2021/9/3 A級順位戦3回戦▲菅井竜也八段-△佐藤天彦九段
2021年10月26日 17時00分
いきなりの注目手
A級順位戦3回戦 ▲(先手)菅井竜也八段(1勝1敗) △(後手)佐藤天彦九段(1勝1敗)
9月3日、大阪は強い雨の朝だった。午前9時半過ぎに関西将棋会館5階対局室に現れた菅井はノーネクタイのワイシャツ姿。引きしまった体から精悍(せいかん)な気力のほとばしりが感じられた。あとから来た佐藤は、例によって上から下まで黒を基調にした気品あふれるいで立ち。菅井は自然体で、佐藤はおしゃれ。両者それぞれのスタイルで、この大事な一戦に臨もうとしている。
本局は立ち上がり、菅井の▲5五歩(図)がいきなりの注目手である。
▲5六歩1 △8四歩1 ▲7六歩 △6二銀 ▲6八銀1 △3四歩5 ▲5五歩1=図 (指し手の後ろの数字は消費時間〈分〉)「代わりに▲7七角△同角成▲同銀の進行ならよくあり菅井さんも何局か指している。▲5五歩はかなり珍しい。▲5五歩に△4二玉なら▲5七銀で、先手は駒組みの自由度が格段に上がる。よって後手がそれを阻止するなら△5四歩と突くことになる。5筋の歩を取らせた反動で、手を作ろうというのが先手の作戦」と解説の久保利明九段は語る。
対する佐藤も駒組みを工夫する。△4二金は先手の駒組みに対応し、早い戦いを視野に入れたもの。指了図で菅井は端歩を受けなかった。深い理由があったのだ。(青)
△5四歩24 ▲5八飛1 △4二金16 ▲7七銀22 △5五歩8 ▲6六銀 △8五歩 ▲7七角1 △4一玉 ▲4八玉1 △7四歩4 ▲3八玉25 △3二玉53 ▲2八玉13 △7三桂9 ▲5九飛4 △1四歩29持時間各6時間
消費 ▲1時間10分 △2時間29分
関西振り飛車党
解説の久保九段と菅井は、久保が八段、菅井が初段の時代から研究会での交流がある。
「菅井さんとはいろいろ形を変えて、もう15年くらい研究会をやっています。自分も得るものがたくさんあった」と久保九段。「関西の振り飛車党として頑張る意識はお互いにあるはず」と加えた。
図で▲1六歩と端を受けると、後手から△6四歩▲5五銀△8六歩▲同歩△1五歩▲同歩△6五桂▲6八角△1五香▲同香△5八歩▲同飛△5七歩という攻めがありえる。
「通常の△4二銀型なら後手の4筋が壁になっているので、この変化はやってもいいが、△4二金型では嫌だと思った」と菅井。
早い△4二金には、そんな狙いもあったのだ。そこで先手は▲3八銀だが、結果的に、後手は端を詰めた上で△6五桂と跳ぶシンプルな仕掛けを得た。
「指了図は後手の作戦成功に見える」と久保九段。「先手の駒組みを振り返ると、▲9八香~▲4六歩~▲4五歩の3手があまり生きていないように思える。▲9八香や▲4六歩で▲7八金なら、まったく別の将棋」と解説を続けた。
指了図の△5七歩はご覧のように5五の銀取りだ。ここで菅井が考え、そのまま夕食休憩になった。(青)
▲3八銀20 △1五歩5 ▲9八香16△5二金上9 ▲4六歩9 △9四歩12 ▲4五歩3 △8六歩16 ▲同 歩31 △5三銀15 ▲5五銀19 △6五桂 ▲6八角3 △5七歩28消費 ▲2時間51分 △3時間54分
佐藤、好手連発
夕食は佐藤がハンバーグとライス、スープのセット。菅井がヤキニクとライス、スープのセット。手数はまだ38手だが、局面は緊迫している。
