国枝さん(左)の指導でラケットを素振り

「テニスで感じたことない突風、吹き抜けた」「貴重なラケット振らせていただいて」…藤井聡太・国枝慎吾対談<完全版・後編> : 竜王戦 : 囲碁・将棋 : ニュース : 読売新聞オンライン

後編


2022/01/07 05:00

藤井・国枝対談<完全版・前編>はこちら>>

藤井聡太竜王(19)と、車いすテニス選手の国枝慎吾さん(37)の対談は、それぞれの世界でトップに立つ存在だからこそ分かり合える部分があって熱を帯び、藤井竜王が国枝さんに将棋の上達法における金言を授けた。対談後は「棋は対話なり」を実践するべく、藤井竜王と国枝さんは盤を挟んで対局した。また、藤井竜王が国枝さんのテニスラケットを手に、人生初の素振りに挑戦した。笑顔があふれた2人は意気投合し、藤井竜王が1月24日に行われる竜王就位式の祝辞を国枝さんに依頼し、快諾された。(司会 文化部・吉田祐也)

「テニスは女性のスポーツ」の思い込み、覆され衝撃

テニスが激しくエキサイティングなスポーツであることに衝撃を受けた。コーチとの出会いもあり、パラリンピックを目指すように
テニスが激しくエキサイティングなスポーツであることに衝撃を受けた。コーチとの出会いもあり、パラリンピックを目指すように

藤 :9歳の頃から車いすテニスを始めたということですけど、トップを目指す出来事やきっかけはあったのでしょうか。

国 :最初は、そんなにテニスをやりたくなかったんですけど(笑)。もともと野球をやっていて、車いすになって、その当時、テニスといったら伊達公子さんが一流のプレーヤーでいらっしゃって。母がテニス好きだったんで、家では(テレビで)テニスとかが流れていたんですけど、伊達さんの試合をずっと見ていたからか、どちらかというと女性のスポーツなのかなという勘違いが僕の中にあって。たまたま家の近く、30分くらいのところに車いすテニスをやっているテニススクールがあると母がテニス仲間から聞いて、僕を連れて行ってくれたんですけど、女性のスポーツだからそんなのやりたくないよと最初は思っていた。それでも見に行ったら、そう思っていたのが恥ずかしいくらいに覆されて、そんなに激しいエキサイティングなスポーツがテニスなのかって、すごく衝撃を受けて、これだったらちょっとやってみたいなって思ったんです。それから、高校に上がるくらいのタイミングで、パラリンピックの選手を教えていらっしゃったコーチに出会って、そんなコーチに教わるんだったらパラリンピックを目指したいなと思ったのがきっかけでしたね。(藤井竜王は)子供の時から、詰将棋がむちゃくちゃ強かったってうかがったんですけど、プロになられるタイミングとかっていうのも、ある程度、前から考えていたんですか。

藤 :あー、そうですね。まず奨励会に入って、6級からです。四段でプロになります。自分が奨励会に入ったのが10歳の頃だったんですけど、当時はプロを目指すという強い意志があったわけではなくて、上を目指してやっていたことが自然と奨励会に入ることにつながったという感じで、当初からプロになりたいと意識をしていたわけではなかったんですけど。

国 :じゃあ、どういったタイミングでプロになるって思われたんですか。

藤 :次第に昇級していって、奨励会三段まで来ることができて、三段まで来るとあと一歩でプロということになるので、そこでこれまで以上に棋士というのを強く意識するようになりました。

国 :一段ずつ昇っていく中で、という感じなんですね。

藤 :はい、最初からというわけではなくて、次第に。

師匠からアドバイスを受けたこと…「なかなかないですね」

テニスのコーチの話に将棋の師匠を重ね合わせる。コーチは選手にアドバイスするが、師匠からアドバイスを受けたことは「なかなかないですね」
テニスのコーチの話に将棋の師匠を重ね合わせる。コーチは選手にアドバイスするが、師匠からアドバイスを受けたことは「なかなかないですね」

