後編
初タイトル獲得が現実味を帯びてきている藤井聡太七段。その進化の過程を、棋士のことばで振り返る試みの後編となる本稿では、高校生になったときから現在までの証言をつないでみよう。(全2回の2回目/前編から続く)
高校入学からわずか1カ月後に七段に
2018年4月から、藤井聡太は高校生になった。その2カ月前、2018年2月1日には、C級1組に昇級したことにより五段に、そのわずか16日後の2月17日には、朝日杯将棋オープンで優勝したことにより六段に昇段。そして、高校入学から1カ月後の5月には、竜王戦のランキング戦で連続昇級したことから七段になった。高校1年生で七段である。各棋戦において広く活躍することで、上位棋士との対戦も増えた。しかし、年度勝率が8割を切ることは一度もなかった。
そんな藤井聡太を評する棋士のことばを、見ていこう。まずは2019年の2月、藤井から唯一人、順位戦で勝ち星を挙げた近藤誠也七段。彼は藤井の終盤でのミスの少なさを賞賛する。
「ミスが全体的に少ないです。終盤、持ち時間がなくても、疲れの出る夜戦に入っても大きなミスをしないことに関してずば抜けています。また、自分は格上の棋士に勝つこともあるけれど、各棋戦の予選の初戦で負けるようなこともちょくちょくあったり、取りこぼしというか、順位戦以外は安定感がありません。藤井七段はほとんど取りこぼしがないのがすごいと思います」 《藤井聡太の順位戦19連勝を阻止した棋士・近藤誠也は「徹底的に準備しました」》より注目を浴びつつ勝っているのに、驚くべき謙虚な姿勢
続いて2019年4月に銀河戦で対戦した阿久津主税八段は、藤井の謙虚さに驚いている。
「高校生には見えないですよ。大人より大人っぽい。落ち着いてるっていうか。あれだけ注目を浴びつつ勝っているなら、普通は自信満々がチラッとでも垣間見えるものだと思うんです。だけど微塵もそういう気配がないんです。謙虚、という姿勢に驚きました」 「藤井さんと対局していて感じるのは、シビアな棋風ということでしょうか。優勢に立つと逆転させない、辛い指し回しですね。自身のデビュー当初を振り返っても、若さゆえに荒くなるところがあるんです。ところが、藤井さんは最初のころは荒い手も見受けられたけど、自分が対局した時は洗練されてるなと思いました。このごろは老獪さも出ているように思います」 《「将棋を好きでなくなったら引退です」デビューから20年、阿久津主税八段がいまも実感する成長》より将来的な予測ができない伸び方
「明日を見据えた勝ち方」と感じているのは、初代竜王の島朗九段である。
「想像を絶する実力と、驚異的な活躍です。羽生さん世代が現役のうちに藤井さんが出てきて、こういった戦いを見られるのは幸せなことだと思います。正直未知数で、将来的な予測が自分にはできないですね、どこまで藤井さんが伸びるのか」 「逆転勝ちが印象に強いこともありますが、実際は王道の勝ち方が多いと感じます。勝ち方が魅力なのは、とにかく読みきろうという気持ちが前面に現れているのが特徴ですよね。それは時間がなくなることより、彼の中では重要なのでしょう。師匠の杉本さんの存在も安心感として大きいですね。明日を見据えた勝ち方というか、そんな感じを受けます。長く勝てるフォームを会得するかのような、見る側にワクワク感を与えてくれる将棋だと思います」 《初代竜王・島朗九段が考える「コンピューター将棋」と世代交代》より「やってくれるだろうという期待感」
毎年、藤井が抜けない記録として話題になる「歴代年度最高勝率(0.8545)」を1967年に樹立した中原誠十六世名人は、「プロが見たい将棋を指している」と評する。
「どこまで強くなるかわからないという意味では空恐ろしいものを感じますね。ただ、見ていて面白い将棋を指しています。谷川さん(浩司九段)、羽生さん(善治九段)もそうでしたが、プロが見たい将棋を指していますね。新しいことをやろうとしている、やってくれるだろうという期待感があります。ワクワクしますね」 《中原誠が見た、藤井聡太17歳のタイトル戦「新しいことをやってくれるという期待感がある」》より藤井が棋聖戦の挑戦者になるまで、最年少タイトル挑戦の記録を持っていた屋敷伸之九段は、藤井が自分のテーマを大事にした将棋を指していると語る。
「藤井聡太七段は勝ちまくっていますけど、将棋を見ると結果より自分のテーマを大事にしてやっていると思います。相手の得意戦法を堂々と受けて立ち、新しいことに挑戦していますからね。当時の自分ももっと意識して考えないといけなかったのでしょう。それは永遠の課題で、引退するまでは続きます」 「すごく丁寧です。よい局面でもじっくり辛抱できるし、勝ちを急ぎません。勝負しないといけないときは勝負しますけど、ゆっくり指して差を拡大していく感じです。派手な順や決めにいく手は見えているんでしょうけど、色んなことを考えたすえに確実に勝ちにいくイメージです」 《藤井聡太七段が狙う記録 屋敷伸之九段が明かす「“お化け屋敷”と神格化されて戸惑った18歳」》より豊島竜王・名人が語った「10年後の目標」
