風呂場でニアミス、扇子置き忘れ…舞台裏の「第９２期ヒューリック杯棋聖戦」 – 産経ニュース

扇子を忘れたのか・・・

2021/7/11 10:00

棋聖戦第３局を制しストレートでタイトル初防衛を決めた藤井聡太棋聖（右）。終局後の感想戦には報道陣が詰めかけた＝３日午後７時３３分、静岡県沼津市の沼津御用邸（土井繫孝撮影）

将棋の藤井聡太棋聖（１８）＝王位＝が、「現役最強」と呼ばれる渡辺明三冠（３７）＝名人・棋王・王将＝をストレートで下し、最年少での初防衛と九段昇段を達成して幕を閉じた「第９２期ヒューリック杯棋聖戦五番勝負」（産経新聞社主催）。藤井棋聖の圧倒的な強さが際立ったシリーズとなったが、舞台裏では想定外の事態や普段ではみられない両対局者の言動などもみられた。今の将棋界を牽引(けんいん)するトップ棋士同士による熱戦を記者座談会で振り返る。

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カロリー消費の頭脳戦

－－今期は渡辺三冠がタイトル奪還に挑むリターンマッチとなり、注目度が高まった。第１局は６月６日、千葉県木更津市の龍宮城スパホテル三日月で指されたが、両対局者の様子は？

記者Ａ「渡辺三冠はこれまで以上に緊張していると感じられた。『自分の立ち位置を占う五番勝負になる』と意気込んでいた。主催者冥利でもあるが、すごみを感じた。第９０期に挑戦した際、渡辺三冠からはもっと余裕が感じられた」

記者Ｂ「一方、藤井棋聖はマイクロバスで東京駅からホテルに向かう際、東京湾アクアラインから遠くに見える高層ビル群に驚いたのか、目を見開き、じっと見ていた。趣味でもある乗り物での移動を楽しんでいるようだった」

記者Ｃ「人気者の藤井棋聖は、第１局の対局前日にあった記念植樹や記念手形取りなどのイベントで、ホテルの宿泊客からカメラを向けられる機会も多かったが、緊張した様子はうかがえなかった。木更津の海を望むホテルでの対局について『部屋からの眺めもすごくきれいで、リラックスして臨める』と話すなど、初防衛戦の重圧はほとんど感じさせなかった」

－－注目の第１局は、正確な指し回しで藤井棋聖が制した。互いに研究を相当重ねている感じだったが、記者や棋士たちが詰める控え室はどんな様子だった？

記者Ｂ「お互いに指し手が速く、井出隼平五段は『２日制で、１日目の指し手を再現しているみたい』、立会人の島朗九段は『慎重な藤井さんが速いペースで指しているから不気味』と話していた」

記者Ｃ「渡辺三冠は想定する局面にうまく持ち込めず、相当なカロリーを消費する頭脳戦だったのは間違いない。実際、この日の渡辺三冠の食欲はとにかく旺盛だった。藤井棋聖が午後のおやつをドリンクのみとしたのに対して、渡辺三冠は午前はストロベリーショートケーキ、午後はモンブランと、それぞれに味わいの違うケーキを２つ平らげていた」

対局後の脱衣場での出来事

－－第２局は６月１８日、兵庫県洲本市のホテルニューアワジで行われた。渡辺三冠の巻き返しが期待されたが…

記者Ｂ「午後に入り、持ち時間と局面で渡辺三冠が優位となり、立会人の小林健二・九段は『この流れでは、今日は（渡辺）名人の勝ちだね』と話していたが、終わってみれば藤井棋聖の勝利だった。

翌１９日、帰京のため向かった空港で渡辺三冠が『また新しい負かされ方…』と漏らした言葉が記憶に残る。「新しい負け方」とは「持ち時間」のこと。渡辺三冠が形勢やや良しだった７２手目の段階で、残り時間は藤井棋聖の５分に対し、渡辺三冠は３８分だった。『持ち時間と局面のバランスから、『５分対３８分』で負けるケースはほとんどない…』と悔しがっていた」

－－そのほか、第２局で印象に残ったことは？

記者Ｂ「仕事を終えてホテルの温泉に行くと、藤井棋聖がいて、脱衣所で少し雑談した。そのとき、渡辺三冠が入って来た。藤井棋聖と渡辺三冠はお互い気づかず、ホッとした。対局を終えた２人によるニアミスだが、鉢合わせになったらどんな展開になっただろうか…」