後手は1筋の位を取った上で金銀4枚で玉を固め、さらに6五に跳んだ、たった1枚の桂で先手の飛車角を押さえ込んだ。佐藤としては狙い通りの展開だろう。
休憩から再開したあと、さらに後手に好手が出る。「△1三角と△7五歩、そして△4四歩の組み合わせには感心した」と久保九段。後手は7筋と4筋に手を付けて攻めの幅を広げた。▲3八金に△2一玉と引いたのも見逃せない好手で、将来4筋から反撃を受けた時に一歩遠ざかっているのが大きい。
とはいえ、菅井も手をこまねいていたわけではない。▲2六歩~▲2五歩。そして、▲1六歩から1筋の歩を取りこんで反撃。際どい攻め合いに持ち込んだ。よくある対抗形とは全く異質の力戦が展開されていく。
久保九段は、「AI研究とは無縁の戦い。両者の持ち味が出た文字通りのねじり合い」と評した。指了図は後手がリードを広げるチャンスだった。(青)
▲6六銀17 △6四歩3 ▲5五歩12 △1三角5 ▲7七桂2 △同桂成1 ▲同 角1 △3三桂 ▲4七銀13 △2四角5 ▲3八金4 △2一玉 ▲2六歩2 △7五歩11 ▲同 歩8 △4四歩 ▲2五歩10 △1三角1 ▲1六歩2 △4五歩12 ▲1五歩 △2六桂1 ▲1四歩2 △3五角 ▲3六銀4消費 ▲4時間8分 △4時間33分
後手が有望だが…菅井の気迫
夕食休憩後の控室では、ずっと「後手ペース」と言われていた。会話だけ聞いていると後手圧勝の流れに思えるのだが、実はそうではない。菅井の気迫に満ちた反撃と体当たりの受けが強力で、後手が一発で決めるのは大変なのだ。
局後の検討や後日のAIを使った検討で、「後手有望」の図はいろいろ示されたが、明快に勝ちとされる変化はなかった。久保九段は、「これくらいの将棋を頑張れないと、振り飛車は指せない」とも言った。
「図では△4四銀が嫌だった」と菅井。これが後手有望の一変化だ。「△4四銀に①▲3五銀は△同銀▲1三歩成△1八歩。②▲2七金は△1八歩▲同香△同桂成▲同玉△1四香で、いずれも後手よし。先手は③▲1三桂の王手が有力だが、以下△3二玉▲2七金△4六歩で、後手の厚みが生きそうな展開」と久保九段は指摘した。
実戦の攻めも後手好調に見えたが、攻め駒が少ないので、ぎりぎりだ。
△3八銀は決めに行った手という評判だったが、局後に佐藤は、「攻めが止まれば負け。こちらは攻めさせられている面もある」と言った。(青)
△1八歩12 ▲3五銀3 △同 歩9 ▲1八香 △3六歩2 ▲同 歩12 △2五桂 ▲5七銀2 △3七歩12 ▲4八金10△1八桂成9 ▲同 玉 △3八銀4 ▲同 金6 △同歩成 ▲2七玉 △2九と ▲5四歩3 △2八と2 ▲2六玉8 △3四桂14 ▲3五玉消費 ▲4時間52分 △5時間37分
久保九段「それは指せない」
局後の検討では出なかったが、後日、「図で△2二銀なら後手勝勢」の評価がAIによって示された。
「それは指せない」と久保九段。佐藤も、「驚愕(きょうがく)。▲2二歩を気にしていたくらいなので1秒も考えなかった」。
久保九段の検討によると、「△2二銀は力をためて次に△4四金の狙い。対して先手は①▲2四歩②▲9九角打③▲5三歩成△同金直▲9九角打などが考えられるが、①と②は△4四金で後手よし。問題は③で、以下△3三銀▲1五銀でどうか。数値的には寄りでも個人的には難しく見える」とのことだ。
