第33期竜王戦七番勝負でタイトル初防衛を果たした豊島将之竜王(左、2020年11月8日・京都での第3局で)、第33期の竜王就位式に出席した(右から)梶浦宏孝七段、藤井聡太二冠、羽生善治九段(21年1月25日、東京で)

4強時代の主役・藤井聡太二冠に勢いは宿るか…谷川浩司九段の竜王戦本戦展望

本日(20216/25)決勝トーナメント開幕
開幕局は青嶋未来六段-折田翔吾四段


2021/06/24 10:30

将棋のレジェンド・谷川浩司九段(59)へのインタビュー後編は、最強の18歳・藤井聡太二冠も参戦する最高棋戦・竜王戦の本戦(決勝トーナメント)と、将棋界の未来を展望する。「4強」時代と呼ばれる現在の勢力図は今後、どう変わっていくのだろうか。(聞き手・藤山純久、田口栄一=読売新聞オンライン)

 第33期竜王戦七番勝負でタイトル初防衛を果たした豊島将之竜王(左、2020年11月8日・京都での第3局で)、第33期の竜王就位式に出席した(右から)梶浦宏孝七段、藤井聡太二冠、羽生善治九段(21年1月25日、東京で)
第33期竜王戦七番勝負でタイトル初防衛を果たした豊島将之竜王(左、2020年11月8日・京都での第3局で)、第33期の竜王就位式に出席した(右から)梶浦宏孝七段、藤井聡太二冠、羽生善治九段(21年1月25日、東京で)

第33期竜王戦七番勝負でタイトル初防衛を果たした豊島将之竜王(左、2020年11月8日・京都での第3局で)、第33期の竜王就位式に出席した(右から)梶浦宏孝七段、藤井聡太二冠、羽生善治九段(21年1月25日、東京で)

若きスターが生まれる戦い

――藤井二冠は初の竜王戴冠へ、予選(ランキング戦)で5期連続優勝という大記録をひっさげて挑みます。棋士のみなさんから見て、竜王戦とはどんなタイトル戦ですか。

「『竜王戦ドリーム』という言葉があります。これまでに10人ほどが竜王のタイトルを獲得していますけれども、羽生善治九段を筆頭に半数以上は竜王が初タイトルじゃなかったかな( ※1 )。若い棋士が活躍し、新しいスターが生まれる戦いという印象ですね」

――トーナメントで勝ち上がる形式だからでしょうか。

「名人戦の場合、順位戦というリーグ戦の階段を少しずつ上っていかなければなりません。タイトル獲得まで長期間にわたって安定して勝ち続けることが求められます」

「竜王戦では、勢いが重要です。決勝トーナメントは対局の間隔が結構短いので、戦いながら勢いと力をつけた者が挑戦者になる。若い挑戦者がよく生まれるのは、そういう理由があると思います。さらに竜王戦は、女流棋士、奨励会員、アマチュアにも挑戦者になれるチャンスがあります。持ち時間が5時間(七番勝負は各8時間で2日制)と長いので、じっくり時間をかけて真剣勝負と向き合える楽しさもありますよね」

ドイツ・フランクフルトで行われた第3期竜王戦七番勝負の第1局を終え、ライン下りを楽しむ(左から)羽生善治竜王と谷川浩司王位・王座(1990年10月21日、肩書は当時)

思い出のフランクフルト、羽生善治さんの震える手

ドイツ・フランクフルトで行われた第3期竜王戦七番勝負の第1局を終え、ライン下りを楽しむ(左から)羽生善治竜王と谷川浩司王位・王座(1990年10月21日、肩書は当時)
ドイツ・フランクフルトで行われた第3期竜王戦七番勝負の第1局を終え、ライン下りを楽しむ(左から)羽生善治竜王と谷川浩司王位・王座(1990年10月21日、肩書は当時)

――ご自身の竜王戦の思い出は。

「1990年の第3期竜王戦で、私は初めて七番勝負に挑戦しました。当時の七番勝負には海外対局もあって、それはすごく印象に残っています。実は、それまで海外に行ったことがなかったんですよ。対戦相手の羽生九段と行ったドイツ・フランクフルトが、私の初めての海外旅行でした。結局、これまでに合計6回も竜王戦七番勝負で海外に行かせてもらいました。海外に行った回数は、プライベートの旅行よりも竜王戦の方が多いかもしれませんね……」

――90年の竜王戦では、当時28歳の谷川さんが20歳の羽生さんから、4勝1敗でタイトルを奪取しています。

「そのシリーズは、羽生さんの初防衛戦でもあったんですね。羽生さんはすごく緊張していて、第1局で駒箱から駒を取り出す時、手が震えていました。それが記憶に残っています。またこの話をするのか――って(羽生さんに)嫌がられるかもしれないですけど」

豊島将之竜王は「昨年、怖いものなしになった」

――その羽生さんも含め、今期の決勝トーナメントには、ベテランから若手まで実力者が顔をそろえました。注目する棋士は誰ですか?