－－藤井棋聖の初防衛が懸かった第３局は７月３日、静岡県沼津市の沼津御用邸で指された。連敗でカド番に追い込まれた渡辺三冠の様子は？

記者Ｄ「現役最強と呼ばれ、インターネット上では『魔王』とも呼ばれる渡辺三冠だが、実際に近くで見ると、周囲への気配りを欠かさない人柄が伝わってきた。例えば、対局前日の開幕式のあいさつでは、対局地の沼津と挑戦者との相性の良さを紹介して、「この沼津の地から、反撃ののろしをあげられるように精いっぱい戦っていきたい」と述べて盛り上げていた」

「渡辺三冠勝利」の原稿準備後、AI評価が突如…

－－第３局は終盤、藤井棋聖が劣勢になる一幕もあるなど予断を許さない状況が続いた。控え室の雰囲気は？

記者Ｄ「日本将棋連盟の佐藤康光会長からは、序盤について渡辺三冠の研究の深さに感心する声が聞かれた。実際、午前中に藤井棋聖が２時間近く時間を使ったのに対し、渡辺三冠は３０分程度だった。

ただ、藤井棋聖の指し手も光っていた。４２手目に指した△４二金右には、控室で驚きの声が上がった。その前の渡辺三冠の▲２四同角に対しては、玉がかわすか、持ち駒である歩を使った△４二歩が予想されていたからだ。金をわざわざ角に取らせるような一手で、佐藤会長は『びっくり』と漏らすほどだった。渡辺三冠にとっても想定外の手だったようで、次の一手を放つまで１時間２９分を要した」

－－終盤まで勝敗の行方が読めない展開となった。現場でも混乱したのでは？

記者Ａ「終盤はかなりスリリングだった。対局の指し手を検討する棋士たちの見立てや、ＡＩの評価も、次の一手で変わった。終盤は渡辺三冠有利との見方が広がっており、渡辺三冠が勝利した場合の原稿を用意していたら、ＡＩの評価が大きく藤井棋聖に傾き、こちらもあわてた。反転攻勢に向けたわずかの機会を見逃さない藤井棋聖のすごさに改めて驚かされた」

－－渡辺三冠はタイトル戦で自身初のストレート負けを喫した。終局直後の様子は？

記者Ａ「豊富な研究量で挑んだ渡辺三冠の内心はとても悔しかったと思う。対局直後、ストレート負けをした感想を尋ねた質問に『別に』と漏らしたのは衝撃だった。重い『名人』のタイトルを背負っているからなのかもしれない」

－－一方の藤井棋聖は終始、集中していたようにみえたが

記者Ｂ「対局前にちょっとした〝想定外〟の事態があった。和服に着替えた藤井棋聖が近づいてきて、『扇子をホテルに置き忘れてきてしまいました。どなたか、貸していただけないでしょうか』と問われた。藤井棋聖にとって扇子は、対局中に小刻みに開け閉めしてリズムを取るための必須アイテム。誰も対局に適した扇子を持っておらず、結局、前日に御用邸用に藤井棋聖が揮毫した扇子を使うことで事なきを得た。将棋のことですぐに頭がいっぱいになる藤井棋聖らしい一幕だった」

－－対局前から悪天候で、宿泊先のホテルから対局場に向かう橋の橋梁が崩れる事態にも

記者Ｂ「実は、対局場に隣接する大木が根元からポッキリと折れていた。前夜からの強風のためとみられるが、もし折れた大木が対局場を直撃していたら…」

着付け上達は「富士山３合目」

－－いろいろあったにせよ、藤井棋聖の最年少記録更新で終わった今シーズン。藤井棋聖の和装も板に付いてきた

記者Ａ「藤井棋聖が和服を着るタイトル戦では、着付けのため、東京から白瀧呉服店の店主、白瀧佐太郎さんが駆け付けている。同店で購入すると、店で和服を保管してもらえる。タイトル戦が始まると、前もって会場に送り届け、対局が終われば、棋士が送り返す。店が和服を洗ってくれるので、かなり便利だ」

－－着付けのタイミングは？

記者Ａ「当日の対局直前。だれもがピリピリする状況なので、藤井棋聖の控室に入るのは、藤井棋聖も気遣わずに済むだろうということで、白瀧さん本人が毎回担当している。昼休憩後にも着崩れがないか、白瀧さんが確認。藤井棋聖の上達具合は、富士山でいうと３合目らしい。棋聖戦は決着したが、これから王位戦に加え、叡王戦も始まる。和服のメンテナンスや着付けで、白瀧さんにとっても『試練の夏』になりそう」

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舞台裏では想定外の事態や普段ではみられない両対局者の言動などもみられた。今の将棋界を牽引(けんいん)するトップ棋士同士による熱戦を記者座談会で振り返る。

— 産経ニュース (@Sankei_news) July 11, 2021