藤 :普段のトレーニング、どのようにされているのでしょうか。

国 :そうですね、いわゆるフィットネスという体を鍛える方のトレーニングと打つ方のトレーニングを分けてやっていまして、1日90分くらいをフィットネスに充てて、テニスは2~3時間で練習していくというのを週5日くらい、週2日を完全オフにしてっていうサイクルで練習して、年間4か月くらい海外遠征に行くような生活をもう20年近く送っているんです。今はコロナの影響で行ったり来たりというのがどうしても難しい時期でもあるので、テニスプレーヤーはそこに苦労しているところもありますね。隔離の期間とかで、どうしても自身のコンディションが落ちてしまったりとか、すごく調整が難しいです。年もあるんですけど、僕らはやれてもテニスの練習自体は3時間くらいなんですが、実際(将棋の)研究されたりとかっていう時間は、対局しない日はどれくらいですか。

藤 :そうですね、だいたい1日7時間くらいかと思います。やっぱり棋士の場合はコーチの方がいないので、基本的に一人で取り組むことになるので、普段の練習、ペースの作り方とか、難しいのかなと思います。

国 :7時間やった後は脳が疲れる感じなのですか、それとも体が疲れるんですか?

藤 :普段は、そんなに体力的に疲れた感じはしないですが、対局の時は緊張していることもあるのか、体の方も疲れたという感じがすることはあります。先ほどコーチの方と出会えたという話がありましたが、将棋の世界ではコーチがいないので、どんな感じなのだろうというふうに思うんですけど。

国 :師匠とはまた違う感じなんですかね?

藤 :そうですね。師匠からそんなにアドバイスを受けたことは……。なかなかないですね。

国 :そうなんですか。テニスの選手とコーチの関係は、どうですかね、でも僕らはアドバイスを受けますね。それがコーチの仕事ですし。将棋は師匠と対局されることもあるんですものね。

藤 :あ、場合によっては。

国 :そこが我々とやっぱり違うところがありますね。コーチってたいてい、もう現役を引退されている方なので、そこがちょっと違うかなと思います。僕らの場合は海外遠征が多いので、コーチとトレーナーと妻を連れて、海外を回っていくんですけど、その時間はずっと同じ行動なんですよ、ご飯も一緒に食べて。もちろん部屋は違うんですけど、チームのような感じで動いているんです。(将棋は)そういう関係ではないですよね?

藤 :そうですね、将棋界は師弟制度がありますけど、やっぱり個人でという意識の方が強いかなと思います。

評価値が急に上がると「ウォー」みたいな

中継で評価値が大きく変わると「ウォー」ってなる時がある。将棋の楽しみ方も変わった
中継で評価値が大きく変わると「ウォー」ってなる時がある。将棋の楽しみ方も変わった

藤 :(インターネット放送局)ABEMAなどで将棋の方も見ていただいているということで、ありがとうございます。普段はどんな感じで将棋中継を楽しんでいらっしゃいますか?

国 :いや、もう、僕のレベルじゃ全然わからないですよ(笑)。それを話すことすら恥ずかしい。最近、エンターテインメントっぽく、評価値も見えるじゃないですか。そういうところで次はどんな手を指すのかなって解説の方がおっしゃっているのを聞いていると、棋士の方も藤井さんが指されるのを注目していて、評価値が急に上がったりすると「ウォー」みたいなところがあるじゃないですか。素人でそれが正直、どんなにすごいのかわからないところもあるんですけど、その数値を見るだけで「ウォー」って時があるので、ああいった評価値という見方にここ数年変わってきて、将棋を見る方としては楽しみやすくなった気がしますね。

藤 :やはり、スポーツの世界はスコアが出ますけど、将棋の場合は見ただけだと分かりづらいことがあったので、評価値という数字が出るようになったことはかなり大きな変化があったような気がします。

居飛車から攻められた時は…藤井竜王がサラリと伝えた振り飛車の奥義

詰め将棋、振り飛車の考え方……。将棋上達のコツをサラリと伝授
詰め将棋、振り飛車の考え方……。将棋上達のコツをサラリと伝授

国 :僕もアプリで将棋をやっているんですけど、もう3年くらいずっと同じ級なんですよ。1級なんです。そこから上に、全然いけなくて。終盤力がないなっていうふうに思って、詰将棋とかもやるんですけど、途中で考えることに疲れちゃって、どうしてもすぐ答えを見ちゃったりとか、ヒントに頼ったりとかするんですが、そういった誘惑に負けずに最後まで指せる、考え抜く力っていうのはどうしたらいいですか。

