オウム真理教 松本死刑囚ら7人に死刑執行

オウム真理教 松本死刑囚ら7人に死刑執行

長かったな・・・


関係者によりますとオウム真理教の元代表の麻原彰晃、本名 松本智津夫死刑囚(63)に、6日死刑が執行されたということです。一連の事件では13人の死刑が確定していましたが、執行されたのは初めてです。

オウム真理教の代表だった松本智津夫死刑囚は、平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や平成6年の松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こした首謀者とされ、平成7年に始まった教団に対する強制捜査で施設に潜んでいるところを逮捕されました。

裁判で松本死刑囚は無罪を主張しましたが、次第に意味のわからない発言を繰り返すようになりました。

平成16年2月、1審の東京地方裁判所は、「一連の事件の首謀者として極限の非難に値する」として死刑を言い渡しました。

2審では弁護団が「裁判を受けられる精神状態ではない」として必要な書面を出さなかったため法廷が開かれないまま裁判が打ち切られ、平成18年に死刑が確定していました。

その後、松本死刑囚の弁護団が再審・裁判のやり直しを求める申し立てを行っていました。

オウム真理教による一連の事件では、合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭い、松本死刑囚など教団の幹部ら13人の死刑が確定していましたが、執行されたのは初めてです。

一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化しましたが、ことし1月に地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなりました。

ことし3月に13人のうち7人が東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ移送され、執行の時期が焦点となっていました。

松本智津夫死刑囚とは

オウム真理教の代表だった麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚(63)は教団による一連の事件を主導したとして死刑が確定していました。

昭和59年ごろに宗教やヨガのサークル「オウム神仙の会」を開いた松本死刑囚は、昭和62年に「オウム真理教」を名乗り、最終戦争が近づいているとして信者の危機感をあおって武装化を進めました。

しかし、平成7年3月の地下鉄サリン事件の後、警察の強制捜査を受け、2か月後に教団施設の隠し部屋に潜んでいるところを逮捕されました。

裁判では地下鉄サリン事件をはじめ、松本サリン事件や坂本弁護士一家殺害事件など合わせて13の事件で殺人などの罪に問われました。一連の事件で死亡した人の数は29人にのぼっています。

松本死刑囚は「自分は一切指示していない」などと無罪を主張しましたが、1審の東京地方裁判所は、平成16年2月、「一連の事件の首謀者として極限の非難に値する」として死刑を言い渡しました。

2審では弁護団が「裁判を受けられる精神状態ではない」として必要な書面を出さず、裁判所が法廷での審理を行わずに裁判の打ち切りを決めたため、平成18年9月に死刑が確定しました。

その後、松本死刑囚の弁護団が再審・裁判のやり直しを求める申し立てを繰り返し行っていますが、いずれも退けられています。

松本死刑囚は東京拘置所に収容され、平成18年に裁判所の依頼で接見した精神科医の意見書では、独り言を繰り返す以外は無言で、入浴や運動には拘置所の職員の介助が必要だとされていました。

また関係者によりますと、ここ数年は家族や弁護士が面会に来ても応じず、口を閉ざして意思の疎通ができない状態が続いていたということです。

松本死刑囚が公の場に姿を現したのは平成16年の1審判決の時が最後でした。

オウム真理教とは

オウム真理教は、昭和59年に麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚が東京で開いたヨガと宗教のサークル、「オウム神仙の会」から始まりました。昭和62年には「オウム真理教」と名乗るようになり、神秘体験などを通じて信者を急速に増やしていき、平成元年に東京都から宗教法人として認められました。

教団は信者の財産をお布施として納めて出家するよう強く勧め、施設で共同生活を送らせていましたが、信者の親との間でトラブルが相次ぐようになりました。

平成元年11月、親たちの相談に応じていた坂本堤弁護士の一家の行方がわからなくなり、関与が疑われましたが、教団は「関係ない」と主張しました。

平成2年には松本死刑囚らが衆議院選挙に立候補しましたが惨敗し、この直後からハルマゲドン、最終戦争が近づいていると強調し、信者の危機感をあおっていきました。

その後、山梨県の旧上九一色村のサティアンと呼ばれる施設で急速に武装化を進め、ひそかにサリンを製造しました。平成6年6月、最初の無差別殺人となる松本サリン事件を起こし、8人が死亡、140人以上が被害を受けました。平成7年2月には、東京の公証役場の事務長だった假谷清志さん(当時68)を拉致する事件を起こし、教団への捜査が本格化しました。

