王将リーグ『棋士とニューノーマル』#1
2020年9月20日 12時0分
「王将リーグ」に照準を合わせた"定点観測"を始めて3年。 振り返ればいかに安易に「激動」という言葉を使っていたか、ということを痛感する。 2018年は全8冠を8人が分け合う"激動"の戦国時代。2019年は均衡から3強へ"激動"の変換期。 今期のテーマ設定には多くの議論を重ねることとなった。2020年、世界が"激動"したからである。 しかし、正解はいつもシンプルだ。 今期のテーマは「ニューノーマル」。新たな常態・常識を指す言葉だ。 世界変動の波は将棋界にも等しく届き、新たな常態を生むこととなった。 1つ目は、研究・対局スタイルの変化。 同じ空間で互いに意見を交わす対面での研究会は、その場をオンライン上に移した。それは対局においても同じで勝負師たちに変化を求めた。 2つ目は、藤井聡太のタイトル獲得だ。 明日の情勢も見えず混沌とする日々のニュースの中、藤井聡太の躍進は人々を勇気づけ日本中を照らしたといっても過言ではない。一方、トップ棋士にとっては、今後のキャリアを考える分岐点にもなったと言えよう。 世界が変化し新しい日常へと変化する過渡期において、きっとこの"定点観測"の記録は未来の将棋ファンへのメッセージとなるだろう。「2020年の将棋界、そして棋士たちは?」――。 第70期王将戦挑戦者決定リーグ戦には、今期も将棋界のトップランナー7人が集結した。その挑戦を待ち受けるのは、最高峰タイトル・名人保持者、渡辺明だ。今年も8棋士の素顔に迫り、読者とともに"天才たちの感性"を体感していきたい。 王将・渡辺明と佐藤天彦。 名人獲得を果たし名実ともに将棋界の第一人者となり、飛躍を続ける渡辺に変化は訪れたのだろうか。自分のスタイルを貫く佐藤にとってのニューノーマルとは―? 撮影/MEGUMI 取材・文/伊藤靖子(スポニチ)まず今年に入ってからの振り返りをお願いします。渡辺先生は王将戦、棋王戦、棋聖戦、名人戦と4つのタイトルを戦われました。さらに叡王戦、王座戦は挑戦者決定戦(以下、挑決)に進出。満点ではないかもしれませんが、それに近いパフォーマンスは披露できたと思ってよろしいでしょうか?
渡辺 そうですね。まあ、こんなもんですかね。細かく言い出したら「あの将棋が〜」とかキリがないですけど、まずまずです。
天彦先生は渡辺先生の活躍をどう感じられますか?
佐藤 本人的には挑決で負けたことは残念というのはあるかもしれないですけど、全体的に見ればすごいと思います。
現代の将棋界の趨勢(すうせい)に適応されているなと感じます。全体を見通しつつ作戦をしっかり立てられていたり、「らしさ」を発揮されていると思います。
昨年も伺いましたが、1年経っても防衛を成功されたのは渡辺先生だけです。8つのタイトル戦、2年間で合計16回。そのうち3回防衛があり、そのすべてが渡辺先生でした。”長期政権”を築くポイントとはどの辺りになるのでしょうか?
渡辺 うーん。1回目の防衛が大変なのかなと思いますね。2回、3回となっていけば何とも思わなくなると思いますけど、1回目の防衛戦は前の年とは同じように指せないというケースがあるのかなと思います。
天彦先生は名人を3期経験されましたが、防衛のハードルは上がっている印象がありますか? 昨今のタイトル戦をご覧になってどのように感じられますか?
佐藤 初タイトル獲得という人が増えているのもあるんじゃないでしょうか。羽生(善治)世代の人たちはタイトル経験も多くて防衛経験も多い方が揃っていましたけど、最近は20代でタイトルを獲る方が増えて「初防衛なるか」、みたいな注目のされ方をすることが多いので、自然と防衛が難しいということも増えてくるんですかね。
あとは、将棋界の戦法の流行りとかが1年前と変わっているということがあるかもしれないですよね。1年前は自分の得意な形とか考え方でタイトル奪取できても、次の年は結構変わっていたり。前の時代だったら自分の得意な形とか考え方で何年かいけたかもしれないですけど、今だと結構戦法の移り変わりが激しいので、1年後だと自分の得意な形が通用しないとか、前の年に比べると使いづらいとかそういうのもあるかもしれないですね。
以前よりも移り変わりが早くなっている。
佐藤 そうですね。1週間、1ヶ月単位で変わってきているので、1年となるとその間の調子を保つことも大変ですし、趨勢も変わっているのでそこに適応するもの大変です。前の年にタイトルを獲った時と同じようなパフォーマンスを出すのは大変かもしれないですよね。渡辺さんは竜王戦9連覇して、防衛に対して違和感がなかったり、慣れているというのもあるかもしれませんが(笑)。
天彦先生は残念ながらタイトル戦に縁がない1年となってしまいました。ご自身のパフォーマンスをどう見ていますか?
佐藤 なかなかついていけていないな、というのがあります。でも最近は、ついていけていない感じが縮まったんじゃないかと少しプラスに考えている面もあります。将棋界の戦術とかが変わってきている中で、一番先端を走っている人たちの研究についていくのが大変だなと思いますね。
具体的に「最先端」というのは現在のタイトルホルダー(渡辺名人、豊島将之竜王、永瀬拓矢二冠、藤井聡太二冠)の先生方を指していらっしゃいますか?
