王将戦の挑戦者決定リーグ戦での広瀬―藤井戦。感想戦では藤井七段の師匠・杉本八段も見守っていた。(村瀬信也撮影)

藤井七段、史上最年少のタイトル挑戦にならず――将棋記者が見た藤井vs広瀬戦の舞台裏|朝日新聞記者の将棋の日々 – 幻冬舎plus

序中盤でいかに時間を使わずに、後半に時間を残するかも重要だよな


王将戦の挑戦者決定リーグ戦での広瀬―藤井戦。感想戦では藤井七段の師匠・杉本八段も見守っていた。(村瀬信也撮影)
王将戦の挑戦者決定リーグ戦での広瀬―藤井戦。感想戦では藤井七段の師匠・杉本八段も見守っていた。(村瀬信也撮影)

交差点を右に曲がってしばらく歩くと、将棋会館の前に立っている男性の姿が目に入った。スーツ姿の杉本昌隆八段だった。スマートフォンの画面を凝視している。

画面に映っているものは言うまでもない。弟子の藤井聡太七段と広瀬章人竜王の対局の中継だ。会館の中で戦況を見た後、買い物か何かで外に出た際に途中経過が気になったのだろう。時計の針は午後3時を指そうとしていた。

声をかけると、杉本は首をひねりながら言った。

「ちょっと先手が無理をして攻めている感じなんですよね」

主語が「藤井」ではなく「先手」であるところに客観的な姿勢がうかがえたが、弟子の戦いぶりを心配しているのは明らかだった。

11月19日。藤井は王将戦の挑戦者決定リーグ戦の最終戦で、広瀬と対戦した。ここまで共に4勝1敗。勝者が、渡辺明王将への挑戦権を獲得する。藤井にとってタイトル初挑戦が、そして史上最年少でのタイトル挑戦がかかっていた。

藤井は今回が王将リーグ初参加だが、その戦いぶりは堂々たるものだった。特に羽生善治九段、久保利明九段との将棋で見せた勝ちっぷりは、「キレッキレ」という表現がピッタリくるような鮮やかさ。この日の相手の広瀬は言わずと知れたトップ棋士だが、私は全く互角の勝負だとみていた。

先手の藤井は、初手▲7六歩から矢倉を目指した。十八番の角換わりではなかったが、準備を重ねた末に勝つための最善の選択と考えたのだろう。中盤までは互角の戦いだったが、誤算を自覚した藤井は43分の熟慮に沈む。日が暮れる頃には広瀬の優位が明らかになっていた。

藤井の類いまれな終盤力は多くの人が知るところとなったが、広瀬の終盤の強さも棋士の間では折り紙付きである。他の棋士が悩むような局面で、ほとんど持ち時間を使わずにあっという間に相手を投了に追い込んだことは、一度や二度ではない。1次予選から勝ち上がってきた藤井の快進撃も、「もはやここまで」かと思われた。

だが、この日は事件が起きる。藤井の玉に迫ろうとした広瀬が、手順前後の悪手を犯したのだ。勝負どころでの痛いミス。形勢はひっくり返った。

一つ下の階にある記者室のムードは一変した。私は、「お蔵入り」かと思っていた「藤井勝ち」の原稿の準備に再び取りかかった。ふと、藤井が「公式戦29連勝」の新記録を達成した日のことを思い出した。「あの時のような歴史的な日になるのかもしれない」。力のこもった原稿にしようとノートパソコンに向かうものの、気持ちはなかなか切り替えられない。

しかし、勝負は予想もしなかった結末を迎えることになる。持ち時間を使い果たし、「1分将棋」が続く藤井が指した111手目▲6八歩。ノートパソコンの将棋ソフトにこの手を入力した私は目を疑った。詰みがあることを意味する「Mate」の文字。藤井の玉に詰みがある――。

しばらくノータイムで指し続けていた広瀬の手が止まる。チャンス到来を感じ取った証しだ。「詰みに気づいたかな」「さすがに詰ますでしょう」。記者たちはそんな言葉を口にしながら、モニターに映る盤面に見入る。広瀬が4分の考慮で指した手は△7六金。十数手後、藤井が投了し、大勝負は幕切れとなった。

報道陣が対局室になだれ込んだ。広瀬は無表情のまま腕組みをしている。

「勘違いがあって、最後は負けにしたのかなと思った。最後は運が良かった」

対局直後のインタビューで、藤井七段の話を聞いている広瀬竜王。(村瀬信也撮影)
対局直後のインタビューで、藤井七段の話を聞いている広瀬竜王。(村瀬信也撮影)

控えめな感想だったが、藤井がトン死を喫した背景には、百戦錬磨の広瀬ならではの読みの深さと勝負術があった。ここは広瀬が一枚上手だったと言うべきだろう。

質問は藤井へと移った。顔がこわばっているのがはっきりとわかる。

「最後は難しくなったかなと思ったが、時間がなかったのでわからなかった。最後に間違えてしまったのは残念だが、それが実力かなと思う」

藤井は伏し目がちになりながら、そう答えた。

マイクを手にインタビューに答える藤井七段。(村瀬信也撮影)
マイクを手にインタビューに答える藤井七段。(村瀬信也撮影)

史上最年少でのプロ入りや「29連勝」など、数々の記録を打ち立ててきた藤井だが、その陰には少なくない挫折がある。小学校低学年の頃、子ども大会の決勝で敗れて大泣きしたエピソードはよく知られている。奨励会在籍時には三段になる一局に敗れて、リーグ参加が半年遅れたこともある。今回は、格上の棋士に貫禄を示される結果となったが、この壁を破る日がいつか来るはずだ。

原稿をまとめるのが一段落したので対局室へ戻ると、部屋の空気はガラリと変わっていた。報道陣は少なくなり、和やかな雰囲気の中で2人が感想戦を進めていた。ホッとしたような表情で駒を動かす広瀬と、時に笑みを浮かべながら応じる藤井。そのやりとりを、傍らの杉本が少し悔しそうな表情で見守っていた。

藤井七段が勝った場合、史上最年少の17歳5か月でのタイトル挑戦権獲得となったが、最終戦は広瀬竜王が制した。(村瀬信也撮影)
藤井七段が勝った場合、史上最年少の17歳5か月でのタイトル挑戦権獲得となったが、最終戦は広瀬竜王が制した。(村瀬信也撮影)

情報源:藤井七段、史上最年少のタイトル挑戦にならず――将棋記者が見た藤井vs広瀬戦の舞台裏|朝日新聞記者の将棋の日々(幻冬舎plus) – Yahoo!ニュースコメント

情報源:藤井七段、史上最年少のタイトル挑戦にならず――将棋記者が見た藤井vs広瀬戦の舞台裏|朝日新聞記者の将棋の日々|村瀬信也(朝日新聞 将棋担当記者) – 幻冬舎plus




これなぁ、藤井七段も人間だったって事だよな。