藤 :解けない時は答えに頼ってしまってもいいと思います(笑)。やっぱり、詰将棋だと、終盤のパターンを詰将棋を解くことで身につけることができるので、答えを見てしまってパターンをなんとなく覚えていけば、結構、実戦でも生きる場面があるのではないかなと思います。

国 :あとは詰将棋をしていて、こんなパターンなかなかなくない?みたいな時もありますよね(笑)。

藤 :ありますね(笑)。

国 :そういう時は、お題によっては、無視しちゃっていいんですか。

藤 :詰将棋では、実戦ではそんなに通常では現れない筋があるので、そんな時は、こんな筋もあるんだというくらいでスルーしてもいいのでは。

国 :僕のテニスのプレースタイル(攻撃的)だと、振り飛車にするとちょっと受け身になるってことはありますか。そんなことないですか。

藤 :中飛車と石田流というのは振り飛車の中でもかなり積極的な戦法なので。

国 :なかなか、焦っちゃうんですよね、攻められると。そうなると、居飛車の方がいいのかなと思ったりするんですけど、そんなレベルではないですか。

藤 :振り飛車ですと、確かに居飛車から攻められることもありますけど、その時は、居飛車側に大駒を成り込まれたりしますと、ポイントを挙げられることが多いので、相手の大駒を働かせない。例えば、と金を作られても少し余裕があるので、受ける時は相手の大駒を押さえておくとよいかと思います。

国 :ほー。なるほど(敬意に満ちた表情)。ありがとうございます。ちょっと今、思い出したんですけど、将棋を始めて間もないころに将棋会館に行ったんですよ。友達とフリー対局で。小学生に交じって、自分の記録を受付に提出して、将棋は3級ですとか言って、小学校1年生くらいの子にボコボコにされて。こっちが考えていると、1年生の子に「早く指してよ、おじさん」みたいなプレッシャーをかけられたのを思い出しました(笑)。

藤 :将棋道場に来る子は、だいたい小さい子の方が強いので(笑)。

国 :そうなんですね~(笑)。

藤 :小学1年生とかが一番強いです(笑)。

国 :定跡がきっと頭に入っているのか、むちゃくちゃ早く指してくるんですよ。

藤 :子供は早指しなことが多いです(笑)。

達成感とは無縁の竜王、自ら課題見つけ視線は「次」へ

パラリンピック東京大会では今までにない達成感を味わった
パラリンピック東京大会では今までにない達成感を味わった

国 :僕は長いキャリアの中で、勝利の数はもちろん、たくさん優勝もしてきたんですけど、今回のパラリンピックは今までにない達成感というのが正直あって、終わった後にこんなに余韻に浸ることは今までなかったんですね。今まではいくら勝ってもコートを出て飛行機に乗って日本に着く頃には、「さあ次だ」という心境になれていたのですけど、今回はちょっと時間がかかっている部分があるくらい、ここに懸ける気持ちがすごく強かったんだなと、終わった後にすごく実感した。(藤井さんは)きっと竜王になられて、まだまだ先がある方なので、そんなふうには思っていないんじゃないかと想像するんですけど、もう次っていう感じなんでしょうか。

藤 :ああ、そうですね。竜王獲得という結果を出すことができて、うれしいという気持ちはもちろんあるんですけど、ただ、今回のシリーズの対局でも自分の課題がいろいろ見つかったので、達成感以上にそれを次に生かしていきたい気持ちが強いです。

国 :どのタイトルをと思われていると思うんですけど、日々の積み重ねというか、自身の将棋の力を日々積み重ねているということなんですよね。よりよい棋士をというところですよね。

