藤井聡太深化する強さ

【藤井聡太　深化する強さ】

難敵・豊島追い詰め、狙う４冠

2021/10/3 08:00

棋聖と王位に加え、９月に叡王を獲得して史上最年少の１９歳１カ月で３冠となった藤井聡太（１９）。１０月８日に開幕する竜王戦七番勝負では、竜王・豊島将之（３１）に挑む。豊島は藤井にとって難敵だったが、今夏、王位戦七番勝負と叡王戦五番勝負（不二家主催）をいずれも制し、いよいよ「藤井１強」の時代もみえてきた。

予想外の「妙手」

藤井聡太三冠と豊島将之竜王の対戦成績表

９月１３日、東京都渋谷区の将棋会館。２勝２敗で迎えた叡王戦五番勝負第５局の終盤戦は藤井が優勢に。豊島が先に４時間の持ち時間を使い切り、６０秒以内に１手を指さなければならない「１分将棋」となった。活路を見いだそうと、時間切れ寸前まで考えてから指す豊島。対して藤井は即座に着手し、追い詰める。

「第２局ではこちらが１分将棋になって間違えて負けてしまった。第２局のような展開を回避しなければという意識でした」と藤井。豊島の強さを体感しているからこその厳しい攻めだった。

粘る豊島。藤井は１０３手目「▲９七桂」と指すと、中継していたインターネットテレビ「ＡＢＥＭＡ」で解説する棋士らから「おーっ」と声が上がった。ＡＢＥＭＡの画面には対局中、ＡＩ（人工知能）がはじき出した５種の推奨手が表示されるが、藤井の一手がそこにはなかったからだ。画面上の藤井の勝率がとたんに大きく下がり、ほぼ互角に戻った。

しかし、この一手が相手の「玉」を追い詰めることに。藤井は計算し尽くしたように次々と手を繰り出す。画面上の勝率も再び上昇し、豊島は８手進んだ先で投了。ＡＩでさえ予想できなかった、まさに「妙手」だった。

完敗からの逆転

豊島と藤井は、ともに愛知県出身。藤井が小学６年生のころ、すでにプロだった豊島と練習で指したことがある。「２人は必ずタイトル戦で戦うことになる」。師匠で八段の杉本昌隆（５２）が当時抱いた予感は、早々に実現した。

平成２８年１２月のデビュー戦から負けなしで将棋界初の２９連勝を成し遂げた藤井。しかし、記録達成から間もない２９年８月の豊島との初戦では、貫録を見せつけられた。「勝負にならなかった印象がある」と振り返る。

その後も豊島に負け続け、ようやく初勝利を挙げたのは今年１月。そして５月、王位戦で、その豊島がタイトルを狙って挑んでくることになった。この時点で対戦成績は１勝６敗。６月２９、３０日の第１局は完敗だった。豊島の精密な攻めに反撃できず、持ち時間１時間４１分を残して投了。藤井がこれだけ時間を残して負けるのは珍しい。

「残念ではあったのですが、あまりにもノーチャンス。ただ、かえって吹っ切れたところもありました。仕方がないなと。切り替えていくしかないと」

７月１３、１４日の第２局も厳しい戦いだった。序盤で形勢を損ね、差をつけられていた。「第１局のときは『七番勝負は先が長い』と思っていました。しかし第２局もかなり押され、第１局以上に相当苦しいと思いました」と藤井。しかし終盤の難解な局面で、粘って逆転に成功した。

巻き返し誓う「竜王」

第２局での勝利が気持ちを楽にしたのかもしれない。その後の第３局（同２１、２２日）や、叡王戦第１局（同２５日）で勝利し、「少し余裕が持てた」。

王位戦は４勝１敗、叡王戦は３勝２敗。夏だけでみると７勝３敗と大きく勝ち越し、通算では８勝９敗だ。ほぼ肩を並べたかに見えるが「内容的には押されている対局が多いので、盛り返した意識はない」と気を引き締める。

一方の豊島は、叡王戦に敗れた後、早くも巻き返しを誓った。「強い棋士と戦って課題がたくさん見えて勉強になった。短期間で修正できるところは準備して頑張っていきたい」（敬称略）

◇

藤井にとって長らく立ちはだかってきた豊島の壁を三たび破ることができるか。１０月８日開幕の竜王戦七番勝負を前に、さらなる飛躍を目指す姿を追う。（中島高幸）＝「下」は10月4日午前8時公開予定