そして強制捜査が迫った平成7年の3月20日、地下鉄サリン事件を起こしました。13人が死亡、負傷者はおよそ6300人にのぼる未曽有のテロ事件でした。その2日後、全国の教団施設に一斉に警察の強制捜査が入りました。

2か月後、松本死刑囚は教団施設の隠し部屋に潜んでいるところを逮捕されました。幹部らも次々と逮捕され、教団による一連の事件は終わりましたが、一部の信者は逃亡を続けました。

しかし平成23年にオウム真理教による一連の事件の裁判がすべて終わると、特別手配されていた3人のうち、平田信受刑者が警視庁に出頭しました。平田受刑者は、逃亡中、14年余りにわたって東大阪市のマンションで元信者の女性にかくまわれ、ほとんど外に出ずに生活していました。

出頭した理由については、裁判の中で、「松本死刑囚以外の死刑囚に対する執行はかんべんしてほしいという気持ちがあり、自分が出頭すれば執行が延びると思った」と話しました。その出頭の半年後、17年にわたって逃亡し、教団とは無関係の男性と東京や神奈川県で暮らしていた女性の元信者が通報を受けて逮捕されました。

さらに高橋克也受刑者もその12日後に逮捕されました。建設会社で働いていた高橋受刑者は女性の元信者の逮捕を知って社員寮から姿を消しましたが、防犯カメラに映った写真が次々に公開されて追い詰められ、東京の蒲田駅近くで逮捕されました。コインロッカーに入れていたバッグの中からは松本死刑囚の本や写真、説法が録音されたカセットテープが見つかりました。

特別手配されていた3人が逮捕され、警察の強制捜査から17年余りかかって一連の事件の捜査が終わりました。平田受刑者と高橋受刑者はその後有罪が確定し、女性の元信者は無罪が確定しています。

情報源:オウム真理教 松本智津夫死刑囚に死刑執行 | NHKニュース


松本智津夫死刑囚
松本智津夫死刑囚

法務省は6日、オウム真理教による一連の事件で死刑が確定した教団元代表、松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)の刑を執行した。2006年9月の死刑確定から11年10カ月。日本社会を大きく揺るがし、裁判で「首謀者」と認定された教祖の刑執行は平成の事件史に刻まれる節目となる。

松本死刑囚は1955年に熊本県で生まれ、84年にオウム真理教の前身「オウム神仙の会」を設立。ヨガ修業や「超能力」をうたい信者を集めた。

90年には、松本死刑囚自身や信徒が衆院選に立候補したが、いずれも落選。信徒の脱会や高額な「お布施」の支払いなどを巡ってトラブルが相次ぎ、社会的な批判を浴びた。

95年に地下鉄サリン事件発生を受け、警視庁は山梨県上九一色村(当時)の教団施設を強制捜査し、松本死刑囚を逮捕。松本死刑囚は地下鉄サリン事件のほか、坂本堤弁護士一家殺害事件や松本サリン事件でも起訴され、計13事件で殺人罪などに問われた。

96年に始まった東京地裁の公判では無罪を主張したが、04年に死刑判決を受けた。その後、弁護団が「(松本死刑囚と)意思疎通ができない」ことを理由として提出期限までに控訴趣意書を出さなかったため、東京高裁は06年に控訴棄却を決定。最高裁も高裁決定を支持し、同年中に死刑が確定した。

教団による一連の事件の刑事裁判は、18年1月に終結。法務省は3月、東京拘置所に収監していた死刑囚13人のうち松本死刑囚らを除く7人を別の拘置所や拘置支所に移送していた。【和田武士】

