チップ制廃止の「失敗」で揺れるアメリカの外食業界 | 冷泉彰彦 | コラム | ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト

チップって非課税なの?


チップ廃止の試みは思うように進んでいない studiocasper/iStock.
チップ廃止の試みは思うように進んでいない studiocasper/iStock.
<アメリカの外食サービスでわかりにくいチップ制度を廃止しようという動きがあるが、最低賃金やハラスメントなどの問題がからんでうまく行っていない>

2014年前後からニューヨークやサンフランシスコなどの高級レストランでは、アメリカで長く根付いていた「チップ制」を廃止する動きが始まっていました。その背景には様々な理由があります。

1)サービスの質によってお客が金額を決めるチップ制では、従業員の収入が安定しないので固定給100%にした方が、人材が定着するであろうこと。

2)一部の悪質な店などで、100%サービス要員に還元すべきチップを店側が横領していた例もあり、業界の透明性を高めたい。

3)客にしてみれば、チップ金額の計算が面倒なのでチップ込みの金額の方が親切。

4)チップ制のない国からの訪問客が、チップを払い忘れるトラブルが増えていたが、これを避けるため。

といった理由が、廃止の背景にはありました。最大の理由は1)で、従来はアメリカの多くの州の最低賃金制度では、「チップ分配後の金額を入れて最低賃金をクリアしていればいい」ということになっていたので、チップを廃止して固定給にした方が、従業員の処遇改善にもなるという期待があったのです。

ところが、多くの店はこの「チップ制廃止」の結果を失敗と判断して、静かに従来のチップ制に戻りました。そこには2通りの原因がありました。

1つは、従来のチップ分を固定給に上乗せして、例えばNYの高級店などでは時給25ドル(2600円程度)までアップしたのだそうですが、公明正大に固定給にしてしまうと、連邦(国)の所得税源泉徴収がされ、州の所得税源泉徴収に、さらには社会保険料も引かねばならなくなった結果、従業員からは「手取りが減った」という不満が出たのだそうです。

レストラン業界、特にホールの現場というのはキャリアの谷間で生活のために働く人などが多く、「公明正大に納税義務を果たす」よりも「毎回の手取り額」が大事という働き方をする人が多いこともあり、結果的に「チップ制廃止店」では人材が集まらないということも起きました。

2つ目は消費者に与える印象です。2000年代に入って、チップの率というのは15%とか18%という相場がジリジリと上がって、20%が普通になっています。ですから、その分を「上乗せ」するとなると、レストランのメニューにある定価も20%近く上げなくてはなりません。例えば中級店の場合で、35ドルのステーキがいきなり42ドルになるというわけで、「チップを払わなくていいので同じこと」だと頭で分かっていても、心理的に嫌悪感が出てしまい結果的に客足が遠のいてしまうということもありました。

というわけで、この「チップ制廃止の試み」は失敗し、静かに多くの店でチップ制が復活していたのです。当然のことですが、チップ込みの価格からは17%ぐらい値下げになるので、お客からは歓迎され客足が戻ったという店も多いそうです。

ところが、この問題に関しては別の議論も起きています。

まず、ニューヨーク州など民主党色の強い地域では、最低賃金のアップを強く進めています。例えばニューヨーク州の場合は、2018年の後半からは1時間15ドル(1600円相当)にまでアップされます。その恩恵を「全労働者に行き渡らせなくてはならない」という考え方から、従来からあった「チップの平均額を入れて最低賃金をクリアして入ればいい」という制度についてはこれを廃止しようとしているのです。

つまり「チップの平均額相当分だけ、固定給を下げていい」という「チップ・クレジット」の措置を止めるというわけです。法律がそう来るとなると、さすがに「時給15ドル+チップ」ということでは人件費アップは避けられないわけで、レストランの経営側としては、チップ制を廃止するか、あるいはこの「アップ分を価格転嫁」するかという苦渋の選択を、改めて迫られたのでした。これに関しては、現在は「制度的強制による価格上昇分」は別建ての追加料金とするという制度が模索されています。

さらに別の議論もあります。「#MeToo」運動が盛り上がりを見せる中で、「チップ制」がセクハラの温床だという議論が活発になっています。もちろん、アメリカでは具体的に不適切な行動があれば、すぐ警察を呼ぶのは当たり前です。ですが、そこまでは行かない、例えば言葉による嫌がらせの被害に関して、「チップの支払い者」という「経済的に強い立場」を利用して「泣き寝入りさせる」のはおかしい、そのような指摘です。

高級レストランの価格は高騰しており、ディナー料金が一人前で200ドルとか300ドルという店も当たり前になっています。仮に1テーブルの売り上げが1グループ500ドルだとして、その20%ということは100ドルというカネが動くわけです。その100ドルという金額が、支払い者によって恣意的に上下させることができれば、それは物理的な権力行使となり、不適切な言動の温床になるというわけです。

そうではあるのですが、冒頭に述べた「廃止したが失敗した」という議論の中にあったように、零細なレストランでチップの現金収入を頼って生活している現場労働者からは、懸念の声も上がっています。つまり、「チップ・クレジット廃止」や「チップ制廃止」が現実になれば、強い店、強い労働者だけが勝ち残るというのです。この「チップ制の行方」について最終的な方向性が出るまでには、まだもう少し時間がかかりそうです。

情報源:チップ制廃止の「失敗」で揺れるアメリカの外食業界(ニューズウィーク日本版) – Yahoo!ニュース

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