中国新聞紙齢「第44444号」を発行 | 中国新聞アルファ

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中国新聞は20日、朝刊の発行号数が第44444号に達した。1892(明治25)年5月5日に創刊し、紙齢を重ねて125年余り。明治、大正、昭和、平成と四つの時代にわたり地域の営みを映し出してきた。5桁の数がそろう「ぞろ目」の各号と、第1号の紙面を通じ、時代の移ろいを振り返る。

第1号は、題字「中國」を掲げた全8ページだった。1面はトップに不偏不党、言論の独立をうたう創刊の辞「中國宣言」を据えた。「厳島振興組合」がまとめた厳島神社の修理を柱とする宮島(廿日市市)の振興計画や、広島県から米国などへの移民が増えているのを反映した渡航の心得も報じる。

第11111号は1925(大正14)年6月26日付。第1号にはなかった写真が登場し、エキストラ2千人を動員した映画の撮影風景などが載る。その真下にある広告欄では、往年の名優、阪東妻三郎出演の映画を紹介。広告主の映画館「世界館」は、原爆で焼け野原となった広島市中島本町(現在の中区中島町)にあった。爆心地の在りし日を思わせる。

原爆の惨禍を乗り越えて紙齢をリレーし、56(昭和31)年1月25日付で第22222号を迎えた。国際情勢を伝える面には、米ソ冷戦の影が見え隠れする。冷戦下で進んだ核軍拡競争を踏まえ、社説は核兵器の使用禁止について「何故一歩でも二歩でも前進した具体的取決めが行われないのだろうか」と指弾した。

第33333号は86(昭和61)年11月27日付。5年目に突入した中曽根政権の課題や、広島空港(三原市)の用地買収の進み具合を伝える。経済面では翌年向けの新作水着を「ワンピースが主流で、よりハイレッグ」と紹介するなど、後のバブル期のトレンドを示す言葉も並んだ。

時代の息遣いは、読者の投書欄からもうかがえる。高度経済成長期の第22222号では、青年が世の拝金主義を嘆いてペンを振るった。第33333号には学校週5日制導入への賛意や南区のJR広島駅前開発への期待、東京・三原山の噴火で感じた自然への畏れなどが率直につづられた。

本日付の第44444号が報じたニュースや読者の声をお読みになった感想はいかがだろう。次にぞろ目となる第55555号の発行は、31年余り先となる。平成の元号が変わり、新たな時代を迎えても、地方紙として地域に寄り添う姿勢を貫き、紙齢を重ねていく。

情報源:中国新聞紙齢「第44444号」を発行 | 中国新聞アルファ


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