情報源:<オウム事件>教団元代表の松本智津夫死刑囚の刑を執行(毎日新聞) – Yahoo!ニュース

情報源:オウム事件:教団元代表の松本智津夫死刑囚の刑を執行 – 毎日新聞


オウム真理教による一連の事件で死刑が確定した元代表松本智津夫(麻原彰晃)死刑囚(63)=東京拘置所=について、法務省が刑を執行したことが6日、関係者への取材で分かった。

事件をめぐっては、13人の死刑が確定しているが、執行は初めて。

空前の無差別テロで社会を震撼(しんかん)させた地下鉄サリン事件から23年。死者29人、負傷者6000人超を出した一連の事件は、大きな節目を迎えた。

松本死刑囚は、地下鉄サリン事件を起こした1995年に逮捕された。一審東京地裁は2004年、起訴された全13事件で有罪とし、死刑を言い渡した。二審東京高裁は、弁護人が期限内に控訴趣意書を提出しなかったとして06年に控訴棄却を決定。最高裁も支持し、同年9月に死刑が確定した。

地裁の公判で、松本死刑囚は「弟子たちが起こした」などと無罪を主張した。しかし、次第に不規則発言や居眠りを繰り返すようになり、法廷で事件の動機などを詳しく語ることはなかった。

死刑確定後は、家族が再審請求を申し立て、執行時は4回目の請求中だった。家族や弁護人とは08年より後は面会していないとされ、近況は不明だった。

オウム真理教による一連の事件で起訴された教団関係者192人の刑事裁判が1月に全て終結したことを受け、法務省は3月、東京拘置所に収容されていた13人のうち7人を他の施設に移送。執行時期を慎重に検討していた。

確定判決などによると、松本死刑囚は元幹部らと共謀し、89年11月に坂本堤弁護士一家3人を殺害。94年6月、長野県松本市でサリンを噴霧し、95年3月には営団地下鉄(当時)車内でサリンを散布した。松本サリン事件では住民8人が、地下鉄サリンでは乗客と駅員13人が犠牲になった。

情報源:オウム松本死刑囚の刑執行=地下鉄サリンから23年―教団事件で初・法務省(時事通信) – Yahoo!ニュース

情報源:オウム松本死刑囚の刑執行=地下鉄サリンから23年-教団事件で初・法務省:時事ドットコム


法務省は6日、1995年の地下鉄サリン事件などを起こしたオウム真理教の元代表、松本智津夫死刑囚(麻原彰晃、63)=東京拘置所=の刑を執行した。事件から23年、日本の犯罪史上最悪のテロ事件の首謀者は、事件の真相を語ることのないまま極刑に処された。

1995年9月、移送される松本智津夫死刑囚(警視庁)=共同
1995年9月、移送される松本智津夫死刑囚(警視庁)=共同

一連のオウム事件では松本死刑囚のほか、元幹部12人の死刑が確定しているが、執行は初めて。松本死刑囚の神格化につながり、教団関係者による報復も懸念されることから、公安当局は監視を強化するとみられる。

確定判決によると、松本死刑囚は、89年の坂本堤弁護士一家殺害事件や脱会信者殺害事件で、被害者らが自分に敵対したり離反したりしたとの理由で、「ポア」という言葉を使い殺害を指示。94年の松本サリン事件では、サリンの殺傷力や噴霧装置の性能を確かめるため「実際に効くかどうかやってみろ」とサリンの噴霧を命じた。

95年3月の地下鉄サリン事件では、同年1月に発生した阪神大震災に匹敵する大惨事を起こせば、間近に迫った警視庁の強制捜査を阻止できると考え、東京の地下鉄車内にサリンをまくよう指示し、13人が死亡、6000人以上が負傷した。

一審・東京地裁判決は松本死刑囚を「救済の名の下に日本を支配し、その王になろうと各犯行を敢行した首謀者」と位置付け、殺人や死体損壊、武器等製造法違反などの罪で、13事件すべてを有罪と認定。死刑を言い渡した。

