ふむ・・・
2019年9月27日 20時0分
「才能があるな、才能を感じるな、と思う棋士の先生のお名前を教えてください。」
「努力家だな、と思う棋士の先生のお名前を教えてください。」
「ご自身を客観視したときに『才能型』『努力型』どちらに分類されますか?」今回、8人全員に同じ質問を投げかけた。
永世七冠、タイトル獲得数99期に国民栄誉賞。
羽生には過去幾度となく「才能と努力」に関する問いがぶつけられてきたであろう。
しかし、この日もくるくると表情を変えながら瑞々しい観点を披露するその姿に、筆者も自然と笑みがこぼれてくる。意表を突く回答にも、是非注目してほしい。「タピオカミルクティー、美味しかったです。たまーに飲むんですよ。フフフ」
おやつに用意した流行のスイーツを美味しそうに口に含む。
羽生がふとこぼしたこの一言で、読者にも取材中の雰囲気を想像していただけるのではないだろうか。きょう9月27日は、羽生善治49歳の誕生日。
ひとりの人間として、棋士として、父として。40代最後の1年がスタートした羽生の“現在地”に寄り添ってみたい。撮影/吉松伸太郎 取材・文/伊藤靖子(スポニチ)
今期を振り返ってみていかがでしょうか? 17勝9敗。勝率だけを見ると、2015年以来の6割5分超えです。ただ羽生先生という基準で見ると良いといっていいのか、悪いのかがわかりません。どのように受け止めていますか。
最近は、非常に強い若手の人も増えていますので、なかなか大幅に勝ち越してというのは難しい時期に差し掛かっているとは思います。もちろん結果として、ここ数年の中では良いほうかなとは思うんですけど、内容的には悔いが残るというか、「残念な対局」もいくつかあったので、ちょっと反省というかこれから修正しないといけないなと思うところもあります。
「残念な対局」というのは羽生先生にとってどんな対局のことを指すのでしょうか?
はっきり勝ちの局面だったのを、つまらないミスで逃してしまったり、「1手おかしいな」というのがあったりしたのは残念だったなと思うところがあります。
羽生先生はいまご自身の実力をどのように評価いるのでしょうか? タイトルに挑戦できていないことを「不甲斐ない」と思われるなど、「悔しい」という気持ちなのでしょうか? それとも「年齢のわりにけっこうやれている」という気持ちでしょうか?
今回の王将リーグで言うと、このリーグに出ている人たちに勝たないとタイトル戦には挑戦できないというところもあるので。そういうところでは、これから先も頑張っていかないといけないなとは思っています。どういうアプローチの仕方がいいのか、というのは試行錯誤しているところですね。
タイトル挑戦に届きそうという感覚はご自身の中にありますか?
今期に関して言うと、王位戦は挑決まで行けたんですけど、大事なところで負けてしまったんですよね。大きな対局で結果を出せるというのは大変なことだと思っているので、総合的な「棋力」と「気持ち」を両方上げることが必要なのかなと思います。
「気持ち」というところで言うと、昨年、王将リーグのインタビューで郷田(真隆九段)先生にお話を伺ったとき、前面にタイトルへの渇望を出されており、40代後半になっても衰えぬ気迫に圧倒されました。羽生先生も同様に、タイトルが欲しいという気持ちは強いですか?
