囲碁 井山裕太 2度目の「七冠独占」

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囲碁 井山裕太 2度目の「七冠独占」

囲碁の井山裕太六冠が、17日、静岡県熱海市で行われた対局に勝って名人のタイトルを奪い、自身、2度目の七冠独占を果たしました。七大タイトルを2度にわたって独占したのは、囲碁、将棋を通じて、井山さんが初めてです。

井山裕太六冠は去年4月、囲碁で史上初の七大タイトル独占を果たしたあと、去年11月に「名人」のタイトルを失いましたが、そのほか6つのタイトル戦では強豪棋士の挑戦を次々と退け、すべて防衛を果たしました。

そして、ことし8月から、去年敗れた高尾紳路名人に挑む名人戦の七番勝負に臨み、ここまで3勝1敗と、タイトル奪還まであと1勝に迫っていました。

16日から静岡県熱海市で行われていた第5局は、井山六冠が序盤から積極的に攻めたのに対し、高尾名人もそれにくらいつき、両者譲らぬ激戦となった末、17日午後6時半すぎ、197手までで高尾名人が投了し、井山六冠が中押し勝ちしました。

井山さんはこれで、「名人」のタイトルをわずか1期で奪い返し、自身、2度目となる七大タイトル独占を達成しました。将棋の世界でも、20年余り前の平成8年に、羽生善治さんが当時の七大タイトル独占を達成していますが、2度目の「七冠」達成は、囲碁、将棋を通じ、初めての快挙です。

井山さんは対局のあと、「まだ終わったばかりで考えられる状況ではないですが、自分なりに力は出し切れました。今後も、これまでどおり1局1局、目の前の1手を積み重ねて、なかなか結果が出せていない世界戦にも精いっぱい挑戦していきたいです」と話していました。

敗れた高尾さんは、「これが実力かなと思います。井山さんの強さを改めて感じました。この大舞台での井山さんとの勝負を、今後の棋士人生に生かしたいです」と話していました。

井山「まだ完成とは思わない」

2度目の「七冠」を達成した井山裕太さんは、対局のあとの記者会見で、「自分の実力からすると『できすぎ』で、まだ信じられないというのが正直なところです。去年『名人』を失って七冠が崩れたあとは、2度目の七冠は現実的ではないと思っていましたが、1局1局の積み重ねでここまで来ることができました。1度目の時よりは、成長した姿を見せることができました」と、達成直後の心境を語りました。

また、今回2度目の「七冠」に挑んだ心境については、「去年の1度目の挑戦の時は、二度とないチャンスで、是が非でも達成したいという気持ちが強かったのを覚えています。今回は『七冠を目指す』というより、1年前に敗れた名人戦で昨年以上の戦いを見せたいという思いが強くありました。2度目の七冠達成を重圧に感じることはありませんでした」と語りました。

そのうえで、今後の目標について、「これまでの棋士人生の中では、今がいちばん強く成長できていると思っていますが、まだまだ自分自身、これで完成とは全く思っていません。少しでも成長していきたいという思いが強いです。世界的に見れば、自分は全く特別ではなく、世界戦ではまだ思うような結果は出せていないので、挑戦を続けて、よい結果を残していきたいです」と話していました。

羽生「心技体揃わねば 成しえない」

2度目の「七冠」を達成した囲碁の井山さんに対し、将棋界でただ1人、21年前に当時の「七冠」独占を達成した羽生善治さんがコメントを寄せ、「2度目の七冠達成、誠におめでとうございます。心、技、体、のすべてが揃わなければ偉大な快挙は成しえないと思いました。まだまだ、井山さんのベストパフォーマンスは伸びると思いますので、今後も独創的な囲碁を打ち続けて行くことをファンの皆さんとともに楽しみにしています」と祝福の言葉を贈りました。

これまでの歩み

前人未踏の2度目の「七冠」を達成した井山裕太さんは、大阪・東大阪市出身の28歳。幼い時に祖父の影響で囲碁をはじめ、6年生までが対象の小学生の全国大会に2年生で優勝するなど、早くからその才能が注目されました。

中学1年生のときにわずか12歳でプロに。その後、数々の最年少記録を塗り替えるなど、平成生まれの新星として期待を集めました。20歳で挑んだ平成21年の名人戦で、当時、囲碁界の頂点に君臨していた張栩九段を破って史上最年少の「名人」となり、初めて、七大タイトルの1つを獲得します。

