【夏休み特別インタビュー】「吉田清治氏長男 銃殺仕方ないと韓国警察に答えた」ウソ慰安婦謝罪碑書き換えで拘束の奥茂治氏が明かす全真相(1/6ページ) – 産経ニュース

明確な歴史の物的証拠が存在しない案件だしな。


故吉田清治氏の謝罪碑(上)と奥茂治氏がその上に貼り付けた後、剥がされた石板(下)=7月、韓国・天安市の国立墓地「望郷の丘」
故吉田清治氏の謝罪碑(上)と奥茂治氏がその上に貼り付けた後、剥がされた石板(下)=7月、韓国・天安市の国立墓地「望郷の丘」

朝鮮半島から女性を強制連行したと偽証した故吉田清治氏が韓国の国立墓地に建てた謝罪碑を勝手に書き換えたとして、韓国警察に一時拘束された元自衛官の奥茂治氏(69)が出国禁止となってから50日以上が経過した。拘束されると分かっていながらなぜ、韓国に来たのか。そもそも謝罪碑を書き換えた動機は何か。出国禁止生活はどんなものか。奥氏に疑問をぶつけてみた。(聞き手 ソウル 桜井紀雄)

■金刑事との約束 入国目的は「警察出頭」

–6月24日に韓国警察に一時拘束されましたね。拘束される恐れがあるのになぜ韓国に来たのですか

「周囲からは『韓国警察に逮捕されると、何をされるか分からない。強引な取り調べで自供をさせられるかもしれない』とさんざん止められましたが、約束もありましたし」

–約束とは

「謝罪碑を書き換えた翌月の4月、『金(キム)』という刑事から出頭を求める電話がありました。書き換え後に国立墓地の管理事務所に出した手紙に連絡先まで記していたので、それを見てかけてきたのでしょう。私は金刑事に『行きます』と約束しました」

「外国であっても刑法に触れるというなら、その国の法律で罪を償う必要がある。逃げも隠れもしません。日本人として恥ずかしいことはできない」

–拘束された状況は

「韓国に向かう航空機内で客室乗務員から『一番先に降りてください』と告げられ、拘束されるかなと思いました。拘束も覚悟し、入国カードの目的欄には『天安(チョナン)西北警察出頭』と書きました」

《そう話し、携帯電話のカメラで撮った入国カードの写真を見せてくれた。天安とは、謝罪碑が建立された国立墓地「望郷の丘」がある韓国中部の都市だ》

「空港に到着すると、警察官から公用物損壊と不法侵入容疑の拘束令状を示された後、手錠をかけられ、天安西北署に連行されました」

–取り調べの様子は

「警察で2回、検察で2回取り調べを受けたのですが、(取り調べを録画する)可視化も行われており、警察、検察ともに非常に紳士的で、法律に沿った手続きを重視する姿勢が見受けられました」

「拘束の翌日未明には、拘束を解かれましたが、警察は時間を気にしていて、早く拘束を解こうとしているなと感じました」

「警察や検察から、なぜ出頭したのかとも聞かれ、こういう人はいないと、『勇気に敬服している』とも言われました」

■負の遺産が残る-長男にとって耐え難いこと

–そもそもなぜ謝罪碑を書き換えたのですか

「15年ほど前から慰安婦問題について調べ始めましたが、ここまで日韓関係をこじれさせた原因を探ると、いつも『女性を強制連行した』という吉田清治氏の嘘に突き当たる」

「5年前、古本店で偶然、吉田氏の長男が書いた本を見つけたのをきっかけに長男とも知り合ったのですが、長男の口から出たのは『ソウルの日本大使館前の慰安婦像を撤去してしまいたい』との言葉でした」

「それほど父親がついた嘘に苦しめられてきたのでしょう。『原因は親父だ。負の遺産を取り除きたい。死んでも死にきれない』とも話していました」

「さすがに大使館前の像を撤去するわけにはいかず、1983年に吉田氏が著書の印税で建てた謝罪碑なら撤去できると思いつきました」

–実際には、撤去ではなく、謝罪碑の上に「慰霊碑」と刻んだ石板を貼り付けた

「実際、国立墓地に行ってみると、礎石に固定され、重機でなければ撤去できない。それで、3枚に分けた石板を貼り付けることにしました」

「3月20日夜11時ごろに現場に着いたのですが、石板1枚が約35キロ。休み休み担いで運ぶだけで約2時間かかりました。作業が終わったのは翌日未明の3時半になっていました」

