選手の疲労は抜けたかな?
2019/01/05
2007年、共に広島の地を去る決断を下した黒田博樹、そして新井貴浩。
奇しくも時を同じくして再び広島に戻った男たちの絆とその影響力をOB・大野豊氏が語る。球団史上初の3連覇を達成し、まさに黄金期を迎えた広島東洋カープですが、黒田博樹と新井貴浩、この2名の存在なくして現在の状況はありえなかったのではないか、そう思わせるほど両選手がチームにもたらした影響は非常に大きなものだと感じます。黒田は米大リーグの球団からオファーがありながらも最後の一花を咲かせるために、新井は阪神を自由契約となり現役を続けるために。古巣に復帰したタイミングこそ同じですが、両選手の復帰までの状況は全く異なったものでした。しかし2人がここまで心を通わせ、投打の精神的支柱として戦い続けることができたのは、広島への強い愛着という共通項があったからでしょう。
普通ベテランがチームに戻ってくるというのはプラスの面だけではなく、周囲の選手たちが萎縮してしまうというマイナス面も十分あり得ることです。当時のカープは現在主力として活躍している選手たちが、もう一皮自分の殻を破ろうと、もがき苦しんでいる時期でした。そうした選手たちがのびのびと野球ができたのは、黒田、新井という選手が実績だけではなく、その人間性も周囲から評価されている人間だったからに他なりません。若手選手たちにとっては良き手本としてこれ以上ない存在だったと思います。彼らの野球に対する姿勢を後輩選手たちが実際に見て学ぶことでチームの底上げにつながっていきました。
また黒田、新井はベテランながら周囲の選手と壁をつくらず、それぞれ自分のキャラクターにとって適切な距離感で周囲の選手と接してきました。こうしたことは言葉で言うことは簡単ですが、実際に行うのは難しいことです。しかし、それができたことこそがこの両選手の真価なのではないでしょうか。
(広島アスリートマガジン2019年1月号から一部抜粋・続きは本誌にて掲載)
▼ 大野 豊(おおのゆたか)
1955年8月30日生、島根県出身。77年に出雲市信用組合からテスト入団を経てカープに入団。79~80年は2年連続日本一に貢献。88年には最優秀防御率、沢村賞に輝くと、91年に最優秀救援投手、97年には42歳で最優秀防御率を獲得した。98年に現役引退。通算成績は148勝100敗138セーブ。
情報源:広島 カープOBの大野豊が黒田・新井、2人を固くつなぎとめた広島愛を語る(広島アスリートマガジン) – Yahoo!ニュース(コメント)
情報源:カープOBの大野豊が黒田・新井、2人を固くつなぎとめた広島愛を語る | 広島アスリートマガジン
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