その後も、並み居る強豪を圧倒する強さを見せ続け、平成25年には、七大タイトルのうち6つを同時に保有する「六冠」を史上初めて達成し、全冠制覇まであと一歩に迫りましたが、防衛戦に敗れ、一時、四冠まで後退しました。

しかし、自身3度目の六冠となって迎えた去年4月、残る1つだった「十段」のタイトルを獲得。ついに、囲碁では史上初となる七大タイトル独占を成し遂げました。

その後、去年11月、名人戦で高尾紳路九段に敗れ、七冠の独占は途絶えましたが、このとき、井山さんが七冠を保持していた期間は197日間で、21年前に、将棋でただ1人、七冠を成し遂げた羽生善治さんの168日を上回りました。

情報源:囲碁 井山裕太 2度目の「七冠独占」 | NHKニュース


日本囲碁界の第一人者が、またも金字塔を打ち立てた。17日、本因坊文裕(もんゆう、28)=井山裕太九段=が名人戦七番勝負を制して7冠に復帰。若手の台頭が目立つ囲碁界にありながら、圧倒的な強さを見せつけた。しかし「まだ自分自身、完成したとは思っていない」と、さらなる世界の頂を見据えた。【最上聡、新土居仁昌】

午後6時36分、高尾紳路名人(40)が無念さをかみ殺すように投了の意思を示した。静かに頭を下げる挑戦者。大勢の報道陣が対局室に詰めかけ、カメラのシャッター音が鳴り響く中、7冠王者の表情に安堵(あんど)の色が広がった。

終盤、緊迫したコウ争いを文裕が制した。対局を振り返る感想戦では、互いに笑みを浮かべる場面も。難しい局面の検討で、「どう打てばよかったですかね」と謙虚な文裕。一方の高尾も淡々と応じる。「僕より強いのは打つ前から分かっていた。(今期の名人戦を)今後の棋士人生に生かしていきたい」。名人にここまで言わせた文裕の充実ぶりが際だっていた。

昨年11月、名人を失った文裕は、王座戦で余正麒七段(22)、天元戦で一力遼七段(20)と、自身に迫る若手の挑戦を次々と受けた。それぞれ3連勝、3勝1敗で退けたが、「碁の内容はぎりぎりで、乗り切って波に乗れた。負けをどう生かすかが大事と常に思っている」と振り返る。今春の本因坊戦では本木克弥八段(22)を4連勝で降すなど、今年4月から7月にかけては公式戦16連勝を達成。伸び盛りの若手の大きな壁であり続けた。

囲碁界ではさらに下の世代、竜星戦を制した芝野虎丸七段(17)、阿含・桐山杯を優勝した六浦雄太七段(18)ら、入段間もない10代の若手も次々と頭角を現している。

今年、文裕は例年に増して世界戦に出場、中国・韓国の棋士と戦ったが、結果を残せていない。「世界で見れば自分は特別な存在ではないが、世界の舞台に出て刺激を受けた。どこか一つでも結果を残したい」と決意を明かした。

情報源:<文裕7冠復帰>「まだ未完成」さらなる世界の頂を見据える (毎日新聞) – Yahoo!ニュース


“心技体”すべてがそろった時にのみ偉業は達成される。囲碁界に限らず、あらゆる分野について言えることだろう。本因坊文裕(28)=井山裕太九段。全7大タイトル同時制覇、それを2度も成し遂げるとは。現在の文裕は、まさに“国士無双”の状態にある。

私が最も注目するのは“心”。勝負ごとにおいては、特にこの部分が大きい。実力抜群でありながら、「メンタルが強くなくて」と弱音を吐き、つぶれてきた棋士を何人見てきたことだろう。

文裕の場合、「負けを引きずらない」。これに尽きる。実際、ことあるごとに文裕は「連敗は少ないと思います。それが強みです」と語っている。

象徴的なのが対局が終わってから。打ち上げの席、文裕は勝っても負けても態度は変わらない。悔しい逆転負けを食らった後でも、何とも快活。どちらが勝者か分からないような場面に何度も遭遇してきた。7冠獲得の先輩、将棋界の羽生善治棋聖もまったく同じである。もう一つ、天性の明るさ、品格を併せ持つのも2人に共通している。

ただ一人高みを行く文裕。次なる目標は世界戦での活躍しかない。中韓の後塵(こうじん)を拝して十数年。それなりの実績は残してきたが、文裕には、それ以上のものが求められている。

