ほぉ・・・
2021年7月2日 10時00分
渡辺明名人(37)=棋王・王将と合わせ三冠=に斎藤慎太郎八段(28)が挑んだ第79期将棋名人戦七番勝負(朝日新聞社、毎日新聞社主催、大和証券グループ協賛)は、渡辺名人が4勝1敗で初防衛を果たし、幕を閉じた。勝因は何か、新たなタイトル獲得を目指すのか――。「現役最強」とも称され、率直な物言いで知られる渡辺名人が、その心中を語った。
――4勝1敗で防衛を果たしました。
「スコアはどうでも良かったんですけど、結果を出せたのはホッとしています。防衛戦でしたので」
――これまでのタイトル戦は、防衛戦の成績が特に良いです(26回のうち21回で防衛に成功)。挑戦するより、守ることに重きを置いているのでしょうか。
「重きを置いているわけではありませんが、単純にスケジュールを立てやすい。自分は2カ月ぐらい前から準備できますが、挑戦者は1カ月ぐらい前からです。番勝負で戦略を立てるのは、自分だけがやっていることではないと思いますが」
――決まっているスケジュールに向かって準備をするのが得意ということでしょうか。
「いま僕がやっている将棋は、序盤でリードを取りに行って逃げ切る将棋です。今回の名人戦の第2局、第3局のようなパターンが、ここ2、3年うまくいっているから勝っている。そういうパターンを目指そうと思った時に大事なのが、序盤研究と作戦のストックです」
「今年の場合、1月に防衛戦(王将戦七番勝負)が始まって、半年ぐらいタイトル戦が続きました。『序盤戦のストックがこれぐらい要るので、去年の何月ぐらいから準備すれば間に合う』という計画を立てやすいんです」
――第2局、第3局の作戦は何カ月か前から準備したんですか。
「第2局はそうでもないんですが、第3局の矢倉の作戦は温めていた手順でした。矢倉戦をやってくる人が挑戦者になったら、どこかで出そうと準備はしていました」
――それはいつごろからですか。
「作戦としてできたのは、今年に入ってからですかね。矢倉になりそうな手番の時に準備をするので、どんどん温まってくるんですよ。いつ出してもいいよ、という状態になっていたんですが、名人戦の3局目でそれが出て、うまくいった。1局目で出る可能性もありましたけど」
――戦型ごとに仕込んでおくと。
「作戦をいくつか考えておくのですが、ダメになることもあります。誰かが先にやるとか、やってもうまくいかないとか。そうなった時に、2番手の作戦を用意しておくのが大事なんです。番勝負の最中に新しいのを考えるのは結構きつい。2番手があれば、ちょっと準備すれば本番でいける状態になります」
――野球の監督の采配みたいですね。
「ああ、(タイトル戦などの)番勝負はそういうところがあるかもしれないですね。トーナメントだと、誰と当たるかも手番もわからない。そうなると、戦法の立て方がざっくりになってくるんですよ。番勝負だと相手は1人で、先手と後手が交代にくる。自分が目指している勝ちパターンの将棋をうまくやりやすい、というところもあると思います」
「作戦がうまくいっても、2回続けてやるかどうか、ということも考えます。2回目も同じように進んだら、相手が『同じ指し方、来い』というつもりでやっているわけじゃないですか。『相手が待っているところに同じ球を投げるの?』ということです。ただ、将棋の作戦は無限にはないので、同じ作戦を忘れた頃に出すことはよくあります」
――今後の目標は何でしょうか。
「目先のスケジュールは考えます。1月からやってきた防衛戦は終わりました。まだ棋聖戦五番勝負はやっていますけど、7月以降の下半期は対局数はそんなにない。そこは上半期とは別というイメージはあります。そして暮れが近づいてきたら、次の防衛戦の準備をします」
今年は挑戦できなかったタイトル戦のこと、かつて七つのタイトルを同時に獲得した羽生善治九段のことなどについても、率直に語ってくれました。――新たにタイトルを取るという意欲は。
「よく聞かれる話なんですけど、防衛戦を1月からやるじゃないですか。その間に7月から12月にあるタイトル戦の予選、挑戦者決定トーナメントをやるんですよ。その段階で8割ぐらい勝たないと、タイトルを守ったうえに挑戦するということにならない」
「本当は7月から12月に他の予選をやりたいんですが。実際は防衛戦をやりながら、竜王戦なり王座戦なりで勝ち上がっていかないといけません。よほどの超人でないと全部は勝てないんですよ。そんなにいっぱい作戦はないし。あっちもこっちも全部勝つとなると、それはものすごく強いわけですから。羽生さん(羽生善治九段)が七冠の時は、そういう状態だったかもしれないですけど。そこまでは目指してないかな、無理かなと思っています。それを目指すと、全部だめになっちゃう可能性もあるので」
――今回の名人戦は強い内容でした。素人から見ると、他の挑戦権を目指すトーナメントもぶっちぎりで勝つのでは、と思ってしまいます。
「簡単ではないですね。タイトル戦をやっている最中に他で勝ち抜いていくのは、技術的なものも求められるし、精神力も求められる。タイトル戦から戻ってきて100の状態でやりなさい、と言われたら、結構きついですよ」