そういう気持ちがなかったらすぐ落ちます(笑)。挑戦を目指す、タイトルを獲るという気持ちがなければ、王将リーグの残留すら難しいというのが現実です。非常に短期間のリーグですし、体調や自分のコンディションとかをどれくらい保てるか、というのも大事なのかなと思っています。
あと年齢が上がってきたほうが切実さが増すというか、実感が増すというのがあります。たとえば20代のときだと、本当は無限じゃないんですけど「ずっとチャンスがあり続けるんだ」というような感覚を持って対局に臨めたんですよ。
「今度負けてもまた来年がある」とか、「来期がある」とか「他の棋戦がある」とかっていうのを自然に思えたんですけど、だんだん年数を重ねてくると、それはいつまでも続くものじゃないし、有限なものだし、その1回のチャンスを大切にしていかないといけないなっていうことを、自然に思うようになってきています。
最近の羽生先生は、後手一手損角換わり右玉という戦型をよく採用されています。糸谷(哲郎八段)先生が「最近、羽生先生もよく指しているんですよ」とうれしそうに話していました。今期は一手損角換わりで全勝中です。なぜ、急に一手損角換わりを取り入れるようになったのでしょうか? 糸谷先生は「羽生先生が一手損角換わりを採用したことで、自分が真似したみたいに思われてしまう」ともおっしゃっていました(笑)。
私が後発と書いておいていただければ(笑)。糸谷さんは「同士が現れた。支援者が現れた!」と思ってくれているんですかね(笑)。
昔からときどきは指していたんですよね。もちろんメインでやることはなかったんですけど。いまは序盤の研究や分析がすごく進んでいて、その中で自分がどういう作戦で臨んでいけばいいのかということを、試行錯誤してやっているんです。その中のひとつとして、一手損角換わりをちょっとやってみようかなというところがあるんです。
同じように流行っている戦型で「角換わり」があるんですけど、角換わりはいまやっている人がすごく多くて、すごく研究が進んでいるので、研究だけで終わってしまうということもあるんですね。もちろんそういう勝負もありだとは思うんですけど、研究だけで終わってしまうのは味気ないなと思うところがあって、あんまり人がやらないような作戦を見つけられればいいなと思っています。
一手損角換わりはソフトの評価値的にはマイナスとなるため、居飛車党の中では減ってきています。あえてそれを取り入れるというのは、つまるところソフトに抗う形になっています。久保先生は振り飛車を続ける理由として、「ソフトこそ間違っているというのを証明したい」と話していました。羽生先生にもそういう気持ちはあるのでしょうか?
正しいか間違っているかはわからないんですけど、ソフトの評価値というのは基本的に近似値であって絶対値ではないんですよね。そこそこ正しいはずなので、完全に間違っているとは思っていないんですけど、その点数が絶対的に正しいわけではないということですね。
人間の立場からいうと、「どこまでのマイナスを許容するか」という感じですよね。人間の受け取り方次第で、細かい人だと100点以上のマイナスは受け入れられないということになるでしょうし、おおらかな人だとマイナス300点でも受け入れて、なんでも好きな形でやるでしょうし(笑)。もちろんそれでも将棋は指せますし、問題ないんじゃないかと思っています。
そう考えると、羽生先生はどちらかというと「おおらかな」ほうになりますか?
そうですね。あとは同じ形の将棋ばかりが現れてしまうのは、あんまり良くないと思っています。点数が良いからといってみんな同じ将棋ばっかり指すようになってたら、棋士の意義とか、いる意味がなくなってしまうので。いろいろな可能性を試みてみるのも大事なのかなと思っています。
それは勝利至上主義ではないということでしょうか?
もちろん勝利は目指しているんですけど、ただソフトの数字だけで判断はしないということですね。
羽生先生からは将棋を本当に楽しんでいらっしゃる様子が伝わりますし、なおかつファンの気持ちをわかってくださっているんですね。叡王戦の藤井(猛)九段との対局が非常に盛り上がりましたが、あの対局は羽生先生から藤井システムをあえて誘導したということでしょうか?
藤井さんとの対戦は、とくに毎回あんな感じの展開になることが多いんですよね。藤井さんが何かしらアイデアみたいなもの出してくるので、「それを受けて」ということが非常に多いですよね。どういうアイデアが出てくるのかな?というのは、受けていてキツイところもあるんですけど、おもしろいところでもありますね。
受けて立つというのは、遊び心なのか本気なのかが気になります。渡辺(明王将)先生や豊島(将之名人)先生などトップ棋士は、受けて立つというよりは相手の弱い部分を狙って勝利を目指していくと思うのですが、羽生先生はなぜ受けて立つのでしょうか?
毎回は受けて立っていないですよ(笑)。でも長いあいだやっていると、どこかで受けて立たなければいけないときがどうしても出てきて、避け続けることはできないんです。1回ぐらいは避けることができるんですけどね。永遠にこの形はやらないとか、相手の得意な形を避け続けることはできないので。なので、ある程度は受けて立っています。
羽生先生は得意な戦型というものがないように思われます。逆説的に言うと、すべてが得意ということにもなるのですが…。
基本的にいろんな形をやるので、これに特化してというのはないですね。
羽生先生の考えとして、目先の勝利にはこだわらないというのはすごく伝わってきます。一方で「先のことは考えすぎても仕方がない。1年ぐらいのスパンで物事を考えている」ということを過去のインタビューでお話されていました。そのスパンで考えていまの目標というのは、どのあたりになるのでしょうか?