「『もう一度やれ』と言われても、もうできません。今から振り返ると、よくまあ、やったと思います」

–管理事務所に事前に書き換えを申請せず、事後に手紙で伝えたのはどうしてですか

「最初は、申請しようと思いましたが、政治的なことから許可されない恐れがあった。そうすれば、嘘の碑がずっと残ってしまうことになる。それは吉田君(吉田氏の長男)にとって耐えられないことだと思いました」

《作業を終え、日本に帰国後、吉田氏が「強制連行した」と刻んだ碑文が虚偽と判明し、朝日新聞も記事を取り消したこと、日韓友好を妨げる負の遺産として碑文を「封印」した事実を通知するための手紙を管理事務所宛てに送った》

「警察からも『先に届け出れば、罪にならなかったのに。順番が逆だ』と言われました。検察からは『罪になったとしても、碑をなくすことの方が重要だったんですね』と念押しされました」

■韓国人は嘘に怒るべき

–取り調べでは何を聞かれたのですか

「『吉田氏の長男から指示されたのか』と聞かれました。長男との共謀を疑っていたのでしょう。ただ、長男は撤去を委任しただけ。事前に申請しないことを含め、全部、私独りが計画し、実行しました」

「長男の住所を確認するため、警察に長男に電話をかけるように言われたことがあります。韓国に来る意思はあるかとの警察の問いに(長男は)『韓国に行けば、銃殺されても仕方がない』と答えていました。父親の嘘によってそれほどの罪を負っているとの意味です」

「警察は『委任状は本物か』といったことを聞いていましたが、それだけです。長男が罪に問われることはないでしょう」

–他に聞かれたのは

「検察から、吉田清治氏の謝罪碑には『慰安婦とは書いていないが』と尋ねられました」

「碑が建立された83年当時、韓国では、慰安婦問題がほとんど問題になっていなかった。吉田氏や『反日的な日本人』が騒ぎ立て火をつけたのだという過去の状況を説明しました」

「慰安婦問題を政治的に利用しようとした日本人がいる。韓国人は本来、こうした嘘に怒らなければいけない立場のはずのです」

–検察や警察には理解されましたか

「取り調べを受けているうちに吉田証言が慰安婦問題に与えた影響や、朝日新聞が嘘の証言の記事を取り消したという事実が韓国でほとんど知られていないと実感しました」

「ただ、警察や検察はそうした状況をよく勉強しようとしていて、真実を把握しようという努力がうかがえました」

–韓国の捜査機関はそんなに誠実なのですか

「『あなたに有利になりますから』と記事を取り消した記事を情状証拠として朝日新聞から出してもらうようにも言われました。朝日のソウルの支局を訪ねたところ、『日本人スタッフが出払っている』と言われましたが…」

「朝日新聞は、韓国の新聞社に広告を出すなど、記事を取り消した事実を韓国にもっと説明する努力をしてもいいと思います」

■国立博物館に預けたものを勝手に壊したら?

–事前申告なしに碑を書き換えた事実は認めているわけですね。公用物損壊容疑についてはどう答えているのですか

「警察や検察側は、国が管理する公用物を壊したとの主張です。検察からは、接着剤の跡がついた謝罪碑の写真を見せられ、『元の文字が読めなくなっているので、器物損壊に当たる』と告げられました」

《奥氏が謝罪碑に貼り付けた石板は管理者側によって取り剥がされ、碑には所々、奥氏が貼り付けに使った接着剤の跡が残る》

「警察からは、『韓国人が日本の国立博物館に預けているものを勝手に壊したらどうなる?』とも質問されました。国に管理権があるのは認めます。しかし、所有権は別で、その点は争いますと伝えました」

