山崎隆之八段(左)の95手目▲3六銀直に驚いた表情を見せる佐藤康光九段=ユーチューブ「囲碁将棋TV―朝日新聞社―」から

大錯覚、山崎隆之八段「弱くなってる」 目を丸くした佐藤康光九段:朝日新聞デジタル

2021/9/29 第80期順位戦A級4回戦
▲山崎隆之八段-△佐藤康光九段


2021年11月3日 16時00分

3:07:50 95手「▲3六銀直」
3:09:00 投了
3:09:30 感想戦
4:10:40 インタビュー

将棋A級順位戦4回戦・観戦記

▲(先手)山崎隆之八段(0勝3敗) △(後手)佐藤康光九段(1勝2敗)

朝にちょっとした珍事があった。山崎が部屋を間違えて特別対局室に入り、気づいて引き返したという。序列の高い棋士が多いA級の対局で使われることが多いが、本局が行われた9月29日は事情が違った。渡辺明名人の対局が組まれていたのだ。広瀬章人八段と竜王戦の1組昇級を争う大きな一番である。

対局を振り返る山崎隆之八段=2021年9月29日午後、東京都渋谷区、村瀬信也撮影
対局を振り返る山崎隆之八段=2021年9月29日午後、東京都渋谷区、村瀬信也撮影

東京・将棋会館では部屋の割り当ては4階入り口のホワイトボードに掲示されている。山崎の名前は大広間の「高雄」の欄にある。目に入らなかったわけではないだろうが、対局に意識が集中していたことの表れと考えれば、むしろ頼もしくも思えてくる。

苦しい星の佐藤と山崎がぶつかった本局は相懸かりに。最近は研究勝負になることも珍しくないが、力戦派の佐藤が△4二銀(図)と独自路線に走って面白い序盤になった。

終了図・△4二銀7
終了図・△4二銀7
▲2六歩  △8四歩 ▲2五歩  △8五歩 ▲7八金  △3二金 ▲3八銀  △7二銀 ▲9六歩  △8六歩6 ▲同 歩  △同 飛 ▲8七歩  △8二飛 ▲3六歩15 △3四歩16 ▲2四歩  △同 歩 ▲同 飛△4二銀7=図(指し手の後の数字は消費時間〈分〉)

3筋の歩を取られても、飛車を2筋に帰さなければ悪形が残る。とはいえ歩損と突っ張った陣形の負担も大きく、佐藤は「苦労が多い展開」と振り返った。

指了図、山崎は「難しいながら先手が勝ちやすい展開にできる」と指しやすさを感じていた。

▲3四飛20 △3三銀49 ▲3五飛  △2四歩 ▲3七桂14 △4四歩27
終了図・△4四歩まで
終了図・△4四歩まで

持時間各6時間

消費 ▲49分 △1時間45分(松本哲平)

互いに独創的な棋風

佐藤と山崎の共通項といえば、形にとらわれない独創的な棋風である。本局の解説役を務める阿久津主税八段は、佐藤の強みについて「研究されづらい形に持ち込んでからの長い中盤戦が、丁寧に深く読むスタイルに合っている」、山崎の武器を「急所がわかりづらい将棋をまとめるバランス感覚」と語る。

当の両者は相手との違いをどう感じているのか。佐藤は「山崎八段は私より盤面全体を使った雄大な構想が多いように感じる。私自身は部分的なものが多い」と分析する。

対局を振り返る佐藤康光九段=2021年9月29日午後、東京都渋谷区、村瀬信也撮影
対局を振り返る佐藤康光九段=2021年9月29日午後、東京都渋谷区、村瀬信也撮影

一方、山崎からは熱のこもった答えが返ってきた。「佐藤先生は読みを軸にずっと最前線で戦ってきた。容易に崩れない力強さが特徴。一番自分と違い尊敬できるところは、楽に流されず、苦しいときでも丹念に読む作業を何十年も続けている精神力と思う」。2人とも意識する分野が違っていて興味深い。

