ロック歌手 内田裕也さん 肺炎のため死去 79歳

ロック歌手 内田裕也さん 肺炎のため死去 79歳

79歳・・・


2019年3月18日 8時37分

日本のロックの黎明期に歌手として活躍し、去年亡くなった樹木希林さんの夫としても知られる内田裕也さんが17日、東京都内の病院で肺炎のため亡くなりました。79歳でした。

内田裕也さんは兵庫県西宮市出身で、高校時代、エルビス・プレスリーに憧れてロック歌手を志しました。

高校を中退後、昭和33年にロックンロールにこだわった「ブルージーン・バップス」を結成して本格的にバンド活動を始め、昭和41年のザ・ビートルズの来日では、前座としてステージに立ちました。

歌手としての活動のほか、音楽プロデューサーとしても日本のロックの黎明期をけん引する活動を続け、年末恒例のロックフェスティバルを40年以上続けるなど、若手の育成にも力を入れてきました。

また、俳優として数々の映画にも出演し、中でも昭和61年に公開された滝田洋二郎監督の「コミック雑誌なんかいらない!」では、過激なテレビリポーターを主演して人気を集め、国際的にも評価を受けました。

その後、平成3年に東京都知事選挙に立候補して落選したのをはじめ、民主党政権が行った「事業仕分け」の会場を訪れるなど、自由で奇抜な言動が注目されていました。

妻は俳優の樹木希林さんで、長く別居生活を送りながらも離婚せず、去年9月に樹木さんが亡くなった際には「今までありがとう。安らかに眠ってください。見事な女性でした」などと感謝の気持ちをつづっていました。

内田さんは最近は車いすでの生活を送っていて、所属事務所によりますと、17日午前5時半ごろ東京都内の病院で肺炎のため亡くなったということです。

情報源:ロック歌手 内田裕也さん 肺炎のため死去 79歳 | NHKニュース


2019年3月18日 08:36

所属事務所が発表した「内田裕也、訃報のお報せ」
所属事務所が発表した「内田裕也、訃報のお報せ」

ロック歌手で映画俳優としても活躍した内田裕也(うちだ・ゆうや、本名内田雄也)さんが17日、東京都内の病院で死去した。葬儀は近親者のみの家族葬で執り行い、後日お別れ会を執り行う。
以下、所属事務所が発表した「内田裕也、訃報のお知らせ」。

株式会社 内田裕也オフィス
2019年3月18日

内田裕也(うちだ・ゆうや)【本名・内田雄也 満79歳】が、3月17日(日)午前5時33分過、肺炎のため、入院先の都内の病院で死去しました。

内田裕也は、1939年11月17日生まれ。兵庫県西宮市出身。1959年、日劇『ウェスタン・カーニバル』でデビュー以来、日本を代表するロックンローラーとして、また、映画の脚本やプロデュース、46回にもわたる年越しオールナイトイベント「NEW YEARS WORLD ROCK FESTIVAL」をプロデュースするなど、生涯を通じ多くの活動を行ってまいりました。

みなさまには生前のご厚誼を深く感謝するとともに、ここに謹んでお知らせいたします。なお、葬儀は、近親者のみの家族葬で執り行われます。後日、お別れの会を執り行う予定です。

以下、所属事務所が発表した公式コメントとなります。

内田裕也、2019年3月17日、5時33分、肺炎のため、永眠いたしました。ここ数年、闘病の日々でした。

それでもユーモア、ウィットを忘れず、時には世の中を憂い、怒り、常に自分の出来る事を模索しておりました。

多くの友人知人、家族に支えられてRock’n’Roll人生を全うすることが出来ました事をここに心よりお礼申し上げます。

情報源:【コメント全文】内田裕也さん死去「友人知人、家族に支えられてRock’n’Roll人生を全う」(スポニチアネックス) – Yahoo!ニュースコメント

情報源:【コメント全文】内田裕也さん死去「友人知人、家族に支えられてRock’n’Roll人生を全う」― スポニチ Sponichi Annex 芸能



お悔やみ申し上げます。