

私はハイスペックなパソコンは持っていないです。普通のパソコンを使って、基本的には自分の疑問とか未解決の問題が出たときに調べてみるという使い方が多いです。この局面はどう指せばよかったとか、どっちが良かったのかなというのを調べる時にソフトを使うことが多いですね。

自分で考えるのが大事だと思っているので、ちょっと煮詰まった時とか、よくわからないなという場面で使ったりしています。でも、みんながそういう環境でやる時代が来るのかもしれないですね。昔と比較すると隔世の感がありますし、そういう環境が将棋の世界を大きく変えているというのもひとつ大きな特徴かなと思いますね。

◆「分岐の場面をたくさん迎えているって、すごく充実している証拠」

――4月にはNewsPicks「Weekly Ochiai7」でメディアアーティストの落合陽一さんとの対談の様子が配信されました。「豊かな人生は?」との問いに羽生九段は「後悔がたくさんあること」と回答されました。勝負における勝ち負け、内容における後悔ということは想像できるのですが、後悔は少ないに越したことはないのでは?と考えてしまいます。

物事をやっていく中で、失敗したり上手くいかなかったりすることがあると思うんですけど、そういうことがないとなかなか大きく前に進めないという面もありますよね。リスクを持って何かをするとか挑戦するというところに、必ず後悔というものが“付き物”としてあるんじゃないかなと思っています。

どっちが良いかわからないみたいな場面ってありますよね。それって、どっちを選んでも絶対後悔するんですよ。選ばなかった道の方が良かったという後悔って絶対あると思うんですけど、そういう分岐の場面をたくさん迎えているって、すごく充実している証拠なのかな、という意味です。

 

◆ SNSで素顔が見えるようになった羽生九段

――今年3月にはTwitterのアカウントを開設され、そのことは将棋界を飛び越えて大きな話題を呼びました。改めてTwitterを始めた理由についてお聞かせください。

気分を変えるというか、ちょっとやってみようかなと思ったというのがありますね。まだ始めて期間も短いので依然として試行錯誤ですけど、日々の生活の中で刺激を受けているのはあります。こういうので行こう、というのは全然定まっていません。

――羽生家のウサギたちなども登場する「動物と学ぶ将棋講座」も人気です。誕生のきっかけがあれば教えてください。

一番最初に「王手!」ってしているウサギの写真を上げたんですけど、写真フォルダの中に入っていたのを見て「将棋講座をやろう」と思い付いたんです。ただ将棋講座をやってもつまらないというかTwitter向きではないので、あの写真があってやってみようかなと思いました。動物シリーズも試行錯誤です。最初は将棋の格言でやっていたんですけど、格言はすぐにネタが尽きちゃうんです(笑)。

あともうひとつ、格言に合わせて動物の写真撮るのって難しいんですよ。人間だと「こっちのアングルで立ってくれ」とかできるじゃないですか。でも動物は言うことを聞いてくれない(笑)。始めてからすぐに手詰まりになることに気がついたので、方向性を変えて駒組み講座にしました。これも試行錯誤中です。

動物の写真については、「こういうのが欲しい」と妻に伝えると何千枚のストックの中から選んでくれるので、それをもらっています。

――Twitterはファンとの交流ツールにもなっているようですが、寄せられるコメントなどにも目を通されているのでしょうか?

はい、コメントも読んでいます。最近始めたアンケートもコメントで「こういうのをやるなら、投票ができる機能がありますよ」と教えてもらったので、それで始めたこともあります。反応はよく読んでいますね。

◆Twitter認証バッジは「私も取れていないんです(笑)」

――羽生九段の少し前、2021年9月にTwitterを始められた渡辺明名人(棋王、38)は、認証バッジ取得に苦戦されているようです。羽生九段は認証バッジにご興味などはありますか?

申請出したんですけど、私も取れていないんです(笑)。たぶん何かの要件を満たさないといけないと思うんですけど、全容が公開されていないのでまた改めて申請出してみます。公認が取れやすい分野と取れない分野があるみたいですね。将棋界で公認マークが取れているのは、香川(愛生女流四段)さんだけですよね!調べてあります(笑)。またチャレンジしてみて、頑張ってなんとか取りたいと思います。

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