本譜は歩損の後手がどう代償を求めるかがテーマだが、結論から言えば思わしい成果は得られなかった。ただの2手損に見える△8三銀~△7二銀(指了図)は、▲8六飛のぶつけを警戒した手順で苦心がにじむ。指了図まで進んでみると、歩越し飛車の悪形を差し引いても先手の模様がいい。

▲5五飛28 △6二玉13 ▲5六飛1 △2五歩7 ▲7六歩6 △3四銀1 ▲7五歩7 △6四歩19 ▲5八玉8 △5二金4 ▲6八銀9 △8三銀42 ▲6六歩15 △7二銀3

変調、流れは佐藤に

阿久津八段は山崎と世代が近く、順位戦ではB級1組で幾度も戦った。「若い頃は感想戦でお互い相手の意見に真っ向からぶつかっていましたが、最近はぼやき合いになることが多い」とは阿久津八段の弁。本譜は山崎の変調で、佐藤が一気に流れを引き寄せた。

まず▲6五歩△同歩▲7六銀がやや指しすぎで、単に▲7六銀がまさった。そして▲3五歩が明確な疑問手。以下△4三銀▲6六歩△5四銀と弱点の6筋を補強する手助けをしてしまった。「▲3五歩と突いたのがバカすぎる」と山崎。単に▲6六歩なら先手ペースの戦いが続いていた。

指了図は次に△8六歩▲同歩△同飛から△6七歩成で飛車を素抜く筋、また△6七銀の打ち込みもあって受けが難しい。山崎は「ひどい。ぺしぺしやりすぎました。しっかり読まなきゃ」と肩を落とし、少考で疑問手を重ねたことを悔やんだ。

▲6七銀2 △6三銀 ▲6五歩6 △同 歩1 ▲7六銀 △6四銀27 ▲3五歩12 △4三銀2 ▲6六歩 △5四銀 ▲6五歩 △同銀左 ▲同銀 △同銀 ▲8六飛  △8五歩1 ▲3六飛3 △6六歩1

後日届いたメールにも悔恨の念がにじむ。「悩まなければいけないところで、こうなったらいいなという願望でびしびし指してしまった。1手指すごとにまたやってしまった、なんで指してしまうのか、と。勝手に転んで追い込まれてしまいました」

消費 ▲2時間26分 △3時間46分

元気が失われる山崎

午後5時半、山崎は首を振ってため息をつき、落胆した様子を隠そうともしない。昼の精悍(せいかん)な顔つきから一変して、日が落ちるとともに元気が失われていくようだった。逆に佐藤の表情は怒気を放つように険しく、気力の充実がうかがえる。

夕食休憩まで20分もなかったが、驚いたことに佐藤は1口サイズのチョコレートをいくつか手にして席を立った。全力投球のためのエネルギー補給だ。

阿久津八段は佐藤の印象について「いつも忙しいのにエネルギーがあふれている」と語る。「感想戦では、私がだいぶよかったのではと言って、『楽観しすぎでしょう』と笑いながら返されたことが何度かあります」。後輩にも気さくに接する優しさが印象に残ったのだという。

 

図は△6六歩まで
図は△6六歩まで

図から▲6六同角は非常手段ながら最善の頑張り。着手した直後に地震で将棋会館が揺れたが、山崎は暗い表情のままうつむいていた。

形勢は佐藤よし。「△6六銀で飛車の横利きを止め、△4六歩~△2六歩の揺さぶりで▲2八歩を強要と、流れるような手順」と阿久津八段。だが、山崎も▲4七銀打と徹底抗戦して容易には崩れない。〈持時間各6時間〉

▲同角18 △同銀2 ▲同飛 △6三歩 ▲7七桂27 △4五歩9 ▲7六飛 △6六銀2 ▲6八銀 △4六歩10 ▲同 歩1 △2六歩3 ▲2八歩29 △3六角38 ▲4七銀打8△5四角 ▲6五歩  △6四歩3