控訴審で弁護側は「松本死刑囚は心神喪失状態で訴訟能力がない」と主張、期限までに控訴趣意書を提出しなかった。これに対し、東京高裁は「訴訟能力に疑いはない」として控訴棄却を決定。最高裁は2006年、弁護側の特別抗告を棄却し、死刑が確定した。

松本死刑囚は08年11月、東京地裁に再審請求。10年9月に最高裁が特別抗告を棄却し、再審を認めない決定が確定した。その後も複数回再審を請求し、現在も請求中だった。

かつて再審請求中の死刑囚への執行は避けられる傾向があったが、法務省は昨年相次ぎ執行。再審請求が執行時期に与える影響は小さいとみられていた。

松本死刑囚は東京拘置所に収監されていた。関係者によると、17年5月の同拘置所の報告では、松本死刑囚は「明らかな精神障害は生じておらず、面会はかたくなに拒否するが運動や入浴の際に促すと居室から出てきている」という状況だった。

情報源:オウム真理教元代表、松本智津夫死刑囚の刑執行 (写真=共同) :日本経済新聞


死刑執行 河野義行さん「事件終わっていない」
死刑執行 河野義行さん「事件終わっていない」

平成6年に長野県松本市で起きた「松本サリン事件」で当初、事件への関与を疑われ、妻も犠牲になった河野義行さんは、一連の事件に関わった死刑囚の刑の執行を前にNHKの取材に応じ「事件は終わっておらず、再発防止のために真相を明らかにする努力をすべきだ」と訴えていました。

「松本サリン事件」の現場近くに住んでいた河野義行さんは、第一通報者として当初、事件への関与を疑われ、事件で寝たきりの状態になった妻の澄子さんを10年前に亡くしました。河野さんは一連の事件に関わった死刑囚の刑の執行を前に、ことし4月、NHKの取材に応じました。

この中で河野さんは、「私の中では妻が亡くなった時点で事件は終わった。ただ、後遺症を持った被害者がいてオウム事件そのものは終わっていないし、真相も明らかになっていない」と述べました。そのうえで「事件の再発防止のため死刑執行の前に、彼らが裁判では話せなかった真相を国として聞き取って明らかにする努力をすべきではないか」と訴えました。

また、拘置所で4人の死刑囚と面会したことを明らかにしたうえで「いずれも更生の余地がない人とは思えず好青年という印象だった。拘置所にずっと置かれている方がつらくて、死刑執行で『自由になれた』と思う人もいるのではないか」と述べていました。

情報源:死刑執行 河野義行さん「事件終わっていない」 | NHKニュース


死刑執行 被害者の会代表 高橋シズヱさん「その時がきた」
死刑執行 被害者の会代表 高橋シズヱさん「その時がきた」

地下鉄サリン事件で駅員の夫を亡くし、被害者の会の代表を務めている高橋シズヱさんは「高橋克也被告の裁判が終わってまもなく執行ということはわかっていたので、その時がきた、ということでしかないです。ただ、事件から23年以上経ってしまい、この執行を知ることなしに亡くなった夫の両親や、私のことを心配してくれていた私の両親にとっては残念だったと思います。遺族は真実を知りたいと思っていると思われているようですが、私は松本死刑囚からは真実を知りたいとは思っておりませんでしたので、やっと執行された、という思いです」と話しています。

地下鉄サリン事件の被害者の会の代表、高橋シズヱさんは、事件の真相を知りたいと訴え続けてきました。

平成7年3月に起きた地下鉄サリン事件。高橋シズヱさんの夫で、霞ケ関駅の助役だった一正さんはサリンが入った袋を地下鉄の車両から片づけていたときに倒れ、亡くなりました。

なぜ夫が犠牲になったのか知りたいという一心で裁判を傍聴するようになり、回数は500回近くにのぼりました。

東京・霞が関の裁判所へ行くときは、夫の通勤ルートの地下鉄を使っていました。シズヱさんは、夫がいつもそばにいるように感じながら通っていたといいます。

やがて被害者を支援する弁護士に勧められ、被害者の会の代表を務めるようになり、真相の解明を訴え続けてきました。事件に関わった教団の元幹部からは、手紙が送られてきたこともありました。

