藤井聡太二冠の言葉に谷川浩司九段「参ったな…18歳でこの心境に到達されると」~谷川九段の「藤井聡太論」~

藤井聡太二冠の言葉に谷川浩司九段「参ったな…18歳でこの心境に到達されると」~谷川九段の「藤井聡太論」~

谷川浩司九段(22分の動画)


2021年7月6日 12時00分

将棋の第92期棋聖戦五番勝負で渡辺明名人(37)=棋王・王将と合わせ三冠=を破り、史上最年少でタイトル初防衛、九段昇段を果たした将棋の藤井聡太二冠(18)=王位・棋聖。谷川浩司九段(59)が著書『藤井聡太論 将棋の未来』(講談社+α新書)で、トッププロならではの視点で藤井二冠の強さを分析している。「中学生棋士」「詰将棋が好き」という共通点のある谷川九段に、藤井二冠の「すごさ」を聞いた。

 

――『藤井聡太論』を書くきっかけは。

「本を手がけ始めたのは、去年の7月ごろ。ちょうど藤井さんが棋聖、王位のタイトルを取った時期だった。一番注目していたのは、『あと1勝でタイトル』という状況で勝ちが見えた時に、『本人の気持ちに揺れが生じるか、それが指し手に表れるか』というところ。昨年の棋聖戦第4局は、見事な指し回しを見せて優勢を築いた。最後、(1分未満で指さなければならない)1分将棋になって安全勝ちを目指すのかと思ったが、最短距離の勝ち方を見せた。タイトルがかかった一番ということを感じさせない勝ちっぷりだった。技術だけでなく、精神面でも大きな成長があったんだな感じた」

――タイトル獲得がかかる一番での戦いぶりに注目していた理由は。

「私は38年前に名人になった。最終局で勝ちが見えた時は気持ちを落ち着かせるのに苦労した。それでも、打った銀がゆがんだ。私の先輩も後輩も、ほとんどの棋士は初タイトルの時は平常心でいられなくなる。そこで勝ち急いだり、手が伸びなくなったりする。勝つにしても紆余(うよ)曲折の末、ということがほとんど。藤井さんの例は本当に珍しい」

――過去に藤井二冠の気持ちの揺れを感じたことは。

「デビューして1、2年の頃は、ミスをしてひざをたたくということもあったが、今はそういうことはない。他の棋士に比べたら、気持ちの揺れは少ない。あったとしても、すぐに気持ちを切り替えて現在の局面の最善手を追い求めていける」

「『将棋が好きだ』『強くなりたい』『真理を究めたい』ということが、本人にとっては全てに近いのだと感じる。相手というより、将棋と対峙(たいじ)している。記録とかタイトルよりも、『今日の対局で将棋の真理に少し近づけるか』ということを目指していると思う。そういうことを考えているから、初タイトル獲得の時も揺れが生じなかったのだと納得できる。彼にとっては、公式戦はタイトルがかかった対局も予選も全て同じ対局。研究会の対局も同じ。全てが同じ『将棋』」

うならされた藤井二冠のひと言をはじめ、対局での時間の使い方やAI(人工知能)の影響、そして今後について谷川九段が語ります。

――藤井二冠からは『楽をしたい』とか『将棋以外のことをして遊びたい』という気持ちが感じられない。

「将棋は奥が深いもの、ということをずっと以前からわかっているのだろう。楽をして勝てるものではないと考えている。プロになって最初に苦労するのは、持ち時間の違い。奨励会は90分だが、プロになると5時間とか6時間の対局がある。最初はどう使っていいか、とか何を考えていいかわからず、プロ入り直後は苦労する。しかし、藤井さんは最初から対応できていた」

「少し前の藤井さんのインタビューで驚いたことがあった。タイトルの防衛戦について聞かれて、『タイトル保持者は決勝戦からスタートできる。“スーパーシード”の位置から対局できる。それがありがたい』と。18歳でそういう心境に到達していて『参ったな』と思った。私も数多く防衛戦は経験してきたが、そういう心境にはなれなかった。さらに数多く防衛戦を経験している大山先生(康晴十五世名人)、中原先生(誠十六世名人)、羽生さん(善治九段)なら、そういう境地に達していても不思議ではないが。まだ、防衛戦を経験していない人の言葉だったので」

――タイトル保持者なのに「タイトルを守る」という意識ではない。

「考えてみれば藤井さんの言う通り。公式戦は実績によって、スタートする位置が変わってくる。自分が勝てば、スタートする位置が高くなる。しかし、自分がタイトルを持っていると、なかなかその心境になれない。名人なら名人という肩書をいただいて、その時は幸せだと思っても、半年、10カ月経つと普通になってきてしまう。気持ちを切り替えて戦いに臨むのは、そんなに簡単なことではないはずだが」

「強くなるには強い相手と対局して、高いレベルのねじりあいの将棋を指すことが一番。藤井さんにとっては渡辺さんや豊島さん(将之竜王=叡王と合わせ二冠)が挑戦者になることは、とてもうれしいことなのではないか」

