【インタビュー】【広瀬章人竜王】30代に入っても努力を続けられるのが、真の才能。

【インタビュー】【広瀬章人竜王】30代に入っても努力を続けられるのが、真の才能。 – ライブドアニュース

ふむ・・・


2019年9月24日 20時0分
昨秋、日本中の将棋ファンがふたりの男の戦いに熱い視線を送っていた。
第31期竜王戦。
羽生善治の100冠達成か、新竜王・広瀬章人の誕生か―。

フルセットの激闘を制し、将棋界最高位のタイトルを背負い過ごした激動の1年は、広瀬にどんな変化をもたらしたのだろう。
しかし、広瀬は不変だった。
竜王位を手にした今も、1年前と同じ、静かで優しい、柔らかい笑みをたたえていた。

過酷な勝負の世界の最高位に立つ者のタイトル観とは?
才能観、努力観とは―?
温和な瞳の奥に灯す情熱の原動力とは―?

シリーズ第3弾では、鷹揚にして不動、竜王・広瀬章人に問う。

撮影/吉松伸太郎 取材・文/伊藤靖子(スポニチ)

広瀬先生の今シーズンは先日の対都成竜馬五段戦を終えてわずか7戦。棋士人生が始まって以来の少なさではないでしょうか。まずは空いた時間をどんなことに使われていたのか教えてください。

3月末に、勝ち残っていた王座戦が終わって、今後の半年にかけて対局数が相当少ないだろうなと思っていました。棋士なので、どの棋戦がどの時期にあるかというのはわかるじゃないですか。竜王のタイトルを獲って、いろんな棋戦もシードになっていますし、案の定、対局がほとんどなく、月に1回あるかないかくらいの時期が続きました。

たしかに棋士になってから初めてと言っていいくらいの少なさでした。でも意外にいろんな仕事の依頼が来たりしていましたよ。5月は関ケ原に行ったりとか、6月は関西に行ったり、8月は「将棋まつり」や「寺子屋合宿」で北と南を行ったり来たり。なんだかんだで仕事はしていました。とはいっても、そこまで毎日のように仕事が入ってくるわけではないので、やはり空いた時間をどう有効活用するかというのは課題ではありましたね。

いつもは決まったルーティーンで対局が決まると思うのですが、時間が空いてしまうと次の対局の対策というのも難しいのではないでしょうか。

なので、空いた時間にしかできない家のこととかをやったりしていました(笑)。

将棋に関してはのんびり勉強していました。たまに入る研究会やVSをこなして、実戦経験の間隔が空かないようにしつつ、家のことやその他のことをやっていました。

「その他」の部分が気になります(笑)。

その他の部分は大したことじゃないです。テレビを変えたりとか(笑)。

あとメインで使っているパソコンを新しくしました。それは将棋のほうにもつながっていますかね。今まで使ってきたパソコンの中では圧倒的に性能が良くなったと思います。

研究用のソフトはどのように選んでいるのでしょうか?

細かい違いなどは詳しくないのでわかりません。自分が強いと思っているソフトを選んでいて、「やねうら王」系のソフトを使っています。今はどのソフトでも強くなりすぎているので、棋士にとってどれを使ってもそんなに大差はないと思っています。

「やねうら王」というと昔からあるソフトという印象があります。

わりとそうかもしれないですね。でも今までは普通のノートパソコンだったので、パソコン本体のスペックが上がると、そのぶん、処理速度が上がって比較にならないくらい強くなっているんだろうなと思います。

対局が少ないからこそ、将棋につながる良い時間の使い方をされていたということですね。

少しはパソコンの勉強をしたり調べたりしましたので、無駄ではなかったと思います。あり余る時間の中で、フットサルもほぼ毎回行っていましたね。皆勤賞で、棋王戦のタイトル戦のあいだも普通に参加していました(笑)。

対局の間隔が開く中でいわゆる勝負勘のブランクというのは実際に経験してみていかがでしたか?