情報源：【藤井聡太　深化する強さ（上）】難敵・豊島追い詰め、狙う４冠 – 産経ニュース

完勝の「藤井曲線」生む２つのＡＩソフト

2021/10/4 08:00

棋聖、王位、叡王の三冠、藤井聡太（１９）の今年度の公式戦で、大幅に増えた戦型がある。「相掛かり」。今年度に入って３６局中、１５局（９月３０日現在、未放映のテレビ棋戦を除く）にのぼる。藤井が公式戦で相掛かりを指したのは、平成２９年度から昨年度まで年間９～４局。今年度はまだ約半年残っている段階で、突出している。

増えた「相掛かり」

相掛かりとは、互いに飛車先の歩を進めていく戦型だ。その後の指し手のバリエーションが広く、先手の利点を生かしやすいとされる。

藤井三冠の将棋ソフトをめぐる発言

藤井の対局でなぜ相掛かりが増えているのか。それは、昨年から使用しているＡＩ（人工知能）搭載将棋ソフト、ディープラーニング（深層学習、ＤＬ）系ソフトが序盤で有利と判断し、相掛かりを用いることが多いからだ。

相掛かりとなった藤井聡太三冠の対局

近年の棋士は、研究に将棋ソフトを用いるのが一般的だ。棋譜を入力すると、どのように形勢が動き、どこで悪手を指したかが分かる。過去の膨大な棋譜データに基づいて「評価値」と呼ばれる値で、どちらの形勢が有利なのかが示される。ただし、ソフトが、ある局面で推奨する指し手について、なぜそうなるかの説明がない。その理由を突きとめるのが棋士の研究であり、強くなるかどうかの分岐点ともいえる。

ＤＬ系ソフトの特徴は、従来型よりも序盤の形勢判断の評価に優れているとされ、元「週刊将棋」編集長で大阪商業大学公共学部助教、古作（こさく）登（５８）によると、「人間の大局観のような考え方をする」という。ただ、現段階では、ＤＬ系ソフトは、比較的単純な詰み筋を逃すことがあり、中盤や終盤は従来型のほうが精度が勝るといい、藤井は２種類のソフトを併用している。

終盤から、一気に

詰め将棋などで培った終盤力の強さが持ち味の藤井だが、以前から序盤の戦い方を課題としていた。ＤＬ系ソフトの導入で、序盤の戦い方に磨きをかける。

かつて昭和の時代、序盤の研究よりも、中盤や終盤の技術を磨くことが優先された。当時は序盤の間は棋士同士が雑談する光景がたびたび見られたといい、古作は「序盤で失敗しても終盤で何とかなるという意識があったと思う」と話す。

しかし平成に入り、羽生善治九段（５１）ら羽生世代の棋士が中心になって将棋の研究を進化させ、序盤の一手一手がその後の形勢を左右すると認識されるようになった。近年のＡＩの登場により、さらに序盤の重要性が高まった。「今は序盤で悪くすると挽回できないまま終わる可能性が高い」と古作は指摘する。

藤井の対局をＡＩで解析すると、評価値を示す折れ線グラフが序盤・中盤から緩やかに上昇し、終盤に近づくにつれ、一気に頂点へと向かう。これがネットなどで話題になる「藤井曲線」と呼ばれる現象だ。

序盤でつかんだ僅差を保ちながら、駒がぶつかる中盤、終盤を有利に戦う－。そんなスタイルが最近の藤井に定着しつつある。

三たび、竜王戦で

今夏、王位戦と叡王戦で戦った竜王の豊島将之（３１）は「序盤・中盤・終盤隙がない」と評され、藤井も序盤から苦しくさせられることがたびたびあった。

「特に序盤や中盤の形の認識でその精度に差をつけられてしまうことがある。そのあたりを今回の対戦で強く感じたことがあったので、改善して次につなげていきたいと思っています」。９月１３日の叡王獲得後の会見で、藤井はこう振り返った。

迫る１０月８日の竜王戦七番勝負では、豊島と三たび戦うことになる。

「自分にないものを多く持たれている方だと思うので、対戦する中で勉強して取り入れていけたらいいのかなと思っています」。豊島との戦いがさらに藤井を強くする。（敬称略、中島高幸）