藤 :自分の場合は、あまり結果を意識するよりも、内容を良くしていこうという意識で取り組んだ方が自分にとってはいいのかなと思っています。

国枝「ウィンブルドンでタイトルを」、藤井「王将戦、いいコンディションで」

盤上を射貫くような目。課題を見つけ、次の対局で改善し「少しでも強くなれるように」(第34期竜王戦第4局、山口県宇部市で)
盤上を射貫くような目。課題を見つけ、次の対局で改善し「少しでも強くなれるように」(第34期竜王戦第4局、山口県宇部市で)

国 :私はもう年明けに全豪オープンがあるので、コロナの状況もわからないですけれど、結果はもちろん、そこで自分自身が東京の後にどんなプレーを残せるのかっていうのを一度確認したいっていうところです。あと、ウィンブルドンのタイトルはまだとっていないので、そこは第一の目標になります。

藤 :自分は年明けから王将戦があるので、そちらにいいコンディションで臨みたいというのが最初の目標になるかなと思います。そうですね、長期的にみると、2021年は結果が残せた1年ではありましたが、同時に内容的には課題が多く見つかったというところもあるので、それを少しずつ改善して、少しでも強くなれるように、(今年は)そういう1年にしていきたいなと思っています。

国枝さん「手が震え」ながらも、藤井竜王を前に堂々たる指し回し

藤井竜王(左)と盤を挟んで対局
藤井竜王(左)と盤を挟んで対局

(対談を終え、国枝さんが将棋盤を持参していたこともあり、将棋を指してみることに。駒を並べて一礼し、いざ対局開始)
【平手(ハンデなし)】
先手番の国枝さんは初手▲5六歩から中飛車に振って、藤井竜王は△8四歩で、いつも通りの居飛車。対抗形の将棋に。国枝さんは「手が震えますね」と恐縮しつつも、的確に指し進める。美濃囲いに構え、藤井竜王の飛車先の歩交換もしっかり受け止めた。駒組みが落ち着いたところで国枝さんは「考え込んでしまって、申し訳ないのでこの辺りで」と指し掛けを提案。駒を片付けながら、藤井竜王は「(中盤の入り口まで)すごくしっかり組まれていました。本当に互角の局面だと思います」と、国枝さんの堂々たる指し回しを称賛した。

対局後、国枝さんは「盤を挟んで藤井さんを前にした瞬間、今までテニスのどんな試合でも感じたことのない突風が吹き抜けました。藤井さんの圧力はすさまじかったです」と興奮さめやらぬ様子で語った。

人生初の素振りに挑戦した藤井竜王、手にしたラケットは…

国枝さん(左)の指導でラケットを素振り
国枝さん(左)の指導でラケットを素振り

国枝さんが撮影用に持参したラケットを手に、藤井竜王が人生初の素振りに挑戦した。フォアハンド、バックハンドを披露。国枝さんは「いいです」「これは貴重です」と話しつつ、その様子に見とれていた。国枝さんは「お互い1時間ずつ、将棋とテニスで指導し合えるかな」と笑みを浮かべた。かなり使い込まれていたラケットなので、練習用のラケットかと思われたが、実は東京パラリンピックで金メダルを獲得した際のラケットであると国枝さんが明かした。藤井竜王は「そんな貴重なラケットを振らせていただいて」と恐縮していた。互いに一礼し、和やかな様子で将棋・テニスのトップ対談は幕を閉じた。

後日、国枝さんに藤井竜王の素振りについて本音をうかがうと、「あまり運動をされていないことはわかりましたが(笑)、直前の対局で震えるほどの『圧』を受けたので『いいです』としか言葉が出てこなかったです。でも、テニスでは圧倒的に上に立っていると感じました」とユーモアを交えて語った。


将棋ファンのみなさま、1月24日の竜王就位式は、「藤井竜王への尊敬を深めました」という国枝さんの祝辞にご期待ください。メッセージを受けて、藤井竜王は謝辞で国枝さんとの対談で得たことをどう表現するのか、注目です。

情報源:「テニスで感じたことない突風、吹き抜けた」「貴重なラケット振らせていただいて」…藤井聡太・国枝慎吾対談<完全版・後編> : 竜王戦 : 囲碁・将棋 : ニュース : 読売新聞オンライン



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