ふむ・・・
2009年に刊行され、見る将棋ファンを代表して書かれた名著『シリコンバレーから将棋を観る』(著・梅田望夫)にこんな言葉がある。
『どんなに才能溢れる人であろうとも、人生における「機会の窓」が開くことはそれほど多くはなく、(中略)一瞬開いた「機会の窓」を活かせるか否か。残酷なことだけれど、それが人生を決定する。』
羽生善治相手に一瞬開いた「機会の窓」
豊島将之名人が「機会の窓」を活かしたのは第89期棋聖戦五番勝負の第5局・羽生善治棋聖(当時)戦だった。このシリーズでは羽生九段のタイトル通算100期なるかに注目が集まったが、豊島名人はアウェーのムードを覆して勝利し、初タイトルを獲得。一瞬開いた「機会の窓」を活かした。4度のタイトル挑戦失敗を経て待望の戴冠だった。
ここからの活躍ぶりは驚嘆の一言だ。翌々月には王位戦七番勝負で菅井竜也王位(当時)を4勝3敗でくだして二冠目を獲得。
2019年に入り、トップ棋士が集うA級順位戦を8勝1敗という圧倒的な成績で勝ち抜いて名人への挑戦権を獲得すると、4連勝という圧巻のスコアで佐藤天彦名人(当時)をくだし、三冠目を獲得した。
豊島名人は名人戦を終えての記者会見でタイトル獲得前と後の変化について「1つ取れたことで精神的に気持ちが楽になった」と心境の変化を語っている。
「機会の窓」を活かしたことで豊島名人はわずか1年で3つのタイトルを獲得し、令和の覇者への一歩を踏み出した。
前述の棋聖戦第5局では、駒組みの途中で玉の下に飛車を持ってくるという、「玉飛接近すべからず」の格言の真逆をいく大胆な構想を披露して勝利した。名人戦第1局では「壁銀」という悪形をあえて作る意表の受けで、わずかに不利とされる後手番で千日手に持ち込みシリーズの流れをつかんだ。
大一番で見せる戦略性がいまの豊島名人の最大の武器だ。
驚きの戦略で「将棋AIにも勝利」
豊島名人の大一番での戦略性といえば、第3回電王戦で対峙したYSS(将棋AI)との戦いを思い起こす。
筆者は裏方として携わり、各対局者と研究内容についてディスカッションする機会も多かった。その中で豊島名人は他の棋士とは全く違う戦略を準備しており、本当に驚いた。
京セラ創業者稲盛和夫会長の「構想を練るときは楽観的に、計画を練るときは悲観的に、そして、実行するときは、また楽観的に取り組むのです」という筆者の好きな言葉がある。
戦前に構想を練る段階では、新しいチャレンジに心踊らせる気持ちが大切だ。しかしいくら将棋AIで研究したとしても、将棋に絶対はない。研究だけで勝てることはない。計画を練るときはそう悲観的にとらえる必要がある。しかしいざ実戦では準備した構想を信じる気持ちが勝利を呼び込む。
電王戦での勝利はこの戦略を地でいくものだった。実戦で現れた驚嘆の踏み込みは、現在は研究が進んで無理気味とされている。しかし豊島名人はこの構想が理論的に無理であっても、将棋AIに勝つには踏み込んで激しい戦いにするしかないとある意味悲観的に考えていた。そして実戦ではその構想を信じた踏み込みが結果的に功を奏した。見事な戦略性による勝利だったのだ。
豊島名人の才能を開花させたのは将棋AI
豊島名人はプロの下部組織である奨励会を、新記録となるスピードで駆け上がった(記録は後に藤井聡太七段が更新した)。
筆者は奨励会の三段リーグで14歳の豊島三段と対戦している。その時は若さゆえの才能は感じたものの、まだ荒削りな印象もあった。ただ感想戦での受け答えは14歳とは思えない論理性を感じたことも記憶している。
豊島名人の才能を本格的に開花させたのは将棋AIの力だった。将棋AIは優秀なれど、使いこなすにはまた将棋の実力とは違った能力がいる。将棋AIの実力はいまも右肩上がりだが、強者ほどその強さを受け入れるのに抵抗感を持つものだ。また将棋AIを用いた勉強法を中心に据えるには、いままでの成功体験を振り払う必要がある。
豊島名人は将棋AIの強さを素直に認め、将棋AIを用いた勉強法も「試行錯誤を繰り返している」と述べており、自身の課題や将棋AIの進化に合わせて柔軟に変えているようだ。そこに将棋AIを使いこなす秘訣がある。
将棋AIを使いこなすと、研究に磨きがかかり、実力の底上げにつながる。前述した戦略性を強化するためには欠かせないツールなのだ。若くしてプロ入りする才能に加え、素直さと柔軟性で将棋AIを使いこなし、豊島名人は一瞬開いた「機会の窓」を活かして三冠という大きな結果を残すに至ったのだ。
「豊島?強いよね。(呼び捨て!?)」
『豊島?強いよね。序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ』
2012年4月22日に放送された第62回NHK杯将棋トーナメントで、対戦相手の豊島名人に対して佐藤紳哉六段(当時)が事前インタビューで語ったセリフだ。もちろんファンサービスの意味ではあったが、豊島名人のイメージとぴったりで、豊島名人について語られるときには7年経ってもこのセリフが登場する。
今ではもう読めないのだが、豊島名人は将棋連盟ライブ中継アプリのコラムを、2012年5月に4回にわたって執筆した。第1回のコラムでこの対局を放送で見た心境を書いており、元モバイル編集長の筆者は当時のデータを持っているのでその一部を紹介しよう。
「佐藤紳哉さんがカツラを被って登場、戦前のインタビュー『豊島?(呼び捨て!?)強いよね。序盤中盤終盤隙がないよね。(なんか誉められてる…)でも俺、負けないよ。駒…(噛んだ!)駒たちが躍動する俺の将棋を見て欲しいね』で始まり、対局は私が勝った。」
自分の思いを柔らかくも率直に伝えるところに豊島名人の性格が現れている。文章の面白さも相まってこのコラムは将棋ファンの間で話題となったものだ。
「藤井七段の全盛期に戦うことを目標にしている」
また名人獲得直後の記者会見での「自分が描いていた名人と比べて、技術も人間的にも未熟だと思うので努力して成長していけたらと思います」という談話は、自分自身を冷静に見つめる豊島名人の素直さと柔軟性がよく出ていた。藤井(聡)七段について豊島名人は「(10年後に訪れるであろう)藤井(聡)七段の全盛期に戦うことを目標にしている」と語っている。三冠がそう評価する16歳も半端ではないが、その思いを率直に述べるところも豊島名人らしい。
6月に渡辺明二冠を挑戦者として迎え撃つ棋聖戦五番勝負が開幕する。三冠vs二冠、将棋界の頂上決戦であり、令和の覇者争いとも言える戦いだ。
この二人には将棋AIを使いこなす術に長けているという共通点がある。序盤から将棋AIを用いた研究がぶつかり合い、戦略性に富んだレベルの高い戦いとなるであろう。今から楽しみでならない。
第1局は6月4日(火)に兵庫県洲本市「ホテルニューアワジ」で行われる。
情報源:「藤井聡太七段とは全盛期に戦いたい」 豊島将之新名人は“令和の覇者”となるか?(文春オンライン) – Yahoo!ニュース(コメント)
情報源:「藤井聡太七段とは全盛期に戦いたい」 豊島将之新名人は“令和の覇者”となるか? | 観る将棋、読む将棋 | 文春オンライン
ほぉ・・・