80歳も支える側に転身 年齢で「分断」時代遅れ

ハァ・・・


「もはや戦後ではない」と当時の経済白書が記してから60年が過ぎても、私たちの社会は戦後に形作られた制度や慣行を連綿と受け継いでいる。多くの働く人にとって職業人生のゴールとなる定年制。取材班は年齢による一律の物差しはもはや時代遅れになったと考えている。

特養ホームで勤務する松村さんは72歳だ(川崎市)
特養ホームで勤務する松村さんは72歳だ(川崎市)

日本の企業社会に定年制が広がったのは1940年代後半とされる。戦地からの復員者などを受け入れた企業が過剰雇用に直面し、そこに労働運動の高まりが重なった。人員を調整する手段として年齢を基準にした労働市場からの退出が合理的な選択だった。

健康でも働かず

年金の支給開始年齢を55歳から60歳に引き上げる54年の法改正などを受け、曲折を経ながらも日本の企業社会に60歳定年が定着した。そして今、一部の大企業は65歳までの引き上げに動いている。2030年には65歳定年の時代が来るに違いない。

しかし年齢による線引きが残る以上、雇用や賃金の断層が消えることはない。一人ひとりが発想を変え、政策が背中を押せば、私たちは違った未来へと踏み出せる。

30年の日本は65歳以上の人の割合が31.2%に達する。高齢者を現役世代が支える現在の社会保障の仕組みを続けるなら、3人に1人が支えられる側になる。

もし65~74歳の人の半分が支え手側に回れば、支えられる側は25.2%に下がり、現在の水準を維持できる。今の高齢者やその下の世代の働く意欲は高いとされる。実現可能な未来にみえるが、果たしてそうだろうか。

「健康状態が同じであっても、人々は昔に比べて働かなくなっている」。一橋大の小塩隆士教授は平均余命と就業率の関係から分析する。1975年には平均余命まで20年ある57歳男性の就業率は91%。2015年には平均余命20年弱の65歳男性の就業率は62%にとどまる。「支える側に回ってもおかしくない人たちの多くが、支えられる側にとどまっている。社会的に無理のある構造だ」と小塩氏は話す。

取材班は川崎市の特別養護老人ホーム「クロスハート幸・川崎」を訪ねた。運営する社会福祉法人、伸こう福祉会(横浜市)は職員の定年が70歳だが、80歳まで非常勤で働ける。法人全体で65~74歳の職員は163人、75歳以上も11人いる。食事介助をしていた松村ゆり子さんは72歳の介護職員。「(入居者と)同世代だから姉妹みたいに仲良くなれるのよ」。高齢者も支える側に加われば、安心網の土台はもっと強くなる。

全員参加型へ

人生100年時代が視野に入り、安倍政権は「人づくり革命」を看板政策に掲げる。しかし不思議と聞こえてこないのが年金制度の未来だ。一人でも多くの高齢者に支える側に回ってもらうには、支給開始年齢の引き上げや、働き続ける高齢者が年金額で不利になる仕組みを見直す議論が避けて通れないはずだ。

様々な事情で働くことが難しい人もいる。支え合いへの参加の形は多様であるべきだ。全世代型よりも全員参加型へ――。安心網を長持ちさせる力を私たちの社会はまだ秘めている。

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