前途は決して楽観できない。文裕と同格と見られる棋士は中国で20人、韓国で10人はいるからだ。ただ、コンスタントに出場すれば、結果は必ずついてこよう。それだけの実力は十分備えている。あとはタイミングだけだ。【金沢盛栄】

情報源:<文裕7冠復帰>心技体そろう まさに“国士無双”の状態 (毎日新聞) – Yahoo!ニュース


囲碁の本因坊文裕(もんゆう、28)=井山裕太九段=が17日、2度目の全7大タイトル同時制覇を達成した。16日から静岡県熱海市で打たれた第42期名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第5局で、197手で高尾紳路名人(40)に黒番中押し勝ちし、4勝1敗でタイトルを奪取。昨年11月に失った名人を奪い返したことで、約1年ぶりに7冠復帰を果たした。囲碁、将棋界で7冠復帰は史上初。

囲碁の7大タイトルは本因坊、棋聖、名人、王座、天元、碁聖、十段。文裕は昨年4月、囲碁界初の7冠を達成し、197日間保持したが、高尾に名人を崩された。しかし、その後、残る6タイトル戦を防衛。名人への挑戦者を決めるリーグ戦も全勝で突破し、6冠を保ったまま高尾へのリターンマッチに挑んでいた。初戦は落としたが、第2局から4連勝した。

現行の7大タイトル戦は、1976年に出そろった。それぞれリーグ戦やトーナメント戦により挑戦者を決め、タイトル保持者と七番勝負(本因坊、棋聖、名人)、または五番勝負を、各地を転戦しながら行う大規模な棋戦だ。将棋界では羽生善治棋聖(47)が96年に7冠を達成した。【最上聡】

◇今の自分の力は精いっぱい出し切れた

本因坊文裕の話 まだ終わったばかりで実感はないが、昨年より進歩したところは出せたかと思う。今の自分の力は精いっぱい出し切れた。今後もこれまで通り一局一局、目の前の一手を積み重ねていく。

◇本因坊文裕(ほんいんぼう・もんゆう)

井山裕太(いやま・ゆうた)九段。1989年、東大阪市生まれ。石井邦生九段門下。2002年4月、12歳でプロ入り。16年、本因坊戦5連覇で永世本因坊の資格を獲得、号を名乗った。通算602勝217敗。

情報源:<囲碁>文裕7冠復帰 名人戦、タイトル奪取 (毎日新聞) – Yahoo!ニュース


井山新名人 七冠復活の軌跡
井山新名人 七冠復活の軌跡

囲碁の井山裕太六冠(28)が名人位を奪還し、囲碁・将棋界を通じて初めての七冠返り咲きを果たした。リスクを恐れず果敢に奔放に打つ井山流を貫き、「2度目はない」とされた偉業を最短距離で達成。途切れぬ集中力と止まらぬ進化の源泉は、小学生の時に立てた「世界一」の志だ。

終局後の記者会見で、井山は胸の内に膨らむ自信を隠さなかった。「これまでの棋士人生の中でいまが一番成長できていると思う」

第5局2日目の17日午後6時36分。白番の高尾紳路名人(40)が頭を下げて投了の意思を示すと、約40人の報道陣が対局室になだれ込んだ。七冠復活の思いを聞かれた井山は、盤面を見つめつつ「残念な結果に終わった昨年より自分なりにいい戦いができた」と語り、こう続けた。「世界戦ではなかなか良い結果を残せていない。世界には自分クラスの棋士がたくさんいる。容易ではないが精いっぱいがんばりたい」

昨年11月3日。最終第7局までもつれ込んだ前期名人戦で高尾に敗れ、史上初の七冠独占は197日で途切れた。当時井山自身も「ちょっと考えにくい」と語っていた七冠復活には、残る六つのタイトルを全て防衛し、名人戦リーグを勝ち抜いて名人を倒さなければならない。師匠の石井邦生九段(75)が「奇跡の中の奇跡」と呼ぶゆえんだ。

〈最終図〉先番・井山挑戦者(197手完)
〈最終図〉先番・井山挑戦者(197手完)

特に8月末からの今期名人戦七番勝負は、合間に中国や韓国での世界戦の対局が入る「殺人的なスケジュール」(日本棋院)。第2局では対局翌日、宿から中国浙江省に直行した。「過密日程とか体調とか、盤外の事情は言いわけにならない。棋士は盤上の結果が全てだ」。後輩の吉川一(きっかわはじめ)三段(27)にこうもらしていた。「とにかく勝て。勝てば強い棋士と打てる。打てば自分のレベルアップにつながる」。親しくする村川大介八段(26)が、伸び悩んでいたころにかけられた言葉だ。