――谷川九段自身、藤井二冠と2回対戦している。昨年はB級2組順位戦で対戦した。

「持ち時間が6時間あるので、一日中向かい合っていたが、藤井さんは相手の手番の時もリラックスしている感じではなく、盤面に集中していた。夕食休憩は40分あるが、私が割と早く対局室に戻った時には、藤井さんは既に対局中のような姿勢で盤に向かっていた。私は休憩中は将棋から離れる方が、頭を切りかえて新しい発想が出てくるのではと思っている。藤井さんは若さの体力もあるし、頭の体力もあるのだろうが、あれだけ集中し続けるのは、なかなかできることではない」

――去年の王位戦第1局では、立会人として藤井二冠の対局に接した。

「藤井さんは、和服を着るのがまだ2回目か3回目ぐらいだった。和服の着こなしはなかなか難しい。はだけてくる時もあるのだが、そういうことはなかった。10年ぐらい着ているのでは、というぐらいの自然な振る舞いだった。あと、初めての2日制で封じ手をするかもしれないので、対局前日にレクチャーした。しかし、今思えばする必要はなかったかもしれない。持ち時間も8時間と長かったが、メリハリのある使い方だった。1時間、2時間の長考があったが、その後はノータイムで進めるという理想的な使い方だった」

――時間の使い方に不自然なところがなかった。

「5年、10年ぐらい出ているのではと思うぐらいのペース配分だった」

――封じ手のレクチャーが必要なかったとは。

「杉本さん(師匠の杉本昌隆八段)がレクチャーしていたと思う。対局者の不安を取り除くのが立会人の務めなので、対局室の検分の後に封じ手の用紙を見せたが、そこまで教える必要はなかったかなと」

――立会人をやって、改めて気づいたことは。

「対局は(愛知県)豊橋市で行われた。対局者が通る通路が見えるところにファンが何十人かいて、なかなか大変だなと思った。建物の外なので声を掛けられることはないが、視線は感じる。藤井さんはもちろん、相手の木村さん(一基九段)もやりにくいだろうと思った」

――谷川九段自身も、注目される対局を何局も指してきた。

「節目節目で注目される対局はあったが、藤井さんのようにデビューしてからずっとではなかった。羽生さんでもそこまでではなかった。彼だけは特別。大勢の報道陣の中で対局をすることが当たり前の中で、対局を重ねてきた。棋士になって5年経っていないが、もう立派なベテラン棋士。彼ぐらい様々な経験をしている棋士は数えるほどしかいないのでは」

――藤井二冠は棋聖戦五番勝負で、挑戦者の渡辺明名人に3連勝して防衛を果たした。

「第1局は、まさに令和の将棋。序盤から中盤で目まぐるしく駒を交換して、形勢判断が難しい将棋だった。2人が今年の朝日杯将棋オープン戦準決勝で指した将棋がベースになっている。2人ともAI(人工知能)の評価値を参考にしながら、相当に先の局面まで想定していたと思う。そして、藤井さんの方に局面を大きく捉える手が出た。『当然の一手に思えるところでも立ち止まって考える』という藤井さんの良さが出た将棋だった。後手が『香車で角を取って銀を取る』とセットで考えがちなところで、角を取った後に銀を取らずに角道を開けた。そのあたりで局面のバランスが崩れたのかな、という感じがした」

――第1局の戦型は相懸かりだった。以前は角換わりが多かった。

「この1年、将棋界全体で相懸かりが増えている。角換わりが主流だった時に比べると、作戦の幅が広がっている。相手も局面をしぼりにくくなっていると思う」

――棋聖戦第2局の内容は。

「これもある意味、令和の将棋。渡辺玉の囲いは堅い矢倉で、藤井玉はバランス重視の構え。堅さ対バランスという戦いだった。途中までは、渡辺さんの思惑通りに進んでいたと思う。玉をしっかり囲って、形勢は大体五分で、持ち時間でリードしていた。中盤で藤井さんの残り時間は10分を切ったが、そこから100手ぐらい続いた。藤井さんは50手ぐらい指しているわけだが、疑問手らしい疑問手がない。あそこまで完璧に近い指し回しが、残り10分を切ってできるとは驚いた」

――進歩を感じたか。

「羽生さんが藤井さんのことを評して、『初見の局面で急所が瞬時にわかる』と評していた。それは羽生さんが一番優れていると私は思っていたので、羽生さん本人から聞いたのが衝撃だった。中終盤になると初見の局面を迎えるが、その頃にはもう時間がない。急所をとらえる力がより一層磨かれてきたということだろう」

「最近は時間の使い方もうまくなっている。第2局では、持ち時間が少なくなったものの、1分将棋にはなっていなかった。そのあたりが進化した。デビュー当時は、よく1分将棋になっていた」

――1分将棋になるかどうかの違いは。

「終盤、意表の手を相手に指されることがある。最後の最後、詰む詰まないを読み切る時は『もう1分』あった方がいい。経験として感じているのだろう」

――防衛を決めた棋聖戦第3局の内容は。

「あの形は何局か実戦例があり、最近のプロの共通の課題。これも令和の将棋で、互いの玉が不安定な中での戦いだった。優劣不明の局面が続いていたが、8九飛と王手をかけてからの藤井さんの終盤の踏み込みがすごかった。『相手に銀を渡しても大丈夫』だと読み切らないと成り立たない。読みのスピードが速くて正確だが、多くの詰将棋を解くことで培った読みが基本になっているのだろう。それがあるから、余計なことは読まずに済ませられる。今回も気持ちの揺れは感じられなかった」