AIが示す終盤の勝ち筋は、人間にもすぐ納得できるものと、そうでないものがある。本局の△2二銀は後者の部類なのだろう。
実戦の佐藤は手厚く先手玉を追い返そうとしたが、攻めが細い。ただ、先手も▲3九桂では▲1六銀がよく、後手も△2七香成では△3七桂成のほうが難しかった。指了図の△3五金は詰めろ。3三の金を浮き駒にして怖いが、さて。(青)
△4四金 ▲2五玉3 △2四歩12 ▲1六玉17 △1四香 ▲1五歩 △同 香 ▲同 玉 △1四歩 ▲同 玉 △1三歩4 ▲1五玉1 △3三金 ▲1六玉 △1四歩2 ▲1七玉1 △2六香 ▲3九桂2 △同 と ▲5三歩成15△2五桂1 ▲1六玉 △5三金 ▲1三歩10 △3八と1 ▲3五歩6 △2七香成 ▲同 玉 △3七桂成 ▲1六玉3 △3五金消費 ▲5時間50分 △5時間57分
菅井、深夜の鬼手
深夜0時すぎ、菅井はノータイムで▲2七香と打った。久保九段は、「本局で一番感心した手」と言う。3三の金が浮いているので、先手はここをしのげばチャンスが来る。
指した菅井が激しくふとももをたたく。その気迫に押されたか、△5五歩▲同角に△3二玉が佐藤のポカ。菅井が、すっとすべらすような手つきで4六に銀を出た。鬼手! ずっと遊んでいた飛車が世に出て、後手玉に詰めろがかかった。
慌てて△4四金左と指した佐藤ががっくり肩を落とした。手で顔を覆ってうなだれる。菅井の目は光る。残酷なまでの明暗だ。
▲3五銀ではすぐに▲2三銀と打つ詰み筋もあったが、もう1枚金を取ればさらにはっきりする。最後の▲3三銀を打つ時、菅井の手が少し震えた。それを見て佐藤が投了を告げた。
△3二玉で単に△4四金右なら、「少し先手がいいとは思うが、まだ難しい」と久保九段。それにしても、佐藤の猛攻を長時間耐え続けた菅井の我慢強さは際立った。
「相手の攻めにぴたっと付いていくのが今の菅井将棋。上位でもまれた力を感じる。佐藤さんは巧みな作りでペースをつかんだが、あと一押しができなかった」と久保九段は総括。
激闘を菅井が勝ち抜いた。(青)
▲2七香 △5五歩2 ▲同 角1 △3二玉 ▲4六銀2 △4四金左 ▲同 角1 △同 金 ▲3五銀1 △同 金 ▲3三銀まで、菅井の勝ち消費 ▲5時間55分 △5時間59分
情報源:深夜0時の鬼手、菅井竜也八段は激しく太ももを叩いた 残酷な明暗:朝日新聞デジタル
青記者の観戦記をデジタル配信用に編集しました。動画と一緒にご覧いただけます。いまの見せ方だとこれが限界ですが、観戦記が大好きなので、DXを模索していきたいと思います。
深夜0時の鬼手、菅井竜也八段は激しく太ももを叩いた 残酷な明暗 https://t.co/MYqBJPxVrp
— 高津祐典 (@yusuketakatsu) October 26, 2021
▲菅井竜也八段-△佐藤天彦九段(棋譜DB)
127手 3三銀まで、▲菅井八段 の勝ち
|
|
- 名人戦・順位戦 |棋戦|日本将棋連盟
- 第80期名人戦・順位戦 七番勝負/A級
- 名人戦棋譜速報│将棋・名人戦順位戦棋譜速報サイト
- 名人戦棋譜速報(@meijinsen)さん | Twitter
- 第78期将棋名人戦七番勝負 ライブ中継:朝日新聞デジタル
三枚堂七段、ここは一つ勝っておきたいところ。
|
|
|
|
|
|
★