渡辺明三冠も認めた本田奎五段の強さ――22歳で初のタイトル戦の舞台へ|朝日新聞記者の将棋の日々|村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者) – 幻冬舎plus

ほぉ・・・


2020.04.08

プロ入りからわずか1年2カ月で渡辺明棋王へのタイトル挑戦を決めた本田奎五段。(村瀬信也撮影)
プロ入りからわずか1年2カ月で渡辺明棋王へのタイトル挑戦を決めた本田奎五段。(村瀬信也撮影)

村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

「家に将棋の本はないです」

1月。棋王戦で挑戦者になった本田奎五段を取材した際に聞いたその言葉に、私は耳を疑った。棋士の家に将棋の定跡書がない?

「去年、1人暮らしを始める時、持ってきませんでした。将棋ソフトで研究するのでパソコンはありますし、毎月『将棋世界』は届きますが」

確かに、研究をする上での一番の必須アイテムは、今やパソコンなのかもしれない。そうは言っても、先人の研究が凝縮されたと言っても良い定跡書が家にないという事実は驚きだった。

いま将棋界は、将来有望な若手が次々と台頭している。代表的な存在は、何と言っても藤井聡太七段だろう。公式戦29連勝、朝日杯将棋オープン戦2連覇……。「驚異の17歳」は、いつタイトル戦に出てくるのか。多くの将棋ファンの視線がそこに注がれている。

そんな状況で、彗星のように現れたのが22歳の本田だ。初参加の棋王戦で永瀬拓矢現二冠、広瀬章人竜王(当時)らに勝って挑戦者決定二番勝負に進出。昨年12月、2018年度の最多勝棋士である佐々木大地五段を破って、渡辺明棋王への挑戦権を獲得した。

18年10月のプロ入りから、わずか1年2カ月あまり。藤井の「後輩」が、藤井より先にタイトル戦の舞台を踏むことを、一体どれだけの人が想定していただろう。

棋王戦挑戦者決定二番勝負第2局で勝った後、インタビューを受ける本田五段。(村瀬信也撮影)
棋王戦挑戦者決定二番勝負第2局で勝った後、インタビューを受ける本田五段。(村瀬信也撮影)

大勝負の直後、報道陣によるインタビューが行われた。

「挑戦者になる実力ではないと思う。運が良かった」

「渡辺棋王は最強と言っていい方。食らいついていけたら」

何しろ相手は7連覇中のトップ棋士だ。本音だったと思う。

もし、本田が渡辺を破ってタイトルを獲得すれば、それは「事件」である。五番勝負が始まると、面と向かって話を聞く機会はほぼないため、事前取材をお願いした。冒頭の言葉は、そこでのやりとりで飛び出したものだ。

開幕を1週間ほど後に控えた若武者は、挑戦を決めたあの日と変わらず冷静だった。

「挑戦しましたけど、取れると思っていないです。何とか4局目、5局目に持ち込みたいですね。5局目にいったら、さすがに勝負だと思いますが」

この落ち着きぶりは、どこからくるのだろうか。

「挑戦者決定戦の時、緊張はしなかったですか」という問いには、「しなかったですね」。不思議に思っていると、本田は不意にこう言った。

「これまでで緊張したのは、三段リーグの昇段の一番ですね」

「それ以上に緊張することは、もうないと思います」

ハッとさせられる瞬間だった。

三段リーグは、棋士養成機関「奨励会」の最後の難関だ。全国から集まった俊英たちが、「26歳」という年齢制限の重圧を感じながら、プロ入りを巡ってしのぎを削る。ここで苦戦を強いられた、後のトップ棋士たちは少なくない。

本田は17歳の時に初参加し、7期目のリーグで15勝3敗の成績を挙げてプロ入りを決めた。21歳での四段昇段は決して遅くはないが、本人は焦りを感じながら戦っていたという。

「20歳を過ぎてからは、『あと何期、リーグを戦えるのか』を数えるようになっていました」。厚い壁にぶつかった経験が、プロとして戦う上での心の支えになっているのだろう。

本田は、先手番での相懸かりを武器としている。ほかの棋士たちと研究会を行い、そしてソフトで研究を重ねることで磨きをかけてきたドル箱戦法だ。

「先手ならやりたいことができる。第1局は先手が欲しいです」
この取材で本田が前のめりの姿勢を見せたのは、この時だけだったかもしれない。

棋王戦第4局で感想戦をする渡辺明棋王と本田五段。(村瀬信也撮影)
棋王戦第4局で感想戦をする渡辺明棋王と本田五段。(村瀬信也撮影)

2月1日に迎えた第1局。振り駒の結果、本田は後手になった。この将棋を落とし、シリーズ通算では1勝3敗で敗退となったが、第2局では得意の相懸かりで1勝を挙げた。見事な戦いぶりだったと思う。

決着局となった第4局。局後のインタビューで渡辺はこう語った。「第2局は完敗してしまったので、第3局から立て直せるかどうかが課題だった。その辺りがうまくいった」。この日、後手の渡辺が相懸かりを避けて雁木で戦ったのは、本田の強さを認めたからだろう。

対する本田の口ぶりは、この日も控えめだった。

「自分の実力からすると、第4局までこられたこと自体、よくやれたといえるのかもしれません」

その一方で、こんなことを口にした。

「もうちょっとやっていたかったなという思いもあります」

手応えを語ると共ににじみ出た無念。その思いが、次の飛躍に結びつく日がきっと来るはずだ。

■村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者)

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