A級順位戦4回戦で佐藤天彦九段と対戦した羽生善治九段=2021年10月29日午前0時36分、東京都渋谷区、村瀬信也撮影

羽生善治九段「ひどい勘違いだった」 佐藤天彦九段と血まみれの激戦:朝日新聞デジタル

第80期順位戦A級4回戦 ▲羽生善治九段―△佐藤天彦九段


2021年11月23日 17時30分

朝のハプニング

【観戦記】A級順位戦4回戦 先手▲羽生善治九段(1勝2敗) 後手△佐藤天彦九段(1勝2敗)

ここ30年のA級順位戦で3敗しての挑戦権獲得は5例しかない。それもすべてプレーオフで単独首位はない。1勝2敗同士の本局は二人とも順位が悪く、敗者は挑戦が難しくなるだけでなく残留にも影響する一戦だ。

10月28日午前9時半前、将棋会館に入る羽生の姿を見かけた。頃合いを測って特別対局室へ。佐藤は午前9時52分ごろ入室する。

A級順位戦4回戦で佐藤天彦九段と対戦した羽生善治九段=2021年10月29日午前0時36分、東京都渋谷区、村瀬信也撮影
A級順位戦4回戦で佐藤天彦九段と対戦した羽生善治九段=2021年10月29日午前0時36分、東京都渋谷区、村瀬信也撮影

両者が駒を並べ終えて、羽生が余り歩2枚を駒袋にしまうと、将棋会館が揺れた。ふたりが周りを見回す。茨城県南部が震源の地震で、将棋会館のある渋谷区は震度2だった。ハプニングはあったがすぐに平静に戻り、午前10時につつがなく対局が始まった。

図は▲3六歩まで
図は▲3六歩まで
▲7六歩  △3四歩1 ▲2六歩1 △8四歩 ▲2五歩1 △8五歩3 ▲7八金1 △3二金 ▲2四歩2 △同 歩 ▲同 飛  △8六歩1 ▲同 歩1 △同 飛1 ▲3四飛1 △3三角2 ▲5八玉11 △5二玉2 ▲3六歩2=図(指し手の後の数字は消費時間〈分〉)

後手の佐藤が横歩取りに誘導した。▲5八玉から▲3六歩とする青野流の対策で、後手が避ける傾向にあり、実戦数は減っている。

対して△4二銀から△2三金とするのが昨年末に出た手法。△8四飛に▲2五飛なら△2四金と飛車を押さえ込むつもりだ。羽生は角交換から▲7七桂で▲8五飛の飛車交換を狙う。(君島俊介)

△4二銀2 ▲3七桂4 △2三金1 ▲3五飛1 △5一金2 ▲3八銀11 △8四飛3 ▲3三角成11△同 桂 ▲7七桂
指了図・▲7七桂まで
指了図・▲7七桂まで

持時間各6時間

消費 ▲47分 △18分

羽生九段「ひどい勘違いだった」

羽生は5月に定跡書を出した。さまざまな戦型から36のテーマを取り上げて解説している。執筆を通して「戦型によって定跡が細分化されていることと、結論が変わるスピードが速い印象を持った」という。疲れ知らずで深掘りできる将棋ソフトの影響は大きい。5年前にはなかった戦術がタイトル戦で指されることも多い。本局もそうした形の一つだ。

後手は左金が囲いから離れて飛車交換に弱い。図で△8九飛成は▲8五飛で先手有利。△4四角▲6五飛△8九飛成の工夫も、▲6六歩が好手で後の▲5六角が攻防に利く。△2四飛が佐藤の注文。9月の第4回ABEMAトーナメント決勝第5局藤井聡太三冠(先)―佐々木勇気七段戦で指されていたが、公式戦では初だった。

図は▲7七桂まで
図は▲7七桂まで

羽生は「ひどい勘違いだった」と▲8九飛を反省する。▲2五歩に△5四飛なら▲8九飛、△4四飛なら▲6五飛が正確な組み合わせ。仮に△5四飛▲8九飛から本譜同様の進行なら、△6一玉に▲5四馬△同歩▲8四飛とさばいて先手よし。本譜の▲8九飛は藤井三冠も指していたが、先手の飛車が使えず形勢を損ねた。