戦術みたいなものが変わってきているので、自分なりの理解の仕方というのでしょうか、そういうことには努めていますね。とくにソフトが出てきてからは定跡みたいなものが、かなり変わってしまったんですね。いままで自分が覚えていた知識とかセオリーみたいなものが、そのままだとあまり使えないというのがあるので、自分なりに検証して取り入れていくというところですね。
次に王将リーグについての話をお聞かせください。3期ぶりの復帰となりました。対局することになる6人についてどのような印象をお持ちでしょうか。
やはり隙がないメンバーで1局1局大変ですけど、自分自身も良いコンディションを持って最初の対局を迎えたいなと思いますね。
久保(利明九段)さんは振り飛車のスペシャリストですよね。序盤のいろいろな工夫とかアイデアも豊富ですし、悪くなってからも粘り強いというところが、強さなのかなというふうに思っています。
糸谷さんは力戦派で、スゴい力に自信を持っているのと、あとは早いですよね。とにかく早い。ビックリするくらい早い(笑)。毎回対局していて驚かされます。もう何度も対局しているのでスタイルはわかっていますが、どういう形になるかというのは非常に予想しづらい相手ですね。
広瀬(章人竜王)さんはすごくブレが少ないというか、安定している印象があるのと、非常に切れ味が鋭い棋風だと思っています。
豊島さんは最近、充実著しいですし、本当に細かいところまでよく研究してあるというか、作戦的なところでの組み立て方が、最近の棋士の中では飛び抜けているのかなという印象を持っています。
あとは簡単に崩れない勝負強さみたいなものを見ていて感じます。豊島さんの事前研究の範囲内に入っている、だいたい最初の40手50手くらいまではノータイムなので、本当に幅広い形を深く調べているんだなというのは見ていて思います。
三浦(弘行九段)さんは研究家というか、自分が得意としている形を徹底的に掘り下げるというところが強いところです。あとは競り合いというところでも独自の強さを持っている棋士かなと思います。
藤井(聡太七段)さんは、もう各棋戦で活躍しているので王将リーグに入っても何の不思議もないです。勝ち上がってきた対局相手もスゴいメンバーでしたね。プロ入り後、ある程度の年数が経ってきたこともあって、もともと落ち着いていたんですけど、指している将棋に緩急をうまくつけているなという印象がありますね。
藤井先生は今期22勝8敗と、わずかですが勝率が落ちています。羽生先生からご覧になっての印象はいかがでしょうか?
当たっている相手も上のクラスに上がってきているので、間違いやすい局面に誘導されているということがあると思います。藤井さんといえども完璧ではないので、ミスをするということもあると思います。別に不調とかではないと思いますね。
羽生先生はリーグ経験もたくさんおありですが、今回の王将リーグでは挑戦者になるために必要な勝ち星はどのあたりになると予想されますか?
順位も下ですし、1敗くらいまでがラインですよね。上位の人は混戦になって4勝2敗でプレーオフとかもありえますけど、下のほうは5勝1敗くらいでないと挑戦者にはなれないですね。
過去の王将戦で最も印象に残っている対局は「七冠を制覇した第44期王将戦第4局ではなく、そのひとつ前の第3局だった」と振り返られていました。「1手1手の点が線になっていくような理想の将棋が指せた」とコメントされていましたが、理想の将棋、というのはやはりそんなに何度も経験できるものではないのでしょうか?
そうですね。やはりどこかでミスが出てしまうことも多いし、自分がうまく指せて、相手もうまく指せることで、はじめて良い将棋ということになりますので、なかなか条件が一致しないと熱戦や名局にはならないのかなと思いますね。
王将戦と言えば「勝者の罰ゲーム」とも言われる「記念写真」が名物として、ファンの皆さんも楽しみにしています。永世王将である羽生先生が最も印象に残っているのはどの写真でしょうか?
うなぎを掴んだところ…浜松ですね(笑)。どじょう掬いもやりましたね〜。あれは島根県の安来でしたね。あとは雪だるまを作るというのもありましたね。部屋から主催者であるスポニチの方が雪だるまを作っているのが見えるんですよ(笑)。それを見て「明日は雪だるまか~」と思ったりしていました。
かかとの痛みはファンにとって気になるところです。現在どのような状況でしょうか?広島での対局後に尻もちをついたり、足を引きずっていたとの情報もありました。
現在も完全には治っていないんですけど、一時期よりはかなり良くなっています。6月くらいのころが最悪で、手すりがないと歩けないくらいだったので。いまは日常生活では大丈夫です。対局で長時間座っているとちょっとしんどいかなという感じです。
羽生先生は同年代の他の棋士よりも対局数が多く、より体に負担がかかっていると思われます。渡辺先生のように体重管理などはされていますか?