佐藤 そうですね。その4人は、色は違えど今の将棋界の研究をリードされていると思います。本当に流行の進みが早いので、そのレベルの人たちでさえも追いつききっていないかもしれませんが、相対的に見てそのレベルに対してついていくのが大変です。
お二人の価値観の擦り合わせをさせてください。渡辺先生は自分の感情を殺してでも、勝利に向かって全力を尽くす”勝利至上主義”という印象があります。一方で天彦先生は勝ち以上に自分の”美学”を貫き通したいという気持ちが強いように思います。お二人の価値観には大きな違いを感じるのですが、息はぴったりのように感じます。
渡辺 話をするようになった時って、お互いのこととかほとんど知らなかったもんね。
佐藤 そうですね、僕が中学生で、渡辺さんが高校生くらいの時ですね。
渡辺 お互いの考えがわかるようになったのってだいぶ後だよね?
佐藤 少なくとも僕が20代になってからじゃないですかね。渡辺 難しい話ってしないもんね。
佐藤 「24(将棋倶楽部24。日本将棋連盟公式のインターネット将棋対局サイト)」でチャットしてた時代はね。
渡辺 大人になってこういうインタビューとかを受けるようになってから「ああ、こういう考えなんだ」ということは増えてきたと思うけど、10代の頃とか面と向かって難しい話しないからね(笑)。お互いの深い部分の考え方ってよく知らないまま、付き合ってるのもありますよね。
佐藤 棋士もこういうインタビューとかを見て「こういう風に思ってたんだ」と知ることとかありますね。渡辺さんとは価値観的に似ているところもあると思います。でも当然違う人間なので、考え方とかは違うでしょうけどね。
天彦先生が名人を獲得された時、渡辺先生は『将棋世界』のインタビューの中で「自分のことではないのにソワソワした」とお話されていました。今回は天彦先生が見守る側でしたが、どんなお気持ちで決着局を見ていましたか?
佐藤 僕から見れば渡辺さんの実績のほうが全然上なのでどうこうというのはないんですけど、渡辺さんは名人戦は初めてだったので結構感慨深く見ていました。本人からしたら大変だったと思いますけど、最終局の途中からは渡辺さんが勝つのかなと思っていたので「ついにこの日が来たか」という感じで見守っていました。
今期の王将リーグについてお聞かせください。今期もこれ以上ないような豪華なメンバーが揃いました。挑戦を待つ側の渡辺先生はどう見ていますか?
渡辺 今年は確かに「この人がいない」みたいな感じじゃないですもんね。レーティング的には藤井さんが本命になると思いますけど…。そういえば、まだリーグ表見てなかった(笑)。先後ってどうなってるんだっけ? 結構先後ってデカいよね。天彦さんはレーティング上位者に対して先手を引いたのは結構大きいんじゃない? だって選べるならそうするでしょ?(笑)
佐藤 確かにね。
当然、挑戦者が誰になるのか気になるとは思いますが、誰かにポイントをしぼって見ていますか? それとも全般的に研究するのでしょうか。さらに、見方は自分が対戦することを想定して、研究しながら見ているのでしょうか?
渡辺 研究はしないですね。挑戦者が決まるのが例年11月下旬ですから、開幕まで1ヶ月以上ありますもんね。だから、(研究)しないですね。相手が決まってないのにしたってしょうがない…。
挑戦者が決まってから研究されたほうが効率的ということでしょうか?
渡辺 そのほうが効率的ですよね。開幕まで1ヶ月以上あるわけですから、それだけしたら充分ですよね。他のタイトル戦だともっと詰め詰めでやってますよね。そういうのを思えば、挑戦者が決まってからで充分なのかなと思います。
天彦先生は2期ぶりの王将リーグ入りです。前回は連勝が続いて最高の状態で王将リーグに入りしました。2年前とは異なる状況で、タイトルホルダー3名、タイトル経験者4名、A級超えとも呼べるメンバーが揃いましたがいかがでしょうか?
佐藤 僕はレーティング的には下のほうだと思うので、今の上位のほうの人たちに対してどう戦えるかというところで、挑戦する気持ちでやれればなと思っています。若いタイトルホルダーの人たちが中心になるのかもしれませんけど、その中でどう戦えるかとか、これだけのメンバーとまとめて指せる機会というのは僕にとっては最近ないことだったので楽しみです。
今期のリーグの目標をお願いします。
佐藤 最近は、次の将棋で良い将棋を指せればいいなという感じです。このリーグ戦を消化するだけで大変なのでね。絶対これ、というのはないですけどトップ棋士が集まっているリーグなのでどれだけやれるかというのを試したいですし、その中であわよくば上を、という感じです(笑)。上位の成績を取りたいなというのもありますけど、目の前の将棋に集中してやっていきたいと思います。
新しい日常へ それぞれの「1年チャート」
それではご記入いただいたチャートに沿ってお話を伺っていきたいと思います。渡辺先生のチャートを見ると、かなり波が激しく一喜一憂していますね。感情の揺れが大きいタイプなのでしょうか?
渡辺 そんなことないんですけど、とりあえず描いてみたらそうなりました(笑)。
天彦先生のチャートは”陽キャタイプ”だなと感じました(笑)。とにかくプラス思考。怒ったところも見たことがないですし、メンタルが強すぎませんか?
佐藤 そんなにタイトルを獲ったり失ったりしているわけではないですし、そんなにマイナスにはならないですね。メンタルが強いというか、あんまり沈み込まないですかね。わりと忘れやすいタイプですかね(笑)。
渡辺先生は天彦先生が落ち込んでいたり、感情が揺れているところを見たことがありますか?
渡辺 え~? でもあんまりそういうところを見せないよね。みんなに言えることだと思うけど、親しい人の前でもそういうところは見せないよね。
天彦先生はタイトル戦の解説で「サステナビリティ(=持続可能性)」という言葉を使われていました。名人位を失ったあともプラス思考で、短期的な目線での評価には興味はないといった感じでしょうか?