――今年は竜王戦、王座戦、叡王戦で挑戦できませんでした。王位戦は、挑戦権を争うリーグに入れませんでした。強い渡辺名人がなぜ途中で負けるんだろう、と思ってしまいます。
「全部勝つのはきついから、に尽きるんじゃないですか。僕の生涯勝率は6割6分ぐらいしかないんですよ。その人がタイトルを守りながらトーナメントでも勝つのは大変です」
――ギリギリのところで勝負が決しているということなんですね。
「常に格上が勝つとは限りません。今の将棋界、新人から上までそんなに力の差がないとよく言うじゃないですか。新四段でも一皮むければ、一気にバーンとタイトル戦に行くことがあります。自分のピークもわからないですし、どこかでダメになる時はある。負けたら、その時がきたんだなと思います。ただ、普段の取り組みはある程度きちんとやって向かっていかないといけません」
――羽生九段はかつて七つのタイトルを同時に獲得しました。そのことは、渡辺名人からどう見えますか。
「(現時点の通算)タイトル獲得数でいうと、3位の中原先生(中原誠十六世名人、64期)、2位の大山先生(大山康晴十五世名人、80期)、1位の羽生さん(99期)。4位の自分(29期)と3位の差がすごいじゃないですか。僕がいま29期で、倍を取っても中原先生に届かない。その差がなんだろう、と考えると、四冠、五冠を長い期間維持していたかどうかなんです。それは自分には無理だなあ、と思います。そこを目指してはいない、というと負け惜しみだけど、きついかなと思っています」
――そのお三方は、タイトルを防衛しながら他に挑戦していきました。
「すごいですよね。みんな止めようとしてくるわけですから。すごいと思います」
名人戦、自ら解説「…楽観だな(笑)」
今回の名人戦七番勝負は、第1局を斎藤八段が制した後、渡辺名人が4連勝した。全5局のポイントを振り返ってもらった。
――第1局は後手番で、戦型は矢倉でした。
「△4九飛(図1)は△6七金を狙っていて、これが入ると先手玉はほとんど詰みになります。▲7八銀には△4五飛成と銀を取るべきでした。▲4六金には△7五竜と逃げておけば後手十分です。実戦は、▲7八銀に△4六金と打ちましたが、▲同角△同飛成に対して▲3六金が見えていなかった。これで駒割りが五分なので、後手が勝ちとは言えない感じになってきましたね。以下、△4八竜▲5八金△4九竜となって、この後も悪い手を重ねて逆転されてしまいました」
――優勢になったので、検討陣は「渡辺名人は逃さないだろう」と話していました。楽観があったのでしょうか。
「4九に飛車を打って急に良くなったんですよね。楽観ではないんですけど……、まあ楽観だな(笑)。そうですね楽観ですね。飛車があまりに強烈で、ちょっと思考停止するんですよね。あまりに良くなると」
「△4六金を打った時にちょっと斎藤さんの雰囲気が変わったから、嫌な予感がしたんですよ。なんかちょっと、待ってましたという雰囲気をされて」
――第1局では、何か普段と違う感覚はあったのでしょうか。
「最終盤、ちょっと形勢が良くなったと思ったところで、ふわっとした感じでいったのが、明確な敗因ですね。けっこうよくあるパターンなんですけど。あと穴熊だから、形勢に差がついてくると最善の手でなくても勝てることがある。△4六金の罪が重くて、△4五飛成と銀を取っておくんでしたね」
――開幕戦は黒星になりました。
「もちろん嫌な感じはあります。しかも、1回は勝ったと思っているわけですから。シーソーゲームを落とした時よりも痛いですよね。第2局まで間隔が空いたのは良かったなと思います」
――第2局は快勝でした。
「相懸かりで、封じ手の局面あたりまでは予定通りでした。お互いに馬を作り、香車を持ち合っていて駒割りは互角。どちらの攻めが早いかという戦いですね」
――△8五桂(図2)の局面での▲7六銀は検討室では、あまり検討されていませんでした。
「この手は『形』ですかね。△7四歩▲7三歩△同銀▲8五銀△同歩に▲7三馬と切るのが急所で、玉をおびき出してから▲8五飛とまわることで、飛車成りがほぼ確実になります。これで先手のペースになりました。ちょっとずつ先手の利点を生かして押し切ったという一局でした」
――封じ手のあたりまで想定している、という将棋はそれほどないのでは。
「現代将棋ではたまにありますよ。封じ手のある将棋なら、10局に1回ぐらいですかね。完璧には指せないですけど」
――1勝返して、どんな気持ちでしたか。
「0―2になるときついので、もう一回ここから改めてやっていけるという感じですかね。ようやく1局目の負けが帳消しにできるという感じでした」
――第3局の戦型は、第1局と同じ矢倉でした。
「序盤のポイントはこの局面(図3)で指した△1四歩です。現代矢倉ではよく出てくるんですけど、お互い急戦か持久戦かを決めてなくて、そこの飽和点なんですよね。△5四歩は、5筋がぶつかりやすくなるので先手が急戦の時に損。△4三金右は、持久戦の時に形を決めすぎているので損。後手は何をやっても一長一短。先手も、次に▲7九角だと急戦がなくなり、▲4六歩や▲3七桂だと持久戦にしづらい。先手も、もう1手指したくない局面なんです」