「謝罪碑は吉田氏が私財で建てたもので、土地の使用料も払っています。寄贈したものではなく、所有権は相続した長男にあります。所有権者の依頼なら刑事罰を受ける必要はないはずです」

–不法侵入については

「実行前に何度か国立墓地を下見しました。正面の門が閉まる夜間も、市民らが脇道から入って、ジョギングをしたり、運動をしたりしている光景を直接見ました。夜間も人々が自由に出入りしている場所で、不法侵入にも当たらないはずです」

「逆に管理者側が石板を勝手に剥がしたことは問題なはずです。民事訴訟で謝罪碑の完全撤去を申し立てることも考えています」

–容疑を認めれば、一般的に略式起訴され、罰金で済まされることが多い事案のようですが

「略式起訴は受け入れず、あくまで法廷で立証したいと考えています。吉田氏の嘘に原点があるということも公的な場で訴え、韓国社会に知らせることができると考えています」

■カレー作りで日韓交流

–出国禁止が長期間になりましたが、どのような生活を送っているのですか

「天安市のホテルで、毎日、韓国刑法とにらめっこをしています。さすがに途中から安めのホテルに移りましたが」

–不便なことは

「一度、お腹を壊しましたが、それを除いて特に不便は感じていません。自衛隊生活で洗濯やアイロンがけも慣れています。移ったホテルの近くで野菜を売っているおばちゃんたちとも親しくなりました」

「最寄りの喫茶店に勤める女性が、日本語ができ、時折、おばちゃんたちとの通訳をしてくれます。携帯電話の日本語翻訳機能を使って『友だちになりたい』と言ってくれる人もいます」

「『日本のカレーが食べたい』と言われ、食材を買いそろえ、ホテルの厨房で作って10人ほどに振る舞ったこともあります。海上自衛隊に勤務していたので、カレー作りは自信があるんです。大好評で、レシピを教えてホテルでもメニューとして出すようになりました」

–捜査を受けている日本人だと知って地元の人たちの最初の反応はどうでしたか

「『国立墓地の謝罪碑を壊したのは僕です』と告げたところ、最初は引かれましたが、吉田清治氏の嘘に原因があると説明していき、最後は理解してもらえました。こんな田舎に連れてこられ、かわいそうだと同情し、皆、親切にしてくれます」

–結果的に日韓交流になっているわけですね

「生の実態を肌で感じないと分からないと、以前、元慰安婦の女性らが暮らす施設にボランティアを申し込んだこともありました。断られましたが」

「私は嫌韓派ではありません。韓国が好きでないとこんなことはできないとの指摘もありました」

–韓国で出国禁止となった後、裁判で無罪になった産経新聞の加藤達也元ソウル支局長のケースを連想する声もあるようですが

「加藤さんと私のケースは違います。ジャーナリストとして記事に書いたことで訴追されることはあってはならない。一方の私は、韓国にとって刑法に触れるか調べる必要がある容疑者です」

–日本政府に求めることは

「私の場合、韓国当局が刑法に沿って判断すべきこと。捜査機関が国際法に反する行為に出れば別ですが、今のところ、政治は関与すべきでないと考えます。自己責任の範疇(はんちゅう)ですから。公判の場で、吉田証言の嘘を訴えていきたいと思います」

奥茂治(おく・しげはる)氏

昭和23(1948)年、鹿児島県奄美大島生まれ。昭和40~45年、海上自衛隊に勤務。その後、予備自衛官。現在は那覇市在住。不動産・飲食業を営む一方、沖縄の基地政策などを研究する民間の「南西諸島安全保障研究所」所長を務める。約15年前から韓国を中心に中国、フィリピンの慰安婦問題の調査・研究を進める。約20年前には、沖縄県石垣市の尖閣諸島に本籍を移し、その最初のケースとなった。

情報源: 【夏休み特別インタビュー】「吉田清治氏長男 銃殺仕方ないと韓国警察に答えた」ウソ慰安婦謝罪碑書き換えで拘束の奥茂治氏が明かす全真相(1/6ページ) – 産経ニュース

ハァ・・・