最初はそんなに影響ないかなと思っていました。日にちもわかっているので、その対局前の1週間、2週間前くらいからちょっとペースを上げれば大丈夫かなと思っていました。順位戦で稲葉(陽八段)くんと当たったのがひさしぶりの対局だったんですけど、やっぱりひさしぶりに6時間とかやると、勘が鈍っているなと思うことはありましたね。時間の使い方とか表面上には出ない部分で、読んでいく過程で見落としがあったりして負けてしまいました。

広瀬先生がお好きなサッカーなどでも、試合に出ていない選手が感覚を取り戻すのに苦労していますね。

将棋も似たようなところがあるんでしょうね。対稲葉戦の前に行われた対局は銀河戦で1時間半くらいで終わる棋戦だったんです。もちろんブランクのせいにはできないんですけど、やはり順位戦という長丁場の戦いでは、勝負どころで精彩を欠くことになってしまいました。6月時点で、棋士の中でいちばん対局数が少なかったんです。いまでも少ないほうですね。

研究会やVSというのは、基本的には次の対局を目指して開くものかと思います。今期の広瀬先生の場合は、どういう心境で研究会に臨まれるのでしょうか?

次の対局が遠いと、普段ではやらない戦型をやってみたりしていますね。

いろんな戦型のことを調べたりするのは、やっぱり知識になるので無駄ではないです。あまり自分が想定していないケースでも、事前に研究していれば、自分が得意とする状況に持っていったりすることもできますし。

あらためて、今期の王将リーグのメンバーについてお聞かせください。今回は藤井聡太七段が入ったことで、かなり印象も変わると思います。

去年はリーグ入りしたのが(佐藤)天彦(九段)さんと(中村)太地(七段)くんと自分で、同世代プラス郷田(真隆九段)さんという感じだったんですよね。今年は羽生(善治九段)さん、藤井さんが入ったことによって、去年以上に注目度はもちろん上がるでしょう。濃い、やりがいのあるメンバーだなという印象です。他の棋戦では羽生さんにけっこうやられてるんですけど(笑)。

竜王戦と同時並行ということで、コンディションの調整がひとつの課題として挙げられると思います。

去年はけっこうアップアップでしたね。今年も乗り切れるかどうか…。

対局をこなすことはできると思うんですけど、一定の成績をしっかり保てるかというと、やってみないとわからないところではあります。竜王戦も挑戦者が豊島(将之名人)さんですからね。去年の羽生さんはもちろん手ごわい相手でしたが、豊島さんはまた違った手ごわさがあります。王将リーグのメンバーを含めて、去年とはまったく違った状況になりそうだなと思います。正直に言ってハードです。

昨年のインタビューでは「体調管理に気を付けたい」とおっしゃっていましたが、今年いちばん気をつけようと思われるのはどんなところですか?

まずは対局が増えることに慣れることですね。あとはオンとオフの切り替えを早くすることです。なるべく終わったらすぐ帰る。終わったあと、飲みに行くことが多いんですけど(笑)。そういうことをせずに、まっすぐ帰ってすぐ寝て、翌日にはふつうに過ごすことを心がけます。

昨年も「寝てリセットする」ということをおっしゃっていましたね。広瀬先生はご自身で切り替えが早いほうだと思いますか?

そうかもしれないですね。負けるにしても、自分の中で内容が及第点以上だったらそんなにショックでもないんです。それが他の棋士と違うところかもしれないですね。たとえば大接戦まで持ち込んで負ければ、まあ良しですよ(笑)。変わったタイプですね。

大熱戦で負けるほうが悔しさが残ってしまうような気もしてしまうのですが…。

もちろん大熱戦の内容にもよると思うんですけど、大熱戦でやるミスというのは、人間的にはしょうがない部分というのもあると思うんですよ。2択で間違えてしまったとか。間違えた理由が自分の中で納得のいくものであれば、悔しさは残りません。

渡辺(明王将)さんがよく言うんですけど、「人間的には普通にこっちを選ぶけど、正解が逆だったとして、秒読みだったら仕方がない」とか。そういう感覚が、渡辺さんとは近いところが多いですね。渡辺さんと一緒にいることで、影響を受けているかもしれないです。

挑戦する側、迎え撃つ側、広瀬先生はどちらも経験されていますが、やはり感覚というのは違うものなのでしょうか?