佐藤 最近は淡々とやっているというか、あまり長期的なことよりは目の前の楽しいことを考えながらやっている感じですかね。なかなか長期で何を目標にするかというのは難しいですし、それよりは王将リーグの研究とかも含めて日々のことをしっかりやっていくという感じですかね。
天彦先生は王将リーグ入り、渡辺先生に至っては「名人獲得」と「王将防衛」が同じ価値があるという評価の高さなのですが、スポニチへ忖度してくださっていますか? それとも本音でしょうか?
渡辺 ハハハ!
佐藤 いやいや(笑)、嬉しいですよ。上位の人とまとめて戦える機会というのはないですからね。まあ大変ですよね、このリーグは。楽しみな面もありますけどね。
渡辺先生は10月〜2月より前の記入がなかったのですが、記憶が消えていらっしゃるということでしょうか?
渡辺 そうね…何かあったっけ。王将と棋王を持っていると「待っている」時期なんですよ。思いつかなかったから書かなかった(笑)。
天彦先生は海外旅行に行かれていたんですね。
佐藤 イギリスとイタリアに行ってきました。イタリアのフィレンツェに行きたかったので、飛行機の乗り継ぎの関係もあってロンドンを選びました。すごく楽しかったです。
美術館巡りがメインだったんですけど、サッカーのフィオレンティーナの試合も見に行きました。すごい雨の中で、試合中は屋根があったので濡れなかったんですけど、めちゃくちゃ寒くてさすがに風邪を引きました(笑)。今思うと行っておいてよかったです。ここから数年は海外旅行は難しいでしょうからね。
佐藤先生のライフチャートでは「新たな出会いなど」という記述がありました。聞き手としては絶対に外せないポイントなのですが、具体的に伺っていいということですよね?(笑)
佐藤 そっかそっか(笑)。海外旅行から帰ってきてすぐにウィーンフィル(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団)のコンサートがあって、公演後に関係者との懇親会に参加させていただいた時に男性の指揮者の方と仲良くなったんです。最近ではフットサルにも来てくださるようになりました。
渡辺 え、あの方指揮者なの!? へ〜そうなんだ。何の楽器の方なんだろうなーと思ってた。
佐藤 そうか、指揮者の方という紹介はしなかったかも。同世代というのもあってわりと意気投合しまして、僕も昔から音楽に興味があったので音楽のセオリーを教えてくださいとお願いしてレッスンを受けています。向こうも将棋に興味を持ってくれて、「将棋ウォーズ」(将棋のアプリケーションソフト)とかもやってくれているみたいです。
渡辺 何のレッスンを受けてるの? ピアノとか?
佐藤 音楽の理屈とか。メロディーと和音の組み合わせはこうなると綺麗とか、こうなるとおかしいとか、これを繰り返しすぎるとよくないとか、音楽の定石みたいなものを勉強してます。いつか学んでみたいと思っていたんです。その方とは考え方とかも似ていて、新しい刺激や出会いとしてすごくよかったです。
月1くらいの間隔で、楽譜を見ながら、ピアノの前で2人並んで教えてもらっています。この作曲家はここがすごいとか、こういうところを工夫しているとかを教えてもらっています。もともと音楽に興味ある身としてはすごく楽しいですね。音楽のセオリーとか、和音進行、和声進行とかなんですけど、そういうのを学びたい人はあんまり少ないのかもしれない。ピアノを弾きたいとかいうのはあるでしょうけどね。「起立!礼!着席!」の和音とかでたとえてくれたりするのですごくわかりやすい。
渡辺 和音って何?
佐藤 メロディーが鳴ってる後ろで、それを装飾する複数の音の重なり、という感じですかね。
渡辺 それって学校で習わない知識だよね?(笑)
その講座を受けたことによって音楽の聴き方も変わってきましたか?
佐藤 難しいのでそんなに深いところまではわからないですけど、この作曲家はこういうところで悩んでいるのかな?とか、ここはスムーズに流れて気持ちいいなとか、このつなぎの部分は難しく感じているのかなとか、ちょっとでもやってみるとそういう想像力が膨らむなというのは感じました。絵画とかでもそうですけどね。
天彦先生が優雅にオペラを鑑賞している2月~3月の間、渡辺先生は2つの防衛戦を戦っていました。2月は少しイライラしている印象もありました。特に叡王戦の挑戦者決定戦第2局で、普段、感想戦をしっかりやる渡辺先生らしからぬ短さでした。体力的にもメンタル的にも落ち込んでいるのかなと思っていたら、そこから4連敗を喫しました。
渡辺 細かいことは覚えてないですけど、2月はそもそも日数が少ないところに対局が詰まっちゃったので余裕がなかったところはありますね。
前年も同じように2つのタイトル戦を並行していましたが、何か違う点があったのでしょうか?
渡辺 叡王戦の挑戦者決定戦が3局入っていたので、それですかね。
しかし叡王戦挑戦者決定戦第3局では、残念ながら敗退となりましたが、しっかりと感想戦をこなされる姿を拝見して、元に戻られたのかなと感じました。そこでも何か心境の変化などがあったのでしょうか?
渡辺 そんなに意識はしていないんですけど、日程が詰まってくると疲れとかが出てくるのはどうしてもありますよね。
「春休みの旅行がなくなる」というところでかなり大きくマイナスになっていますが、かなりのショックだったんでしょうか?