遠山雄亮六段が紹介している豊島将之竜王・名人のことばは、他に類を見ない先見性が実に印象的である。
「藤井(聡)七段について豊島名人は『(10年後に訪れるであろう)藤井(聡)七段の全盛期に戦うことを目標にしている』と語っている。三冠がそう評価する16歳も半端ではないが、その思いを率直に述べるところも豊島名人らしい」 《「藤井聡太七段とは全盛期に戦いたい」 豊島将之新名人は“令和の覇者”となるか?》より豊島には、10年後の藤井聡太は、どのように見えているのだろうか――。
緊急事態宣言解除以降の戦いぶり
藤井聡太の強さは、多くの人が見てきたはずである。対局があれば、そのほとんどが中継されており、その成長過程は同じ棋士だけでなく多くのファンも目撃してきたはずだ。
しかし、その進化の様に、多くの人が改めて驚かされたのが、コロナ禍における緊急事態宣言が解除された以降の戦いぶりではないだろうか。2020年6月2日、棋聖戦の決勝トーナメント準決勝で佐藤天彦九段との対局に臨んで以降、7月2日王位戦の第1局で木村一基王位に勝利するまでの10戦を9勝1敗。3度あったタイトル戦は3戦全勝という強さである。
とりわけ棋聖戦の第2局。渡辺明棋聖相手に、後手番の矢倉で勝ち切った一局には、プロからも規格外の感想が寄せられていた。
守備の金が前線に上がり玉の頭上に飛車がスライドする前代未聞のフォーメーション。金のドリブルで桂得したあと意表の守備堅め。相手のカウンター狙いを見透かしたようにサイドチェンジして「聡太必殺の桂打」で相手の金を釣り出して寄せ切る。一本もシュート(王手)を打たせない完勝。バケモノ。
— 勝又清和 (@katsumata) June 28, 2020
こうツイッターで綴ったのは勝又清和六段。現地で戦いを見守っていた飯島栄治七段は、その強さをこう表現している。
「見ていて震えた。『完勝』という一語で表現しきれない、藤井七段の勝ち方だった」 《「恐ろしいまでの完勝」飯島七段が藤井七段の“魔法の2手”解説/将棋》より実は「ジェット機じゃなかったかも」
プロがバケモノと表現するほどの強さ。プロが震えるほどの勝ち方。29連勝したあの時からまだ3年しか経っていないが、もうあの時に藤井聡太を言い表すのに用いられたことばは、今の彼には当てはまらないのではないだろうか――。そう思って一通のメールを送ってみた。宛先は、高野秀行六段。文面は「あのときのジェット機は、今、どうなっていますか?」。するとこんな返信をいただいた。
「あの時のジェット機」ですが、実は「ジェット機じゃなかったかも」。藤井聡太くんの将棋は想像できる範囲を遥かに超えてしまっています。ジェット機なら乗ったこともあるので、想像ができます。しかし、宇宙にも行くことができるもの(スペースシャトルみたいなもの)だったら……。感覚が分かりませんよね。「ジェット機」といって、ごめんなさい。あなたを過小評価しておりました。って、感じです。デビュー当時「ジェット機」と評された14歳は、その3年後「スペースシャトルのような未知なるもの」と評されている。
進化を遂げる17歳、この先さらなる成長を
間違いなく、私たちは歴史の目撃者なのであろう。
いくら的確に言い表しても、そのことばを超える進化を遂げる17歳の底はまだまだ見えない。おそらく今が最盛期ではなく、この先、さらなる成長を見せてくれるはずだ。
私たちが、藤井聡太の将棋を見て快哉を叫ぶのは、なにもいつも勝っているからではないのだろう。きっとその成長を見ることができる喜びゆえなのではないかと、気がづいた。
ただただ、その成長を見る喜びを感じながら、この規格外に強い、しかし驚くほどに謙虚な17歳を見よう。
彼にとって、そして将棋界にとって大きな足跡が、間もなく行われる棋聖戦第3局で刻まれようとしている。
情報源:「想像を絶する実力」「相手の得意戦法も……」藤井聡太の将棋は、なぜプロ棋士も驚かせるのか(文春オンライン) – Yahoo!ニュース(コメント)
情報源:「想像を絶する実力」「相手の得意戦法も……」藤井聡太の将棋は、なぜプロ棋士も驚かせるのか | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン
「想像を絶する実力」「相手の得意戦法も……」藤井聡太の将棋は、なぜプロ棋士も驚かせるのか | 観る将棋、読む将棋
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