佐藤は△6一玉まで想定の進行だった。(君島俊介)

△2四飛2 ▲8五飛40 △8四歩4 ▲2五歩  △4四飛 ▲8九飛6 △2八角3 ▲8二歩2 △同 銀2 ▲7二角16 △3五歩3 ▲8一角成56△3六歩11 ▲7五桂1△3七歩成9 ▲6三馬  △6一玉 ▲6五桂  △6二歩95
指了図・△6二歩まで
指了図・△6二歩まで

消費 ▲2時間48分 △2時間27分

羽生九段らしい指し回し

ここ1年の佐藤は振り飛車も使って作戦が多彩だ。横歩取りは以前のエース戦法。近年の採用率は低いが、名人失冠後も順位戦では年に1局用いており、現在もローテーションに組み込まれている。最新形をテーマにした理由もあるが、「ここ一番」での採用だ。解説の千葉幸生七段は「先手は青野流が有力だが、後手の対策も多い。有力といってもリスクはある」という。

図は△6二歩まで
図は△6二歩まで

図で▲7三桂不成は△同銀▲同馬△4七とが王手馬取りで先手敗勢になる。▲5三桂不成から▲1八馬が羽生らしい曲線的な手順だった。▲8三歩を狙いつつ後手の角を質駒にして、攻防のアヤが多い。苦しくても自分から崩れず、相手についていく。そして、甘い手は見逃さない。こうした羽生の指し回しは以前から変わらない。

▲1八馬に△9四歩も考えられた。▲8三歩に△9三銀とかわす意味だが、玉を安全地帯に戻す本譜の順でも後手は悪くない。

▲9一とで夕食休憩に。ここから長考が相次いだのは、局面の難しさの表れだ。「中盤はコクのある進行だった」と千葉七段。△5四桂は▲5六香や▲6六香に備えながら△6六桂打を含みにしている。(君島俊介)

▲5三桂不成13  △7一玉11 ▲1八馬3 △5三銀18 ▲8三歩1 △6一玉 ▲8二歩成2△5二玉 ▲3五銀12 △6四飛1 ▲9一と3 △5四桂31 ▲2四香41 △同 金58 ▲同 銀1 △2五桂
指了図・△2五桂まで
指了図・△2五桂まで

消費 ▲4時間4分 △4時間26分

後手よし、栄養ドリンクを飲む佐藤九段

2016年の第74期名人戦で佐藤が羽生から名人を奪取したことは、世代交代を促す意味でも大きな出来事だった。

佐藤が初めて参加したこの時のA級には、名人を含めた11人中、30代以下は3人しかいなかった。今期は8人もいて、顔ぶれが若くなった。

A級順位戦4回戦で羽生善治九段と対戦した佐藤天彦九段=2021年10月29日午前0時37分、東京都渋谷区、村瀬信也撮影
A級順位戦4回戦で羽生善治九段と対戦した佐藤天彦九段=2021年10月29日午前0時37分、東京都渋谷区、村瀬信也撮影

佐藤は、羽生が10局以上対戦して負け越している棋士の一人だ。ほかは永瀬拓矢王座、豊島将之九段、菅井竜也八段。羽生は2回戦から永瀬王座以外の3人と連戦。相性の悪い相手が続き、羽生にとって前半戦の山場だ。

図は△2五桂まで
図は△2五桂まで

羽生は▲6八銀から▲6九玉と玉を戦場から遠ざけて苦心の指し手が続く。佐藤の△2七歩が手厚い好手だ。次の△3八と▲2八馬に△同歩成と、と金を3八に残して攻めることができる。後手がポイントを挙げて優位を得た。▲6五金にすぐ△4九とは、▲7四金△同歩▲8四飛とさばかれるのが嫌み。佐藤は△8五香で先手の飛車を押さえ込んだ。

指し手が進み、午後10時半を過ぎた。羽生は▲7九玉に力を込めた。△4七角成とした佐藤は、リュックサックから栄養ドリンクを取り出し、6回にわけて飲む。互いに深夜の戦いに向けて気力十分だ。(君島俊介)

