幕末の志士 武市半平太 田畑など売却を示す直筆証文発見

幕末の志士 武市半平太 田畑など売却を示す直筆証文発見 | NHKニュース

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尊皇攘夷を唱えた幕末の志士、武市半平太が、後の「土佐勤王党」の一員となる志士などが通った剣術道場を開いたあと、田畑などを売ったことを示す直筆の証文が見つかりました。専門家は「資金を道場の運営などに充てたと見られ、当時の状況を物語る貴重な資料だ」と指摘しています。

武市半平太は、坂本龍馬などとともに「土佐勤王党」を結成し、尊皇攘夷運動を展開しました。

ゆかりの深い地元の豪農の子孫が所有する高知市の蔵を調べたところ、嘉永5年(1852年)に当時24歳だった武市半平太が、田畑や山林を売ったことを示す証文が見つかりました。

「考えるところがあって売ります」という内容が、丁寧な字で記され、高知県の佐川町立青山文庫の松岡司名誉館長が鑑定した結果、直筆で署名と黒い印章も本人の物と確認されました。

この時期は、岡田以蔵など後に土佐勤王党の一員となる志士も通った剣術道場などを建てた2年後にあたるということです。

松岡名誉館長は「売却で得た資金を道場の運営や生活に充てたと見られる。暮らしに関連する直筆の資料が見つかったのは初めてで、当時の状況を物語るとともに、きちょうめんな性格がにじみ出た資料だ」と話しています。

このほか本人が使ったと見られる刃渡り55センチの脇差しや明治以降に描かれた珍しい立ち姿の肖像画なども見つかり、松岡名誉館長は、「本人の息づかいが感じられる貴重な資料だ」と指摘しています。

武市半平太 新たな発見は8点

今回見つかったのは、武市半平太に関係する8点の資料です。

このうち直筆と確認された証文は、嘉永5年、1852年の年末、田畑や山林を地元の豪農に売った際のものです。署名や黒い印章の「黒印」が添えられ、「考えるところがあって、あなた様に売ります」という内容が書かれ、「八十文銭三貫八百目」を受け取ったと記されています。

また本人が使ったと見られる刀は、刃渡り55センチの脇差しです。切腹で生涯を閉じたあと、生活に困っていた妻から買い取ったという話が、代々伝えられてきたということです。
松岡名誉館長は、両家の関係の深さから武市の刀である可能性が高いと見ています。

珍しい立ち姿を描いた肖像画も見つかりました。明治から昭和のはじめにかけて活躍し、坂本龍馬の肖像画をかいたことでも知られる高知市出身の画家、公文菊僊が手がけたもので、縦1メートル15センチ、横40センチで、りんとしたはかま姿が描かれています。
立ち姿の肖像画は初めてだということで、松岡名誉館長は「これまで見たことのない剣士の姿を描いていて、価値の高い資料だ」と話しています。

武市半平太とは

土佐の幕末の志士、武市半平太は、天皇を中心とした新しい国をつくろうと坂本龍馬などとともに「土佐勤王党」を結成し、尊皇攘夷運動に力を注ぎました。剣術の腕前でも知られ、地元で立ち上げた道場には、後に土佐勤王党の一員となった岡田以蔵なども通ったということです。

尊皇攘夷の気運が、一時衰えた際藩内の主導権争いをめぐって切腹を命じられ、明治維新を目前にした慶応元年(1865年)5月11日、志半ばで37歳の生涯を閉じました。出身地の高知市仁井田には、墓と生家が残り、業績を紹介する瑞山記念館が建てられています。地元の人たちは、毎年の命日に慰霊祭を行っています。

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