気をつけないといけないなとは思っています。というかもっと前からそう思ったほうがよかったですね(笑)。ひとつの反省としてはあります。ただ棋士は長くやっていれば、多かれ少なかれそういうのはあって、受け入れて自己管理してやっていこうかなと思っています。
対局中にかかとの痛みが出たりしませんか?
それはないです。対局中は一生懸命やっているので大丈夫なんですけど、終わった後が…(笑)。対局中は気がついていないだけかもしれないですけど(笑)。そういうもんです、だいたい。スポーツ選手とかが競技している最中は平気なのに、終わった後にケガしているところが痛み出すというのと似た感じだと思います。日常のケアが大事という感じですね。
治療はどんな具合に進めていらっしゃるのでしょうか?
いまは経過観察中ですね。歩けないとか、階段が上れないとかになったら、また病院に行かないといけないと思いますけど、いまはそういう状態ではないです。手術となると…。痛いらしいですね~骨削るのは…。考えただけで痛い…(笑)。
古くは升田幸三(実力制第四代名人)先生が椅子対局を望んだものの、断られたというエピソードがあります。羽生先生は椅子での対局を望んだりはしないのでしょうか?
一部は椅子でもいいのかなと思っているんですね。中継がない対局とか、持ち時間が短い予選とかは椅子でやってもいのかなと思っているんですけど、全部はしないほうがいいと思っています。やっぱり和室で、畳でやってきたというのは、将棋の世界の良いところがたくさん残っていると思うので。そこはなくさないほうがいいと思いますね。
そういう話はゆくゆく部分的には出てくると思いますが、ケースバイケースの対応も出てくるのかなとは思っています。
羽生先生は将棋の伝統を守るために「ご自身の足を壊してでも…」と無理をなされていないか心配です。
「身を粉にして!」とかそういう感じではないです。大丈夫です(笑)。
2024年に移転完了を目指す新しい将棋会館では椅子の対局場がお目見えしたり、ということもあったりするのでしょうか?
椅子での対局のほうが対局場のセッティングは楽なんですよね。普通の会議室のような場所でもできますからね。畳だと和室でないとできませんので。
集中力という面で、椅子と正座に違いはありますか?
どうでしょうかね。棋士を見ていると、本当の勝負どころでは正座をして気合を入れて考えているから、染みついた習慣というのはあるんじゃないですかね。単なる習慣かもしれないですけどね。
棋士は対局後に興奮が冷めず眠れないという話をよく伺いします。羽生先生はいかがでしょうか?
対局の後はけっこうぐっすり眠れるんですけど、イベントに出た後のほうが眠れなかったりしますね。1日中イベント出演とか収録などで長い時間話したりしている後のほうが、クールダウンとか眠るのが大変なんですよね。
将棋は内に向かっていく作業なので、疲れたらそのまま自然にクールダウンして眠れるんですけどね。
「才能型」の棋士というところで天野宗歩(棋聖)先生と升田先生を挙げられ、完全に意表を突かれました(笑)。てっきり他の皆さんと同じように現役棋士を挙げられるかと思っていまして。羽生先生は、過去に「最強棋士」を問う質問にも同じように、このおふたりを挙げられていますが、「才能=最強」ということなのでしょうか? まずは、才能の定義から教えてください。
やっぱり持って生まれた先天的な能力とか、あとは「ギフト」という言い方もありますよね。天から与えられたものという感じでしょうね。
このふたりの先生は、もちろん努力や研鑽(けんさん)もすごく積まれていると思うんですけど、それだけではないものを残されているんじゃないかなと思っています。
ネット上に残されている逸話で、天野宗歩という棋士の評価がすごくおもしろく、「升田先生は『天野君は十三段』だと評価。初段の人が見ると『初段くらい』」というエピソードがありました。つまり天野宗歩という棋士は自分を映す鏡なのではないかと。その流れで、今回、羽生先生が才能あるという軸で、天野宗歩を挙げられたのがとても興味深いなと思いました。
幕末の人なので、そんなに情報とかもなくて定跡とかもないんですよね。でも指している内容が、時代の先を行っているような感じでした。スピード感もあるし、いまの将棋と言っても遜色はないくらいの将棋をたくさん指しているんですよね。「近代将棋の父」とも言われています。
厚みを築いて一歩ずつ着実に、というのが江戸時代から明治、大正くらいまでの将棋の基本的な考え方なので、その中で非常にスピーディーに展開早くという戦術を見つけたというのは画期的なことだと思います。
天野先生の棋譜を見てみたら、びっくりしました。てっきりいまの時代ではありえない棋譜を指しているかと思ったら、200年近く前の時代にも関わらず、いまとほとんど変わらないという印象を受けました。
うまく主導権を取るとか、香落ちのハンデを付けたときに駒を華麗にさばいていくとか、そういう指し方はいまは当たり前なんですけど、当時はあまりなかったんですね。駒を少し捨てて可動域を増やしてさばくとか、そういう将棋が少なかったので、そこは先見の明があったんだと思います。
もちろんお会いしたことはないでしょうし、天野先生とは棋譜だけの会話になると思いますが、それだけでも才能というものは感じられるのでしょうか?