その1人が、法廷で表情には出さなかったものの深く反省していることを知り、なぜ多くの若者が凶悪な犯罪に関わったのか、もっと深く知りたいと願うようになりました。

6年前、逃亡を続けていた3人が次々に逮捕され、再び裁判が始まると、被害者参加制度を利用して被告に直接問いかけました。しかし、この時は、納得のいく答えは返ってきませんでした。

シズヱさんは、繰り返し法務省を訪れ、事件に関わった死刑囚に面会する機会を設けるよう求めました。また、事件を最後まで見届けるため、刑を執行する場合は遺族の自分が立ち会えるようにすることも要望していました。

ことし3月に法務省に要望した際、シズヱさんは、「ずっと裁判に関わってきましたが、刑が執行されるまでの間は全く関われないのはどうしてなのかと思います。裁判の傍聴だけでなく、執行を見届けたいという思いがますます強くなっています」と話していました。

情報源:死刑執行 被害者の会代表 高橋シズヱさん「その時がきた」 | NHKニュース


死刑執行 事件の遺族や被害者の声
死刑執行 事件の遺族や被害者の声

オウム真理教の元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚(63)に死刑が執行されたことについて、地下鉄サリン事件で長女を亡くした岩田キヨエさんは「1つ心が安らぎました。ずっと、どうして娘が殺されなければならなかったのかと思ってきました。お墓参りしたときに報告したいと思います」と話していました。

永岡弘行さん

信者の家族でつくる「オウム真理教家族の会」の代表として信者の脱会を支援してきたほか、みずからも猛毒のVXをかけられ一時意識不明になった永岡弘行さんは「私は麻原以外の死刑囚については親になった気持ちで接してきた。親の気持ちを考えれば、つらい。それだけです」と話していました。

假谷実さん

一連の事件で父親を亡くした假谷実さんは、「先日、死刑囚が移送されたという情報があったので、いつ刑が執行がされるかを気にしていた。松本死刑囚については表現をする気持ちがなく、彼がいたとしてもこれ以上、真実の究明は不可能だと思っていたし、死刑が確定している者を生かし続ける意味をなかなか感じられずにいた。父も法律に携わっていた人なので刑が法に基づいて適切に執行されたと感じていると思う」と話しています。

松本サリン事件 被害に遭った男性

平成6年に長野県松本市で起きた「松本サリン事件」の現場近くに住んでいて、被害に遭った80代の男性は、NHKの取材に対し、「事件から24年という長い年月がたったが、事件現場の近くでずっと暮らしていたので、事件を忘れることは一度もなかった。死刑に相当する悪事を行ったのだから、当然の報いだと思う」と話していました。

松本サリン事件 被害者の家族

平成6年に長野県松本市で起きた「松本サリン事件」の現場近くに住んでいて、妻と義理の母親が被害に遭った鯉渕保利さん(73)は「死刑の1報を聞いて、早いような遅いような気持ちです。事件の詳細についてなにも明らかになっておらず、蒸し暑い季節になると思い出すので、記憶はいまも色あせていません。オウムの名前を変えただけの後継団体がまだあるので、こういった事件が再び起きるのではないかと心配です」と話していました。

情報源:死刑執行 事件の遺族や被害者の声 | NHKニュース


オウム真理教の元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚(63)のほか、中川智正死刑囚(55)ら早川紀代秀死刑囚(68)に死刑が執行されたことが関係者への取材でわかりました。

情報源:オウム真理教 中川智正死刑囚 早川紀代秀死刑囚に死刑執行 | NHKニュース


信者の脱会を支援する活動を続けみずからも信者から襲撃を受けた経験がある滝本太郎弁護士は「死刑執行に立ち会えなくて残念です。現役の信者さんには、『麻原彰晃という人はもともと存在しなかった』と伝えたい」と話していました。