防衛戦というのは今回の竜王戦を入れてまだ2回目ですね。そこまでプレッシャーというのは今のところはないです。

それでも豊島さんは「手ごわいな」という印象です。竜王戦の主催者である読売新聞さんでも、挑戦者は渡辺さんと豊島さんが本命、という記事を読みましたし、実際その通りになりましたね。今期はこのふたりが成績上位を争っているので「本命が来たな」という印象です。

防衛というのが難しい時代ですね。この1年、棋王戦以外はすべて挑戦者側が勝って奪取という結果になりました。豊島さんでさえ、棋聖戦での初防衛戦は渡辺王将に敗れてしまう結果となりました。そこにはなにか理由はあるのでしょうか?

なんでですかね?豊島さんと渡辺さんが目立って勝って、ふたりが防衛しまくっている印象があるんですけど、そうでもないんですね。王位戦も、1局目の内容があまりにも豊島さんが余裕を持って勝っていたような感じでした。2局目も逆転勝ちですし、木村(一基九段)さん厳しいかなというのは、関係者のほとんどが思ったでしょうね。わからないものです。

豊島先生と木村先生は竜王戦の挑戦者決定戦を合わせて、フルセットの10局を戦うことになりました。同じ相手と戦い続けることに、正直飽きたりしないんでしょうか?

さすがに飽きていると思いますよ(笑)。

王将リーグの話に戻りますが、今回は藤井七段が入ったということで、「いまの藤井七段を、A級に入れたらどうなる?」という、ファンの妄想が現実となりました。藤井七段とは2回目の対局となりますが、やはり意識することはあるのでしょうか?

前回の朝日杯(将棋オープン戦)では、お互いが準決勝で勝った場合のみに、決勝で対局という状況だったんですよね。自分が久保(利明九段)さんに勝てるかもわからなかったですし、当時はまだ藤井さんも羽生さんに勝つとは思っていなかったので、心の準備ができていなかったんですよ(笑)。対策らしい対策がなかったというのが、正直なところで。

ただ今回は当たるのが確定していますし、自分の中では初対戦に近いような感じですね。先後も決まっていますし、作戦を練るという意味では大きいですね。

当然、藤井さんの1局1局に注目が集まるでしょうね。豊島さんや久保さんにけっこうやられているはずなので、勝ちたい気持ちは強いでしょう。

対藤井戦に対しては、全員が「受けて立つ」と待ち受ける感じなんですね。

どうですかね。A級棋士たちも藤井さんが誰に勝っても驚きはない、と考えていると思います。挑戦者となって渡辺さんに4-0とかストレート勝ちだったら、さすがにビックリしますけど。そこに行くまでの過程でこのメンバーに全勝も全敗もありえるのかなと思いますね。それくらいリーグ全体でレベルの差はないんです。

でもリーグの対戦表を見てびっくりしたんですよ。なんと藤井さんとは一番重要な最終戦で当たるんです(笑)。運が良いというか、悪いというか…。

去年は最終戦が抜け番だったんですけど、結果によってはプレーオフの可能性もあったんです。去年も自分の対局日程がスゴいことになっていて、仮にプレーオフなら「竜王戦と合わせて金・土、月で対局やってください」みたいな感じだったんですよね(笑)。

羽生先生についてもお聞かせください。『将棋年鑑』のインタビューで広瀬先生は「一発勝負は大変。(100期の目というのは)リーグ戦のある棋戦の方がチャンスがあるのでは」と発言されていました。

そう思っています。王将リーグに入ったというのは、羽生さんの100期目のタイトルという点では重要なリーグになるでしょう。やっぱり1回、2回の負けが許されるか許されないか、というのは大きいと思いますね。4勝2敗でも挑戦者の可能性は残されますしね。

カメラマンの野澤亘伸氏が『将棋世界』で連載している『師弟』の奥様とのエピソードの中で、「名人とか竜王になる人というのは、そのときを象徴する人がなるんだよね」と口にされたそうですね。広瀬先生がイメージする名人、竜王のイメージというのはどんなものなのでしょうか?