もちろん昔の人ですからそんなにたくさん棋譜が残っているわけでもないんですけど、見ている範囲でも、素直にスゴイなと思います。
もうひとりに升田先生を挙げられました。『将棋年鑑』でのアンケートでも「指したい相手」としてご指名されていました。一言で言い表せないと思いますが、どのあたりに才能を感じられるのでしょうか?
升田先生は明らかに、昭和20年から30年くらいの時期に、その20年とか30年先の将棋を指していたんですよね。
でも先に行きすぎているから、すぐに理解されなかったというところと、升田先生のキャラが濃いのでそっちのほうに注目が集まって、肝心の中身のところは注目されなかったのかなという残念なところがありますね(笑)。
本当にスゴい将棋を指しているんですよ。でも風貌とか言動とかがすごく個性的で、注目がそっちに行ってしまって(笑)。本当は中身がスゴイんですよ。本当はスゴいところそっちじゃないと言いたいです(笑)。
実際に升田先生と将棋を指されたことはありますか?
将棋を指したことはないんですけど、囲碁を教わったことは1回だけあるんです。
升田先生は早く隠居されていて若い人は誰も会ったことがなかったので、米長(邦雄永世棋聖)先生の研究会に伺ったときに、「一回会わせてやろう」と升田先生を呼んでくださって、若手の棋士たちがご尊顔を拝ませていただいたことがありました(笑)。本当の”レジェンド”みたいな。「本当にいた!」みたいな(笑)。
升田先生は囲碁が大好きなんですけど、強い相手と打つのは嫌いで、弱い相手と打つことをこよなく愛されていたんですよね(笑)。私は初心者だったので適任だったみたいで、スゴいご機嫌になられて。めちゃくちゃ怖そうな先生だったので緊張もあったんですけど「よかった~」みたいな感じでした(笑)。
升田先生の将棋の内容は、データベースとかを見るようになってから気がついたんですけど、現代の将棋を昔から指していたんだと思います。
現役棋士に置き換えると、藤井猛先生が最もその領域に近いでしょうか? 先生は以前「創造の99%はすでにあるものの組み合わせ。藤井システムは残りの1%」と話されていました。
藤井システムが出てきたときは、そういう感じでしたね。いまはそういうのが出てくるとみんなで一斉に研究し始めるので、そういうふうに先を行っている人もどんどん追いつかれるというところがあるんですよね。
だから現代で20年30年先を行っている将棋を指すというのは難しいのかなと思いますね。
糸谷先生は、その部分をソフトが担っているというふうにもおっしゃっていました。ソフトが20年30年先を行っている感覚というのはありますか?
つまりそれは、経験値の違いのことだと思うんですよね。人間が一生かかって指せる将棋ってせいぜい10万局くらいですけど、ソフト同士だったら学習で100万局1000万局と普通にやっているので、それはもちろん20年30年先を行きますよね。それだけ対局していればね。そういうことだと思います。
努力という部分をお聞きしたいと思います。羽生先生はたくさんの名言を残されていますが、「努力」という言葉をあまり使わないように思います。これは意図的だったりされますか?