ストイックに身を律する原点は9年前、19歳で七大タイトルに初挑戦した第33期名人戦。当時の名人、張栩(ちょうう)九段(37)の気迫に圧倒され、着手に迷いが出て自滅した。以来「負けても後悔したくない。打ちたい手を打つ」と心に決めた。「誰にも依拠しない。信じられるのは自分だけ。彼は修羅の道を選んだ」と張。翌34期、再び挑戦者となって史上最年少の名人位に就いた。

七冠独占が崩れた1年前のことを、井山は「正直、肩の荷が下りた気がした」と振り返る。それでも歩速を緩めなかったのは、まだ見ぬ世界の頂への渇望だ。

中国や韓国に後れを取る日本囲碁界を、再び世界一に導く期待を一身に背負う。昨年3月、国内タイトル戦の主催各社を自ら回り、世界戦に出られるよう日程調整を申し出た。「よほど切羽詰まっていたのでしょう」。同行した日本棋院副理事長の山城宏九段(59)は振り返る。七冠復活は、あくまで世界への途上にあった。

高尾紳路名人(左)を破り、再び七冠となった井山裕太新名人=17日午後6時55分、静岡県熱海市和田町のあたみ石亭、迫和義撮影
高尾紳路名人(左)を破り、再び七冠となった井山裕太新名人=17日午後6時55分、静岡県熱海市和田町のあたみ石亭、迫和義撮影

次の照準は韓国の世界戦「LG杯」。現在ベスト8に残り、準々決勝と準決勝が11月、東京である。全力疾走は続く。(大出公二)

情報源:井山裕太、進化の源泉は「世界一」の志 七冠返り咲き:朝日新聞デジタル


囲碁界を牽引(けんいん)する第一人者が、また一つ大きな金字塔を打ち立てた。囲碁の名人戦で高尾紳路名人(40)を破り、自身2度目となる七大タイトル同時制覇を果たした井山裕太七冠(28)。「一局一局の積み重ねでここまで来ることができた」。囲碁界、将棋界を通じて初の偉業達成を冷静に振り返り、さらなる飛躍を誓った。

静岡県熱海市で行われた名人戦第5局。午後6時36分、タイトルホルダーの高尾前名人が頭を下げ、投了を告げた。終局後の会見で井山七冠は「昨年負けた直後は、名人戦の舞台に戻れると思っていなかった。一度目より成長した姿を見せることができた」と、笑顔で語った。

昨年11月の前期名人戦で高尾前名人にフルセットで敗れ、七冠の一角を崩されてから1年。雪辱を期してのぞんだ今シリーズは開幕局を落としたものの、第2局以降は4連勝し、力の差を見せつけた。「シリーズを通して、いい内容だったかどうかわからないが、今の力を出し切れた」。

将棋界の第一人者、羽生善治棋聖(47)もなしえなかった快挙を達成した井山七冠だが、今年3月には“想定外”の試練に見舞われた。

大阪で行われた「ワールド碁チャンピオンシップ」で、中国、韓国のトップ棋士や人工知能(AI)と対戦したが、3連敗。しかし、この経験がさらなる進化につながったと指摘する声もある。「AIとの対局で、序盤から厳しい手を打つ必要があると認識したのだろう。攻める気持ちがいっそう強くなった気がする」と、日本棋院元理事長の大竹英雄名誉碁聖。その後、快進撃が始まり、4月から7月にかけて公式戦16連勝。6月の本因坊、7月の碁聖戦では、ともにストレートで挑戦者を退けた。

2度目の七冠達成で、改めて“国内無敵”をアピールした井山七冠。今後は七冠防衛ロードが始まり、11月には世界トップと争う国際戦も待ち受ける。「自分はまだ完成しているとは思っていない。世界には自分と同じクラスの相手がたくさんいるので、結果を出せるよう挑戦を続けたい」と表情を引き締めた。(伊藤洋一)