「やはり藤井聡太二冠と永瀬拓矢王座ではないでしょうか。豊島将之竜王への挑戦権争いの軸は、この2人になると思います。現在の将棋界は、この3人に渡辺明名人を加えた4人がタイトルを分け合う『4強』の時代と言われています。実際、昨年度の八つのタイトル戦は、4強同士の激突が四つ、4強とその他の棋士の顔合わせが四つ。いずれも4強が絡んだ対局でした。今年度もこれまでは同じような状況で、しばらくはこういう構図が続いていくと思います」

「もちろん羽生さんにも注目です。昨期は挑戦者になったし、今年に入っても、王位戦で挑戦権獲得まであと一歩のところに迫りました」

4強の一角に挙げられる永瀬拓矢王座(2021年2月9日、第34期竜王戦のランキング戦で)
4強の一角に挙げられる永瀬拓矢王座(2021年2月9日、第34期竜王戦のランキング戦で)

――若手ではどうでしょう。谷川九段の「君たちは、悔しくないのか」という以前の発言が話題になったこともありましたが。

「若手は、年に1回ではなく複数回、タイトル戦に出ることを目指すぐらいでやらないと、4強に追いつくのは難しくなると思います。タイトル戦で厳しい戦いの経験を積み、タイトル戦で戦うことが普通になるぐらいでなければ、大舞台で実力を100%発揮するのは、なかなか難しいものですから。昨年度からのタイトル戦の組み合わせだと、4強ばかりが経験を積んで強くなっていく、という形になっていきますよね。今の状況を突き崩す存在に出てきてほしいですね」

――経験といえば、豊島竜王は昨年の竜王戦で「タイトル防衛」に初めて成功しました。

「豊島竜王はそういうところに時間がかかるタイプなのかもしれません。タイトルに挑戦するようになってからも、初めてのタイトルまでなかなか手が届きませんでした。ただ、これからは彼も、防衛戦を戦っていくことが普通になっていくでしょう。昨年1年間で、たくましくなったと思います。特に、永瀬さんとの叡王戦で鍛えられたのが、随分と大きかったんじゃないでしょうか( ※2 )。あれを経験したら、怖いものなしですよ」

コロナ禍と大震災、そしてAIとの共存

阪神大震災から約2年後、谷川浩司九段(左)が羽生善治竜王との七番勝負を4勝1敗で制し、竜王返り咲きを果たした(1996年11月29日、福岡で)
阪神大震災から約2年後、谷川浩司九段(左)が羽生善治竜王との七番勝負を4勝1敗で制し、竜王返り咲きを果たした(1996年11月29日、福岡で)

――令和の将棋界についてうかがいます。昨年来のコロナ禍は、将棋界にも大きな影響を与えました。

「コロナ禍で、私自身は、地元・神戸も被災した阪神大震災を思い出すことが多かったですね。当たり前だと思っていたことが、実はそうではない。将棋を指せることはとても幸せなことなのだと、改めて感じました」

――AIとの共存もキーワードになるかと思います。AbemaTVによる対局のインターネット中継でも、AIが形勢や指し手の評価値を示すスタイルが、すでに定着しています。

「AIには人と違って恐怖心がないので、時にサーカスのような指し手を示すことがあります。人間なら指さないし、そもそも指す前に読まない手を。AIの示すそうした手は、ある意味で、将棋の新しい可能性を示しているとも言えると思うんですね。人の感覚では突拍子もない手でも、それで局面の均衡が保てているのであれば、いいわけです。新しい手が実戦でどんどん出てくれば、見ている人もより楽しくなるのではないでしょうか」

――研究がさらに大変になりますね。

「私も20歳代後半だった頃、月に10局対局するという時期がありました。けれども当時は、正直言うと『出たとこ勝負』なところもあったんですね。序盤はそこそこで、中盤、終盤で何とかする、という感じです。今は、それでは通用しない。AIが進化して序盤の研究も進み、相手からもAIで分析されます。しっかり準備しなければいけなくなりました」

「コロナ禍で過密日程になった昨年も、月に10局みたいなことが起きました。私の若い頃とは全然状況が違って、棋士が対局の前にするべき準備が格段に増えましたから、本当にストイックに将棋に取り組まなければ、一線で活躍することはできなくなっています。棋士は今後、それを何十年も続けることになるわけです。本当に大変な時代になりました」

6月25日・本戦火ぶた

第34期竜王戦決勝トーナメント表

トップ棋士11人が豊島竜王への挑戦権を争う今期の竜王戦本戦は、6月25日に幕を開ける。新たなスターが誕生するか、それとも4強時代を改めて印象づける結果になるか。谷川九段の言葉を聞いて、競争がさらに激化しそうな令和の将棋界から、ますます目が離せなくなった。

※注1  33期に及ぶ竜王戦の歴代タイトル保持者は以下の10棋士。★印の6人は竜王が初タイトルだった。★島朗/★羽生善治/谷川浩司/★佐藤康光/★藤井猛/森内俊之/★渡辺明/★糸谷哲郎/広瀬章人/豊島将之(敬称略)

※注2  豊島竜王が永瀬王座に挑戦した第5期叡王戦七番勝負は2020年6~9月に行われた。千日手指し直し局1局、持将棋(引き分け)2局を含む全10局という歴史に残る激闘の末、4勝3敗で豊島竜王がタイトルを奪取した。

プロフィル
谷川浩司 (たにがわ・こうじ)1962年生まれ、神戸市出身。14歳8か月でプロ入りし、83年6月、史上最年少の21歳2か月で名人位を獲得。97年には名人位通算5期獲得で「十七世名人」の資格を得た。終盤の圧倒的な鋭さは「光速の寄せ」と称される。著書「藤井聡太論 将棋の未来」は講談社+α新書より。税込み990円。

情報源:4強時代の主役・藤井聡太二冠に勢いは宿るか…谷川浩司九段の竜王戦本戦展望 : 竜王戦 : 囲碁・将棋 : ニュース : 読売新聞オンライン



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