漂着相次ぐ木造漁船に「母船」の存在

漂着相次ぐ木造漁船に「母船」の存在 | NHKニュース

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朝鮮半島から来たと見られる木造船の漂着が相次ぐ中、日本海で操業する北朝鮮の漁船の中には、日本への漂着が相次いでいる小型の木造漁船のほかに、大型船の存在が確認されています。

「全国いか釣り漁業協会」が去年9月、能登半島沖の日本の排他的経済水域にある「大和堆」という漁場で撮影した画像では、白く塗装された鉄製の大型船が確認できます。

海上保安庁などによりますと、大型船はことしも大和堆の付近で複数の大型船が確認されていて、全長は30メートルから40メートルほどと木造漁船の3倍以上の大きさだということです。大型船の側面に木造漁船が横付けされているのが確認され、当時、この海域にいた日本の漁業者は、木造漁船から大型船に何らかのものが運び込まれている様子を目撃したということです。

大型船の詳しい役割はわかっていませんが、海上保安庁関係者は、大型船が魚を集める拠点となり、木造漁船が漁を続ける態勢をとっている可能性もあるとしています。

また、ロープでつながれた複数の北朝鮮の木造漁船が大型船に引っ張られるような様子も確認されているということで、燃料を節約する目的もあると見られています。

海上保安庁関係者は、大型船が「母船」のような役割を担って複数の小型漁船とともに組織的に漁を行っているケースがあると見て、詳しく調べています。

なぜ日本海で操業するのか?

北朝鮮は当初、朝鮮半島沿岸での漁業を行っていましたが、数年前から沿岸を越えて日本海まで出て来て漁をするケースが目立っています。

北朝鮮情勢に詳しい聖学院大学の宮本悟教授によりますと、北朝鮮が本格的に漁業を始めたのはキム・イルソン(金日成)主席の時代でした。キム主席は1978年の演説で「漁業を発展させることが重要だ」と述べて水産業を拡大する方針を表明。当時は魚のたんぱく質をとることで体格をよくする狙いがあったとされています。

1980年代には木造漁船が多数つくられ、漁が盛んに行われるようになりましたが、漁場は朝鮮半島の周辺でした。1999年に北朝鮮で出版された地図には、スルメイカや太刀魚などの漁場が示されていますが、いずれも朝鮮半島周辺の沿岸部で、「大和堆」など遠方の漁場は含まれていません。

その後、キム・ジョンウン(金正恩)政権のもとで状況が大きく変化します。キム・ジョンウン朝鮮労働党委員長が2013年5月に軍の水産事業所を視察した際に、「1隻あたり年間1000トンを捕まえなければならない。これは命令ではなくお願いだ」と述べたと、朝鮮労働党機関紙「労働新聞」が報道。宮本さんによると、この数字が漁師たちの事実上のノルマになったということです。

この方針の背景には海産物の輸出が外貨獲得の重要な手段に位置づけられたことがあると見られ、北朝鮮軍は水産業の功労者を毎年、表彰しているということです。

一方で、漂着した漁船の形状を見ると、船底が平らになっているなどしけに対応できる構造ではないものばかりで、1980年代に大量につくられた沿岸漁業用の古い船が使われている可能性があるということです。

宮本さんは北朝鮮の多くの漁師がノルマの達成と生活費を得るために、海上のしけに耐えられるだけの十分な装備もないまま、豊富な漁場の日本海の「大和堆」に来ていると指摘しています。

北朝鮮「排他的経済水域」受け入れない可能性

北朝鮮の漁船が目立つようになっている能登半島沖の「大和堆」は日本の排他的経済水域の中にあり、海上保安庁は、取締りを強化して退去するよう求めています。

「排他的経済水域」は、水産資源や海底資源の権利の状況を明確にするために沿岸国が国連海洋法条約に基づいて設定するもので、沿岸からおよそ370キロまでが範囲となります。ただし、日本と北朝鮮の間で排他的経済水域を設定する場合、重なり合う部分が生じるため、日本側は法律に基づいて両国間の中間線を境界としています。

しかし、北朝鮮は国連海洋法条約を批准していないことなどから、排他的経済水域の考え方を受け入れていない可能性があり、今後も北朝鮮の漁船が日本の排他的経済水域で操業を続けることが懸念されます。

情報源:漂着相次ぐ木造漁船に「母船」の存在 | NHKニュース


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