渡辺 1月から3月にタイトル戦をやってきて、4月に遊びに行くことをすごく楽しみにしていたんですよ。いろいろ準備とかもしている中で行けなくなってしまって…。一息入れてから名人戦にいくというプランだったんですよ。そこで一息入らないと精神的にキツイかなという。結局4月以降は対局もできなくなったので、そんなこと言ってもしょうがないんですけどね。
自粛期間中は次の対戦相手を考えない勉強ができた
そして緊急事態宣言が発令され、名人戦、叡王戦は延期となり、東西をまたぐ対局も制限されることになりました。多趣味な渡辺先生にとっては、かなりライフサイクルが変わったと思います。どんな風に過ごされていたのでしょうか?
渡辺 趣味はほぼ全滅で、競馬で曜日を把握していました(笑)。だからいつもより競馬を深く見ていました。平日の趣味は全滅でしたね。野球もないし出かけない、飲み会もない。
ご自宅周辺でのランニングも控えられていたのでしょうか?
渡辺 ランニングはしていました。それで少し体を絞って。シーズン中だとなかなかできないですもんね。外飲みがないから体重調整がしやすかったし、30代になってから思うようにコントロールできなくなっていたので、これを機に体重を戻そうかなと。今は57キロくらい。ずっと60キロ台だったんですけど、2ヶ月くらいで4キロ落としました。体重が減っていくと楽しいし(笑)。
1日100グラムでも、10日間なら1キロでしょ。走る頻度が増えていたので、5月くらいはすごい状態良かったんですよ。今年も(マラソン大会の)「山中湖ロードレース」に出場してたら、すごい良いタイムが出ていたと思う(笑)。
一方で天彦先生はクラシック音楽を楽しんだり、インドアでも全然問題がないようなイメージがありますが、実際はいかがだったでしょうか?
佐藤 僕は主にバレエの配信を見ていました。その期間は世界中の劇場の公演が中止になって、ステイホームということで映像を無料で配信してくれていたので、普段は見られない劇場公演とかを見ていました。
私の感覚ですと、それでも時間が余ってしまうような気がするのですが…。
佐藤 将棋と趣味を両方合わせれば、それでだいたい1日終わっていくかなという感じでした。
漫画『将棋の渡辺くん』で対局がないから将棋の勉強をしてないというエピソードに衝撃を受けました。戦法の流行が変わっていくからプールできないと。一般的には将棋の勉強を続けたほうが棋力のベースが上がっていきそうな気もするのですが、渡辺先生はそうではないとお考えなのでしょうか?
渡辺 そこの考えは棋士も二極化しますよね。対局が明らかにないのに、じゃあ何するの?みたいな。僕はやらないタイプです(笑)。だってそこで休まなかったらいつ休むの? 始まっちゃったら休むところないじゃないですか。ネット将棋は少しはやっていましたけどね、それこそ天彦さんにちょっとお願いしたり若手とかに声掛けたり。それでも2週間に1回くらいかな?
5月には増田康宏六段戦(王座戦挑戦者決定トーナメント)もありましたが、対局勘が鈍っていたと振り返られていました。
渡辺 2ヶ月以上ぶりの対局でしたからね。練習と本番は違いますよね。
天彦先生はその辺りはどうお考えでしょうか? 「充電期間」とありますが、やはり同じような認識なのでしょうか?
佐藤 僕は最近の将棋界の流行の形を全般的に勉強したり、自分で考えをまとめながらオーソドックスにやっていた感じです。ソフトも使っていましたけど、盤に並べたりしながらもやっていました。ネット対局はあまりやっていなかったんですけど、自粛期間中の最後のほうはネットのVSも増えましたかね。それでも2つとか3つとかでしょうか。
渡辺先生はコロナ禍突入前と自粛期間中で勉強方法に変化などはありましたか?
渡辺 僕はあまり変わらなかったですね。もともと練習将棋も対人で指していないので、あんまり。
渡辺先生は序盤巧者で、かなりソフト勉強を上手く取り入れている気がしています。最近は「テスト勉強のようだ」とお話されていました。おそらく膨大な量をインプットしていると思われていますが、やはり自分の対局がメインになるのでしょうか? 他のトップ棋士の対局も見ていらっしゃいますか?
渡辺 どっちもですね。対局に向けたシミュレーションももちろんあるし、対人で指すということは、もともとなくなってきていたので、(自粛期間)前と後ですごく変わったということはなかったですね。
ソフトでの勉強法がある程度浸透してきた昨今、豊島(将之)先生や広瀬(章人)先生は弊害も見えてきて、対人との研究を復活させることも考えていると話していらっしゃいました。天彦先生も解説時に「評価値ディストピア(棋士ならではの感覚を信じて将棋ソフトの評価値に抗うかの葛藤)と戦っている」と話されていました。ソフトと対人との研究のバランスは今後変化していくのでしょうか?
佐藤 ほとんど冗談なんですけど(笑)。単純に言えば、ソフトも道具なのでどう使うかというところだと思います。頼りすぎると道具に使われるというところで、他の道具を使う時と同じかなと思います。注意事項があるということですよね。深入りしすぎて自分の頭で考えないとか。そこで難しいバランスは求められると思います。
僕自身は今までの勉強法をやることもありますし、ソフトでサクサク研究することもありますし、自分の気分に応じて無理のない範囲で使い分けている感じですね。自粛期間中は次の対戦相手のことを考えない勉強をすることができたのが新鮮でした。
ご自身の過去の将棋の振り返りが中心だったのでしょうか?