「(図3の局面で)本譜の△1四歩だと▲9六歩が相場です。それに対し△9四歩なら、先手も態度を決めたくないので▲1六歩。そして、ここで△3一角と引くのが作戦でした。両方の端歩を突いておく形だと、先手が▲6六銀からの急戦で攻めてきた時に、後手から△1三角とのぞく変化がある一方、先手が▲9五角と出る変化がなくなる。後手が受けやすくなるんですね。後手としては一気に攻めてこられないから十分。これが第3局のポイントです」
「封じ手のあたりは、後手としては十分という形勢になりました。その後、相手の攻めをいなしつつ、7六に作った拠点を生かして反撃して、うまくいったという将棋でしたね」
――これで2勝1敗になりました。
「黒星から始まり、二つ戻して番勝負の流れをつかみかけているという段階なので、4局目が大事になるという意識でした。3局目まではとりあえずうまくいったので、その流れを継続していきたいなという感じでした」
――第4局は、渡辺名人が先手で矢倉になりました。
「先手が攻めて、雰囲気は先手がいいんですけど、実際の形勢は大変だったようです。終盤、(図4の)▲3八飛がうまい手で。後手に歩があれば△3七歩ですが、歩がありません。△3三桂なら、▲8五歩△同飛▲7六銀上△8六歩という攻め合いになった時に、先手の持ち駒に飛車が入るので後手玉が詰みます。後手が歩切れの瞬間にこの利かしを入れるのがプロっぽいところで、こういう手があるなら勝ちかなと思ったんですけど、後手にも△3七銀という妙手がありました。タダなんですが、▲同桂だと△8六歩で、先手玉はほぼ必至になります。実際は▲3七同飛と取って、△6八金▲8八玉△3七馬▲同桂△8六歩と進みました」
「さらに進んで、後手が△6九飛(図5)と打った局面が一つのポイントです。この局面は1時間ぐらい前から想定していました。ここで▲3四角という王手が利くかどうかを考えていたのですが、△4三金▲6四桂△4二玉▲4三角成△同玉▲5二角△3二玉という変化がかなり難しい。後手玉は詰みません。ただ、AI(人工知能)はそこで▲3三歩という手を示します。△2二玉に、そこで▲5六銀上がAIの推奨手順です。『これで先手が勝ちだろう』とAIは言うんですけど、難しいですね」
――▲5六銀上が「詰めろ逃れの詰めろ」になっているということですね。
「そうです。詰めろ逃れの詰めろになっているのがキモなんです。▲3四角△4三金で後手玉が詰むかどうかを一生懸命読むんですけど、詰まなかったら諦めるのが相場だと思います。△4三金で後手玉が詰まないのは、両対局者の読みが一致していました」
「実戦は、4図で単に▲5六銀上。この後、後手がちょっと良くなりましたが、粘りに行く方針に切り替えて逆転できました。終盤がすごく難しい将棋でしたけど、競り合いで抜け出すことができました」
――負けると2勝2敗だった。
「いやあ、内容的にも競ったところでしたし、シリーズの流れとしても急所だったので、大きかったですね。2―2になると完全な五分ですが、3―1になると一つ余裕がある。どちらが勝ってもおかしくなかったので、そういう意味でも大きな一番でした」
――第5局は、斎藤八段にうまく仕掛けられました。
「うまく戦機をつかまれて、1日目からかなり攻め込まれる展開になりました。△8七歩と打った封じ手の局面(図6)が結果的に急所でした」
――▲8七同金を一番恐れていたと。
「そうですね。▲同金なら困っていたと思います。▲8五歩と打って△同飛に▲7七銀という手が利くのが、1日目の段階では読めていませんでした。△4八角成▲同金△7八飛▲6九玉に△4八飛成で金をボロっと取れるように見えるんですが、そこで▲1五角の王手飛車がある。これは先手勝ちです。後手はいい攻めがないんですよ。次は8六の桂馬を取られてしまいます。▲8七同金だった場合、軌道修正しないといけないんですけど、きついだろうなと」
「後手が△8七歩を封じ手にしていたら、先手は2日目の再開後、▲8七同金を選んだと思います。▲8七同金、▲8九金のどちらでも後手が悪いだろうと思ったけれど、実はそれが大きな違いでした。封じ手のタイミングも含めて、勝負のポイントになりましたね」(聞き手・村瀬信也、村上耕司)
情報源:現役最強…でも負ける渡辺明名人「自分には無理」なこと:朝日新聞デジタル
村)このサムネイルの写真は将棋会館の前で撮りましたが、その撮影中、どこからともなく飛んできた虫が。渡辺名人はすごいスピードでよけていました。紫や黄色の部分があって妙にカラフルだったんですが、何という虫だったんでしょうか?
— 朝日新聞将棋取材班 (@asahi_shogi) July 2, 2021
渡辺明名人 vs 斎藤慎太郎八段
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