そういうことはないですけど、それを全面に出すということはないかもしれないですね。本当のところは棋士がどれくらいトレーニングしているとかって、よくわからないんですよね。公のところでみんなで集まってやっているわけでもないし、頭の中でもできるので、本当に誰がどのくらい努力しているかというのはわからないんですよね。
渡辺王将も「他人の勉強時間はわからない」ということで、今回のアンケートでは努力型の回答をいただけませんでした(笑)。
そうですね。ただ棋譜を見て「勉強していない」というのはわかるんですよ。勉強していないのは棋譜を見て明らかにわかるんですけど、勉強しているほうはどれくらいしているかはわからないんです。
羽生先生は努力型という棋士で米長先生を挙げられました。「50歳をすぎてから、自宅の隣に道場を建てた米長先生はすごい」と。
50代後半あたりで新しいことをやろういうという気持ちって、なかなか生まれてこないというところですね。あとは道場の始まりが朝6時とかなんですよね。完全に体育会系の世界ですよね(笑)。情熱というんでしょうかね。
いまの私と近い世代の人たちは、その道場に行ってたくさん教わって強くなれたというところもあるので、後進を育てたという意味でもスゴいことだと思いますし、そういう気持ちになって努力をされていたというのは大変なことだなと、自分の年齢が近づいてきたので実感しますね。
同じぐらいの年齢に近づいてきて、それくらいドラスティックに新しいことにトライしていきたいという気持ちはありますか?
うーん、朝6時からというのは…(笑)。本当にスゴいんですよ、とにかく。来ている若手の人たちもすごくて、朝10時から将棋会館で対局があるのに、朝6時から9時くらいまで道場で勉強してから対局に行くんですよ。朝練って感じですよね(笑)。だから私は数回しか行っていないです。起きれないで(笑)。
年齢とか実績とか関係なく、そういう気持ちは大事なんだなと思いましたね。そういう気持ちが名人につながったというか、これまでのスタイルを完全に変えて名人を獲られましたからね。
羽生先生ご自身も「努力型」とご回答されました。ただ羽生先生はいつも”天才”というくくりで片付けられてしまって、努力が表に出てこないところがあると思うんです。
将棋を始めた後、道場に行き始めて最初の1、2ヶ月というのは、1回も勝てなかったですからね。将棋を覚えていきなり最初からできたというものでもなかったんですよね。運動の世界だと、始めたら自然とできちゃいました、という人がたまにいますけど、少なくとも自分はそういうタイプではなかったんですよね。自分が15級くらいで、6級の人とかと飛車角落ちでやって毎回負かされるとか、そういう感じでした。
悔しいという気持ちもありましたし、やっぱり基本を覚えないとダメなんだなということがわかって、道場の席主の方から将棋の雑誌や本をもらって、勉強したということがありました。
いまも変わらず努力はされているかと思います。羽生先生はソフトでの勉強も取り入れていていますよね。想像ですが、豊島先生や渡辺先生ほど使っていないのではないでしょうか。いまのタイトルホルダーを見ると、ソフトに近い差し回しの方が結果を残している時代だと感じています。なぜ、そこまで本格的にソフトでの勉強を取り入れないのでしょうか?
まったく使わないというのは、基本的にもう難しい時代だとは思っています。ソフトを使うことが大前提としてあって、どれくらい使うかとか、どのように使うかというのが問われているのかなと思いますね。
でもまだ本当の意味で、いちばん良い使い方は誰もわかっていないと思うんですね。だからみんな実験的なことをやっていて、だんだんこういう使い方が良いというのがわかってくると思うんですよね。
本当の意味で恩恵を受ける世代というのは、いまの5歳とか10歳とかそういう世代だと思います。いまの棋士たちは、みんな実験段階だと思います。なので、本当の意味でいまの時代の棋士は恩恵は受けないと思います。
5歳や10歳だと、いきなりソフトを手にしても、なんでその手を指すのか意味がわからないような気がするのですが…。
そうなんです。なので、こういう場面で使えばいいんだよとか、こういう場面では先生に聞いたほうがいいんだよ、とかがわかると正しく使えるんですけど、やみくもに使っていると弊害もたくさん出てきてしまうんですよね。これから先の世代の人たちのほうがツールの正しい使い方をわかったうえで使えるから、いちばん良い効果が見込めると思います。楽なほうに走ってしまうという弊害もあると思いますしね。
けっこうおもしろいテーマで、教えるとか学んでいくということを考えさせられると思いますね。
糸谷先生は、指導においてのマニュアル化も必要とお考えでした。全体のレベルを押し上げるためにも必要だし教えやすいよね、とのことでした。羽生先生はどのようにお考えでしょうか?