消費 ▲3時間49分 △4時間53分

千日手模様「相手の権利」

静かな対局室に山崎のため息が響く。顔をしかめて天を仰ぐ姿は苦しげだ。力なく首を振る山崎を、佐藤が鋭い視線でにらんだ。

図では劣勢を認めて▲5六銀と上がるべきだった。以下△3六角▲4七銀引△5四角は千日手模様だが、現状を考えれば指し直しなら御の字である。山崎は「千日手が相手の権利なので(銀は)出にくかった。でも失敗してるんだから覚悟しないといけなかった」と肩を落とした。

 

図は△6四歩まで
図は△6四歩まで

本譜は△3六歩が果断な踏み込みで、▲同銀には△5五銀と引いて次に△6六歩を狙えばいい。飛車を狭くして巧妙だ。強く攻め合う▲7四歩が最強の対応で怖い順でもある。実戦の△7四歩に代えて△5五銀は▲7三歩成△同桂▲7四歩で危ないため、後手も銀を逃げる余裕はない。

問題だったのは△4五角と攻めた判断。じっと守る△6三金がまさった。佐藤は▲5六銀を警戒していたが、△6四桂で飛車を取れば明快だった。山崎は「ボロ負けです」と苦笑い。佐藤は「あれ、幻影を見てたか」と首をひねった。

佐藤が最善を逃して差が詰まった。指了図は依然として山崎が苦しい情勢だが、もうひと勝負の余力は残っている。

▲4五歩12 △6五歩7 ▲6七歩3△2七歩成10 ▲同 歩1 △3六歩18 ▲7四歩9 △3七歩成 ▲同 銀2 △7四歩2 ▲6六歩  △4五角3 ▲6五桂6△2七角成2 ▲2三歩11 △3三角5

大錯覚、目を見開いた佐藤

形勢は佐藤よしながら、勝ちに結びつけるのは容易ではない。ところが、図から▲3四歩△1五角に▲3六銀直が目を疑うような落手で、△4九馬(終了図)まで急転直下の幕切れとなった。終局は午後10時21分。めったにない大錯覚である。

記者室で山崎投了の報を聞き、何かの間違いではないかと思って対局室に入る。感想戦のため初形に戻された盤面を見て愕然(がくぜん)となった。

ユーチューブの「囲碁将棋TV―朝日新聞社―」で配信していた動画では、▲3六銀直を見て佐藤が大きく目を見開く姿が映っている。

山崎隆之八段(左)の95手目▲3六銀直に驚いた表情を見せる佐藤康光九段=ユーチューブ「囲碁将棋TV―朝日新聞社―」から
山崎隆之八段(左)の95手目▲3六銀直に驚いた表情を見せる佐藤康光九段=ユーチューブ「囲碁将棋TV―朝日新聞社―」から

遅れて山崎の体がビクッと跳ねた。佐藤は「驚いたが、自分に錯覚がないか確認していた」、山崎は「こんな簡単なことに気づかないくらい、棋力、精神力ともに弱くなっているのか」。2人はこう当時の心境を語る。

感想戦では検討をひと通り終えて駒を片づけると、山崎が「最後のところ」と口を開いて告白が始まった。図から▲3六銀直△3七馬▲3四歩△1五角▲2二歩成△同金▲7二歩で勝負する予定が、手順を誤ったという。

図は△3三角まで
図は△3三角まで

勝った佐藤は「序盤から多くの課題が残った一局。最後もまだまだ長いと考えていたので、運がよかったとしか言いようがない」と語る。

山崎は「すべてにおいて実力通りの完敗」。4連敗で初白星が遠い。

▲3四歩1 △1五角 ▲3六銀直1△4九馬まで、佐藤の勝ち

消費 ▲4時間35分 △5時間40分

情報源:大錯覚、山崎隆之八段「弱くなってる」 目を丸くした佐藤康光九段:朝日新聞デジタル



山崎隆之八段-△佐藤康光九段(棋譜DB

先後はリーグ抽選時に決まっており、山崎八段の先手

初手は、▲山崎八段 2六歩、△佐藤康九段 8四歩

96手 4九馬まで、△佐藤康九段 の勝ち



 

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