情報源:オウム真理教死刑執行 滝本弁護士の話 | NHKニュース


オウム真理教 井上嘉浩死刑囚に死刑執行
オウム真理教 井上嘉浩死刑囚に死刑執行

オウム真理教の井上嘉浩死刑囚(48)に死刑が執行されたことが関係者への取材でわかりました。

情報源:オウム真理教 井上嘉浩死刑囚に死刑執行 | NHKニュース


オウム真理教 松本死刑囚に死刑執行 ネットでも多数の投稿
オウム真理教 松本死刑囚に死刑執行 ネットでも多数の投稿

オウム真理教の元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚(63)に6日死刑が執行されたというニュースが報じられた直後から、インターネットのツイッターなどのソーシャルメディアでは「なぜこのタイミングで?」とか「こんな大雨強風の日に…びっくりした」といった驚きのコメントが多数投稿されました。

コメントの中には「なぜ判決からこんなに時間がかかったのか」「遅すぎる」という内容や、「何も起こらねばいいが」など死刑執行の波紋を懸念するものもあったほか、「平成が本当に終わるんだ」、「一つの時代の終えんを見た」など、さまざまな感想が投稿されていました。

情報源:オウム真理教 松本死刑囚に死刑執行 ネットでも多数の投稿 | NHKニュース


オウム真理教 松本智津夫死刑囚ら4人に死刑執行
オウム真理教 松本智津夫死刑囚ら4人に死刑執行

オウム真理教の元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚ら4人に死刑が執行されたことが関係者への取材でわかりました。一連の事件では13人の死刑が確定していましたが、執行されたのは初めてです。

死刑が執行されたのは、松本智津夫死刑囚(63)のほか、井上嘉浩死刑囚(48)、早川紀代秀死刑囚(68)、中川智正死刑囚(55)、の合わせて4人です。

オウム真理教は平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や、平成6年の松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭いました。

平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、裁判で13人の死刑が確定しました。

このうち松本死刑囚は、5月、教団の施設に潜んでいるところを逮捕されました。裁判では無罪を主張しましたが、次第に意味のわからない発言を繰り返すようになりました。

平成16年2月、1審の東京地方裁判所は「一連の事件の首謀者として極限の非難に値する」として死刑を言い渡しました。

2審では弁護団が「裁判を受けられる精神状態ではない」として必要な書面を出さなかったため法廷が開かれないまま裁判が打ち切られ、平成18年に死刑が確定していました。

一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化しましたが、ことし1月に地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなりました。

ことし3月、13人のうち7人が東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ移送され、執行の時期が焦点となっていました。

一連の事件で死刑が執行されたのは初めてです。

情報源:オウム真理教 松本智津夫死刑囚ら4人に死刑執行 | NHKニュース


オウム真理教 松本死刑囚ら7人に死刑執行
オウム真理教 松本死刑囚ら7人に死刑執行

オウム真理教の元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚ら7人に死刑が執行されたことが関係者への取材でわかりました。

死刑が執行されたのは松本智津夫死刑囚(63)のほか、井上嘉浩死刑囚(48)、早川紀代秀死刑囚(68)、中川智正死刑囚(55)、遠藤誠一死刑囚(58)、土谷正実死刑囚(53)、新実智光死刑囚(54)の合わせて7人です。

オウム真理教は平成元年の坂本弁護士一家殺害事件や、平成6年の松本サリン事件、平成7年の地下鉄サリン事件など数々の事件を引き起こし、合わせて29人が死亡、およそ6500人が被害に遭いました。平成7年3月から始まった強制捜査では192人が起訴され、裁判で13人の死刑が確定しました。

このうち松本死刑囚は5月、教団の施設に潜んでいるところを逮捕されました。裁判では無罪を主張しましたが、次第に意味のわからない発言を繰り返すようになりました。

平成16年2月、1審の東京地方裁判所は「一連の事件の首謀者として極限の非難に値する」として死刑を言い渡しました。2審では弁護団が「裁判を受けられる精神状態ではない」として必要な書面を出さなかったため法廷が開かれないまま裁判が打ち切られ、平成18年に死刑が確定していました。

一部の元信者が逃亡を続けたため刑事裁判は長期化しましたが、ことし1月に地下鉄サリン事件などに関わった高橋克也受刑者の上告が退けられたことで終結し、死刑囚が事件について証言を求められる機会がなくなりました。