佐藤 自分の将棋というよりは、相手として当たらなければ考えない戦法とかですね。例えばトップ棋士だと居飛車党が多いので振り飛車のことを考えたり、自分では多く採用しない戦型とか、対人研究の時にはしないことも研究できるという意味では新鮮でした。
棋士はまとまった休みがないので、そこはあるといいなと思いました。今のシステムだと難しいですけどね。一般の方と違って毎日出勤しなくていいので楽な面もあると思いますけど、緊張感がない時期というのは基本的にないので、あるとだいぶ休まるかなと感じました。
渡辺 対人考えなくていいとね。
佐藤 精神的にね。
渡辺 そうそう。すごい休まったねー。
佐藤 対局が1週間後だとしても、作戦を練ったり緊張感を持って勉強するじゃないですか。だから1日家に居てもそんなに気が休まる期間がないんですよね。2ヶ月何も相手のこと考えなくていいとなると相当気持ち的に休まりましたね。
渡辺 その日、別に何もしなくてもいいんだもんね。気分が乗らなかったら別にやらなくてもいいんだし(笑)。対局があると決まっていると気分が乗らなくても徐々に作戦を立てないといけないから、どうしてもやらされてる感が出てきちゃう。
海外サッカーなどでも、オフを挟むとパフォーマンスが上がったりするのと同じ感覚なのでしょうか。
渡辺 確かに。
佐藤 トップの戦いをやり続けているわけですから、気持ち的にはだいぶ違うんじゃないですかね。対局が詰まっていると体力的にもキツイですよね。1ヶ月でも2ヶ月でも、まとまった休みが取れれば大きいと思います。
1歩先、2歩先を行ってる藤井聡太の計算力
5月下旬から世の中が少しずつ動き出しました。天彦先生は藤井戦の敗北がこの1年で一番のマイナス値でした。藤井戦というのは他の対局と大きく異なるものなのでしょうか?
佐藤 1年間でマイナスがないというのもおかしいですよね(笑)。藤井さんとの対局だからというのもありますけど、最近の自分の中ではタイトル戦に一番近かったからというのもあります。
緊急事態宣言明けでそれなりに気合を入れていたというのもあったんですけど、その1局も含めて緊急事態宣言明け以降が結構勝てなくてガッカリしたというのもありました。それなりには研究をやっていたつもりだったんですけど、その象徴が藤井戦でしたかね。
藤井戦では昼休み後なかなか対局室に戻ってこられず、なんと寝ていたというハプニングもありました。持ち時間4時間の対局でお昼寝を入れることにビックリしました。普段の対局から昼寝はされているのでしょうか?
佐藤 さすがにその時は、どう考えても寝すぎました(笑)。15~30分くらい寝ることはあるんですけど、その時は寝不足でコンディション調整に失敗していたんですよね。
渡辺 僕も寝ることはありますけど、連盟だと誰も起こしてくれない場合があるからね(笑)。
佐藤 そういうリスクがあるんですよ。でもそれを回避しようとすると寝れない…。どっちを選ぶかなんですけどハマった場合は起きれないという(笑)。普段は自動的に起きるんですけどねー。
渡辺 家でもちょっと横になると軽く1時間くらい昼寝しちゃうもんなー。
棋聖戦は日程調整を含めて、藤井先生の最年少タイトルへの道が敷かれたように感じました。渡辺先生はどういう気持ちで挑戦者決定トーナメントを見ていましたか?
渡辺 対局スケジュールの目途が立っていなかったので、結構急にバタっと決まって「え!?」とは思ったけど、しょうがないのかなと思いました。
将棋界のみならず日本中が藤井フィーバーで盛り上がっていました。藤井先生関連だとマスコミは過剰に反応する傾向にあり、渡辺先生も普段の対戦より負荷を感じたりしましたか?
渡辺 どうなんだろう。でも対局室は普通でしたからね。(感染症対策で対局室に)人が入れないから、藤井くんの29連勝の時みたいなああいう興奮は感じなかったですけどね。そういう意味では始まってしまえば普段通りでしたね。
挑戦者決定戦から中3日の棋聖戦開幕で、ほぼ”ぶっつけ本番”のような状態だったのではないでしょうか。
渡辺 徐々に(対戦相手の)情報とかも得られてくるので、とりあえず1局目が無事に終わってよかったなと思いましたね。せっかくああいう日程を組んで、最年少記録を作ったわけでしょう?
1局目にどっちかが具合が悪くなって指せなかったらその記録も成り立たないし、「もし自分が直前に具合が悪くなって対局に行けなくなったらどうしよう」とか心配しました(笑)。とりあえず1局目が無事に終わって、ちょっと肩の荷が下りた感じはありました。
佐藤 対局者って意外に細かいこと気にするんですよね(笑)。屋敷(伸之)先生の記録も1局目基準だったんですかね?
渡辺 うん、1局目基準だったみたい。
準備期間がかなり限られていたと思いますが、どんな風に過ごされていましたか?
渡辺 名人戦が6月10日からだったので、僕はまずそこには照準を合わせていたんです。それが(棋聖戦開幕は)8日と言われたのでプランとしては狂うわけですよね。2日だけだったのでそんなに大きく狂ったわけではないですけど対局相手に合わせた準備ができないというのもありましたね。まあ今年に限っては仕方なかったですよね。
藤井先生と長時間での対局は棋聖戦が初めてだったと思います。対局前、対局後で大きな認識の違いなどありましたでしょうか?
渡辺 番勝負やって得られた情報もあるので、今後に活かしていきたいですね。
佐藤 僕も感想戦とかで話してみると、改めて先入観にとらわれない読みの深さというのは感じましたね。そこは多くのプロ棋士とは違うなと思いましたね。
藤井先生は読みのスピードがとにかく速いということをよくお聞きします。読みのスピードというのは対戦していて、どういうところから感じるのでしょうか?
渡辺 感想戦もあるよね?