ふたつあってですね、「マニュアル的に教える教わる」、「個人にカスタマイズしたやり方で、この人はこういう教え方」というのがあります。
まずは大枠のところを作って段階的にですね。5歳くらいの子にはこういうことを教えたほうがいいとか、小学生くらいの子だったら詰将棋で3手詰めを解けたほうがいいとか、そういう基準が、だんだんできてくると思うんですよね。
でもそういうのって、たとえば同じマニュアルを使っても、教える側によって違っていて、言語化とか数値化とかできないところに、違いがあるはずなんですよね。そこをAI(人工知能)みたいにシステマチックにできるかというのは、ちょっとやってみないとわからないところかなと思うんですよね。
プロ棋士の将棋を観ていると、ソフトによって棋士の能力は上がっていると思うですが、相対的に上がっただけで、相対性を超えて絶対的に伸びたという方はいないような気がしています。ソフトだけで爆発的に伸びる棋士が現れると思いますか?
やはり本当の意味で正しい使い方が誰もわかっていないんだと思います。いまの時代は壮大な実験中ということなんです。
過去には「古典の詰将棋を解くトレーニングは、うさぎ跳びをやるようなもの」というご発言があったと思います。
いまはたぶんそのトレーニングをする人はいないと思います。本当はそれがいいのかもしれないですけど、目の前に手っ取り早く使えるツールがあったら、そっちをやりますよね。
私が10代のころは他の方法がないし、それをやって後悔は何もないですけどね。でもそれはうさぎ跳びをやるとか練習中に水を飲まないとか、時代によって趣向が変わるということだと思いますけどね(笑)。
努力とは少し違うかもしれませんが、羽生先生は英語が堪能でいらっしゃいます。過去には将棋会館内で、英語で取材に応じられている姿もお見掛けしましたし、先生ご自身がAIについて海外の技術者さんに英語で取材をされている番組もありました。お忙しい中で、いつ語学を習得されたのでしょうか?
語学はやってはやめての繰り返しが何回もあって、という感じですね。最初は、英会話スクールに行って1年くらい通っていたら、スクールがいきなり潰れてしまって…(笑)。
ちょっと集中してやってはやめて、ほそぼそと繰り返していっていまくらいになっているという感じです。結局やらないと忘れちゃうので、なんでもスラスラわかるというわけではないですが、何もわからないよりはいいかなというところです。
先生は本当にいろいろな人の話を聞きに行ったり、交流をもったり。講演会などもそうなんですが、そういう将棋以外の活動も将棋に活かすという意味で、努力になるんでしょうか?
そうですね。直接的に何かということはないですけど、発想の幅が広がるとか、あとは煮詰まりにくくなるというのはありますね。同じところを堂々巡りしてしまうということは少なくなるような気がしますよね。いろんな人の話を聞いていると、「それを取り入れてみようかな」、「参考にしてみようかな」とか、「とりあえず何かやってみる」というのはありますね。
それで海洋冒険家の白石康次郎さんを努力家に挙げられたのですね。「ヴァンンデ・グローブ(※)に出るために20年以上も続けているのには敬服しています」とのご回答でした。
※世界一過酷と呼ばれる単独無寄港無補給世界一周ヨットレース
白石さんは本当にスゴい人で、もはや努力を超越したというか…(笑)。
ヴァンデ・グローブは2回目なんですけど、今回が本当の意味での「初めて」になるんですよね。前回は中古艇で白石さんの望んでいる形での参加ではなかったので、今度が本当の意味での初参加というところになりますね。20年以上続けてこられているというのがスゴいなと思っています。
来年の11月に出発するんですけど「将棋はいいから見においでよ」と言ってもらえています。とはいえ、そういうわけにもね(笑)。すごくおもしろい方です。
いちばん驚いたのが5月ごろ、乃木坂46のライブに参戦されたことです。研究者、アスリートなどはわかるんですが、ついにアイドルからも学ぼうとされているのか!とびっくりしました(笑)。
『将棋フォーカス』に出演されていた伊藤かりんさんの卒業公演というというものあったんですよね。前日には他の棋士もたくさん来ていたみたいで。
将棋の世界にはない熱気というか…テンションの高さがすごかったです(笑)。ペンライトのルールみたいなのがあるんですよね。そういうのがよくわからないから、ただただ黙って見ていました(笑)。素人があんまり勝手なことをやってはいけないかなと。
どんな発見がありましたか?
