将棋の神、全力で殴り合った名人戦 作家・柚月裕子さん:朝日新聞デジタル

ふむ・・・


佐藤天彦名人(30)に羽生善治竜王(47)が挑戦する第76期将棋名人戦七番勝負(朝日新聞社、毎日新聞社主催、大和証券グループ協賛)の第1局が東京都文京区のホテル椿山荘東京で指された。将棋を題材としたミステリー「盤上の向日葵(ひまわり)」を書いた作家の柚月(ゆづき)裕子さんが観戦し、エッセーを寄せた。

対局室は聖域である。世紀の一番を観戦した、第一感だった。

名人戦第1局を観戦する作家の柚月裕子さん。羽生善治竜王の表情を見る=2018年4月11日、東京都文京区の「ホテル椿山荘東京」、迫和義撮影
名人戦第1局を観戦する作家の柚月裕子さん。羽生善治竜王の表情を見る=2018年4月11日、東京都文京区の「ホテル椿山荘東京」、迫和義撮影

11、12の両日、名人戦が料亭「錦水(きんすい)」で行われた。そこにはふたりの荒神がいた。佐藤天彦名人と、挑戦者、羽生善治竜王だ。9時に対局がはじまり、3手ほど進んだところで、報道関係者は部屋を出て、別棟の控室へ戻った。

控室には、将棋関係者や報道陣が詰めている。おのおのパソコンを見たり、2台のモニターで、駒の動きや対局者の様子を窺(うかが)ったりしている。

先手の羽生竜王は、名人の得意戦法である横歩取りを、あえて受けて立った。

控室のプロ棋士の口から、序盤の激しい応酬に、「殴り合い」「ノーガード」という物騒な言葉が漏れる。素人の自分にも、「殴ってこい、こっちもやってやる!」という不退転の覚悟が見て取れた。ある棋士は、「戦っている方はきついけれど、見ている方はたまらなく面白いですよ」と、楽しげに語った。

控室のテーブルには、何組かの将棋盤が用意されている。みなが入れ代わり立ち代わり、名人と挑戦者の応手を予想するのだが、検討を続けるプロ棋士の姿を見て、そこはかとない懐かしさが込み上げてきた。まるで、学校の部室にいる生徒のような感じだ。ときに真剣に、ときにじゃれあいながら、将棋を楽しんでいる少年のように思えた。

「殴り合い」は、1日目の封じ手まで続いた。

その夜、名人、挑戦者を交えた会食があった。自分は名人と同じテーブルだったが、激闘を繰り広げた荒神らしさは、まったく感じられなかった。ときおり笑みをこぼす名人は、明らかに会話を楽しんでいた。隣の席からも、羽生竜王の朗らかな笑い声が聞こえてくる。対局中の荒神が、盤を離れると菩薩(ぼさつ)になる。いずれにしても、将棋の神なのだ。自分はいま、神々と共にいるのだ。恐れ多さを通り越し、純粋に嬉(うれ)しくなった。

翌日、大方の予想は、遅くても夕刻までには結果が出る、というものだった。しかし予想は外れた。名人と挑戦者は2日目も全力で殴り合いに出たのだ。綱渡りのような対局が終了したのは、夜の8時22分。挑戦者の羽生竜王が激闘を制した。

自分が対局室に入ったときは、すでに報道陣が機材のセッティングを終えて待機していた。名人と挑戦者が報道陣の質問に答える。そのたびに、カメラのシャッターが切られる。シャッター音が、素晴らしい棋譜を残したふたりの、健闘を讃(たた)える拍手のように聞こえた。しばらくのあいだ、シャッター音の拍手は鳴り止(や)まなかった。

感想戦を行うふたりは、目の前にいる対戦相手ではなく、その奥にあるものを見つめているように感じた。対局を振り返りながらも、ふたりは眼前の相手を見ていない。目に見えない、盤上に存在する神の領域を見ている。そんな印象を持った。

羽生竜王の通算1400勝の記者会見でも、同様の感想を抱いた。記者から1400勝達成について訊(き)かれると、羽生竜王は「ひとつの目標を達成することができてよかった」と答えた。偉大な記録さえも、通過点に過ぎない、という強固な意志が伝わってきた。

前人未到――。通算百期目のタイトルを懸けた羽生竜王の戦いは、さらなる高みに上るための布石なのだろう。

名人戦ははじまったばかりだ。今後の戦いはさらに熱量を増すだろう。

神々たちの熱闘に、酔いしれたいと思う。

情報源:将棋の神、全力で殴り合った名人戦 作家・柚月裕子さん:朝日新聞デジタル


へぇ・・・