佐藤 はい。
渡辺 あとはやってる時にだいたいわかるでしょ(笑)。
佐藤 今まで我々も藤井さんもトップとずっとやってるわけじゃないですか。
渡辺 そこの基準があるんですよ。
佐藤 うん、トップ棋士はこれくらい、みたいな。
渡辺 だいたいその枠の中でやってるわけですよ。でもそうじゃないんでね。
佐藤 その1歩先、2歩先を行ってるんですよね、計算力が。
渡辺 あとは感想戦とかで相手の意見とかを聞いてみると…
佐藤 やっぱり読んでるな、と裏付けられる。
渡辺 感想戦ないと確かにわからない部分もあるかな、場の雰囲気だけではね。
佐藤 どっちも合わさると確かな感じになりますよね。
スピードが速いというのは、先まで読んでいるということになるのでしょうか?
渡辺 そうですね。
佐藤 先まで読んでるし、判断が正確だからこそぐいぐい先に行けるというのもありますよね。3手先、5手先になると局面が変わっていくので、想定局面が正確じゃないと読んでる意味がないじゃないですか。互角局面が続く中をすごく先まで読めるというのは正確な判断力も必要ですし、計算力も高くてスピードも速い証拠なんですよね。
タイトル戦を戦う前と後で、藤井先生の印象は変わりましたか? 渡辺先生は過去のインタビューの中でタイトル獲得60期超えの棋士は25年に一人くらい現れるとお話されていました。藤井先生はそこに当てはまるかもしれないという気持ちは強まりましたでしょうか?
渡辺 羽生さんが出てきた時のことがわからないですけど、ここまでを見ているとその系譜には乗っていますよね。そこまでの人ってなかなかいないわけじゃないですか。今までちょっと感じたことがない感触というのはみんな多分感じているわけで、そうすると羽生さんの次はこの人という感じの評価も確立していくんじゃないですかね。
「藤井バブル」の影響で、ご自身が有名になったなと感じたことはありますか?
渡辺 どうなんだろう? 今はマスクしてるから実際に声を掛けられることは少ないかな? でもワイドショーとかにはいっぱい出たから顔は売れたと思います。売ってどうするんだ、というところもあるけど(笑)。棋聖戦関連の取材は多かったですかね。
佐藤 僕はそんなに変わらなかったと思います。でも将棋関連の取材はちょっと増えてますかね。藤井くんの影響で将棋界への注目度は確実に上がっていますよね。
「藤井ブーム」ではなく文化として定着させるためにどうすればいいと思いますか?
渡辺 うーん、考えたことなかったなあ。だって藤井くんが出てきてこうなったことだって誰かが絵を描いたわけではないでしょう? 将棋連盟にとってみれば他力みたいなもんですし。今までも羽生さんの七冠フィーバーとかもあったけど、それも勝負の世界だから基本的には他力ですし、藤井くんが出てきてすごいことになってるけど、それをビジネスとしてどうこうというのはなかなか難しいんじゃないですかね。ネット上ではいろんな意見が出ているのは見るけど、実際のところは今後どうなっていくかなんてわからないもんね。
個人的には、これだけ個性派なキャラクターをお持ちの先生方がそろっているので大丈夫だと思っているのですが、インフレしすぎると心配に思う気持ちもあります。
佐藤 それはひとつ大きいですよね。藤井くんだけじゃなくて、他の棋士のことにも興味を持ってくださっているのはありがたいです。
ファンが増えた実感はありますか?
佐藤 うーん、リアルなイベントがないですからね。開催してみてお客さんが増えていたら「おお!」と思いますけどね(笑)。それこそ『Number』(文藝春秋)があれだけ売れるくらいですからね。あれは一般層も買ってくださったんでしょうね。でも「観る将」文化が出てきてからファンの方が増えている実感はしますよね。女性ファンが増えている気がしますし。
渡辺先生はそのあと名人を獲得されました。メディアは「悲願」ともてはやしましたが、ご自身は至って冷静な印象でした。渡辺先生がこだわっているのはタイトルを獲得することより失わないこと、というイメージなのですが、いかがでしょうか?
渡辺 「悲願」と言っても初出場でしたしね。米長(邦雄)先生のように何度も挑戦して弾かれた後に獲得というのを「悲願」と言うと思うんですよね。今まで狙うシーンもなかったですし「初出場で悲願と言っていいのか?」というのはありましたね。A級に入った時は自分も最年少でしたし、いつかは出られるんだろうなと思っていましたけど、やっていくうちになかなか出られなくて、そうこうしているうちに天彦さんが出てきてポンって出ていって、そこから稲葉(陽八段)くん、豊島くんと後輩がどんどん出ていったので。
名人戦に関しては、一度B級1組に落ちたのでそこで意識としては1回切れたところがあったんです。1回落ちてしまうと、その年の名人戦には出られないじゃないですか。一応A級にいると1年後には出てるかもしれない、といっても全然惜しくもなかったし、いつも羽生さんに2ゲーム差くらい付けられていたけど。
渡辺先生が棋聖戦、名人戦で激闘を繰り広げている最中、天彦先生は「駒を作る」と。どういうことですか?
佐藤 相当時間かけたんですよ! 名人戦を3連覇した時に大和証券さんに頂いた駒生地があったんです。だいぶ寝かしていたんですけど、せっかくだから自分の書でやってみたいなと思いまして。でも駒字を書くのって大変なんです。小さいしバランスも独特なんですよね。
渡辺 書いたことない字とかもあるもんね。
佐藤 裏も竜王とか竜馬とか、ババババー!みたいに書くので結構大変なんですよ。でもせっかくだからいいものにしたいし、駒字を書くのは大変だとわかってるからなかなか書き始めなくて、でも書いてからもそれなりに時間がかかって。駒師の方に見せたりして方向性を定めて、ビックリするくらいメールで細かくやりとりをしてアドバイスをもらったりしながら、ようやく制作開始になって「フウ~」という感じです(笑)。あとはお任せなので楽しみです。自分の中ではいい字母ができて一区切りがついたので嬉しかったです。
いつ頃完成なんですか?