情報源:【囲碁】AIとの激闘で進化 井山裕太七冠「挑戦続けたい」(1/2ページ) – 産経ニュース


囲碁の高尾紳路名人(40)に井山裕太6冠(28)=棋聖、本因坊、王座、天元、碁聖、十段=が挑戦する第42期名人戦7番勝負第5局が16日から静岡県熱海市で打たれ、17日、黒番の井山が197手で中押し勝ちし、4勝1敗でタイトルを奪還、昨年11月に6冠に後退して以来約1年ぶりの7冠独占を果たした。2度目の全タイトル制覇は囲碁界、将棋界を通じて史上初となる。
終局後、井山は「いろいろまずい手もあったが、昨年より進歩したところを出せたと思う」と語った。
井山は大阪府東大阪市出身。5歳で碁を覚え、6歳から石井邦生九段の指導を受けた。中学1年でプロ入りし、2009年に史上最年少の20歳4カ月で名人位を獲得。13年には囲碁界初となる6冠を達成した。
一時4冠まで後退したが、昨年4月に囲碁界初の7冠独占を成し遂げ、同11月に名人位を高尾九段に奪われるまで計197日間保持した。その後は残る6冠を全て防衛し、今回の名人戦に臨んでいた。
将棋界では、96年に当時25歳の羽生善治棋聖(47)が史上初の7冠独占を達成。計167日間保持した。その後は7冠達成は出ていない。(2017/10/17-19:39)

情報源:井山が史上初2度目の7冠=囲碁名人戦でタイトル奪還:時事ドットコム


囲碁の第42期名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第5局が16、17の両日、静岡県熱海市で行われ、井山裕太六冠(28)が高尾紳路名人(40)に黒番中押し勝ちし、対戦成績4勝1敗で名人位を奪取、前人未到の2度目の七冠独占を成し遂げた。

井山七冠は昨年4月、囲碁界初の七大タイトル独占を果たしたが、同年11月の名人戦で敗れ、197日間で6冠に後退。その後、王座、天元、棋聖、十段、本因坊、碁聖のタイトル戦をすべて防衛し、2度目の七冠保持者に返り咲いた。将棋界では平成8年、羽生善治棋聖(47)が全七冠同時制覇(現在は叡王を加え全八冠)を達成した。しかし、5カ月半で6冠に後退して以降、再度の全冠独占は実現していない。

情報源:【囲碁】井山裕太六冠が名人奪取、前人未到の七冠復帰 囲碁の第42期名人戦七番勝負 – 産経ニュース


第5局を制し再び七冠となった井山裕太新名人=17日午後7時4分、静岡県熱海市和田町のあたみ石亭、迫和義撮影
第5局を制し再び七冠となった井山裕太新名人=17日午後7時4分、静岡県熱海市和田町のあたみ石亭、迫和義撮影

囲碁の井山裕太六冠(28)が17日、名人位を奪還し、2度目の七大タイトル独占を果たした。囲碁・将棋を通じて2度の七冠達成は初めて。昨年4月に囲碁界初の七冠となったが、昨秋に名人位を失い、六冠に後退していた。将棋界では羽生善治棋聖(47)が1996年に七冠を達成しているが、同年に独占が崩れてからは成しえていない。

静岡県熱海市の「あたみ石亭」で打たれた第42期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)第5局で、午後6時36分、挑戦者の井山六冠が高尾紳路名人(40)に197手までで黒番中押し勝ち。4勝1敗でシリーズを制した。名人位は通算6期目。

井山六冠は昨年4月、名人、棋聖、本因坊、王座、天元、碁聖に加え十段のタイトルを奪取。初の七冠となったが、同11月、高尾名人に敗れ名人位を失った。

しかしその後、残る六つの全タイトル防衛に成功。名人への挑戦者を決める決定リーグ戦も全勝優勝して挑戦権を獲得した。高尾名人との七番勝負は開幕初戦こそ落としたものの、第2局から4連勝した。

大阪府東大阪市出身。2002年に12歳でプロ入りし、09年に七大タイトル戦史上最年少の20歳4カ月で名人となった。15年の本因坊戦以来、七大タイトル全ての挑戦手合に歴代最長の18回連続出場中。今回の七冠独占で来期の名人戦まで24回連続出場が確定し、日本囲碁界で圧倒的な強さを誇っている。日本棋院関西総本部所属。(大出公二)

〈井山裕太新名人の話〉 (2度目の七冠達成は)自分の実力からすると出来すぎで、信じられない。1度目の時より成長した姿をお見せできたかと思う。持てる力を精いっぱい出し切れた七番勝負だった。だが世界には自分くらいの力の棋士はたくさんいる。今後も世界戦に挑戦し続けていく。

情報源:井山裕太、2度目の七冠独占 囲碁の名人位を奪取:朝日新聞デジタル


おめでとうございます。