▲6八銀30 △2七歩24 ▲6九玉12 △3八と ▲2八馬4 △同歩成 ▲5五金5 △7四飛15 ▲6五金4 △8五香7 ▲8六歩2 △4九と ▲3三角2△4二銀打6 ▲8五歩2 △3六角6 ▲7九玉5 △4七角成 ▲5六香2
指了図・▲5六香
指了図・▲5六香

消費 ▲5時間12分 △5時間24分

際どい一手争い

図の▲5六香は後手玉をにらみながら、6五の金を守る攻防手。気合鋭く指された△5九とは、▲8八玉なら△8六香▲8七香△8五歩のつもりだ。

図は▲5六香まで
図は▲5六香まで

しかし、▲5九同銀が非凡な応手だった。「△5七馬から、打ったばかりの5六の香を取らせるのでは苦しく感じるが、馬が急所からそれて、後手陣の急所である5筋に歩を打てるのが大きい。▲5九同銀で局面が難しいのは盲点になる」と千葉七段はいう。自然な△5七馬に残り23分から10分割いており、佐藤も意表を突かれた様子がうかがえた。

差を詰めた羽生が、さっそく▲5五歩と後手の玉頭を攻める。佐藤も負けていない。△6六桂から△8七香と銀取りを放置して先手玉に肉薄した。両者血まみれの攻め合いで、盤側から見ていても息をのむ激しさだった。際どい一手争いで、はた目ではどちらが勝ちかわからない。

最終盤を迎えて佐藤は、朝から用意していた箱から焼き菓子のフィナンシェを取り出して食べた。栄養補給して△9五桂(指了図)と攻めかかる。先手は1一の馬の利きが命綱だ。先手玉はわずかに詰まないが、適当な受けもない。どう指すか。(君島俊介)

△1九と2 ▲1一角成3△5九と11 ▲同 銀3 △5七馬10 ▲6八銀8 △5六馬 ▲7四金2 △同 歩3 ▲5五歩5 △6六桂 ▲5四歩  △8七香4 ▲5三歩成3△同 銀 ▲8七飛4 △7八桂成 ▲同 玉  △9五桂
指了図・△9五桂
指了図・△9五桂

消費 ▲5時間40分 △5時間54分

かすかに震えた羽生九段の手

▲5七香と打つ羽生の手がかすかに震えていた。次に▲6四桂△同銀▲5六香がある。

佐藤は好手順で勝ちをたぐり寄せた。△8七桂成から王手を続けて、△7五歩が詰めろをかけつつ▲6四桂に△6三玉と逃げられるようにした攻防手だ。羽生は痛みをこらえるように目を閉じる。▲6四桂から▲6六同馬で食い下がったが、それでも先手玉は△9五金から詰んでいる。

午前0時28分、△8五金に羽生投了。▲7七玉は△7六金以下、▲8七玉も△9五桂▲7八玉△8六桂▲同香△8七桂成から詰む。

図は△9五桂まで
図は△9五桂まで

図では▲5四歩△同銀▲8三飛△8七桂成▲同玉△6三香ならまだ難しかった。▲8三飛は攻防手なのだが、先手陣に直接は利いておらず心細い指し方だ。感想戦で両者が▲5四歩の局面を見て、5分以上考え込むほど高難度の手順だった。

千葉七段は「見ごたえある押し引きで濃密な将棋だった。苦しかった羽生九段が難解な終盤に持ち込んだのはさすが。しかし、やりにくい手順しか最後に手段がなかったのは実戦的につらかった」と総括。羽生は前期に続いて苦しい前半戦となった。(君島俊介)

▲5七香4 △8七桂成 ▲同 玉  △8九飛4 ▲8八香1 △8六香 ▲9六玉3 △7五歩 ▲6四桂9 △6三玉 ▲7二銀  △6四玉 ▲6六飛  △同 馬1 ▲同 馬  △9五金 ▲同 玉  △9四金 ▲8六玉  △8五金 ▲―――1 まで、佐藤九段の勝ち
終了図・△8五金まで
終了図・△8五金まで

情報源:羽生善治九段「ひどい勘違いだった」 佐藤天彦九段と血まみれの激戦:朝日新聞デジタル



羽生善治九段-△佐藤天彦九段

202110/29 0時28分 投了
122手 8五金まで、△佐藤天九段 の勝ち


 

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