佐藤 たぶん1年後くらい…。
渡辺 そんなにかかるの!?
佐藤 自分が頼んでいる方は結構時間をかける方なので。構想2年、制作1年です(笑)。もちろん早く作る駒師さんもいるんですけど、僕自身もマイペースでやっているのでマイペース同士で。感慨深いですね。
渡辺 出来たら使うの?
佐藤 使う前提で。楽しみです。
「第3回AbemaTVトーナメント」についてもお聞かせください。天彦先生はかなり活躍されチームを牽引していた印象でした。チーム「まったり」はドラフト指名で外れたお二人という求心力が低い状態から天彦先生がまとめ上げ、最後は本当にいいチームになったように感じました。振り返ってみてどういうご感想でしょうか? 今後チームでの活動の予定はありますでしょうか?
佐藤 いままでチーム戦の経験がなかったのですごく楽しかったです。もちろん真剣にやるわけですけど、その中でも非公式戦ならではの楽しみ方とか緊張感とか、チームのためにここで勝ちたいみたいな気持ちも出てきますしね。
僕のチームはわりとふんわりした感じだったので、優勝を目指すというよりはフワっとこの機会を楽しみ尽くそうとか、真剣にやりつつも充実してやっていこうみたいな感じでしたね。とはいえ、勝つつもりで常にやっていましたし、本戦で敗退しましたけどそれなりに見せ場は作れたかなと思います。みんなにとっていい機会になったかなと思います。終わったら爽やかに解散という感じで、特に連絡は取っていない感じですね。3人での活動は限定かなと思います(笑)。
渡辺先生は将棋のパフォーマンスはもちろんですが、近藤(誠也)先生へのコール、佐々木大地戦でのリアクション芸、Tシャツのまゆげ書き込みや、対局でも天彦先生との激闘など、お祭りをお祭りたらしめる盛り上げ役で、MVPを選ぶとしたら最有力候補だと感じました。
渡辺 僕も楽しかったですね。一門として今まであんまり兄弟子らしいことはしてこなかったので、弟弟子と交流する機会を与えてもらったという感じですかね。
渡辺先生の振る舞いを見ていると、プロ野球のオールスターゲームのような感じで楽しんでいらっしゃるようにも見受けられました。
渡辺 そうかもしれない。リーダー格の棋士と若手棋士の意識付けはちょっと違うところもあったかもしれないですね。僕はオールスターみたいな気分でやっていたかもしれない…って言ったら怒られちゃうかな(笑)。プロ野球のオールスターゲームではほとんどストレートを投げるけど、それをガチなの?って言われたら違うかもしれない。でも投げてるストレートに関してはガチじゃないですか。それと同じかもしれない。AbemaTVトーナメントも、将棋が始まってしまえばガチなんですよ。
佐藤 確かに若手のモチベーションとは違うところがあったかもしれないですよね。ここで名を挙げたいというモチベーションと、渡辺さんみたいに毎月のようにタイトル戦に出ている人にしてみれば立ち位置も違うかもしれないですよね。
終局後にその場で言ってることのほうが大事
お二人の共通点として、負けた時の立ち振るまいが挙げられると思います。勝った時以上に負けたときの立ち振る舞いがその棋士のファンになるきっかけになるような気がします。天彦先生は誰よりも透き通った声で「負けました」と発声されますよね。これはご自身の中で意識されているのでしょうか?
佐藤 私は声が通りますからね(笑)。対局に向けた準備から含めた意味で、一局の区切りですから、そこはしっかりしようという意識はありますね。そこから感想戦はやりますけど、結果が出るという意味では一区切りだと思うんですよね。そこを区切りにして切り替えていくような感じでしょうか。見ている側にとっても、そういう区切りがあったほうがすっきりするかなというのはあります。
渡辺先生の感想戦も本当に声が聞き取りやすいですし、将棋というコンテンツを楽しむ立場として非常にありがたいと感じます。意識的に取り組んでいるのでしょうか?
佐藤 感想戦も色が出ますよね。
渡辺 もともとは観戦記者のためにやってるんですけど、最近は視聴者のためになっているのかな。でも結局、観戦記者には感想戦後にも説明しなきゃいけないんですよね…。感想戦でしっかり話すことによって「今説明するからちゃんと聞けよ!」みたいなプレッシャーをかけているところもある(笑)。
たまに「後から聞けばいいや」みたいな記者がいるんですよ。今はソフトもあるし、「感想戦はとりあえず軽く見ておいてソフトを見つつ、後からわからなかったら聞こう」みたいな。でも「感想戦で説明するから!」って言いたい(笑)。
感想戦後の質問って「ソフトの評価値的にこうだった」みたいな指摘なんですよね。でも押さえるべきポイントとして、終局後にその場で言ってることのほうが大事だと思うんです。その場でこっちが力説しているときにソフトの結果を照らし合わせて違うから聞く、というのはいいんだけど、しばらく経った後から「ソフトはこう言ってるけど、ここで逆転したんじゃないですか?」みたいなこと言われると「そんなのわかってるんだよ!」と(笑)。1ヶ月くらい経って、忘れた頃の将棋をふっと言われても「じゃあそうやって書けばいいじゃん!」と思っちゃうんですよ。
だから感想戦で「対局後のオレはこう思ってこうだよね」っていうことを伝えてるわけですよね。「棋士のセオリーとしてはこっちなんだよ! この手がすごい意外だったんだよ! じゃあなんで意外だったかというとこうなんだよ」というのも、その場では言ってるんですよね。
佐藤 やっぱり二人の世界とか価値観とかも出ますからね。
渡辺 そうなんだよ!