タイトルホルダーの中でも、別格に強いというイメージでしたね。いまでいうと豊島さんのようなイメージです。各棋戦で活躍して、低段、若手を圧倒するイメージです。

名人を獲得された豊島先生は、広瀬先生からはどのように見えますか? 雰囲気が変わった、などの印象はいかがですか?

本人も意識しているかもしれませんが、貫禄が出てきました。

一方で広瀬先生は昨年、お会いしたときと今年竜王を獲得されてお会いしても、優しくて柔らかい雰囲気が変わらないような気がします。

初タイトルの王位を獲った23歳のときは、「タイトルホルダーというのはちゃんとしっかりした人間で、あまり後輩に気安く話しかけられるような感じにしてはいけない」と思っていて、あえて仲の良い後輩ともあまり話さないようにしていました。

そういう時代もあったんですけど、それから数年経って、(中村)太地くんとか、(佐藤)天彦くんとか、糸谷(哲郎八段)くんとかがタイトルを獲ってきたじゃないですか。その3人はタイトルを獲ったあとも全然変わってないんですよね。とくに糸谷くんとか全然変わっていなくて(笑)。そのとき、あまり意識をして変えることでもなく、しっかり盤上で結果を出せれば良いんだなというふうに思いまして。今は意識してそこまで変える必要はないかなと思っています。

さらにもうひとつ、奥様とのエピソードで、いつもはタイトルへの思いを口にしない広瀬先生が「また(タイトルを)獲りたい」と発言されたそうですね。そしてその通り、有言実行でビックタイトルを手にされました。

妻と結婚してから「1回はタイトル戦に出たい」というような意味だったと思います。結婚もモチベーションのひとつになっていまして、挑戦してタイトルが獲れるかはわからないけど、1回はタイトルに挑戦したいなというようなことを感じました。まさかそれが竜王戦で、羽生さんの「100期か、無冠か」という重要なタイトル戦になるとは思っていませんでした。

「才能」という言葉の定義について、いろいろな先生方に話を伺う中で、考え方の違いがすごくおもしろいなと感じています。広瀬先生はどのようにお考えですか?

将棋の才能というのは、若いときにしか発揮されないと思っているんです。将棋の場合に限ったことでもないんですけど。たとえば羽生さんや渡辺さんの将棋というのは、いまはすごく序中盤がしっかりしていて、リードをしっかり保って逃げ切るような将棋だと思うんです。基本的に年を経ていって、みんなそうなっていくと思うんですよね。

自分を例にすると、振り飛車穴熊で劣勢の隙をついてスパッと切るような将棋だったんですけど、実際25歳くらいまでが限界でして。じつはその前からだんだんそういう将棋には限界が来るなというのが、自分の中ではわかっていたんです。でもそのときは、その戦法しかストックがないから、やり続けたという感じですね。羽生さんにボコボコにやられたことをきっかけにして、居飛車党にチェンジしたという話はいろんなところでしているんですけど、じつはその前からうすうすと感じていたんです。

何が言いたいかというと、「30代に入ったあとも努力を続ける」というのが、真の才能だと思うんですよね。将棋そのものにすごい才能を感じるような手を指せる人って、そんなにいないと思うんです。自分の中では山崎(隆之八段)さんくらいです。

もうひとつ、自分の中で才能があるかないかという基準として、終盤で悪い将棋を跳ね返す技術があるかというものです。なので、昔は羽生マジックとか、きっと強かったんだろうなと思うんです。

山崎先生については、糸谷先生からもその独創性を熱弁していただきました。

僕からしたら、糸谷くんも充分に天才の部類ですけどね。天才というか、読みが合わないという点では相当、山崎さん寄りだと思うんですけど(笑)。

糸谷先生いわく「自分は山崎さんをアレンジしているだけ」とおっしゃっていました。対局していてもそう感じるのでしょうか。

山崎さんは「おそらくこういう感じのことをしてくるんだろうな。でも本当にそうしてくるのかな?普通はやらないだろうな?」と思っていると、本当にそれを指してくるんですよ。予想はするんですけど、自分だったらやらないなという手を(笑)。

