ふむ・・・
2019年6月20日12時04分
杉本昌隆八段の「棋道愛楽」
棋士が持つ小物といえば、やはり扇子。対局中に開いて仰いだり、手に取って読みのリズムをとったりします。
6月9日、私の八段昇段と名人戦順位戦昇級の祝賀会の記念品で扇子を作りました。四段以来、今回で5回目。ちょっと揮毫(きごう)の文字にも困ってくるころです。ちなみに、七段昇段時の揮毫は「不撓不屈(ふとうふくつ)」。諦めないことが自分の信念です。
白扇子へ直接書く揮毫は正直なところ、かなり大変です。紙がでこぼこで、扇子の竹の部分に筆が引っかかりやすいからです。ちなみに横線より縦線が多い方が構造上書きやすく、私はそれを意識した文字を選びます。
画数が多すぎて筆で書きにくかったり、うまく書く自信がなかったりする場合は残念ながら断念します。他の棋士の揮毫が何なのかも意識します。参考にするため? いや、揮毫がかぶらないようにするためです。他の棋士と同じ言葉でも良いのですが、分かっていると何となく気兼ねしてしまうものです。
今回はどんな言葉にしようか。辞書などを見ながら良さそうな文字を探したところ、「百折不撓(ひゃくせつふとう)」の自分好みの言葉がありました。よし、これにしようと何げなくインターネットで検索をすると、「九段・木村一基」と書かれた扇子の画像が。
そうでした。この言葉は木村九段の座右の銘。残念ですが諦めました。
続いての候補は「堅忍不抜(けんにんふばつ)」。好みの言葉です。よし、これにしよう。しかし再び検索すると、今度は「九段・深浦康市」の名が。
うーん、この両九段は公式戦だけでなく、ここでも自分の行く手を阻むのか……。扇子の言葉選びの裏に潜む複雑な人間模様……いや、すべて私一人の葛藤ですね。
なお、粘り強いこの2人の棋譜は、ほぼ全局並べて参考にしています。棋風だけでなく、揮毫の好みまで影響を受けていたのでしょうか。
結局、考えに考えた末、選んだ言葉は「精神一到(いっとう)」。精神を集中して物事に取り組めば、どんな難しいことでもできないことはないという意味です。自分としては揮毫の「新手」ですが、気に入っています。
そういえば、弟子の藤井聡太七段が七段の扇子で書いた揮毫は、谷川浩司九段がよく使われる「飛翔(ひしょう)」。少年時代の藤井七段の憧れの棋士が谷川九段ということで、ある意味必然の選択だったのかも知れません。
棋士の扇子や揮毫には、いろいろな思い入れがあるのです。
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すぎもと・まさたか 1968年、名古屋市生まれ。90年に四段に昇段し、2019年2月に八段。第20回朝日オープン将棋選手権準優勝。藤井聡太七段の師匠でもある。
情報源:扇子の揮毫、言葉選びには葛藤も 藤井七段の揮毫は……:朝日新聞デジタル
へぇ・・・