佐藤 そこからあまり外れたことを言われてもピンとこないですからね。
渡辺 後から言えることはいくらでもあるんだけどね。
そしてお二人は勝っても負けても、淡々とブログやTwitterで振り返りを発信してくださいます。どういうお気持ちで書かれているのでしょうか。
渡辺 なんだろう、ルーティーン化してる?
佐藤 ふふふ。確かに習慣化してる。
渡辺 負けた将棋だけ書かないと何か言われるから? だって会心譜だけ解説してたら変でしょ(笑)。だからやる、って感じ。全局やるか、全くやらないかじゃない?
佐藤 Twitterではたまにやる、という人もいますね。
渡辺 どういう基準なんだろう。注目が大きい将棋とか?
佐藤 自分の気分? これは発信しておきたいとか?
渡辺 落ち着いてから振り返りを書いても誰も見ないからね。やっぱり24時間以内に見たいじゃん。
佐藤 うん、すぐ見たいのはありますよね。
渡辺 野球とかも、だいたいその日の夜に高津(臣吾ヤクルト監督)のコメントが見たいもん。「なんであそこであのピッチャー使ったのか」とか知りたいじゃないですか。その日に見たいわけで、次の日になったら次の試合があるわけでしょ。その日の夜か次の日の朝刊で絶対見たいんですよ。だから24時間以内!(笑)
佐藤 でもみんなの義務になったら大変ですよね。
渡辺 我々の将棋って基本的に中継があるじゃない。そうじゃない人だと発信のしようがないですよね。その違いはあるかも。
佐藤 実は僕も中継がある将棋だけやってました。
渡辺 そうなの?
佐藤 Twitterをやり始めた時はそうでした。今はほとんど中継があるので常にやるけど、昔は中継がある将棋だけやってました。
渡辺 確かに中継がないと棋譜がないから、解説しても意味がないというのはありますね。
佐藤 中継がある将棋は補足として(自戦解説が)あると楽しいかな、と思ってやっていました。ただ、いつどうなるかわからないですけどね。
『Number』の将棋特集が話題になりました。その中で、渡辺先生は「藤井先生の登場によって自分の将来の立ち位置がみえてしまったことはないか」という問いに対し「棋士全員がそれは思ったことでしょう」と返答され、非常に重いなと感じました。マラソンでたとえると、今までもハイペースで走ってきているのに、その後ろからめちゃくちゃ速い人が走ってきたような感覚でしょうか。お二人はそのままのペースで走り続けるのか、それとも別の方法をとるのかというのをお聞きしたいです。
佐藤 同じように走るとすると壊れると思うんです。同じペースで走ろうとする人も数人はいるかもしれませんが、完全に同じことを目指すとすると、全てを変えないといけなくなる気がします。生活習慣も含めて、棋士みんなそれぞれ自分に合った形でやってきていると思うので、藤井くんと同じペースで走るために全部ガラっと変えることが本当に自分のためなのかという気もします。
実際にやろうとしてパフォーマンスが下がることもあるでしょうし、足が壊れるとか体が壊れるじゃないですけど、あれだけ年下の人に対して本気でやるというのは大変な気もしますし、めぐり巡って自分のためにならない気もします。そういう意味でも、自分は目の前のことに取り組むというか、あんまり大きなスケールで考えすぎずにやっていくのかなと思いますね。
渡辺 天彦さんの年でそう思うくらいだと、僕はもっと年上だから。僕はもうキャリアも終わりですし…。最盛期という意味でのキャリアという点では10年を切っていますから。藤井くんと年が近ければ近い人ほど影響が大きいのかなという気もしますね。
佐藤 タイトルをまだ獲っていない人とかね。
渡辺 本来なら獲れるべく力があった人とかね。そういう人たちのほうが付き合っていかなきゃいけないわけだから、もっと考えるんじゃないですかね。消極的かもしれないけど「藤井くんとはキャリアが被らないから」というのを僕はよく言ってきたんですけど、それで何かを大きく変えるのかと言ったら、変わらないかもという感じになるのかなと思います。
渡辺先生は自分のペースを上げるようなベースアップの仕方ではなく、「ナイキの厚底シューズ開発」のように前提そのものを変える別のアプローチを考えていそうな気もしますが、期待してもいいですか?
渡辺 何を変えるかといったら難しいですよね。でも僕の場合は来年の春で37歳になるので、どう最盛期キャリアを終わらせていくかというのを考える年齢なんですよ…(笑)。
渡辺先生は意外とネガティブというか年齢のことをいつも気にされていて「いつパフォーマンスが落ちるかわからない」とおっしゃいます。歴代の偉大な棋士の先生方を見ても30代後半で棋力が落ちたように見える棋士はいないように感じます。なぜそこまで気にされるのでしょうか?
渡辺 タイトル戦に出るか出ないかみたいな軸で考えているからじゃないでしょうかね。タイトル戦に出るキャリアとして、あとどれくらいかなと考えるからですかね。
歴史を見てみても、タイトル獲得25期以上の歴史に残る偉大な棋士は45歳くらいまで前線にいるように感じます。
渡辺 だいたい45歳くらいですよね。となると、僕10年切ってるんですよ。そうなるといつ落ちてもおかしくないから。
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情報源:【インタビュー】【渡辺明×佐藤天彦】棋士とニューノーマル 第70期王将リーグ特集 – ライブドアニュース
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9月22日 10時から対局開始
ほぉ・・・