自分以外の対局を観ていても序盤から位を取ったり、金が三段目まで来たり、王様が三段目に来たり。それをしっかりとまとめ上げて結果を出しているのが、すごいですよね。山崎さんはそういう部分が群を抜いているんです。

糸谷先生のように西の先生が山崎先生を挙げるのはわかります。でも東の広瀬先生のリストにもお名前が挙がったことに驚きました。

対戦することが多いですからね。真っ先に上がるくらい、「天才」という言葉の代名詞的な感じです。天才というか天才肌というような、発想力が豊かでそれをまとめ上げる腕力が伴っているところですかね。

続いて佐々木勇気七段を挙げていただきました。

終盤の検討とかをしているときに、パッと出てくる手が「天才だな」と思わせるようなものが多いんですよね。正統派との将棋とはちょっと違ったトリッキーな手に近いですね。山崎さんが序盤にやるような手を終盤でやるような発想ですね。パッと手が見えるんでしょうね。

その局面をずっと眺めて考えていたんじゃなくて、パパパって進めた中で示された一手がなかなか「天才だな」と思わせるようなところがあるんです。

終盤に強い広瀬先生が終盤の手を認めるというのは、相当に「天才」の部分を感じられているんですね。

その手が本当に合ってるか合っていないか、わからないですけどね(笑)。候補の中に出してくる手が天才的だなと思うんです。

佐々木先生と小さいころから切磋琢磨してきた永瀬拓矢先生は、佐々木七段のことを「旧・天才」だと笑いながら話されていました。永瀬先生いわく「子どものころ、まったく勉強しないのに勝てる人がいるんだと驚いた」と話されていました。

奨励会に入る前や、入った直後くらいのほうがそういう天才っぷりというのは目立つんですよね。終盤に入って、一発で負けるような将棋も多かったと思うので。

「天才=終盤の切れ味」ということに近いのでしょうか。

自分はその重要度を高く見ています。

最後のひとりとして阿部光瑠六段を挙げていただきました。

阿部光瑠くんは、自分はけっこう評価している棋士なんです。自分が3回やられているというのもあるんですけど(笑)。最近でこそ鳴りを潜めていると思うんですけど、デビューしていきなり朝日杯で三浦(弘行九段)さんや丸山(忠久九段)さん、森内(俊之九段)さんなど、名だたる棋士たちを薙ぎ倒して勝ち上がったことがあったんです。

そこで早見え・早指しの典型的な天才型のタイプかなと思いまして。その将棋をプロに見せれば誰しもが納得するような腕力で、A級棋士たちを薙ぎ倒すような将棋でしたね。

今のお話を聞くと、芸術肌というか創造性に寄った3人なのかなという点も共通項に挙げられる気がします。

「創造性」と言ったら山崎さんが圧倒的です。勇気くんは「ひらめき型」の天才で、阿部くんは「早指しに特化」した天才だなという感じです。

そういう棋士でも先ほど話したとおり、だんだんと持ち時間に対応して、低段時代とはまったく違った将棋に変わっていくんでしょうね。

『将棋世界』の連載「師弟」の中で、「自分の中でS級の棋士がいる。谷川さん、羽生さん、渡辺さんがそうだと思う」というコメントがありました。この3名は今回の才能派にも努力派にもお名前は挙がりませんでした。

無難にと言いますかね(笑)。

S級棋士の定義は、若いころから才能が発揮されて、中堅くらいになってからは本当にしっかり努力をし続ける。なおかつ大局観がずば抜けて、終盤でミスがない棋士というのが位置づけです。

「終盤にミスがない」というのがけっこう重要で、それは大局観がしっかりしていないと、できないことだと自分は思っているんです。自分が対戦したところだと、羽生さんと渡辺さんというのは顕著だなと思います。谷川先生とは、最近対戦が全然ないですけど、50半ばでB級1組で健在なわけですから、間違いなくそうなんだろうなと。棋譜を見てもそう思いますし。結果的にS級に挙げた人がレジェンドだったというところですけどね。