ことし3月、13人のうち7人が東京拘置所から全国5か所の拘置所や拘置支所へ移送され、執行の時期が焦点となっていました。

一連の事件で死刑が執行されたのは初めてです。

情報源:オウム真理教 松本死刑囚ら7人に死刑執行 | NHKニュース


法相 一連の死刑執行で臨時記者会見へ
法相 一連の死刑執行で臨時記者会見へ

一連の死刑執行について、法務省は上川法務大臣が午後0時45分めどで臨時の記者会見を行うことを明らかにしました。

情報源:法相 一連の死刑執行で臨時記者会見へ | NHKニュース


官房長官「死刑執行の報告は受けている」
官房長官「死刑執行の報告は受けている」

菅官房長官は閣議の後の記者会見で「麻原彰晃こと、松本智津夫の死刑の執行に関する報告は受けている。本件についてはこの後に、法務省から発表があり法務大臣が会見を行う予定だ。詳細はそちらでお聞き頂きたい」と述べました。

また菅官房長官は、記者団が「テロなど不測の事態が考えられるが、政府として警備態勢の強化などを考えているか」と質問したのに対し、「事柄の性質上、詳細はコメントは差し控えたいが、いずれにしろ警察当局において万全の態勢を取っていると考えている」と述べました。

さらに菅官房長官は「松本智津夫死刑囚の死刑の執行についての報告は受けているが、それ以外の死刑囚の執行については政府の内部のやり取りなのでコメントは控えたい」と述べました。

情報源:官房長官「死刑執行の報告は受けている」 | NHKニュース


オウム真理教の元代表の麻原彰晃、本名・松本智津夫死刑囚(63)の死刑執行を受けた、当時の警察関係者の反応です。

元警視総監「もっと早く執行すべきだった」

松本死刑囚が逮捕された当時、警視庁のトップの警視総監として捜査を指揮した井上幸彦さんは「ようやく死刑が執行されたが、もっと早く執行すべきだったと思っている。松本死刑囚がなにも話さなくなり一連の事件が十分に解明できなかったのは残念だ」と話していました。

元捜査一課長「ようやく決着がついた」

松本死刑囚が逮捕された当時、警視庁捜査一課の理事官として捜査の指揮にあたった山田正治さんは「死刑執行のニュースを聞いて、これでようやく決着がついたなと感じている。しかし、あまりに事件が起きてから死刑執行までに時間がかかっているので、被害者の方の感情はいかばかりかと思います。また、今後さらに事件の記憶が風化してしまわないかと懸念もしています」と話しています。

元捜査員「本当に長かった」

警視庁捜査一課の元捜査員で、地下鉄サリン事件が起きる前からオウム真理教の活動の実態を調べてきた高野正勝さん(69)は「死刑執行まで本当に長かったなと思う。当時次々と事件が起きていたがオウム真理教に踏み込むまでに時間がかかり、捜査には本当に苦労した。一緒に捜査に携わった仲間でもう亡くなった人もいるので、線香をあげて1つの区切りがついたよと伝えたい。ただ、死刑執行がアレフ信者に与える影響などがどうなるかが心配だ」と話していました。

教団施設を捜索した鑑定調査官「大きな区切り」

事件当時、山梨県警察本部から警察庁の科学警察研究所に出向し鑑定調査官としてサリンを製造していたとされる旧上九一色村の教団施設に捜索に入った若尾吉彦さんは、「死刑執行によりオウム事件に大きな区切りがついたという思いです。しかし、この悲惨な事件を忘れてはならず、後輩の警察官にも語り継いでいきたい」と話しています。

旧上九一色村を管轄の元警察署長「風化させてはいけない」

事件当時、教団の施設があった山梨県の旧上九一色村を管轄していた富士吉田警察署の署長として、捜査に携わった依田茂さんは、「逮捕から死刑執行まで長い時間がかかったという印象を持っています。執行ということで一区切りついたと思いますが、風化させてはいけない事件です」と話しています。

情報源:死刑執行 事件当時の警察関係者の声 | NHKニュース


ようやくか・・・