「渡辺さんは名人であり、三冠。3連敗という結果に責任を感じていると思う。後輩に、しかも2年続けてタイトル戦で負けるのは初めて。意外と言えば意外だが、藤井さんの終盤力を見せられると納得せざるを得ない。大変だが、気持ちを奮い立たせて18歳下の藤井さんと戦う態勢を整えていかないといけない」

――藤井二冠と渡辺名人の対戦は、藤井二冠が8勝1敗と大きく勝ち越している。

「渡辺さんと藤井さんの年齢差はちょっと難しいところがある。18歳離れていると、タイトル戦で顔が合うことはあっても、タイトル戦で戦い続けるということには、なかなかなりにくい。15歳以上離れている相手に対して、『これから長く戦い続けるんだ』という覚悟を持てるかどうか。12歳差の豊島さんの場合は、もうやるしかない。あと10年ぐらい戦い続けるということもあるし、戦っていかないといけない」

――年が離れているとやりにくいか。

「渡辺さんは今まで年下にずっと勝っていた。これが勝率の高さにつながっていた。渡辺さんにとって、これだけ分が悪い相手は初めて。渡辺将棋の長所は見切りが早いところ。藤井さんは全ての可能性を追い求めて、この一手に思える局面でも、それ以外の手はないかといろんな手を読んでいくタイプ。結果的に、そこを藤井さんにつかれている可能性はある」

――藤井さんの最近の戦いぶりで他に驚いたことは。

「特定の対局ではないが、つくづく感じるのは『藤井さんが対局中にどんなことを考えているのか』ということ。1時間長考して色々考えても、盤上に表せるのは1手だけ。棋士は、他の手も指してみたいけど、どれか一つを選択しなければならない。それは、苦しい作業でもある。指した手は相手もわかるし、今は指した瞬間に他の棋士に研究されるが、対局者が頭の中で考えたことは本人だけの財産になる。藤井さんにとっては、一局一局、時間をいっぱい使って、特に序盤、中盤の答えが出ない局面で考えることが強くなることにつながっているのだと思う」

――『藤井聡太論』の中で、「藤井さんはAIがあるから強くなったわけではない」と触れていた。AIが藤井二冠の将棋に与えた影響とは。

「今は若手もベテランもAIを活用して勉強している。ただ、藤井さんの強さは『前例から離れた時に、どれだけ最善手を続けられるか』というところにある。AIの力を借りて強くなった面もあると思うが、基本的には本人が対局中や普段の研究の中で自分で考えて強くなった」

「最近は、AIがあるので対局後の反省がやりやすい。感想戦は互いに疲れているので、結論が間違っていることもある。1人で考えても敗因不明ということもある。今は序盤中盤の難所で30分、1時間考えた手も、AIが最善手かどうかを評価し、それを対局中の読みと比較することができる。AIはスポーツのコーチのように、対局の前後にアドバイスをしてくれる」

――藤井二冠の今後、将棋界の今後は。

「いま、将棋界のトップは4強(藤井二冠、渡辺名人、豊島竜王、永瀬拓矢王座)と言われている。その中で藤井さんは圧倒的に若く、伸び代がある。4強がさらに強くなるというより、新しい人も出てほしい。20代、30代のトップ棋士に、より一層奮起してほしい。将棋の面白さは中盤、終盤のねじり合いやそのスリル、逆転劇にある。1人だけが強くなってしまうと終盤の競り合い、逆転が起きない。藤井さんはこれまでいろんな終盤の妙手を指しているが、相手がベストに近い戦いをして、拮抗(きっこう)した終盤に持ち込んだことで、そういう手が生まれる。中終盤で差が開いたら、妙手を出す必要もない。強いライバル、トップ棋士がいることで、藤井さんの強さ、妙手が出てくる」

――羽生九段の通算タイトル獲得数が99期に達している。藤井二冠はそれを抜くような活躍ができるか。

「時代が違うのでなかなか比較できないが、最強棋士というと大山先生、羽生さんの名前が浮かぶ。大山先生の強さは50代でタイトルを10以上獲得したこと。羽生さんが50代でタイトルを取れば、羽生さんを1位にしようかな、というところだが。藤井さんの20代、30代、40代がどうなるか見当がつかないので、何とも言えないが、羽生さんを超える人がいるとすれば、それは藤井さんだろう」

――羽生さんは森内俊之九段、佐藤康光九段ら同年代のライバルがいた。

「羽生さんは奨励会に入る時や、その前から周りに強い人たちがいて、常に競争の中で実力を高め合ってきた。藤井さんは違う。相手がいるというより、将棋の魅力にとりつかれたことで強くなったのだろう」(聞き手・村瀬信也、村上耕司)

情報源:「もう立派なベテラン」 谷川浩司九段の「藤井聡太論」:朝日新聞デジタル



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