才能は25歳くらいまでで、そこから次に必要なものが大局観にシフトしていくという感じなのでしょうか。

才能を発揮していろいろな舞台を経験した結果、レベルの高い相手とタイトル戦という場で経験を積んだ中で大局観が養われていくもの、なんじゃないかなと思います。

才能がある人の中でも、ワンランク上のS級にたどり着くためには、場数も必要ということなんですね。

場数もそうですし、個人の勉強法があるんじゃないかなと思いますね。それは推測でしかない部分なのでわからないですけどね。

一方、努力型には豊島先生、永瀬先生のお名前が挙がりました。このおふたりもよく挙げられます。

たとえば羽生さんは普通に努力型でもあると思うので、とくに努力型に特化しているであろうふたりを挙げました。このふたりは対極ですよね。豊島さんは対ソフト、永瀬さんは対人間。現代の二極化した努力型だと思います。

対ソフトと対人間…それぞれに特化していると、バランスが偏るような気もするのですが…。

どちらが正解かというのはわからないですけど、ふたりともしっかりと、結果が出ているんですよね。ソフトだけではなく、人間と指してみてわかることもあると思うので、個人的にはどちらともやるのがいちばん良いと思っています。

渡辺先生は集中力がないと話されていました。勉強していて30分経ったかなと思ったら、わずか15分だったともおっしゃっていましたが、広瀬先生はいかがでしょうか?

勉強といってもソファで寝転がりながら、考えていることもありますね。研究会やVSではなく、ひとりで勉強するときのメリットではありますよね。将棋はくつろぎながらでも頭の中で考えることはできますから。

『将棋年鑑』のインタビューで、豊島先生のことを「研究力がある」と分析され、渡辺先生のことを「準備力がある」と。近いニュアンスですが、微妙に違うものなのでしょうか?

たしかに近いものがありますね。豊島さんは日常的にソフトを使って研究していると思うんですけど、渡辺さんは対戦相手に向けて準備しているというようなニュアンスのことを言いたかったんだと思うんですよね。豊島さんも対戦相手に向けての準備はしていると思いますけど、渡辺さんのほうがよりその部分で秀でているのかなと思います。

そんな中、広瀬先生は自分を才能型と分類されました。

少なくとも努力型ではないかなという消去法で選びました(笑)。

広瀬先生は「努力」「勉強」は苦手ですか?

勉強はそんなに苦手ではなくて、最近もしっかりやっているんですけど、努力型の人と比較して相対的にみると、全然やっていないだろうなと思うんです。もちろん最低限のことはやっているんですけどね。

客観的に見た場合、豊島さんや永瀬さんほど、つまり最低でも一日6、7時間やっているというのはないんですよね。私も渡辺さんと同じように、集中力は続かないタイプでして、しょっちゅう休憩しちゃう(笑)。「はい。休憩」といって普通に1時間くらい経っているんですよね。

海外サッカーを観ようとして10分だけならと思っているのに、40分も観ていたりとか(笑)。麻雀も好きで観ていると、結局その続きも観ていたりとか…ですね(笑)。昼寝もけっこうするほうなので。

でも棋士たちは、みんな本当はそうじゃないかなと思いますよ。6時間ずっと勉強するといっても、せいぜい1時間2時間やってお昼を食べて、また3時間やる。3時間もやれば立派なものですよ(笑)。休憩しながらでも、そんなに1時間2時間と中断しなければ、わりとしっかりやったなと自分の中では思ってしまうので。自分に甘いんですよ(笑)。

長くやれば良いというわけでもないですし。最近ではソフトをどのように工夫して使うかというのもテーマになっているので。何も考えずに使っていても勝てるものでもないので。やっぱり自分自身に合った勉強法を、要領よく見つけることが大事なんじゃないかなと。どの方法がベストかというのは、自分でも試行錯誤している最中ですね。

広瀬先生は中学生棋士に劣らない才能だという認識です。二段に上がったのは13歳とかなり早かったと思うのですが、中学生棋士は目指されていましたか?