すごかったですね。こういう感じでやっているのかというのは、初めてライブの会場に行ってわかったというところですね。いろんな意味でカルチャーショックでした。
奥さまのTwitterから羽生先生の私生活が伺えて、とてもうれしいです。とくにお嬢さんたちへの愛情がすごく深いなと感じました。父親・羽生善治というのは、どこの家庭にもいるお父さんなんだなと。テレビでもお嬢さんたちが、「尊敬している」など話されていました。羽生家ではどういうポリシーで子どもに接しているのでしょうか?
とくに心掛けていることはなく、至って普通に接しているつもりではあります。特別変わったことをしているわけでもないですし、こういったことをしなさいと言っているわけでもないですね。そんなに変わったことはしていないですよ。
もうだいぶ大きくなっていますけど、反抗期らしい反抗期もなかったような気がします。口を聞いてくれないというのもなかったですね(笑)。でもべったりというわけではなく、普通です。
私が家にいて将棋の勉強をしていると、逆に気を使ってくれているなと感じたり、邪魔をしてはいけないという感じで、接してくれているのかなと感じることはありましたね。
娘さんたちが男の子からアプローチを受けたとき、「そんなときはちゃんと、無理です!お断りします!とハッキリ言わなきゃダメ」と答えたと拝見しました(笑)。完全に”過保護なパパ“なのですが、恋愛には厳しいのでしょうか?
余計な期待を持たすなという意味で言ったんですけどね(笑)。もちろん年ごろなのでそういうのはあると思うんですけど、誤解するというケースもあるじゃないですか。そういうのはお互いに良くないので…。まあそういう年ごろですもんね。うーん。もちろん、全然良いんですけど、やっぱりいろいろ変わってきてるんだなと思いますね。
もし自分が役立つならお嬢さんの大学の将棋部に伺うということも拝見しました。それだと将棋部が喜ぶだけで終わっちゃいませんか!(笑)
やっぱり、たまに(羽生の娘だと)言われることもあるみたいなんですよね。あとは知らなくて、途中で知って驚かれるとか…。名前が同じだけど、まさか娘とは思わなかったとか。それで驚かれることもあるみたいですね、それこそ「マジか!」みたいな(笑)。
4月の連盟主催の「棋才 平成の歩」のイベントでは「将棋界は令和の時代を迎えて、カオスになる」というご発言がありました。カオスという言葉にはいろんな意味が含まれていると思うのですが、どういう意味でカオスという言葉を使われたのでしょうか?
混沌という意味ですよね。先が見えづらいとか予想が立てづらいとか、どうなるかわからないとか、そういうことですよね。見通しが立ちにくい時期だと思いますね。そういう時期がしばらくは続いていくのではないかなとは思っています。
それはタイトルホルダーがカオスになるという意味もありますか?
そこはやってみないとわからないですね(笑)。見通しは立ちづらい時期には差し掛かっているのかなと思っています。
最後の質問です。羽生先生はご自身のことをあまり話されない印象があるのですが、棋士の中で、これだけは誰にも負けないと自信を持って言えるものはどんな部分ですか?
そうですね、うーん…。(今回のインタビューで最大の長考のあと)「淡々と続ける」というのは得意としているかなと思います。長所なのかわからないですけど、そこはあまり変わってないところかなとは思っています。
淡々と…。羽生先生らしい回答ですね。今回のインタビューの公開日は、羽生先生のお誕生日です。40代最後の1年をどんな1年にしたいかと、改めて王将戦への意気込みを教えてください。
もちろん世代が変わったから、何かが急に変わるということはないでしょうけど、いままで自分がやってきたものを発揮できる1年になればいいなと思っています。せっかく3年ぶりに王将リーグに入れたので、そういう部分を発揮できるリーグになればいいなと思っています。
今回、参考にさせていただいたインタビューや書籍などのリストになります。どれも素晴らしい内容ばかりです。ぜひ合わせてご覧ください。
情報源:【インタビュー】【羽生善治九段】才能と努力、両方なければ棋士にはなれない – ライブドアニュース
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— ライブドアニュース (@livedoornews) September 27, 2019
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