二段までは早かったですね。二段から三段というのは当然なんですけど苦戦して、三段リーグに入ったのは結局高校1年生でした。二段から三段に上がるチャンスを、何回か逃していたんですよね。1回目か2回目で上がっていれば中学生棋士も目指していたと思うんですけど、本当に難しかったと思います。

簡単に三段に上がっていたら多少は意識したかもしれないですけど、二段から三段に上がるときというのは壁にぶつかっている時期だったのでね。でも1年くらいの停滞だったので、壁と言ったら怒られるかな…。

同年代の糸谷先生が今年から棋士会の副会長に就任されました。広瀬先生の中で、いつかそういった普及活動の陣頭指揮を執るようなことというのも、考えられたりするのでしょうか?

そういうのは向き不向きがあると思うんですよね。糸谷さんは好きでやっていると思うんですよね。自分の意見もしっかりと言えますし。そういった人が棋士会役員や理事になるべきだと思うので、あまり強く言えない自分には、向いていないんじゃないかなとは思っています。

協力は惜しまないのですが、あんまり自分で率先してはやらないかもしれないです。向いていないというのがいちばん大きいかな…。向いていない人に任されるというのもあまり良くないと思うので、当面はないですかね。将来的にはわからないですけど。

広瀬先生から見て、東の棋士の中で向いているのはどなたでしょうか?

渡辺さんとかけっこう向いていると思いますね。計画もサクサク立てますし、いろいろなことに気をつかえるし、しっかり自分の意見を言う方ですし、そういう人が向いていると思っているんですよね。将来的に会長候補だとよく言われている中村太地さんも、そういうポジションに向いていると思います。

広瀬先生がよくご揮毫される「鷹揚」という言葉の通り、本当に穏やかですよね。感情的になることがないように、という戒めのためのご揮毫なのでしょうか?

性格ですね。そういう環境に生まれ育ってきたというところですね。なんでかはわからないんですけど…。最近怒ったことも……記憶にないですね。思い出せないだけで、少しはあると思いますが(笑)。

藤井七段との朝日杯決勝、羽生先生のタイトル戦100期がかかった竜王戦など、メディア含めて99%は相手側という状況だったかと思いますが、すごく冷静な様子に見えました。

そうですか?そういうふうに見えているだけで、竜王戦の最初のほうはけっこう緊張していました。ひさしぶりのタイトル戦だったというのと、報道陣の数がすごかったり、いろいろな要素が重なって。でも3局目くらいには慣れましたけどね。まあ、おおらかなんでしょうね。そういうものだと思って、自然と同化していく感じです。

棋士の先生方のお話を聞いていると自分を「負けず嫌いだから強くなれた」と話される方も多いなか、負けたときにも「しょうがないか」とおおらかに受け入れることは、どちらかというとマイナスではないのでしょうか?

自分でもそう思っています。本当は棋士に向いている性格ではないと思っています。若手の低段のころまでは負けず嫌いだったと思うんですが、この5年くらいで本当の自分はそちら側ではないなと、切り替えが早いほうなのかなと気づきました。

『師弟』のインタビューでは、「自分でマイナスなことを口にしてバランスをとっているのでは」という奥様の分析もありました。竜王戦の応援に来ていた小さいお子さんにも「羽生さんの応援だよね?」と語りかけていました。

あれは自分から言わせましたね(笑)。

妻によく怒られます(笑)。バランスをとっているわけではなくて、自然に出ちゃうんですよね。反射的なもので。自分ではあまりネガティブだと思っていないんですよ。客観的に見て「みんな羽生さんの応援をしているだろうな」と思っているだけです。それを口に出すのが珍しいだけじゃないでしょうか(笑)。

悔しいという感情もそこまではないです。悔しいと思うのは、相手の研究にはまったときなど、みっともない負け方をしたときくらいです。

今回、参考にさせていただいたインタビューや書籍などのリストになります。どれも素晴らしい内容ばかりです。ぜひ合わせてご覧ください。

情報源:【インタビュー】【広瀬章人竜王】30代に入っても努力を続けられるのが、真の才能。 – ライブドアニュース




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